敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079 作:霧島 碧
指定時刻まで、まだ少し間がある。風が強くなってきたようだが、流れる雲の間に昇った月が輝いている。オレは見るともなく、その月を見上げていた。それが分かったのだろう、不意にサハドが声をかけてきた。
「あそこにいたのか?」
「ああ、ひと月ほど前まで、あの月の裏側にあるグラナダにいた。
生まれたのは月の向こう側のコロニーだ」
オレは顔を月に向けたままこたえる。
「ワシには想像もつかねぇ」
「だが、今は重力の底で
あそこに帰るために苦労している」
肩をすくめるオレに、サハドが笑う。
「たしかにな───
ままならねぇもんだ」
ひとしきり笑いあった後、オレは言った。
「いろいろ世話になったな」
「取引だ、是非もねぇ───
だが、知り合った宇宙人があんたで良かった。
あの子たちにとってもな」
サハドが口にした意外な言葉にオレは聞き返す。
「そうなのか?」
「そうさ・・・」
サハドの声は穏やかだった。
監視装置が警告音とともに画面の一部を赤く点滅させた。覗き込んだモニターの暗視映像に、近づいてくる3台の車両が確認できた。
「来たようだな」そう言って、サハドは立ち上がった。
「おまえはそこにいてクルマを誘導しろ」
サハドはトラックに乗り、エンジンをかけると谷の入り口に向かった。
「待っていたぞ」
やってきたトラックは3台とも軍用ではなかった。サハドはその運転席に呼びかける。
「そのまま進んでくれ。
荷はおたくの少尉殿がライトを振っているあそこだ」
サハドが指差した先で、クロウの持つライトが暗闇に輪を描いていた。運転手はその光を確認した後、後方の荷台に呼びかけた。
「2人ここで見張りに立て」
その声に応え、小銃を持った男が2人荷台から降りる。それを見て、運転手は谷の奥へトラックを移動させた。荷台にはそれなりの人数が乗っているようだった。
ライトを振るオレの前でトラックが止まり、荷台から次々に男たちが降りてくる。
中の一人が呼びかけてきた。
「敬礼はヌキでいい、よくやった少尉」
言いながら、こちらの肩を叩く。トラックのヘッドライトでは顔を確認しづらいが、酒場でサハドと交渉していた男のようだった。名前も階級も知らないが、オレより上なのだろう。
「荷はそこの洞窟だ」
オレは親指で背後の洞窟を示す。
「よし、運び出せ!」
指示に従い、男たちが洞窟の中に入っていく。
「荷はきっちりそろっていたと報告があった。
グッジョブだ」
「これぐらいどうってことはない」
オレは肩をすくめた。荷がそろっていることについては、夕方来た男の報告を受けていたのだろう。
彼が少佐が来ると言っていたことを思い出し、聞いてみる。
「ところで少佐が来ると聞いたが───」
「ああ、少し後にもう1台に来る」
オレとサミ、ナオが運び込んだ物資は、あっという間にトラックに運び込まれていく。
1台目のトラックが移動し、2台目のトラックに積み込みがはじまる。まだ積載スペースは充分残っているが、積載しすぎてスピードが落ちるのを警戒しているのだろう。
そのとき監視装置のアラームが鳴った。オレはモニターを覗いてから指揮をしている男を手招く。
「小型車両のようだが少佐の車か?」
男はモニターの暗視映像を確認する。
「・・・ん? そのようだな」
そう言って男は監視装置をまじまじと眺める。
「こんなものまで使っていたのか?」
「用心は必要だろう。
宇宙に帰る前にこれ以上の面倒事はごめんだ」
「たしかにな」
男は、渋い顔をするオレの肩を笑いながら叩いた。
谷に入ってきたシュナイダー少佐の車両は、荷台にリング式の機関銃座が取り付けられている。軍用戦闘車に見えるが、オレの記憶するジオン装備車両の中には無かったように思う。地球で調達した戦闘車両なのかもしれない。
そのドアが開き、姿を現したシュナイダー少佐がオレに気づいた。
「面倒をかけたな少尉」
「いえ、軍の仕事に比べれば天国でした」
肩をすくめるオレに少佐が笑う。
「帰りたくなくなったかね?」
「もしそうならここにいませんよ」
「けっこう───
この取引が終わり次第、貴様はアデンに移動させる」
「その言葉を聞いてホッとしました」
言いながら、オレは自分の言った言葉に納得しきれていないものを感じていた。
耳に届く電子音にオレは振り向く。すでに聞きなれた監視装置の警告音だ。目を向けたハードケースのモニターで赤い光で点滅している。
「まだ後続がくるのですか?」
「───?
