秘密は甘く、恋は苦く   作:黒マメファナ

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第十一話:終わりの始まり

 放課後、またもやばったり出くわしたひまりちゃんから元気ないからとジュース一本で愚痴を聞いてもらえることになった。今日は新しいバイト先、しかも千聖さんに紹介してもらったバイト先に向かうため、時間に余裕がありつつも歩きながらこれまでの流れを説明した。いや、俺にも何がなんだかわかんないんだけどね。

 ──そしてその大きな声に鼓膜をブチ壊されるかと思った。

 

「ぜ──ったいにありえない! 意味わかんない!」

「ちょ、待って声デカいって」

「私からしたら花音さんのこと、言葉が下手とかそういうのは置いといて拒絶して当たり前じゃない? だって浮気だよ!」

「だから声デカいって」

 

 なんか知らないけどえらい剣幕だった。こういう感受性というか人の立場になって言葉をくれるよねひまりちゃんって。なんだかちょっとほっとした。何言ってるのかわかんない花音や同じくなんかいっつも難しい顔で諭そうとしてくる千聖さんなんかより、よっぽど。ただ問題は声がデカいこと。一応千聖さん名前は出てないからセーフか? いや、なんとなくアウトでお願いします。

 

「ん……ぷぁ、光博さんは納得してるの?」

「して……ないけど」

「じゃあ、んっ……んく」

「あのどうでもいいけど飲むかしゃべるかどっちかにしてもらえる?」

 

 ストローに集中してもろて。そう言うとひまりちゃんは一旦全部飲み干してから再び俺の方に怒りの形相を向けてくる。あのさ、これだとまるで俺が怒られてるみたいだからやめてほしいんだけど。そんなのは彼女にはお構いなしのようで、ガミガミと口うるさい感じでマシンガントークされる。

 

「じゃあなんでそのまま言われるがままなの? 言い返そうよ!」

「けど、俺は……」

「……なんと言おうと、秘密だろうと、千聖さんと光博さんは恋人、でしょ?」

「ん、まぁ……そうなってるけど」

 

 そうなってるけど、俺と千聖さんにそこまでの繋がり、メリットはないと思う。千聖さんはほら、あの人秘密大好きじゃん? だから俺を隠れ家みたいにして火遊びしてるような感覚だと思ってるんだよね。そこに住んでた俺に何故か愛着というか快楽のはけ口を求めて一応は付き合ってるけど。

 

「……全然わかってないね」

「なにが」

 

 ひまりちゃんはそんな俺の言葉にため息で反論してくる。ムカっとするがひまりちゃんはこういう時のアドバイスは信用に値する。だってひまりちゃんのアドバイスなかったら花音とどころか千聖さんとのコミュニケーションに支障が出るところだったもん。怒ってる千聖さんがわからなくて落ち込んでたらすかさずフォローしてくれて、愚痴っても許してくれる。その代わり年上として認識されてないけど。

 

「あれでしょ、自分みたいなモテないしダサいし臭いような男に芸能人の千聖さんが好きになる可能性なんてないって思ってる?」

「そこまで思ってない」

 

 俺みたいな男に芸能人でクールで大人な千聖さんが好意を向けてくる可能性なんてゼロを通り越してマイナスまである。少なく見積もっても二万年は早い。でも、ひまりはそれがわかってないんだよ、とでも言うように首を横に振った。

 

「千聖さんはダサくてモテない男を好きになってなんてない」

「……じゃあ、なに」

「ちゃんと光博さんを好きになってる」

「ごめん、意味わかんないんだけど」

「わかって。それ、すっごい違いだから!」

 

 そんな風に言われて、ひまりから道あっちだよと教えてもらった。なんだ今度のバイト先知ってたんだとほっとする。なんでもひまりもよく利用するライブハウス付きのスタジオらしい。ライブハウス付き……? 待ってなんか流れ変わってね? あれもしかして確認してなかった俺が悪いのか? 

 

「キミが浦部くん? 助かる〜! うち男手足りなくてさ!」

「えっと、面接は……?」

「いやいや、なんたって千聖ちゃん、リサちゃん、更には花音ちゃんにひまりちゃんからの推薦なんだし、即採用!」

「ノリ軽くないですか……?」

 

 でも軽く許可されてしまった。嘘やん、俺ちゃんとしたバイトの面接とかあんのかなぁ、始めてだなぁ緊張するなぁとか思ってたのに。ただこの月島まりなさんだけじゃなくてオーナーがちゃんと許可を出したらしくて、ホントにそれでいいのか。そもそも履歴書も頑張って考えて今見せたところなのに。

 

「基本的な経歴とかはリサちゃんに教えてもらったからね!」

「はぁ……」

 

 さすが千聖さん。そこでリサを使うところ辺り、リスク管理も抜かりがない。惜しむべきはケンカというか千聖さんとの間にあるであろう溝が前より深まったことくらいだろうか。ケンカは同レベルでしか起きないって言うし、俺が千聖さんとケンカできるはずがないなうん。

 ──ところで気になったことがあるんですけど。千聖さんからの推薦、わかる。リサからの推薦、わかる。ひまりちゃんからの推薦、いつの間に知ったんだという驚きはあるけどまぁわかる。花音からの推薦、ってなに? なにそれ聞いてない! 

