敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079 作:霧島 碧
連邦軍は兵を引いた。GMが大破するのを眼前で見たのだから当然とも言えるが、オレのザクにも戦闘を継続する能力はもう残っていなかった。ただでさえ応急修理を施しただけの不完全な機体で、GMを相手に戦闘を行なったのだ。
ザクのモノアイが夜の荒野を睥睨する。
闇の中、人のようにGMが横たわっている────破壊され、まだ炎の衰えない連邦の車両────、そして、倒れた人間をモニターが映し出す、生き残りはいないようだ。まばらに倒れているのは連邦の軍服を着た者ばかり、携行ロケットランチャーを手に倒れた人影もある────シュナイダー少佐は連邦と交戦することなく脱出できたようだ。あとは、連邦の追撃を切り抜けてくれることを祈るしかなかった。
オレはとりあえずザクを谷に戻す。脱出して身を隠すとしても、このザクを砂漠に放置する気にはなれなかった。谷の入り口で、オレはやっとサハドのことを思い出した。
「サハド───
脱出できたのか?」
サハドがトラックを停めてあった洞窟前に向けてザクを移動させる。
────サハドのトラックは見当たらない。
『トラックがない
少佐たちと脱出したか・・・・・・』
安堵したのもつかの間、モニター上に倒れた人影が映る。
『───!?』
拡大表示した暗視画像では大雑把な体つきしか分からない────だが、荒れた画像であっても、人は見知った人間を認識できるものなのだ。オレはザクの膝を突き、前面のコックピットハッチを開く。
身を乗り出したオレの顔に砂混じりの風が吹きつけ、髪をなぶる────
「サハド・・・・・・・」
見おろす先に倒れているのはサハドに間違いなかった。
ザクを降り、うつぶせに倒れたサハドの傍らに膝をつき、手をとる───脈は無い。背中に赤いしみが広がっている、肺を撃ち抜かれたのが死因だろう。握り締めた手はまだかすかに温かかった。
「まさか・・・
シュナイダー少佐達が───」
目の前の事実を受け止めることができず、オレは首を振る。
「なぜだ!!」
虚しさに胸がつぶれそうだった。
「あんたがいなくなったら───
あいつらは・・・どうすればいい」
つぶやくオレの頭にディア、サミ、ナオの笑顔がよぎる。
オレは唇を噛み、顔を上げる。トラックが無いのはおそらくシュナイダー少佐たちが脱出に使ったのだろう。
────ならば、やるべきことをやらねばならない。
「サハド、すまん───
最後にもうひと働きしてもらうぞ」
サハドをあおむけにするとオレは身体を探る。財布、手帳、カギ・・・身元が分かりそうなものはすべて取上げていく。その時、取り上げた手帳にはさんであったものが地面に舞い落ちた。拾い上げたそれは1枚の写真だった。
家の中、窓を背景に微笑む二人の女性、母娘なのだろう。若い少女はディアと同じくらいの歳だろうか。裏返すとそこには『ラスルとナディア』と書いてあった。
オレは茫然とその名をしばらく見つめたあと、写真を手帳にはさんでポケットに押し込んだ。そうしてオレはサハドを抱き上げ、ザクに向かって歩き出す────
ザクの近くにサハドを横たえ、オレは一旦ウインチでコックピットに乗り込む。ザクを操作し、開いた左手をサハドの近くの地面に置く。オレは再度ウインチを使って地に降り立った。
ザクの左手にサハドの身体を載せ、オレはまたコックピットに乗り込む。ハッチを開け放したままでザクを操作し、サハドの身体を落とさないようザクの手を地表から持ち上げると、コックピット前で停止させる。オレはそのままザクを、つい今しがたGMと戦った荒野へ向けた。
『確か、このあたりに・・・・・』
オレが探していたのは、先ほど見かけたロケットランチャーを手に倒れていた連邦兵だった。
「いた!」
目標をモニターに視認したオレはザクを停止させ、ザクの左手を少し上げた。気は焦るが、ここで失敗するわけにはいかない。
開け放したハッチからサハドの身体をコックピットへ引き入れて座らせるのは、ウインチを使っても一苦労だった。何とかやり遂げ、サハドの身体をシートベルトで固定する。
