敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079   作:霧島 碧

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7-3 地図

 ディア、サミ、ナオにアスラを加えた4人がテーブルを囲み朝食を食べているところに、玄関から無遠慮なノックの音がした。アスラが口をへの字に曲げ、『あいつか』と言いたげな顔で立ち上がり玄関に向かった。

家の中にズカズカと入ってきたのはマスードだった。

 

「アスラ、おれにも朝飯をくれ」

 

 彼はいきなりそう言ってソファにどっかりと座り込んだ。

『処置なし』という顔をしてアスラが首をふって台所に向かう。部屋には3人とマスードが残された。

 

 

 3人の食事が終わったのを見計らってマスードが口を開いた。

 

「おまえら────

 食事は終わったか?」

 

「ハイ、おいしかったです。」ディアの言葉に続き、「「ごちそうさま~!」」サジとナオが口をそろえる。

 

 ディアがおそるおそるといった感じでマスードに話しかける。

 

「でも、いいんですか?

 私たちこんなにお世話になって」

 

「そんなことは気にするな。

 サハドには貸しもあれば、借りも────」

 

 顔の前で手を振りながらそう言いかけたマスードは、自分の声にとまどうかのように言葉を途切らせた。そして3人をじっと見つめた後、口を開いた。

 

「残念だが────

 サハドは・・・・死んだらしい」

 

「!?」その言葉に3人は凍りつく。

 

「どうして・・・・・・」

 

 ディアが青ざめた顔でそれだけをつぶやいた。

 

「ジオンとの取引中に、連邦軍が介入して戦闘になったらしい。

 その戦闘に巻き込まれたようだ───」

 

 詳しい内容は伏せたが、3人にはショックな事実だった。たった今まで暖かい雰囲気に包まれていた空間を冷たい空気がとって代わる。

 

「────だが、クロウは生きている」

 

 3人の視線がいっせいにマスードに集中する。

 

「ザクに乗っていたのはクロウではなかったらしい。

 ここに来る前サハドの家を回ってきたが、

 特に変わったことはなかった。

 連邦が来た様子も、クロウが帰ってきた様子もな────」

 

 全員の言葉が途切れ、沈黙の支配した部屋でポツリとディアが口にする。

 

「クロウは、帰ってこないわ────」

 

 意外な言葉にマスードが訊ねる。

 

「なぜ、そう思う」

 

「自分が戻れば、

 連邦軍を呼び寄せて、私達に迷惑をかけると考えてしまう。

 あの人はそういう人よ────」

 

「フン・・・・・なるほどな」

 

 マスードはおもしろくなさそうな声で、言外にそれを肯定する。そういう男だからこそ、サハドをダミーとしてザクのコックピットに座らせたのだろう。

 

「俺はメシを食ったら、クロウを探しにいく。

 ───来るか?」

 

 ハッと顔を上げた3人の声が交錯する。

 

「行きます!」

 

「行くよ!」

 

「ボクも行く!」

 

 

 

「ごちそうさん」

 

 食事を平らげたマスードが、そっけない一言をアスラにかける。

 

「もうちょっとなにか言えないのかしら、張り合いのない」

 

 アスラは、テーブル上の食器を片付けながら、横目でマスードをにらむ。

 

「この子達の方がよっぽど気の利いたことを言ってくれるわよ」

 

「「「ア、アハハ・・・」」」

 

 引き合いに出されたサミ、ナオ、ディアがひきつった笑いを浮かべた。

渋い表情のマスードは、片付いたテーブルに地図を広げる。

 

「おまえ達、クロウが向かいそうな場所に心当たりはあるか?」

 

 3人は思わず顔を見合わせる。

 

「ジオンのいる所に行こうとするんじゃないか?」サミが言った。

 

「クロウとサハドが最初にジオンに接触したのはボリスだ」

 

 マスードは地図上でボリスを指さす。

 

「あの谷からだと距離はあるが、街道に出てボリスに向かうのが最も現実的な選択だ。

 途中に小さな集落もあるからな」

 

 マスードはそこまで口にして、表情を固くする。

 

「だが、連邦軍に見つかる可能性も高い───」

 

 サミ、ナオ、ディアの顔に緊張が走る。

 

「ただ、クロウがボリスに向かうかもしれないというのは

 ジオンも分かっている。

 なので、そのルートはジオン側も監視しているはずだ。

 そっちは連中にまかせればいい」

 

「そうか・・・・」サミがしょげ返る。

 

「現時点で───」マスードが続ける。

 

「戦闘後、クロウはジオンと接触していないし、

 連邦に捕まったという情報もない」

 

 ロスには、マックール駐屯基地のサーバーをときどき監視するように頼んでおいた。もし、クロウらしき人間が連邦に捕らえられたなら連絡をよこすはずだ。

 

「あの・・・・」

 

 ディアがおずおずと口を出した。

 

「クロウは地球に降りてすぐ戦闘に巻き込まれたと言っていたし、

 この辺りの知り合いなんてサハドさんと、私たちぐらいしかいないはずだわ」

 

「うむ・・・」

 

 テーブルに広げた地図をにらみながらマスードがうなづく。そのマスードに向かいディアは続けた。

 

「それとマスードさん───」

 

 その指摘にマスードは顔を上げる。

 

「俺か?」

 

「はい」ディアはうなづく。

 

「はじめてマスードさんと会った日、

 クロウはマスードさんのことを、随分サハドさんに尋ねていました。

 だからマスードさんに連絡を取ろうとするのではないでしょうか」

 

 たしかにその通りだった。クロウが自力でジオンと接触できないなら、ジオンとの取引を仲介したマスードを頼るのが道理というものだ。

 

「俺と会う為にカナールに来るには、街道沿いに山を迂回しなければならん。

 ボリスに行くよりも距離があるうえに目立ちすぎる。」

 

 クロウが接触してくる可能性はマスードも考えていたのだ。

 

「カナールに来るのなら、先にサハドの家に寄るのではないかと思って

 今朝、回ってきたのだが───」

 

「トラックはありましたか?

