敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079 作:霧島 碧
「おい行くぞ、早く乗れ」
朝、東の空は明るくなっているが、太陽はまだ昇っていない。オレはエレカの運転席に座り、サミとナオをうながす。
「ちょっと待ってー」ナオの声とともに二人がバタバタと走ってくる。
だがオレの声に対する応えは、別の方向からも返ってきた。
「わたしも行くわ───」
玄関のドアから出てきたディアだった。オレがプレゼントした水色のコートを着ている。
「なんだ、ディアまで行くのか?
そんなに人手はいらないぞ」
「いいじゃない。
いつもサミやナオばっかり───
たまにはわたしも連れてってよ。
取り付けたポンプ、今日テストするんでしょう?」
ディアの向けた視線につられて、オレもシートから振り向きエレカ後方を見る。エレカの荷台にはオレンジ色の樹脂タンクとその横には先端に小型ポンプを取り付けた太いホースが束ねられている。
脱水症状から回復したオレは、リハビリのつもりでヤードや倉庫を歩き回り、ジャンクの中から適当な大きさのタンクとホースに取り付けるポンプを探し出した。そいつをサミ、ナオと一緒に3日がかりで洗浄、修復し、エレカに取り付けたのだ。
これがうまく稼働すれば、1回の水汲みでそれなりの量の水が確保できる。毎日水汲みに行く必要もなくなるはずだった。
ディアはさっさとオレの隣の助手席に乗り込んですまし顔だ。
「いいじゃん。みんなで行こうよクロウ兄ちゃん」
「うん」
サミとナオがニヤニヤと笑いながら後方に乗り込んでくる。
「やれやれ、いろいろ積み込んだから
ただでさえ重いのに───」
「失礼ね!」
ぼやきながらエレカを発進させるオレの横でディアが唇を尖らせる。
だが、オレの言葉とは裏腹に、もともとさまざまな機材を搭載するようできていた作業用エレカは、たいしたストレスもなく走り出す。
すでに見慣れた荒野を走り、泉へ向かう。風が冷たい。オレがここに残ることを決意してから4日が過ぎていた。
続いた坂道が終わり、泉が見えはじめる。太陽は完全に姿をあらわし、水面に光を反射させている。
オレはあることに気づき、チラリと対岸に視線を向けた。そして、泉に寄せてエレカを止めると、後部座席に声をかける。
「ホースを伸ばして泉に持っていけ」
「「はい!」」
サミとナオが元気よく後部座席をとびおり、荷台でとぐろを巻いている給水ホースを伸ばそうとする。だがオレは二人のうちの一人を呼び止める。
「ナオ!」
足を止めふりむくナオにオレは言った。
「おまえはあっちだ」
「え?」
手首をひねり、親指で対岸を指差すと、ナオがけげんな顔をそちらに向ける。
オレが指差した先、そこにはナオと同じくらいの背丈の少女がタンクを背に歩いている───それは、いつか『水を運んであげて欲しい』とナオがオレに頼んだ少女だった。
「クロウにいちゃん!」
喜びに顔を輝かせてふりむくナオに、オレはうなずいてみせる。
「呼んでこい」
「うん!」
言うよりも早く、ナオの小さな身体が、弓から放たれた矢のように走り出す。
「へへへ」
ホースの先端を持ったサミが笑う。いきさつを知らないディアも、嬉しそうな顔でナオを見送る。
かけていったナオが少女に追いつく。驚く少女に向かってナオが両手を大きく振り回しながら話しかけている。
『ナオはうまくやるだろう───』そう考えてオレは作業を再開する。
「ほら、さっさとホースを伸ばせ。
まだポンプがうまく動くか分からないんだぞ」
サミは「はいよ!」とこたえてホースの先端を重そうに持ち上げる。ホースの先端には水を吸い上げるためのポンプが取り付けられている。オレは、サジの持ち上げるホースの先端に続き、荷台に束ねられているホースを持ち上げる。
ホースを伸ばし、先端のポンプを水面に沈めたところで、ナオが戻ってきた。片手に、タンクを背負った少女の手をしっかりと握っている。