サミ、ナオとザクを整備したときに使い、コックピットに置いたままになっていたロープを取り上げ、ザクの手の上に出てハッチを手動で閉じる。ザクの腕にかけたロープをつたい地表に降り立ち、ロープを引き落とす。これで一連の作業は終了した。
ホルスターから取り出した拳銃を手に、周囲に気を配りつつ発見した連邦兵のところへ走る。
『あった───』
傍らに転がっている携行ロケットランチャー。オレはそれに手をかけるため、銃を腰のホルスターに押し込もうとした────その時だった、倒れていた連邦兵が短いうめき声を上げた。
「う・・・・」
オレはとっさに倒れている男に拳銃を向けた。
『生きてる────!?』
意識はない、負傷の程度も分からない、だがその連邦兵は生きていた。
オレは言葉もなく、連邦兵のまだ若い横顔を見つめた。
すぐに撃ってしまうべきだった────
うめき声を聞いたときに銃の引き金を引いてしまうべきだった────
それならば戦場における戦闘行為の延長でしかなかった。
オレはたった今、ザクで連邦の車両を、GMを撃破した。何人もの連邦兵を殺した───これは戦争だ。殺さなければ少佐たちが捕らえられ、抵抗すれば殺されていただろう。
だが、意識の無いその男が、生きているのを確認したうえで銃を撃つのは意味が違った。
これは戦争ではない。今から自分が行なう行為を隠すため──── ザクのパイロットが死んだと思わせ、サハドの身元を隠すため──── 万が一にも連邦の捜査がディア、サミ、ナオの身に及ばないようにするための偽装工作だった。
たとえサハドの身元が知られたとしても、連邦が子供に何かをするとは思わなかった────だが、それでも連邦がサハドの家を調べに入ることで、あいつらにこれ以上無惨な思いをさせたくなかった。
「これは・・・戦争じゃ・・ない・・・」
自分のつぶやいた声が遠く聞こえる───
構えた銃が重い────
照準が揺れる────
両手で支えることすら難しい────
だが、サハドが死んでしまった今、オレの行動に他の選択肢はなかった。大きく息を吸い、名も知らぬ連邦兵の胸に照準を定める────
昨夜、ディアがオレに向かって叫んだ言葉が脳裏によみがえる。
『帰ったら戦争をするんでしょう?
人を殺すんでしょう?
そんなにまでして守らなきゃいけない約束って何よ!?』
風の吹き渡る夜の荒野に銃声が響く────その瞬間、オレは
弾頭の安全クリップを抜き、保護カップを外す。ロケットランチャーを肩に乗せ発射姿勢をとると、グリップ後方の撃鉄を起こし、安全装置を押し込む。
一連の操作を機械的に行ない、覗き込んだ照準器────その先に、短い間だが自分の愛機だったザクがいた。しかし、オレの胸になんの感慨も湧くことはなかった。サハドのいるコックピットに狙いを定め、オレは機械的に引き金を引いた。
バックブラストが砂塵を巻き上げるのと同時に、オレンジ色の発射炎が闇を裂いてザクのコックピットに吸い込まれていく────100メートル足らずの距離を外すはずはなかった。
命中した
爆発のとともに、闇の中でゆっくりとザクが倒れ、重い地響きと砂煙が巻き起こる。
オレは黙ってそれを見届けてから、離れた場所に横たわる連邦兵────オレが殺した男のところまで歩いて行くと、その傍らにランチャーを置いた。
やるべきことはすべてやった。あとは自分がここからいなくなるだけだ。だが────
オレは顔をあげ夜の荒野を見渡す。
「どこへ行けばいい・・・・・・」
少佐を追ってボリスに向かうべきか───しかし、少佐があの街にいつまでもとどまっているだろうか?物資が確保できた以上すぐに移動してしまうかもしれない。まして、あの街が少佐の拠点なのかどうかすら判然としない。
サハドの家に戻り、マスードと連絡をつければ少佐と合流できるかもしれない。
だが、どちらを選択するとしても、砂漠を越えてたどり着くことは困難だ。
さらに、朝を待たず連邦はここに戻ってくるだろう。途中で連邦と出くわして捕らえられる可能性も高い───そうなればオレとサハドの関係も明らかになってしまう。
『また、こうなってしまった・・・・・・』
あきらめに似た思いだけが頭の中を満たしていた。オレは雲に覆われた夜空を見上げる───すでに月は見えなくなっていた。
そして、オレは砂塵の吹きすさぶ中を歩き出す────
次回「アスラ」