敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079 作:霧島 碧
取り引きのあった翌日、ディア、サミ、ナオは帰ってこないサハドを不安に思いながら待っていた。
今までも取り引きが終わって、帰ってくるのが明け方近くなることはあった。だが、昼がすぎてもサハドは帰ってこなかった───
「サハドさん遅いわね」
「何かあったのかな・・・・・・・・」
食事をしながらの会話も、暗いトーンにならざるを得ない。
そのとき、家の外に近づく車の音に気づいた3人は『ハッ』と顔を上げ、窓際に駆け出す。だが、やって来たのはサハドのトラックではなかった────
家の前で停まった見慣れたSUVから降り立ったのはマスードだった。3人は急いで外に出る。
マスードは玄関の前で、不安げな面持ちで自分を見つめる3人に声をかけた。
「サハドは帰っているか!?」
首を降るディアにマスードは一瞬考え込んだあと、あごで車を示す。
「乗れ、砂漠に行ってみる」
「取り引きが連邦に嗅ぎつけられて、戦闘になったらしい」
車を走らせながらマスードが言った。ディア、サミ、ナオが緊張に顔を強ばらせる。
「サハドさんは───
クロウはどうなったの?」
後席のディアがマスードに問いただす。
「分からん───
俺のところにはジオン側から
クロウの消息を問い合わせる連絡があっただけだ」
サミとナオが初めてクロウと会った場所───
そして、一緒に物資を何度も運び込み、ザクを修理した谷───
そこに近づいたとき見えてきたものに最初に気づいたのはマスードだった。
「あれは────」
前方を見据えたままつぶやいたマスードの声に、後部座席のディアが顔を上げ、隣のサミ、ナオも気づき息を呑む。最初に見えてきたのは、荒野に立つMS────GMだ、全部で3機いる。その3機のGMに囲まれるかたちで、擱坐したモビルスーツが見えてきた。1機はGM、もう1機はザクだった───
モビルスーツ周辺には数台の軍用車輌が停まり、特にザクは大勢の連邦兵が取り巻いている。
倒れたザクに向かい車を走らせながらマスードは3人に言った。
「いいか、おまえらは何もしゃべるな」
周囲を警備している兵が手を振り停車するように指示する。マスードは1機のGMの足元近くに車を停めると、窓を開け身体を乗り出すようにしてもの珍しげにザクを見あげた。
「ホォオ~」
ザクのコックピットハッチは吹き飛んでいるらしい、その周囲には黒く焼けた痕が残っている。そのコックピット部を囲み3人の男が、ある者は立ち、ある者はしゃがみこんで内部を覗き込んでいた。
近づいてきた連邦兵にマスードが先んじて声をかける。
「戦闘があったんですかい?」
「ジオンの残党を掃討しただけだ。
降りろ、身分証を───」
ドアを開け車を降りながら、マスードは内心で小銃を肩から吊った兵の言葉を嘲笑する。
『へ、それならGMがやられているものか────』
それを押し隠しながら身分証とマックール基地の鑑札を差し出す。
「どこへ行く?」
受け取った身分証と鑑札を確認しながら兵が言う。
「この先は砂漠しかないはずだ」
「50キロほど先に
そこの管理補修を請け負っているんでさあ」
「隊商? ラクダのか・・・・
いまどきそんなものがいるのか?」
呆れた声の連邦兵にマスードは答える。
「このあたりじゃまだまだ細かい物資は、そういった流通が頼りでして」
「その子たちは?」
「こういった仕事はなかなか後継者がいないんで
戦争で焼け出された子供に見習いをさせてるんでさ」
マスードはそう言って車の中にいるサジやナオにちらりと視線を流す。兵は侮蔑の表情を浮かべ舌打ちする、マスードのことを作業者の手配師か何かだと思い込んだようだった。
「それにしてもおっかないですな、
まだジオンがうろうろしてるんですかい?」
「すぐいなくなるさ。
だが、怪しい人間を見かけたら通報してくれ」
「承知しやした」
その会話を最後に、連邦兵は身分証と鑑札を差し出す。それを受け取り車に乗ったマスードは、エンジンを再始動し、車を発進させた。
走り出してしばらく、ザクとGMの姿が後方に流れていくとサミが泣きそうな顔で口を開く。
「あのザクはクロウにいちゃんのだよ。
肩に102って書いてあった、間違いない!」
「待て」
マスードはサミの言葉をさえぎって、左側の山を指さす。
「取引場所はそこの谷か?」
「そうです、その谷の奥にある洞窟です」ディアが答えた。
「中に入るわけにはいかん。
通り過ぎるから、谷に連邦軍がいるか見ていてくれ」
ディアがガラス越しに目を凝らす。
「います。見える範囲で小型車が3台、人が10人以上」