 

「それじゃあえーっと前の職場のこと一応教えてもらっていい?」

「あ、はい……えっと」

 

 その日は暇だからとそのままなし崩し的に労働に従事することになった。一番の違いはやっぱライブハウスが併設なことかな。土日には結構な人も入るのだとか。ふむふむ、忙しそう。そうやって話していると後ろからするりと気配を消していたのかすぐ近くでふわりとした声がした。

 

「いらっしゃいま……あ、か、花音……」

「こんばんは」

「あ、花音ちゃんいらっしゃい」

 

 もう既に空は紺色に差し掛かっていて、部活終わりだろうか。花音はやっぱり、あんなことがあっても変わらない距離感で近づいてくる。でも前とは俺の中で明確に印象が変わっていた。少女と女性の間のような、でもほのかに色香を漂わせる人って印象が、なんだか危うい色を放つ、甘い毒のような、触れてはいけない美しさを纏っている気がした。

 

「ふふ、なんだか不思議だなぁ」

「な、なにが?」

「キミがこうやって、ここで働いてること……でもここなら会いに行けるから、嬉しいな」

「そ、そっか……そうなの?」

「うん」

 

 だけど、触れてはいけないと思ったとしてももう遅いんだ。手を引っ込めようとしても花音の方から触れようと手を伸ばしてくる。その甘い毒で、俺を意図的に侵そうとしているように。しかもキレイな花には棘があるとかいう感じじゃなくて、その毒で対象を痺れさせる狩りを好むケダモノのようで。

 

「なんか二人、仲良いね〜」

「そ、そう見えますか……? なんか、照れちゃうね」

 

 作り笑いじゃない。いや多分いっそ千聖さんみたいに作り笑いの方がよかった。そこにいるのは俺の知らない花音だった。笑顔や仕草はそのまま、俺を見つめる目の色だけが違って見えた。予想だけど、今まではこれでも好きって感情を抑えていたんだろう。今は抑えきれずに溢れ出してるような感覚だ。

 

「それじゃあお疲れ様!」

「お疲れ様です、よろしくお願いします」

「うん、こちらこそ!」

 

 いい感じに汗を流して、俺はロビーでスマホを触っていた彼女に声を掛ける。幾ら散々ヒドイことを言ったとか触れたくないとか言っても花音に夜の独り歩きなんてさせるわけにいかないから、ちょっとの間待っててもらっていた。それで嬉しそうな表情で待たれると若干後悔したくなってしまうんだけどね。

 

「お疲れ様」

「……うん」

「ごめんね、送ってもらうなんて……甘えちゃって」

「大丈夫、疲れてるわけじゃないから」

 

 なるべく突き放すような話し方をする。嫌いというわけじゃない、むしろ燻ってる想いの残滓は未だ煽られ燃え続けてる。俺はそれを今までは大切にしてきた。辛くても、その思い出があるから大事にしていられた。なのに今はその火を必死に消そうと踏みつける。踏みつけて、でもそうすると炎が燃え上がって俺を焼き尽くそうとしてくる。

 

「手、繋ぎたいな」

「い、嫌だ」

「……そっか」

 

 明らかに残念そうにされる。というかカレシはどうしたんだよカレシは。この前まで、それこそ俺と前のバイト先で話すまでずっとカレシと幸せそうにしゃべってたのに。なんで今更俺なんだよ。大体、今日だってカレシに迎えに来てもらえばよかったのに、独りで帰るとか言い出すんだよ。そんな愚痴を零すと花音はまるで妙案を思いついたような顔をした。

 

「じゃあ別れてたら、手を繋いでもいい?」

「……今、おかしいこと言ってる自覚ある?」

「だって、私は……光博くんが忘れられないもん」

 

 忘れられない。意味がわからないと思っていた中で唯一、俺が理解してしまう気持ちだった。俺も花音に抱いていた想いを忘れられなかった。千聖さんに甘えても、逃げてもその気持ちは消えなかった。いやむしろ、こんな宙ぶらりんで千聖さんとの関係に逃げてる自分が、ひどく惨めだった。

 

「カレもね、そういう約束でお付き合いしたんだ……私はね、光博くんのためなら、悪い子にだってなっちゃうんだよ?」

「──っ、そういうのおかしいんだって」

「おかしくしたのは、だあれ?」

 

 ──怒ってる。くすくすとからかうように笑ってるけど、俺にはわかった。彼女は、花音は怒ってる。マグマのようなドロっとした激情を、今すぐ溢れ出しそうな怒りをなんとか笑顔で抑え込んでるんだ。

