敗残兵の荒野 Tin Soldiers 0079 作:霧島 碧
「ちょっと裏の山を歩いてくる」
サハドが出かけて行ったあと、ディアに声をかけオレは家を出た。ジャンクの積んである脇を抜け、家の裏手にある岩山に向かってぶらぶらと歩きはじめる。
歩きながら周囲を見渡し、地形を把握する。当面の宿は確保できたが、ジオンと連絡がつくまで時間がかかりそうだ。それまでに何が起こるかは予想がつかないし、サハドが信用できると決まったわけでもない。
朝食の時に『山に興味がある』と言ったのは嘘ではない。だが、本当の理由は自分のいる場所と周辺地域の把握にあった。
谷の洞窟にいた時も周囲の山を歩き回った───万一の事態に備え、脱出ルートは想定しておかねばならなかったからだ。あまり役には立たなかったが、初めての地球で見るものは何でも珍しかったから、苦にはならなかった。
朝食時にナオから教えられたとおり、岩山を右回りに歩いて登り口を見つける。だがそこは道と言うよりは岩の裂け目で、急な斜面は両手で身体を支えなければ登れそうもなかった。
『あいつらはこんな所を登り降りしてるのか?』
多少あきれつつその道を見上げた後、オレは岩を掴んで身体を支えながら、そこを登り始めた。
たいして時間もかからず、オレは岩山を登り切る。そこからの眺望はなかなかのものだった。サハドの家から、高さにして30メートルも登っていないだろうが、周囲360度をさえぎるものなしに見下ろすことのできる場所というのは、生まれて初めてだったのだ。
洞窟に隠れていたときにも山を歩いたが、全周囲を見渡せる場所には行きつくことはなかった。
正確に言えばグラナダにいたとき、訓練中に月面の山に登ったことはあったが、その時はノーマルスーツだった。
サハドのジャンクヤードは、緩い斜面の丘を登った場所にあり、家の背後には岩山が迫っている。オレは今、その岩山の上にいるわけだ。
南の眼下にサハドのトラックが通るルートが、踏み跡となって続いている。昨日、オレがやってきた道でもある。その踏み跡が無人となった集落に続き、その向こう側に町を結ぶ広い道路が続いている。 昨日、オレたちが砂漠を抜け、帰ってきた道だ。
オレは、尻のポケットに突っ込んであった地図を取り出して確認する。朝食の後「このあたりの地図はないか?」とサハドに言ったところ、トラックのドアポケットに突っ込んであった地図を渡されたのだ。
「あの道を南東に100キロほど行った所が、ボリスという街
サハドが今日行ったカナールは、途中で分岐する道を北東に向かうのか」
反対方向に首を向ける。
「そして西にあるのが連邦軍のマックール・キャンプか」
西のマックールという土地に連邦軍の臨時キャンプが作られ、MSも配備されているとサハドは言っていた。
もし連邦軍がオレを捕えに来るなら、そのマックールからだろう。その場合、どこに逃げるべきか───オレは背後に目を向ける。目測で2、3キロ程度の距離をおいて山が連なっている。この岩山も、元々はあの山地の一部を形成していたのかもしれない。
無人の集落も、ジャンクヤードも、短時間隠れるならともかく、連邦が調べればすぐに見つかってしまうだろう。
「だとすれば」
オレはつぶやき、続きは声に出さずに考える。
『もし連邦が来た場合、あの山の中に逃げ込むべきか?
サミとナオが水汲みに行くのも、あの山のどこかだと言っていたな』
───そんなことを考えているオレの耳に、遠い声の響きがかすかに聞こえた。
『?』オレは周囲を見回し、声の聞こえた方向に顔を向ける。
遠く聞こえた声の主はジャンクヤードにいた。積まれたジャンクの横で、二人は大きく両手を振っている───サミとナオだ。
オレは口元を緩めると、手を振る彼らに応えて片手を上げ、大きく振り返した。
岩山を降りたオレは、手を振っていたサミとナオがいるジャンクヤードへ向かった。
オレがそこに行ったとき、二人はジャンクを台車に載せて運んでいた。サハドに命じられたヤードのかたづけ作業だろう。ヤードの片付けと言っても、作業機械を操作できないサミとナオではたいしたことができるわけもない。ジャンクを運ぶトラックの通路を確保するため、邪魔なジャンクを台車で移動させる───それが二人の仕事だった。オレに気づいた二人に軽く手を上げると、サミとナオが笑いながら手を振り返す。
黙々と作業するサミとナオを、オレはジャンクとなった乗用車のボンネットに腰掛けて見ていた。手伝うのは簡単だが、二人が作業する姿はそれを拒んでいるように見えたのだ。
「おまえら、親はどうしたんだ」
二人を見ていたオレは、気になっていたことを口にした。
聞いていいものかどうかは迷ったし、聞くまでもなく分かりきったことのような気もした。
「────分からない。
帰ってこなかったんだ」
サミの答えはぶっきらぼうだった。
────彼らの住んでいた町、アルナで戦闘があった。
避難する最中にサミとナオは両親とはぐれた。
戦闘が終わった後、二人は焼け崩れた家の前で両親の帰りを待った────何日も。
だが両親は戻ってはこなかった。
壊れた家の前で寄り添う二人に声をかけたのがディアだった。
「ね、お父さんもお母さんも避難キャンプにいるんじゃない?