「そうか───」
サハドはそれだけを言って、そのまま車を走らせる。
しばらくしてサハドが口を開く。
「クロウが連邦のGMと交戦したのは間違いない。
おそらく仲間を逃がすためだ、だからジオンも消息を知りたがっていたんだろう」
沈黙が車内を支配する。
「クロウは死んだか────」
ポツリとマスードが口にした。
「ウソだ!クロウにいちゃんが死ぬもんか」
サミが叫び、ナオは泣きそうな顔になる。
「そんな────
それじゃなぜサハドさんは帰ってこないの?」
ディアがすがるように口にする。
「たしかにそれはおかしいな」
それだけを言ってマスードは考えをめぐらす。
『サハドが死んだにしても、捕まったにしても
すぐに身元が割れて家に連邦が調べに来るはずだ。
サハドが捕まっているなら連邦軍の尋問に耐えられるわけがない。
むしろ洗いざらい喋って心証を良くしようとするだろう。
逆にジオンがサハドを確保しているなら、なにか言ってくるはずだ────』
マスードは前方を見据えたまま考え込む。
取り引きは行なわれた────
連邦軍がそれに介入────
クロウのザクと連邦のGMが交戦────
ザクとGM双方が大破────
ジオンはなんとか逃げきった────
サハドとクロウは行方不明────
「────GMをやったのがクロウのザクだとして、
ザクをやったのは誰だ?」
「どういうこと?」
マスードのつぶやきにディアが反応する。
「あそこにいたGMがやったんじゃないの?」サミが応える。
「たかだか物資の取り引きを検挙するのに
MSを何機も投入するものか。目立ちすぎる。
あそこにいた3機は戦闘後にやってきたんだろう────」
連邦が取引の検挙にモビルスーツを投入したとして、それは相手の抵抗を防ぎ、スムーズに検挙を行なうためのものだ。そう考えれば2機以上のモビルスーツが投入されたとは考えにくい。
「ザクとGMが相打ちになったということか・・・・・・
それにしてはGMとザクは、ずいぶん離れた場所で倒れていたようだが」
────分からないことが多すぎた。
「まあいい、そのあたりの谷で時間をつぶして戻るとするか。
連邦軍もそう長くはいないだろう」
「この先のコンテナのある場所まで行こう。
誰かいるかもしれない」
「コンテナ?」
「うん、ジオン軍のコンテナが隠してあったんだ」
サミが事情を説明する。サミの提案は受け入れられ、一旦その場所に向かうことになった。
だが、そこに彼らの探す人影は無かった───
すでに日は落ち、風が強い。
マスードはディア、サジ、ナオの3人を乗せたまま、サハドの家には戻らなかった。マスードが向かったのは、彼が拠点とするカナールの街だった。その街外れにある一軒の家に車を止める。
「ここは────?」
ディアが車から外を見ながらたずねる。
「おまえらは今日ここに泊まれ。
サハドの家は連邦軍が来る可能性がある」
玄関の前でマスードは立ち止まると3人を振り返る。
「いいか、よけいなことはしゃべるんじゃないぞ」
そういってマスードはドアを叩く。
「おい、オレだ──」
ロックの外れる音のあとドアから現れたのは、20代後半だろうか──背が高く、髪の長い女性だった。彼女はマスードのうしろにいる3人に気づき、『意外だ』という表情で大きな目を瞬かせる。
「あら、かわいいお客さんね。
あんたの子?」
「バカヤロウ、そんなわけがあるか」
おもしろくもない冗談だとばかりにムッとした顔でマスードが言い、中に入っていく。
「入ってちょうだい」
微笑んで呼びかける彼女の声に従い、3人もその後に続いた。
通されたのは、さして広くないが清潔な居間だった。そこでマスードが口を開く。
「スマンがこいつら、2、3日ここにおいてやってくれ」
「あんたは?」
「オレはやることがある。
いいか、おまえらおとなしくしてるんだぞ」
3人に念押ししてマスードは出て行ってしまった。
それを見送り女性は嘆息する。
「あわただしい人ね────」
「あ、あの・・・・
いきなりよろしいんでしょうか?」
おずおずとディアが声をかけた、まだ彼女の名前さえ聞いていない。
彼女はふりむいてディアに笑いかける。
「かまわないわ、遠慮しないで楽にしてちょうだい。
私はアスラよ」
「ディアです」
「サミです」
「───ナオです」
ちょっと緊張した面持ちのサミ。ナオは恥ずかしそうに女性を見上げながら言った。
そんな3人を微笑んで見つめながらアスラは言った。
「あなたたち、ご飯はまだなんじゃないの?
ちょっと待ってね、ありあわせだけど用意するわ」
「───あ、お手伝いします」
ディアが立ち上がる。
「そう? じゃ、お願いするわ」
二人は台所に入っていった。