 おかしくしたのは、俺なのか? 俺が? 俺がなにしたんだよ。その怒りが理解できないんだよ。そんなにキレイな花だって信じたことが気に入らなかったのか。

 

「違う、違うよ……」

「じゃあ」

「光博くんが……私のことを見てくれないから」

 

 その紫の瞳にじっと魅入られていく。いつの間にか指が俺の指の間をこじ開けて密着していく。ふと、もちろん手を繋いだこともなかったけれど、そもそも花音と二人で夜道を歩くこともなかったことを思い出した。あったのは、そうだ。ふたりきりではないけれど一番夜道を歩いたのは、花音じゃない。たぶん一番歩いてる最中に横顔を見たのも。

 

「しゃんとしなさいよ、光博」

「う……だって、マジでしゃべること思いつかないよ、こんなコミュ障陰キャが花音相手にキラキラトークとか無理だって」

「あらそれだけ流暢なら問題なさそうね」

「ちょ」

「でもさ実際、花音からおしゃべりしてくれること多くない?」

「そうね、あの子はおしゃべり好きだから」

「じゃあ──!」

「だからこそ、一つや二つは会話になることを考えるの。あの子ばかりに話させる気?」

「……がんばります」

「頑張れ〜」

 

 ──そうだ。俺は、花音と一緒に過ごしたその何倍もの時間を千聖さんと過ごしてきたんだ。ことある度に相談して、怒られて、花音とデートしたり、お茶したりするための対策を立てて。そうやって作ってきたからこそ、失恋しても未だにひまりちゃんもリサも俺を見かけると声を掛けてくれる。話を聞いてくれて、逆に話をしてくれる。じゃあ、花音にそれはあったのかって言われたら、ないんだ。

 

「光博くんの傍にはずーっと、ずうーっと、千聖ちゃんがいたよね?」

「……うん」

「私は、知ってたんだって言ったでしょ?」

 

 リサに料理を教えてもらってるのを知ってた。なら、そのきっかけを誰が作ったのかも知ってて当たり前だ。そしてそうやって俺のコミュニティが形成されていったことも。時には花音からの連絡に気づかないほどに雑談に夢中になったし、四人で羽沢珈琲店で反省会なんて日常茶飯事だった。それを知っていた花音が、俺のことを好きだったと言ってくれた花音がその姿に何を思ったかなんて、わからないわけがない。それは、俺があの日、千聖さんに愚痴を言ったあの日に抱いた気持ちと同じだからだ。

 

「好きなら、私だけを見てほしかった。私のことだけ考えてほしかった……だからやり直そう?」

「花音……」

 

 やっと、なんとなく花音の気持ちが納得できた気がした。花音は、ずっとあの関係がほしかったんだ。俺と千聖さんの距離感、俺が花音のために頼った結果、たくさんできた千聖さんとの時間、絆、そんなものを花音は欲しがっていた。俺は、そんな大前提から間違っていたなんて。千聖さんも、だから俺に花音の気持ちを認めてあげろって言ったのかもしれない。やり直して、それでいいならって。

 

「ね? 私も、ちゃんとけじめはつけるから……!」

「ご、ごめん……」

「──え」

 

 凍った。花音の表情が、激情が、ブリザードに凍った。認めてあげろって言われた、花音にもこんなダメダメな俺なんかのために今の幸せを捨ててやり直してもいいと言ってくれた。でも、それじゃダメな気がした。そう、けじめだ。俺もそのためにはちゃんとけじめをつけなきゃいけない。千聖さんとの関係、宙ぶらりんなまま、もらってばっかりの千聖さんの愛情を。だから、説明しなくちゃ、ごめん千聖さん。口止めされてたけど、これは言わないと理解してもらえないから。

 

「ごめん、花音……俺さ、今……秘密、だったんだけど……千聖さんと付き合ってるんだ」

「……つきあって」

「だから、やり直すっていうのは、できない……あの人からの愛を、今ここでなかったことにするのは、無理だ」

「──なあんだ、そういうこと……千聖ちゃんも、ひどいなぁ」

 

 俺の言葉は、もう戻っていかない。覆水盆に返らず。俺はとんでもないミスを犯したのだろう。でもこの歪んだ歯車を回してしまった以上、この結果はもう、決まっていたのかもしれない。

 ミスは、取り返せない。最初にミスったまま、俺は花音の最後の希望を打ち砕いていた。

 

 

 

 

 




ひまり、お前のアドバイス無駄になったよ、浦部がすまんな。
そして花音の心にあった穴は「千聖と浦部の関係」でした。ずっと構ってほしかっただけなんやで、その肉食クラゲは……。

☆8ひとつ☆9よっつ! 一気に評価がいっぱい来てたので把握できてないかもしれないですが、一気に合計15の評価になり、お気に入りも三桁に到達しました、ありがとうございます!

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