敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079   作:霧島 碧

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7-6 決断

「いるか?」

 

 クロウの目覚めた翌日の午後、声とともにマスードが玄関から入ってきた。

その姿を見たディアは、一瞬眉をひそめた。たしかに彼がいなければクロウは助からなかった。だが、彼はジオンの依頼でクロウを探していたのだ───

 

「クロウの様子は?」

 

「昨日、目を覚ましたわ。

 すこしずつ食事も食べはじめている───」

 

「そうか、ならクロウに話がある。

 ちょっと邪魔するぜ」

 

 マスードはディアに背を向け、玄関を出て行く。クロウのいるコンテナハウスに行くのだろう───

 

 マスードの車がやってきたのに気づいたサミとナオが、家の奥から出てきた。

 

「マスードさんが来たの?」

 

「ええ───」

 

 暗い顔でサミにこたえるディア。それを見上げたナオが不思議そうに言った。

 

「どうしたの?」

 

「マスードさん───

 クロウをジオンに帰らせるつもりじゃないかしら」

 

「「え?」」

 

 サミとナオが顔を見合わせる。

 

 

「入るぞ」

 

 声と同時にドアが開き、マスードが顔を出した。

 

「あんたか───」

 

 オレはマットの上に身を起こした。まだすこし身体はだるいが、起き上がるのに問題はない。

 

「何しに来た」

 

「ごあいさつだな、のたれ死ぬところを助けてやったってのに」

 

「泣いて感謝しろとでも言う気か?」

 

「へ、それだけへらず口が叩けりゃ上出来だ」

 

 マスードは苦笑しながらオレの横にドカリと腰をおろす。

 

 

 クロウは気づいていなかった、サハドの後をつけてきたディア、サミ、ナオの3人が、開いた窓の脇に貼りついて聞き耳を立てていることに。

 

「ねえ、なに話してるの?」

 

「よく聞こえない」

 

「しっ、静かにしなさい」

 

 ディアが耳を開いた窓に向け、小声でサミとナオをたしなめる。

 

 

「ジオンがあんたのことを探している」

 

 マスードはとぼけた顔でチラリと窓に視線を流したあと、陽気にさえ聞こえる声で言った。オレは一瞬身体の動きを止める。

 

「オレのところに確認依頼があった。

 あんたの消息をなんとしても知りたいらしい。

 帰りたけりゃ連絡を取ってやる」

 

「シュナイダー少佐か・・・・・」

 

 少佐がオレのことを探してくれているのだ、だが────

 

 

『クロウ・・・』窓の外で二人の会話を聞いているディアの顔が曇る。

 

 

「それから・・・」

 

 マスードは札束をいくつか取り出すとオレの横に放り出す。

 

「サハドが受け取るはずだった金だ。

 おまえの好きにしろ」

 

 オレはその札束のひとつを手に取りどうすべきかを考える。

マスードがオレを見つめていた。何ごとかを確かめるように───

 

「サミ、ナオ、ディアが随分世話になったらしいな───

 あんた、物のやりとりだけで

 人のやりとりはしないんじゃなかったのか?」

 

 いつかマスードが言った言葉をオレは口にした。

 

「アフターサービスってやつだ。」

 

 そう言ってマスードは肩をすくめた。

その時、オレの頭を2人の地球人の言葉がよぎる。

一人は顔も、名も知らぬGMパイロット。

 

 ───何しに地球へ降りてきた!?

    何人殺せば満足する!?

    隊長も、ロベルトも、グレイもキサマのせいで!!