いや、我々が最後だ」
少佐の怪訝そうな言葉を聞いたオレは、監視装置に走り寄り、片ひざをついてモニターを覗きこむ。
モニターの暗視映像にはヘッドライトを絞り込んだ車両が5台以上映っていた。見た瞬間、オレはその車両の正体に気づいていた。
「連邦軍だ!大型車が5台以上───」
少佐が物も言わずにオレの横に走り寄ると、かがんでモニターを食い入るように見つめた。
そのときオレはその車両の後方にいるモノに気づき愕然とした。
「後方にモビルスーツがいる!!」
「何だと!?」
異変に気づいた者たちが集まりはじめていた。
「連邦が来る!
谷が封鎖される前に脱出するぞ!!」
立ち上がった少佐が、周囲の者に指示をとばす。
「連中が谷に到達する前に血路を開く」
谷に追い詰められたら全滅、当然の判断だ。だが───
「待ってくれ、少佐!」
オレは少佐の肩を掴んで言った。
「MSがいるなら猶予はない───
荷を積んだ分、足が遅い」
険しい表情で振り向く少佐の言葉を遮り、オレは怒鳴った。
「ザクがある!
オレが突破口をつくる!!」
「ザク?」
少佐は一瞬虚を突かれたようだが、酒場で『取引現場の近くにザクがある』とオレが言ったことを思い出したのだろう───すぐに問い返してきた。
「どこにある!動くのか?」
「谷の奥に───
すぐに出せる」
谷の奥───暗闇の先を指差し、オレは短く答える。
「長時間の戦闘は無理だが
向こうはこちらにザクがいることなど知らない。
MSが後方にいるのはそのせいだ」
「谷を封鎖して、こちらを投降させるつもりか・・・」
いつの間にか周囲に人垣ができ、オレと少佐の会話に聞き入っている。
「連中が布陣する前にオレがザクで突入し、ひっかきまわす。
車を数台破壊すれば、後退してMSを前面に出すはずだ。
連中が混乱している間に突破してくれ」
「しかし、それでは───」
貴様を置き去りにする結果となる───と言いたかったのだろうか。少佐がかすかにためらう。
だが、それは本当に一瞬のことだった。少佐はオレの目を見て言葉を飲み込むと、周囲の男達に叫ぶ。
「ギーケイ少尉がザクで出る!
我々はそれに続き敵を突破する───
用意しろ!!」
可能な限りの命を救わねばならない。軍人として当然の決断だった。
「ザクをここまで移動させる。
そちらの判断で出るから、合図してくれ」
オレは言い捨てて谷の奥へと走り出す。
サハドは巻き起こった事態を前に、とっさに動くことができなかった。一連の会話の後、クロウが谷の奥に走り去るのを、茫然と見送っていた。そのサハドに声がかかる。
「サハドさんよ」
背後からの声に驚き、振り向くサハド。男はナバンの銃口をサハドの脇腹に突きつけて言った。
「スマンが我々に従ってくれ」
「む・・・・・」
サハドのうめきは、それ以上言葉にならなかった。
「あんたのトラックを使わせてもらう。
足が欲しい」
サブマシンガンを手にしたもう一人の男が、サハドの逃げ道をふさぐように正面から近づいてきた。
「しばらく同行してもらうぞ。
なに、安全な場所まで脱出したら開放してやるから心配するな」
「おめぇら・・・・」
サハドがうめくようにつぶやいた。
次回「戦闘 Ⅱ」