秘密は甘く、恋は苦く   作:黒マメファナ

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千聖と花音のダブルヒロイン、ちょっと苦い話になるでしょう。



第一章:Sugar Love
第一話:後ろ姿のキミは嬉しそうで


 ──私は、白鷺千聖という女は秘密を好む生き物なのかもしれない。決して流行っているとはいえなかった喫茶店の端っこでお茶をするのも、誰かに何を言われようと笑みを崩さないことも。いえ、それは最近、なんだか変わってきているような気がするわね。パスパレのみんなや、バンドを通してできた学校の後輩、知り合いの子たち。そういう子たちには、少しだけ素顔でいられているような気がする。だけど、こうして()を前にすると、私の中にある秘密を好む性格が顕出してくる。秘密を、持って、明かして、共有して、そういう時間がひどく甘美なものに感じていた。

 

「……それで? 相談というのは?」

「ああ、いや相談ってか、愚痴、になるのかなこれ」

「私、これでも有名人の自負があるのだけれど」

「そっ、そうですよね……まぁ、千聖さんに聞かせるような話じゃないですね……はい」

 

 項垂れる男、それを見てまるで苛立つような、退屈そうな仕草で足を組み替える私。そういうドラマのお芝居みたいな細かな間の取り方をしてみるのも、楽しくてしょうがない。ああ、私は私という仮面を疎ましく思っていたのに、それを認められてしまえばそういうアソビをしてしまうのもまた、私の悪い癖ね。

 

「言いなさいよ、早く」

「で、でも」

「私だって暇を持て余してこうしてお茶をしているわけではないのよ? わかるでしょう?」

「う……おっしゃる通りで」

 

 まぁ今はオフで明日まで休みなのは事実で、いい暇つぶしではあるけれど。そんな内心は一切知らせることなく、ただ私を頼ってきた、それも彼が私を。そんな異常事態なのは察知してアソビはここまでにしておく。わざわざ私、というところで誰のことかくらいは察しているけれど。

 

「花音が」

「そうよね。あなたの片想い相手で、かつこの前のクリスマスに水族館デートからのホテルというコースを私がイチからジュウまでぜんっぶお膳立てしてあげたのにまだお付き合いしてない花音の話以外にないわよね」

「……ホントに、ごめんなさい」

「あなたがヘタレで意気地なしでその上EDだっていうのはこの際どうだっていいけど」

「待って、最後のは待って」

 

 違うのかしら? という目で見ると意外なことに違うとでも言いたげな目線で返された。そう、じゃあどうしてホテルでそのまま何事もなく朝を迎えたのかしらね。私は正直花音にも問い詰めようか必死に悩んだわよ。

 そもそも、それから何ヶ月かしら、もうひと月半が経過しているのよ? 相談なのか愚痴なのかはわからないけれど、何か進展があったということでいいのよね? 

 

「……それが」

「あら、もしかして進展がないから私を頼ろうと?」

「そうじゃなくて……いやもうそうなのかもしれない」

「煮えきらないわね」

 

 もう、全然話が見えないじゃない。ともかく花音がどうしたのよ。そう訊ねようとしたところで、彼がぱっと外を見て青ざめた顔をした。それが気になって振り返ると──私も、思わず開いた口が塞がらなくなってしまった。

 ──そこに歩いていたのは、紛れもない話題の人、松原花音だった。寒い商店街の道のりを白い息を吐き、マフラーに顔を半分埋もれさせながらクスクスと楽しそうな笑みをしていた。

 

「……な、ど、どういう……ことなの……?」

 

 ただし、()()()()()()()。父親とか兄とか、そういう早とちりじゃない。父親というには歳が若すぎるし兄はいない、花音はそんな男性と()()()()をして、何かの言葉にまた幸せそうにそちらを見て微笑んでいた。

 微笑んでいた、のを私と彼が後ろから呆然と眺めていた。

 

「えっと……これが、相談というか、愚痴……です」

「な、なるほど……これは私としても、予想外、としか言いようがないわね」

 

 ちょっと電話を掛けてみる。普段は忙しい私からの電話を花音が無下にするはずがないと店内に戻ってスマホを耳に当てて待っていると数コールでもしもし? とかわいらしい声で電話に出てくれる。

