敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079 作:霧島 碧
「いるか?」
クロウの目覚めた翌日の午後、声とともにマスードが玄関から入ってきた。
その姿を見たディアは、一瞬眉をひそめた。たしかに彼がいなければクロウは助からなかった。だが、彼はジオンの依頼でクロウを探していたのだ───
「クロウの様子は?」
「昨日、目を覚ましたわ。
すこしずつ食事も食べはじめている───」
「そうか、ならクロウに話がある。
ちょっと邪魔するぜ」
マスードはディアに背を向け、玄関を出て行く。クロウのいるコンテナハウスに行くのだろう───
マスードの車がやってきたのに気づいたサミとナオが、家の奥から出てきた。
「マスードさんが来たの?」
「ええ───」
暗い顔でサミにこたえるディア。それを見上げたナオが不思議そうに言った。
「どうしたの?」
「マスードさん───
クロウをジオンに帰らせるつもりじゃないかしら」
「「え?」」
サミとナオが顔を見合わせる。
「入るぞ」
声と同時にドアが開き、マスードが顔を出した。
「あんたか───」
オレはマットの上に身を起こした。まだすこし身体はだるいが、起き上がるのに問題はない。
「何しに来た」
「ごあいさつだな、のたれ死ぬところを助けてやったってのに」
「泣いて感謝しろとでも言う気か?」
「へ、それだけへらず口が叩けりゃ上出来だ」
マスードは苦笑しながらオレの横にドカリと腰をおろす。
クロウは気づいていなかった、サハドの後をつけてきたディア、サミ、ナオの3人が、開いた窓の脇に貼りついて聞き耳を立てていることに。
「ねえ、なに話してるの?」
「よく聞こえない」
「しっ、静かにしなさい」
ディアが耳を開いた窓に向け、小声でサミとナオをたしなめる。
「ジオンがあんたのことを探している」
マスードはとぼけた顔でチラリと窓に視線を流したあと、陽気にさえ聞こえる声で言った。オレは一瞬身体の動きを止める。
「オレのところに確認依頼があった。
あんたの消息をなんとしても知りたいらしい。
帰りたけりゃ連絡を取ってやる」
「シュナイダー少佐か・・・・・」
少佐がオレのことを探してくれているのだ、だが────
『クロウ・・・』窓の外で二人の会話を聞いているディアの顔が曇る。
「それから・・・」
マスードは札束をいくつか取り出すとオレの横に放り出す。
「サハドが受け取るはずだった金だ。
おまえの好きにしろ」
オレはその札束のひとつを手に取りどうすべきかを考える。
マスードがオレを見つめていた。何ごとかを確かめるように───
「サミ、ナオ、ディアが随分世話になったらしいな───
あんた、物のやりとりだけで
人のやりとりはしないんじゃなかったのか?」
いつかマスードが言った言葉をオレは口にした。
「アフターサービスってやつだ。」
そう言ってマスードは肩をすくめた。
その時、オレの頭を2人の地球人の言葉がよぎる。
一人は顔も、名も知らぬGMパイロット。
───何しに地球へ降りてきた!?
何人殺せば満足する!?
隊長も、ロベルトも、グレイもキサマのせいで!!
そして、もう一人はサハドだった。
───その子供たち、すべてを助けることなどできるはずもない。
ワシにできるのは、せいぜい戦争が終わるまであの3人を食わせることぐらい───
それがワシの喜捨だ・・・・
「マスード───頼みがある」
オレは意を決して顔を上げ、とぼけた顔のマスードを見る。
「この金で、オレがここで暮らすことができる身分を用意してくれ」
「ほう?」
マスードがおもしろそうな顔つきで問う。
「それでいいのか?」
「頼む!」
オレはその顔を真正面から見つめ、答えた。この男ならそれができる───できなければ、誰かできる人間に依頼してくれるだろう。そう信じ頭を下げた。
「フ────」
どこかサバサバとした顔で首を振り、マスードは窓に顔を向けると大声で言った。
「───だってよ!聞いたか!?」
窓の外でバタバタとあわてる音がして、サミ、ナオ、最後にばつの悪そうな表情のディアが顔を出す。
オレはあっけに取られた。
「────おまえたち」
「あ、あ、あの・・・ゴ、ゴメンナサイ────
お話のジャマしちゃって。」
ディアが照れ隠しの笑顔を浮かべて言った。
「ほら、あんたたちダメでしょ!
立ち聞きなんてしちゃ!!」
「「エ~!!」」
一方的に罪を押し付けられたサミとナオが不満の声を上げる。
「いいから、こっち来なさい!」
「「クロウにいちゃ~ん!」」
サミとナオが助けを求めて声を上げるが、ディアは両手で二人の襟首を掴み引きずっていく。
────その3人の嬉しそうな顔はクロウには見えなかった。
マスードが窓に手をつき、笑いながらそれを見送る。
「ディアが倒れていたおまえさんを見つけたんだぜ
『停めて!』って言うなり、車を降りて走り出してな」
「そうか────」
オレは顔を上げる────窓の外に見えるのは蒼い空だけだった。
穏やかな沈黙がコンテナに満ちる。
クロウの横顔を見ながらマスードは思い出す。クロウを探して幾つもの谷に入り、出会った人間にはクロウらしき男の姿を見なかったかを問うた。その行動が徒労に終わって3日、マスードはクロウの生存をあきらめかけていた。
だが、ディア、サミ、ナオは少しもあきらめなかった。
しばらくしてポツリとマスードが言った。
「ザクに乗っていたのはサハドか?」
「そうだ────
オレがザクで出撃した後、ジオン兵に・・・撃たれたらしい。
何があったのかは分からん」
オレは短く答える。
「そのサハドを、オレがザクに乗せてロケットランチャーで焼いた・・・・・・」
「そのことはあいつらには言うな。
サハドは戦闘で負傷した後、ジオンのところで死んだらしいと言ってある」
予期せぬ言葉に、オレは顔を上げマスードを見つめる。
「しかし────」
「サハドが死んだのはあんたのせいじゃない。
あんたは最善のことをしただけだ」
言葉のないオレにマスードは続けた。
「この金は取っておけ。
これからいくらでも必要になる」
「いいのか?」
「オレとしてもサハドの代わりがいるってのはありがたいんでな」
マスードは形容しがたい笑いを受かべた。
「あんたのことは、死んだとジオンに連絡しておく」
そう言いながら彼は立ち上がり、オレに背を向ける。
「なあマスード───」
帰ろうとするマスードの背中に向かい、オレはたった今確信したことを口にする。
「あんたは何でジオンを捨てたんだ?」
その言葉に不意をつかれたマスードは動きを止めた。口をへの字に曲げ、苦虫を噛み潰したような顔で振り向き───それは苦笑に変わる。
「気がついていたのか?」
「なんとなく───な」
「ふう───
ま、人間いろいろしがらみってヤツがあらぁな」
マスードは照れくさそうな顔で肩をすくめると、手のひらで顔をこすりながらコンテナを出て行った。
「じゃあな」とひとこと言い残して。
次回「終章 敗残兵の荒野」
最終回となります。