敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079 作:霧島 碧
その日の朝、オレはいつもどおりサミ、ナオとともに、エレカで水を汲みに泉に出かけた。いつもと違うのは、ハンドルを握っているのが、オレではなくサミだということだ。
サミも、ナオも、いつもどおり明るい。何も変わらない日のはじまりのように思えた。
帰ってくると、ディアが笑いながら朝食の支度をしている。サハドはあいかわらずしかめ面で言葉が少ない。
オレもまたいつもどおりふるまっている。だがそれは全員が演技をしているのだと分かっていた。
今日の夜、ジオンとの取引がある。オレがこの家を出れば2度と戻ってこない。皆、そのことに触れたくない。そのことを口にして気を使わせたくない。そのことを認めたくない・・・さまざまな意識が働いていたのだろう。
朝食がすむとサハドは立ち上がって言った。
「昼メシのあと取引きに出る。
話したいことがあれば、今のうちに話しておけ」
ディアは黙っていつもどおり食事をかたづけはじめる。
「サミ、ナオ。 エレカの簡単な整備を教えておいてやる───」
「え、分かるかな?」
「心配するな、ザクに比べりゃ楽勝だ」
それは本音だった。サミとナオ、2人とも機械に関してカンがいいことは、エレカの修理、ザク整備の手伝いをさせて分かっていた。
オレは2人を外に連れ出すと、水汲みに行った後、玄関脇に止めっぱなしになっていたエレカを前に、その構造と整備についての説明をはじめる。
「フン・・・・」
家の中から、窓の横に隠れるようにして見ていたサハドが、おもしろくなさそうな顔つきで鼻を鳴らす。そんなサハドの姿を家の奥から見て、ディアがくすりと笑う。サハドは、なんだかんだでクロウのことを認めているのだ。
───表面上はいつもと同じ、特別なことは何もない時間が過ぎていった。
いつもの時間、ディアが昼食の仕度ができたとオレ達を呼びに来る。
オレ達は、いつもより時間をかけて昼食をとった。
「先に乗っているぞ」
ぶっきらぼうにサハドは言い、背を向けてトラックに乗り込む。
オレはひざをつきサミとナオに目線の高さを合わせる。
「ナオもサミも、ディアの言うことを聞くんだぞ。
そしてディアを守ってやれ」
「「うん、うん・・・」」
2人が頷くのを見てオレは言葉を続ける。
「でも、おまえたちなら
こんなことは言わなくたって大丈夫だな」
「クロウ」
玄関から姿を現したディアが、歩いてくると包みをオレに差し出す。
「荷物の受け渡しまで時間があるんでしょ?
これ、2人分の夕飯よ」
「そうか───これでディアのメシも食えなくなるな。
残念だよ」
ディアが淋しげに微笑む。話すべきことは、すでに昨日話しつくしていた。
「ディア、オレにできるのはこんな事だけだ。
取っておけ」
オレはポケットから取り出した札をディアに渡す。それは少佐から受け取り、コートを買う以外ほとんど使うことのなかった金だった。
「そんな───」
「オレにはもう必要ない。
元気でな」
彼らと話すべきことを話し終え、オレはトラックの助手席に乗り込んだ。ハンドルを握るサハドが何も言わずにエンジンをかけ、トラックが動き出す。オレはこちらを見上げるサミ、ナオ、そしてディアに手を上げた。
ゆっくりとトラックはスピードを上げる。
「クロウにいちゃん!」
サミが叫び、ナオとともにトラックを追って走り出すのが分かった。オレは窓から顔を出し、後方に首をひねる。
砂煙の中を走るサミとナオ。トラックとの距離はみるみる開いていく。その後方で、ディアは祈るように両手を胸の前で組み、彫像のように動かない。その姿がオレの胸をつく───
砂煙の中に置き去りにして、3人の姿がオレの視界から消える。オレは助手席に座りなおし、前を向く。
サハドは、何も言わなかった───