 

「もしもし、今ね、私、羽沢珈琲店にいるの」

「ふえぇ……私もちょうど目の前通り過ぎたところだよ……あ、うん? そう、千聖ちゃん」

 

 電話越しに聴こえたのはもちろん隣にいるであろう男の声、落ち着いた大人な男性という印象を与えられる声に私は愕然とする。この男の声を私は知っていたからだ。そう、この男は花音のバイト先にいるバイトリーダーだ。ルックスもいい、スタイルも及第点、バイトの対応も真面目だしそれが裏表のあるものじゃないのも知っている。確か、大学生だったかしら? ともかく、花音もカッコいい人と形容していたのはよく知っている。

 

「あら、誰かといるの?」

「うん? あ、そっか、まだ紹介してなかった──カレシさんと一緒だよ」

「へ、へぇ……そうなのね」

 

 女優であるという自負と自信がボロボロになるほどに声が上ずった。確定的な言葉、カレシ、確かに花音はそう言った。隣に歩いていて、手を繋いで楽しそうに受け答えをする相手が、カレシだと。冷静になれば逆に、あそこまで密着しておいて恋人じゃなかったらまず間違いなく私はブチ切れていただろうけれど。

 ──ただもう、向かいにいる男はもの言わぬ置物……いえ死体になっているけれど。

 

「じゃあ私もそっちに、きゃ、んっ……ぷはっ、きゅうに、なにするの……?」

「今日の約束あるだろうが」

「ふえぇ……ご、ごめんね? ヤキモチ妬いちゃった……?」

 

 キスしたわね、ええ今思いっきり往来でキスした挙げ句にいちゃいちゃし始めたわね。これ、聞かせたら何秒で死体が凄惨になるのかしら、ちょっと試したいけれどやめておきましょう。とりあえずごちそうさまなカップルが電話の向こうにいることはよくわかったわね。私としては、そしてその私の何億倍も納得してない男が目の前にいるのだけれど。

 

「私ね、今から()()()()()()()()()()()、またお茶しようね……!」

「カレのおうち……え、ええ」

「──あ」

 

 あ、じゃないわよ。思わず反芻した私が言うことではないでしょうけれど、絶命しないでちょうだい。電話が切れて、そして糸が切れたように彼が、たった今片想いがあっさりと打ち砕かれた男、浦部(うらべ)光博(みつひろ)が机に突っ伏して言葉もなく泣き始めた。

 

NTR(ネトラレ)はよくない」

「寝取られじゃなくて、そもそも付き合ってないじゃない」

「でも、でもさ、クリスマス・イヴにホテルで一夜を過ごしたわけじゃん?」

「そうね」

「事前に了承してたわけじゃん?」

「ええ、いいよって言ってたわね」

「意味わかんなくない?」

「……確かに、腑に落ちない点は幾つかあるわね」

 

 そう、クリスマス・イヴ。実にもう一ヶ月半前のことではあるけれど、これが以外と重要なのが私がデートコースをちゃんと花音に確認して、いいよと了承をもらっていたことだった。というかそもそも花音ってあなたに矢印向いてたわよ。少なくともその時点では。そう補足するとやっぱり寝取られだとか云々言い始めた。別に付き合ってないじゃない。

 

「つまり花音が二股したってこと?」

「あなたの脳内お花畑かしら?」

「……だって」

「もう、泣かないでちょうだい」

 

 机に突っ伏した頭を撫でる。光博(カレ)にとって確かに最初、花音は高嶺の花もいいところだった。ブサイクではないけれど、自分の容姿やファッションに一切の自信を持てない彼にとってそもそも女性と仲良くなるということが既に高いハードルの上にあるものだったのだ。それを、リサちゃんやらひまりちゃんなんかを紹介して、女性ばかりで悪いけれど交流を持たせて、ファッションとか美容院なんかを教えて、荒療治でクリスマスまでの道を突っ切っていった。その中で、花音との関わりでいい雰囲気になったことなんて一度や二度じゃない。

 ──彼は頑張った。そう、結果はどうあれ、この世界が結果こそ全てだったとしても、こういう恋愛ごとくらいは頑張りを誰かが褒めるべき。そう思うほどに彼は頑張ったのだ。

 