「おはよう」
ディアがはぎれのいい言葉とともに少女に微笑む。
「おはようございます」すこしはにかみながら挨拶を返す少女。
「私はディアよ、あなたは?」
「ミラです」
「そう、ミラ。
ナオは分かるわね、こっちがお兄さんのサミ」
「おはよう」サミは白い歯を見せながら顔中で笑い、手を上げる。
そしてディアは手をオレに向けて続ける。
「で、彼がクロウ。 彼は───」
ディアが言葉につまる。
オレのことを説明しようとして、どう言えばいいのか分からなかったのだろう。そこへサミが大威張りで口をはさむ。
「クロウはオレ達のにいちゃんさ」
その言葉にオレはあっけに取られる───
「───そうね、クロウは私たちみんなのおにいさんね」
ディアがオレを見て、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「なんて顔してるのよ、不満でもあるの?」
もちろん、オレに不満などあろうはずもなかった。
オレの表情を見たディアが、サミが、ナオが笑い出す───オレ達のことをよく知らないミラも、それに引き込まれ笑い出す。そして、その中心にいるオレも───
オレはシュナイダー少佐と屋上で空を見上げ笑ったときのことを思い出す。
あれから3週間ほどしかたっていない。それなのに、オレにはあれが遠い昔の出来事のように思われた───
「よし、いいぞ。
ディア、スイッチを押してくれ」
準備は整っている。オレはポンプのスイッチを押すよう、ディアに促がした。
「え、あたし?」
ディアが自分の顔を指差して言う。ちょっとより目になっているのがかわいい。
「いいじゃん、やりなよディアねーちゃん」
「そうだよ」
サミがディアの背中をエレカの荷台にあるタンクの脇、ポンプのスイッチまで押して行く。
「はいはい、分かったわよ!」
勢いよく言った割には、ディアはなんだかおそるおそるといったふうに、タンク横にある赤い押しボタンに指をあてる。
彼女がスイッチを押す。小さなクリック音───
池に沈めたポンプが、うなりを上げ稼働をはじめた。皆が黙り込んで乱れる水面を見つめる───
少しの間が空いてからタンクの中に小さな水音が響き始め、それはすぐ大きな音になっていく。
「よし!」
成功だ。オレの言葉と共に、ディア、サミ、ナオ、ミラがいっせいに歓声を上げた。
「全員乗ったな?」
後部座席を確認し、オレはエレカを発進させる。
サミ、ナオ、ミラの3人が座る後部座席は窮屈そうだが、ナオとミラはまったく気にしていないようだ。
「ミラ、道案内頼むぜ」
「はい」
ミラの声を背中に聞きながら、オレはエレカを走らせる。
吹き渡る朝の風はいつもと同じだが、これほど気持ちよく感じるのは一緒にエレカに乗り合わせている彼らのせいだろう───
谷を抜け視界が広がり、オレは明けたばかりの空を見上げる───
『月は見えない───か』
オレはその空の向こうにいるはずの仲間に、心の中でつぶやく。
『クルツ、すまない───約束を破る。
オレはそこに帰ることができなくなった』
オレはこの地で彼らと共に生きていく。そして、スペースノイドに科せられた罪の象徴である夕焼けを、彼らと共に見上げよう。
視線を戻したオレの前に荒野が広がっている。
ここがこれからオレの生きていく大地だった───
───その日、
クロウが見上げた空の彼方で、ルナツーから発進したティアンム中将率いる連邦の第2連合艦隊と、ワッケイン大佐率いる第3連合艦隊が、ジオン宇宙要塞ソロモン攻略の準備をラグランジュポイントL5にて整えつつあった。
ソロモン攻略戦───「チェンバロ作戦」の開始を告げる暗号『チェンバロを鳴らせ』が発令されるまで、あと12時間だった。
敗残兵の荒野:了
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
物語は完結しましたが、4月15日(金)にあとがきを投稿する予定です。