あたしも探してあげるわ。
一緒に行きましょう」
彼らの親がキャンプに避難していることなどありえないと、おそらくはディアも知っていただろう。
「でも、ひと月もしないうちに、かなりの人が別のキャンプに移ることになったんだ。
それでボク達も移動することにしたんだ」
「キャンプの状態が悪かったのか?」
そのとき、サミはオレをちらと見て、言いづらそうに言った。
「───そのキャンプがジオンの勢力下にあったから」
避難キャンプにいた人間の多くが、ジオン勢力下のキャンプにいることを嫌い、別のキャンプへの移動を希望し、三人はそれに同行したのだ。
オレは「なるほど───」とだけつぶやき、その後の言葉は飲み込んだ。
『得体の知れない宇宙人の管理下にはいたくないという事か』
サミは居心地の悪そうな顔をしている。
「だが、そのキャンプも出たんだろう。なぜだ?」
オレは続けてサミに尋ねる。
「サハドが悪い人間だとは思わんが、
避難キャンプなら食事の配給ぐらいはあっただろう。
こんなところで働かなくても────」
ジオンと連邦の取り決めにより、避難キャンプ周辺区域での戦闘は控えることになっていた。
『禁止』でなく、『控える』というのがお笑いだが、一応の安全は確保されていると言っていい。避難キャンプはその場所を勢力下におく連邦かジオン、どちらかの支援を受けている。それゆえ、食糧事情も極端にひどくはないはずだが、実態までは地球に降りて日の浅いオレが知る由もなかった。
サミはオレの問いに答えなかった・・・・・・
ふと気づくと、ナオがオレの横に立っていた。だが、視線は合わせず、うつむいたままでナオは言った。
「連邦兵が───
ディアねーちゃんにひどいことをしたんだ・・・・・・」
────それはよくある話だった。
キャンプに巡回に来た連邦の若い兵2人が、ディアを人気のない倉庫に連れ込み、暴行を働こうとしたらしい。そのことに気が付いたサミが、現場に跳びこみディアを助け出そうとした。だが、子供が大人にかなうわけもない。
しかし、その間にナオが大人に助けを求め大声を上げた。
キャンプにいる大人たちが現場に集まってくると、連邦兵はおびえるディアと殴られたサミを残し、舌打ちとともに去った。
『そうか、それで────』
オレはシャワールームで出会ったときの、おびえ、取り乱すディアを思い出した。シャワールームに突然現れた軍人────彼女の反応は当然のことだった。
「それでキャンプを出たのか───」
「違う!」
それまで黙っていたサミの叫びに、オレはサミへ顔を向ける。
「キャンプを出たのは連邦兵のせいだけじゃない!
大人たちが悪いんだ!!」
連邦兵がディアに暴行を加えようとした一件で、避難キャンプの大人達は連邦軍に抗議するどころか、むしろ騒ぎの原因がディアであるかのように、彼女に冷たい視線をむけた。
───あの娘から誘ったんじゃないのかい?───
───食べ物でもねだろうと色目を使ったんだろう───
───連邦兵と騒ぎを起こすなんて迷惑なことだ───
ささやかれる声は、17歳の少女にとって連邦兵の行為以上に過酷だった────
ディア、サミ、ナオはわずかな荷物をまとめてキャンプを出た。
太陽に灼ける荒野の道を歩き続ける三人。その途中、ディアは体調を崩した。サミとナオは、ときおり通りかかる車に助けを求め、必死に手を振ったが、どの車も二人を無視して通り過ぎて行った。
───難民も、孤児も、どこにでもあふれている。いちいち関わっているわけにはいかないのだ。
だが、やって来た一台のトラックが、手を振る二人の前を通り過ぎたあと、その少し先で止まった。
ドアが開き、トラックから降りてきた男は、サミとナオではなく後方にある灌木の影に横たわるディアのところへ歩いていくと、膝をつき顔をのぞき込んで後ろの二人に言った。
「病気か?」
それがサハドだった。
「ディアねーちゃんは、一人でキャンプを出ようとしたんだ。」
こぶしを握り締めた悔しそうなサミ、その目に涙がにじむ────
「だから────
だからオレとナオは、ねーちゃんと一緒に───」
サミの悔しそうな声につられたようにナオが泣きはじめる。
「そうか────」
やりきれない話に、オレはそう言ったきり発する言葉を持たなかった。
うつむき、涙をこらえようとする二人。オレは彼らを黙って見つめたあと、二人の前で腰をかがめ、サミの肩、ナオの頭に手を置く。
「サミ、ナオ───」
そして、サミとナオをまっすぐ見つめ、言った────
「おまえたち、よくやったな」
「え?」
サミは何を言われたのか分からないという表情で、ナオは何も言わずに顔を上げた。
オレはその二人の前で、握った手の親指を立てると、片目をつぶり、笑ってみせる。
「よくディアを守った。
それでこそ男だぜ!」
瞬間、二人の顔がその言葉の意味を理解して喜びにかがやく。
────そして、サミとナオは声を上げて泣きはじめた。まるで、オレのかけた言葉に安心したように。それは、今まで二人がその小さな身体で、どれほどのものに耐えていたかを物語るものだった。
「バカ、泣くな」
オレはそんな二人の肩を叩き、抱き寄せながら、内心で暗い怒りが湧き起こってくるのを押さえきれずにいた。
『なんてこった・・・・・
たったこれだけのことを言ってやる大人さえ
こいつらの周りにはいなかったのか────』
少し離れたジャンクの影に、昼食の支度ができたと知らせにやってきたディアがいた。
三人が会話しているのを聞いて足を止め、声をかけそびれた彼女は、積み上げられた廃車を背に空を仰ぎ、静かに涙を流していた────
しばらくの間 空を見つめていた少女は、不器用に手のひらで涙をぬぐうと、大きく息を吸いこむ。そして、今の自分にできる最も明るい声と表情で、三人に手を振りながら呼びかけた。
「みんな────お昼ごはんよ!」
それは、ディア自身が意外に思うほど簡単なことだった────