敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079 作:霧島 碧
夜、ベッドに座り荷物の整理をしているとノックの音がした。
「ディアか?」
控えめなノックの音がサハドやサミ、ナオでないことは明白だった。顔を上げると、開いたドアの向こうに少女が立っていた。
ディアはうつむいたままドアの前で立ち尽くしている。
「どうした、ディア」
オレの言葉にうながされ部屋に入ってくると、ディアは後ろ手にドアを閉めた。
「明日、行っちゃうのね。」
うつむいたディアが言う、表情は見えない。
「淋しがってたわ、サミとナオ───」
「そうか───」
オレはそれだけの短い言葉を口にする。顔をあげたディアが淋しげな顔をオレに向ける。
「クロウがいてくれたおかげで
二人ともずいぶん明るくなったのよ」
「たいしたことはしていない」
ぶっきらぼうなオレの言葉に、ディアの口元がわずかにほほえむ。
「そうかもしれないわ。
でも、それすら私たちにしてくれる大人はいなかった────」
そして言葉が途切れ、長い沈黙が部屋を支配する。ディアは必死で言葉を探しているように見えた。
「───帰らなきゃいけないの?」
オレは彼女が何を言いたいのか察し、宙を見つめたあとディアに向かって言葉を返す。
「オレはスペースノイドだ。
ここにいてはいけないと思う」
数日前、サハドと見た夕焼けが脳裏をよぎる。
ディアも、そしてサミとナオも、あの赤い夕焼けがコロニー落としの結果だとは知らないのだろう。オレにとってあの夕焼けは、スペースノイドの背負う罪の象徴だった。だが、オレの思いはディアには伝わらず、言葉はすれ違う───
「スペースノイドとか、アースノイドとか、
そんなこと関係ないわ」
「仲間と約束したんだ────帰るって」
だが、オレの言葉はディアを刺激したようだ。ディアがキッと顔を上げ、オレを見つめる。
「約束? 約束って何よ!」
ディアはきびしい声でオレに問う。
「帰ったら戦争をするんでしょう?
人を殺すんでしょう?
そんなにまでして守らなきゃいけない約束って何よ!?」
熱い言葉とともにディアの張り詰めた表情が崩れ、大きな瞳に涙がふくれあがる───
オレはそれを不思議な思いで見つめていた。
そしてディアは吐き出すように叫ぶ。
「クロウが殺されちゃうかもしれないじゃない!」
それが彼女の本当に言いたかった言葉だと気づき、オレは胸を突かれる思いだった。
必死の思いで言葉を吐き出したディアがオレの胸にしがみついてくる。
「行く必要ないじゃない。
もう戦わなくたって───」
オレの胸にすがり、涙を流す少女の体温が『行くな』と叫んでいた。その小さな身体を抱きしめてやりたい───オレはこみ上げる衝動を必死にこらえていた。
今、彼女を抱きしめてしまえば、オレは帰ることができなくなる────理屈ではない、そんな思いがオレの行動を押さえこんでいた。
「ディア────」
オレは両手を彼女の肩に置き、語りかける。
「オレは軍人だ。
戦いになれば敵を殺すこともある。
敵に殺されることだってあるかもしれん」
「だったら────」
口を挟もうとするディアを、オレは首を左右にふってさえぎり、強く言った。
「だから、戦場で生死を共にした仲間との約束は守らねばならない」
腕の下でディアがその身を硬くする。
オレは両肩を強く掴み、ディアの美しい瞳を正面から見つめた。
「ディアがサミとナオを────
サミとナオがディアを裏切らないように」
そうだ、サジとナオ、そしてディアの3人は、戦場を共に生き抜いてきた戦友だ───戦友を裏切ってはいけない。クルツをはじめとするコンウェル基地の人々。そして、ウェイド軍曹、オード軍曹をはじめとする整備中隊の仲間。短い日数だったが彼らはたしかにオレの戦友だった。
虚を突かれたディアの目が見開かれる。その言葉の意味を理解した瞬間、顔が歪み、新たな涙があふれだす。
目の前にいる男の言葉が正しいと受け入れること───それは男との別れが避けられないことなのだと認めることにほかならなかった。
床にひざを落とし、泣き崩れる少女をオレは抱きとめる。
「バカ───」
嗚咽の中でディアが繰り返す言葉を、オレはむしろおだやかな気持ちで聞いていた。
「そうだな───オレはバカだ。
こんなにかわいい女の子に引き止められているのに・・・・・」
「そうよ、一生後悔なさい───」
涙声でつぶやいた少女がオレを抱きしめる。
オレは、声を殺し涙を流すディアの背中をやさしく撫でる。
夜を吹きぬける風の音が、窓の外を通り過ぎていった────
短い話が続くので今回4話まとめて投降します。