 

 そして、もう一人はサハドだった。

 

 ───その子供たち、すべてを助けることなどできるはずもない。

    ワシにできるのは、せいぜい戦争が終わるまであの3人を食わせることぐらい───    

    それがワシの喜捨だ・・・・

 

「マスード───頼みがある」

 

 オレは意を決して顔を上げ、とぼけた顔のマスードを見る。

 

「この金で、オレがここで暮らすことができる身分を用意してくれ」

 

「ほう?」

 

 マスードがおもしろそうな顔つきで問う。

 

「それでいいのか?」

 

「頼む!」

 

 オレはその顔を真正面から見つめ、答えた。この男ならそれができる───できなければ、誰かできる人間に依頼してくれるだろう。そう信じ頭を下げた。

 

「フ────」

 

 どこかサバサバとした顔で首を振り、マスードは窓に顔を向けると大声で言った。

 

「───だってよ!聞いたか!?」

 

 窓の外でバタバタとあわてる音がして、サミ、ナオ、最後にばつの悪そうな表情のディアが顔を出す。

オレはあっけに取られた。

 

「────おまえたち」

 

「あ、あ、あの・・・ゴ、ゴメンナサイ────

 お話のジャマしちゃって。」

 

 ディアが照れ隠しの笑顔を浮かべて言った。

 

「ほら、あんたたちダメでしょ!

 立ち聞きなんてしちゃ!!」

 

「「エ~!!」」

 

 一方的に罪を押し付けられたサミとナオが不満の声を上げる。

 

「いいから、こっち来なさい!」

 

「「クロウにいちゃ~ん!」」

 

 サミとナオが助けを求めて声を上げるが、ディアは両手で二人の襟首を掴み引きずっていく。

 

 

 ────その3人の嬉しそうな顔はクロウには見えなかった。

 

 

 マスードが窓に手をつき、笑いながらそれを見送る。

 

「ディアが倒れていたおまえさんを見つけたんだぜ

 『停めて!』って言うなり、車を降りて走り出してな」

 

「そうか────」

 

 オレは顔を上げる────窓の外に見えるのは蒼い空だけだった。

穏やかな沈黙がコンテナに満ちる。

 

 

 クロウの横顔を見ながらマスードは思い出す。クロウを探して幾つもの谷に入り、出会った人間にはクロウらしき男の姿を見なかったかを問うた。その行動が徒労に終わって3日、マスードはクロウの生存をあきらめかけていた。

だが、ディア、サミ、ナオは少しもあきらめなかった。

 

 

 しばらくしてポツリとマスードが言った。

 

「ザクに乗っていたのはサハドか?」

 

「そうだ────

 オレがザクで出撃した後、ジオン兵に・・・撃たれたらしい。

 何があったのかは分からん」

 

 オレは短く答える。

 

「そのサハドを、オレがザクに乗せてロケットランチャーで焼いた・・・・・・」

 

「そのことはあいつらには言うな。

 サハドは戦闘で負傷した後、ジオンのところで死んだらしいと言ってある」

 

 予期せぬ言葉に、オレは顔を上げマスードを見つめる。

 

「しかし────」

 

「サハドが死んだのはあんたのせいじゃない。

 あんたは最善のことをしただけだ」

 

 言葉のないオレにマスードは続けた。

 

「この金は取っておけ。

 これからいくらでも必要になる」

 

「いいのか?」

 

「オレとしてもサハドの代わりがいるってのはありがたいんでな」

 

 マスードは形容しがたい笑いを受かべた。

 

「あんたのことは、死んだとジオンに連絡しておく」

 

 そう言いながら彼は立ち上がり、オレに背を向ける。

 

「なあマスード───」

 

 帰ろうとするマスードの背中に向かい、オレはたった今確信したことを口にする。

 

「あんたは何でジオンを捨てたんだ?」

 

 その言葉に不意をつかれたマスードは動きを止めた。口をへの字に曲げ、苦虫を噛み潰したような顔で振り向き───それは苦笑に変わる。

 

「気がついていたのか?」

 

「なんとなく───な」

 

「ふう───

 ま、人間いろいろしがらみってヤツがあらぁな」

 

 マスードは照れくさそうな顔で肩をすくめると、手のひらで顔をこすりながらコンテナを出て行った。

 

「じゃあな」とひとこと言い残して。

 

 




 次回「終章 敗残兵の荒野」


 最終回となります。

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