「うぅ、やっぱ外見変えても俺じゃダメなんだな……ってのはわかったよ」

「バカね」

「知ってる」

「そうじゃないわよ……その変えるというのが大事なの。花音の時はうまくいかなくても」

「……うん」

「って、傷心中に慰めるセリフじゃないわね、ごめんなさい」

「いや、まぁ、うん」

 

 私も案外動揺しているのよ。私だってホラ、花音とあなたが両想いだと思ったから世話を焼いたのであって、こうなることは幾らなんでも想像していなかった。そう、完全に想定外なのよ。そんなことを言ったって、みんなに背中を押されて押されて、ほぼ無理やり気味に前を向かせた結果がこれなのだから、叱咤することなんてできない。

 

「はぁ……まじどうしよ、死にたい。穴がなくても掘って入って埋め立ててほしい……」

「……光博」

「あとくっそ忙しい千聖さんにわざわざ慰められてる自分が嫌になってくる……死にたい」

「死にたければお望みの死に方をさせてあげるわよ」

「……ごめんなさい」

 

 完全に折れてしまった彼を、私は家まで送っていくことにした。最後まで彼は抵抗していたけれど、そのまま別れるのは不安だったから。そりゃ、私だって男性の家の前まで行くということのリスクは理解している。理解しているけれど、それよりも本気でそのまま死んでしまいそうな光博を、放って置くのは、もっと私の心にとってリスキーだった。

 

「スキャンダルとか……」

「そうね、ここであなたが死ねば最後に会った私に白羽の矢が立つわね」

「……そんな勇気ないって」

「知ってる? 自殺って、あんまり死のうと思って死ぬわけじゃないらしいわよ」

「そう」

「──ラクになる。もう苦しまなくていい。そういう気持ちで、人は自ら死を選ぶらしいわ」

 

 楽な方に、楽な方に。人間は心理的にその怠惰な思考と常に戦っているわ。だけど、それが生きる希望とか、生きる意味みたいなのを失えば容易く、自殺(ラク)をしたがる。そこに勇気なんて必要ない。あるのは、怠惰で緩みきった思考回路だけよ。私は、あなたにラクをさせてあげられない。あげない。

 

「千聖さん」

「いいから、今独りは辛いでしょう? 行くわよ」

「……ありがとう」

「その言葉が出るなら、少しは安心ね」

 

 ごめんって言ったらまたお説教だったわ。それに、私は秘密を好む生き物かもしれない。そして、その()()がただ辛いものではなく、楽しめるものになったのだとしたら。それは喜ぶべきものだわ。

 ──アイドルで女優で、おおよそ恋愛なんて大スキャンダル。誰に話せるわけもない。それに、その相手が常に別の相手を向いていたのだとしたら、その相手への想いを詳らかにされ続けていたのだとしたら、私はそれを楽しいとは感じなかった。

 

「私との約束、守れるわよね?」

「破ったら?」

「うふふ♪」

「あの……怖いんですけど」

「まずは、明日朝起きて、学校を休むなり行くなり、どちらにしてもどちらにしたかを私に連絡すること」

「……え」

「異論は認めないわ。あなたの恋路を手伝うキューピッドをひたすらやらされたのだから、最後までお節介はさせてもらうわよ」

「わ、わかりました」

「リサちゃんやひまりちゃん、私以外の子にはバレて訊かれるまで内緒にしときなさい」

「うん」

 

 後はこまめに私の連絡に返事をすることという条件を付けてマンションすぐとなりのコンビニで別れた。

 ──秘密の恋。今までは花音と付き合うことを目標にそれをひた隠しにしてきたけれど、これからは遠慮なくあなたのことを構うことにするわ。歪なようでキレイなバランスを取っていた私たちの関係は、花音が気まぐれに突いたことで崩れ去ってしまった。だからこれからは、ゆっくりと私と光博の秘密の恋が始まる。そう思っていた。ただ、少女のようにそうなると、信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




NTRはよくない。でもお前は寝取られる関係じゃない。
というわけで
オリ主くんは浦部(うらべ)光博(みつひろ)です。あとがきまえがきでは浦部くん呼称となります。
よければ次話も!
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