敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079 作:霧島 碧
サミとナオの前で思い出したのは、オレがザクで異邦の大地を放浪していた時のことだった。
連邦のGMと交戦した後、オレのザクは山岳地帯を抜け、砂漠に出た。
本隊と別れた後───コンウェル基地の一行を本隊と呼べるのならだが───オレは大雑把な見当で、まずはカイロ基地方向を目指そうとした。本隊もまた、アデン宇宙港を目指すにあたってカイロ基地方面を目指す予定だったからだ。
最初からザク単機でアデンにたどり着けるなどとは思っていなかった。稼動してはいるが、ザクは各部にトラブルを発生しており、いつ停止しても不思議ではない。負担をかけないように不要なエネルギー消費を停止し、多くの設定を変更した。このザクが動いている間に、何者かと接触し、移動手段を講じなければならない。
反攻作戦後の状況を考えれば、友軍との合流は奇跡を期待するようなもの────いや、友軍がどこにいるかよりも先に、オレは自分がどこにいるかすらよくわかっていなかった。
GMとの交戦直後、夜の間にできるだけ距離を稼ぐべく移動したため、オレは自分がどのあたりにいるかを見失っていた。もともと、ミノフスキー粒子のせいで、あまりあてにはならなかったナビシステムは完全に息絶え、モニターに映るのは意味のないノイズばかりとなっていた。
コロニー育ち、しかも月から降りてきたばかりのオレにとって、地球はかろうじて東西南北が分かる程度の場所でしかなかった。
いや、東西南北という方位区分すら、コロニー育ちのスペースノイドにとってはなじみの薄い概念なのだ。コロニーでは、コロニーのベイ方向か、反対側の圧力隔壁方向、どちらか一方さえ分かっていれば、どこにでも行ける。そして、コロニーなら顔を上げるだけで、どちらも位置を確認できるのだ。
ときおり遠目に見かける連邦軍の航空機、車両、MSから身を隠しながら、オレは荒野をさまよいつづけた。空調は空気をかきまわす程度の力しかなく、太陽はザクの機体を灼き、密閉されたコックピットを熱気地獄に変えてしまう。オレはコックピット正面のハッチを開放した状態でザクを進めていた。これなら多少なりとも風が通る。
オレはボトルの底に残った水をすこしだけ口にした────
コックピットのシート裏に、水と食料の入ったバッグがあるのに気づいたのは、GMとの戦闘の翌日だった。整備部隊の人間が用意したのだろう。だが、GMとの交戦から5日が過ぎ、少量ずつ口にしても携行食料はほとんど残っていない。もともとあった水はすでに尽き、途中で発見した水場で補給した水も少量を残すのみとなった。
汗をかかないのが意外だが、これは乾いた空気のせいで汗がすぐ蒸発してしまうからだった。このまま水の補給ができなければ、遠からず脱水症状で動けなくなる。これまで、移動は出来る限り夜間に行なってきたが、これ以上、土地勘のないオレが夜間移動で集落や泉を見つけることができるとも思えなかった。
この状態で連邦軍と遭遇したらひとたまりもないだろう。予備弾倉があるとはいえ、ザクマシンガンの残弾は残り僅か、グレネードが3発、これにヒートホークだけだ。肝心のザク本体は電子系が次々に異常を訴え、モニター上にはいたるところで赤いアラートサインの点滅が踊っている。これでもマニュアル制御にできる部分はすべて切り替え、不用な表示はできるかぎり消したのだ。
もし連邦のMSと遭遇したら────玉砕覚悟で戦うか、逃げるか、降伏するか────あるのは不名誉かつ、ろくでもない選択肢ばかりだ。オレの頭は熱気に満ちた重力の底で、堂々巡りを繰り返していた。
その時、地平線に近い場所から発する、白い光がオレの目を射た。
『!?』
小さな光は太陽光を反射しているようだ。オレはザクのモノアイで光点を捕らえ、モニター上に拡大する────
『トラック!?』
熱気の生み出す陽炎の彼方に揺れる、それは大型の輸送トラックだった。
『───連邦か?ジオンか?』
さらに拡大された粗い映像は、そのコンテナトレーラー側面に白いジオンマークを映し出した。
「友軍!」
歓喜が湧き起こる。オレはザクのスピードを上げ、そのコンテナトレーラーに向かった。
────だが、陽炎の彼方に揺れるトレーラーに近づくにつれ、オレの脳裏に疑念がよぎる。
『動いていない?』
オレの疑念とは無関係に、ザクは自動的にコンテナトレーラーに近づいていく。────そしてたどり着いた場所、ザクの足元には事実だけが横たわっていた。
そのコンテナトラックが1台だけだったのか、なぜこんな場所にいたのか───オレには分からない。分かるのは、連邦の航空機に発見され、攻撃を受けたであろうことだけだ。運転席はひしゃげ、後部のコンテナの上面にもいくつかの弾痕をさらしていた。
砂漠にザクの片膝をつかせる。トラップがあるとも思えなかったが、モノアイを左右に振り、慎重に周辺を確認する。そして、シートの裏側に押し込んである雑嚢の中から黒いホルスターを取り出した。操縦中は邪魔になるので雑嚢の中に入れているが、MSを離れるときは必ず持ち歩くようにしていた。なにしろオレは敵地にいるのだから・・・・・・