 サハドさんが借りてきていたトラックです」

 

「ああ、あったな」

 

 もともとサハドの使っていたトラックは取引の時に乗って行ってしまったが、荷物を谷に運ぶために借りてきていたトラックは残っていた。もしクロウが帰っていれば、そのトラックを使っているだろう。

 

「エレカはあった?」

 

 ナオが聞いた。

 

「お前たちの住んでるコンテナの前に停めてあったヤツのことか?

 あったぞ」

 

「それじゃ兄ちゃん帰ってきてないね」

 

 4人の会話は行き詰まった。

アスラがチャイを淹れたカップを、考え込むマスードの前に置いた。

 

「ああ、すまん」

 

 そのチャイを一口飲んで、マスードはアスラに聞いた。

 

「アスラ、おまえだったら、この谷からカナールに来るとして

 どういうルートをとる?」

 

 マスードは、地図上の谷を指先で叩きながら尋ねた。

 

「クロウって人のこと?」

 

 アスラは長いまつ毛を瞬かせながらテーブル上の地図をのぞきこむ。

 

「その人、水や食料は持ってるの?」

 

 その問いにマスードは、ディア、サミ、ナオに視線を向ける。

 

「少しだけなら、洞窟の中に。

 荷物を運ぶ作業のあいまに、3人で食べてたんだ」

 

 サミが言った。

 

「お金は?」

 

「たいした額は持っていないと思います」

 

 ディアはクロウと別れた時のことを思い出しながら言った。

 

『クロウは、持っていたお金のほとんどを私にくれたはずだ』

 

「仮に持っていたとしても、

 ヤツが誰かと接触し、交渉できるとは考えにくい───」

 

 マスードがそれを補足した。

 

「ふーん」

 

 大きな黒い目でアスラは地図を見つめ、しばし考えた後、きれいな指先で谷を指さす。

 

「私だったら───」

 

 その指先が、谷の背後にある山を横切って滑る。

 

「山を突っ切って、カナールを目指すわね」

 

「!?」

 

 マスードは片眉を吊り上げ、ディア、サミ、ナオも驚きを隠さない。

 

「バカな!ヤツはスペースノイドだ。

 山道を選ぶとは思えん」

 

「そうね、スペースノイドはそんな発想はしないわね」

 

 アスラはマスードを見て意味ありげに笑い、マスードは顔をしかめた。

そのやり取りに違和感を覚え、ディアは怪訝な顔で二人を見た。だが目の前で続く会話のせいで、ディアの考えがはっきりとした形になることはなかった。

 

「連邦軍だって、ジオンの人間が単独で山に入るなんて思わないんじゃない?」

 

「たしかに、連邦はジオンを捜索しているのであって、

 クロウ個人を探してるわけじゃないが・・・・」

 

「私、クロウに聞きました」

 

 そこでディアが口をはさむ。

 

「谷に隠れていたとき、周辺の様子を知るために山を歩き回ったって。

 サハドさんの家に来た時も裏山に登ってました。

 コロニーでは山そのものが珍しいから興味があったそうです」

 

 長身の女性は『ホラ、ごらんなさい』と言わんばかりの表情でマスードを見る。

 

「山道なら、ちょっとした湧き水の出ている場所だってあるもの。

 大雑把な方角さえ分かっていれば、カナール東側の街道に出られるわ」

 

「ム・・・」

 

 マスードはうなる。たしかにそれなら、クロウが連邦にも、ジオンにも発見されず、サハドの家にも戻っていない理由が説明できる。

 

「しかし、クロウはこの辺りの地形や道が分かっているのか?」

 

「クロウは家に来たばかりの時に、サハドさんから地図をもらって

 道や、街の場所を確認していました」

 

「そういえばクロウにいちゃん、物資を運び込む作業をしていた時も

 時々、地図を出して周りの地形を見てたよ」

 

 マスードの疑問にディアとサミが答える。

 

「そうか───」

 

 どうやら捜索の方針は決定したようだ。

 

「だが、どの谷に降りるかで距離は大きく変わりそうだな。

 クロウがそこまで山道に詳しいとは思えん」

 

「街の東側でそれらしい人を見かけたら、軍に内密で保護するように手配しておいて

 あなたたちは谷を順番に探していくのね」

 

「なるほど───」

 

 アスラの提案にマスードはうなずいて立ち上がる。

 

「それでいくか。

 ありがとよ、アスラ。愛してるぜ」

 

「まったく調子いいんだから」

 

 臆面のないマスードのセリフにアスラはあきれ、ディア達3人は赤面した。

 

 

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