そのホルスターを一旦ベルトに取り付けてから、拳銃を取り出す。取り出したのはM-71───連邦軍の制式拳銃だ。
M-71のセイフティを外し、シリンダーをスライドさせ弾丸を薬室に送り込むと、再びセイフティを掛ける。コック&ロック状態になったM-71をホルスターに戻し、オレはザクのコックピットから身を乗り出す。コックピット脇の昇降用ワイヤを引き出し、先端のステップに片足をかけ、ワイヤーのグリップ部を掴む。グリップの昇降用ボタンを押すと、ウインチがワイヤーを繰り出していく。オレは地上に降り立った。
再度ホルスターから取り出したM-71を握り、オレは足早にトレーラーの助手席側に近づくとドアのステップに飛び乗る。割れた窓から中をのぞき込みオレはうめいた。
「う───」
そこに二人のジオン兵がいた。運転席の男は前方のハンドルに覆いかぶさるように、助手席の男はドアによりかかるように天井に顔を向けのけぞる姿勢で──── オレはその助手席でのけぞる死体の顔をまともにのぞきこんでしまった。
死後何日が経過しているかは判らないが、乾燥した荒野だからだろうか、腐敗臭はない───しかし、放置された死体が悲惨な状態であることに変わりはない。
それでも、その遺体がオレの行動を躊躇させることはなかった。
オレは歪んだドアをこじ開ける。重くきしみながら開いたドアに寄りかかっていた兵の死体が、外にずり落ちる。あわてて飛びのくオレの前に、兵の死体が重い音を立てて地面に転がり落ちた。だが、その死体に心動かすこともなくオレはトレーラーに乗り込んだ。
割れたガラスの散らばる運転席を必死で探す。ドアのサイドポケット、グローブボックス・・・・・・
オレの探し求めるものは運転席後方の仮眠スペースにあった。押し込んであるグリーンの軍用バッグを見つけ、手繰り寄せる。重い手ごたえに期待してファスナーを開き、中をのぞき込む────捜し求めるものがそこにあった。水のはいったボトルだった────しかも2本。あせる手でキャップを外し、焼けたのどに流し込む。あたたまった水ではあったが、これだけまとまった量の水を飲むのは、サムソントレーラーを離れてからはじめてだった。
バッグには水だけでなく、若干の
もし見ている者がいれば、オレのあさましい姿は餓鬼に見えたにちがいない。
脳裏にフラッシュバックした苦い記憶に、オレは顔をゆがめる。サジとナオがそんなオレを不思議そうに見ていた。
あの時のオレはどうかしていた────軽い脱水症状で行動の抑制ができなくなっていたのだと思いたかった。だが、事実は事実として、オレは自分の行動を嫌悪するしかなかった。
同胞の死体にもかまわず、水と食料を求めトレーラーの運転席を漁ったオレに、洞窟の食料を食ったナオを責める資格なぞ、あろうはずがなかった───
二人の遺体を埋葬しなければならないことに気づいたのは、食料を喰い漁った後、しばらくしてからだった────
オレは二人の遺体を近くの山あいに運び、首から
オレは、その時初めて二人の名前を知ったのだ。
その後コンテナに戻り、内部を調べたオレは、積載されていた荷の中に食料と水を発見した。
食料を確保できたことに安堵したオレは、そのコンテナをヒートホークでトレーラーから切り離し、今の場所に移動させた。
一晩をコンテナ横で過ごした翌日、必要な物資をコンテナから運び出した。今後の活動拠点にするには、ここは不向きな場所だった。オレはさらに移動を決意した。
破壊したトレーラーの
移動したオレは谷で洞窟を見つけ、そこを仮のねぐらと定め、ザクを谷の奥に隠した。これが二日前のことだ。
周囲を見回っていたサハドが戻って来た。
「とりあえず周囲に人の来た気配はない。
このコンテナが見つかることはないだろう」
そう言って、サハドはコンテナを埋めた小山を見上げた。
「あんた、いきなりコンテナ丸ごとワシに差し出したが
連邦軍に通報するとは考えなかったのか?」
「ハッ!」
オレは笑った。
「取っ捕まったら、オレはあんたとの取引を連邦軍にぶちまける。
臭いメシを食うことになるぞ」
サハドが憮然とした表情になるのを見ながら、オレは続けた。
「仮に罪にならなくとも、コンテナは没収されるだろうな───」
「ああ、分かった、分かった───その通りだ。
契約は守る」
サハドは忌々しそうに吐き捨てる。そして、たった今気づいたのか、こんなことを聞いてきた。
「ところで、あのコンテナはどうやって隠したんだ?
一人でやったのか?」
「オレ一人だが、
モビルスーツを使ったからどうということはない」
オレの言葉に驚愕の表情を浮かべるサハド。
「あんた・・・・・モビルスーツ乗りか?」
サハドはあらためて畏怖の目でオレを見た。
それとは対照的に、サミとナオは屈託なく目を輝かした。
「にいちゃん、モビルスーツパイロットなのか?」
「ああ、クロウ・ギーケイ少尉だ。
よろしくな」
オレは二人の兄弟に笑いかけ、今度は階級も口にした。
クロウは連邦軍の制式拳銃・M-71を使用しています。
そのあたりの理由は、簡単にではありますが後々分かります。
次回「ディア」