一ヶ月、俺は闇の中をぐるぐる彷徨うようなマジで意味のわからない生活をしていた。そもそも生きてるのか死んでるのかもわからないレベルで、ただひたすらに花音を受け入れ続けていた。それを、千聖さんに話さないわけにはいかなくて、絶対お説教だなとか思いながら全部をゲロった。
「……そう」
「うん。ごめん……」
「別に、怒って……はいるけれど私にも責任があるわ。まさか花音が私に
「でも、拒否すれば」
「もしもとか、すれば、とか意味のないことよ」
頷く。花音が千聖さんに対して俺と友達に戻りたいとか、そういう嘘を言ったのは事実、俺がそれを拒否できなかったのも事実。都合が悪くても、最低な行いでも、もう起こったことは変えられない。
──それで全部ゲロった上に更に千聖さんに甘えてるのももう、吐きそうなくらい嫌になるけど。
「そういう物言いもやめて」
「ごめん……」
ネガティブになって、浮気かましておいてネガティブになってる自分にまたネガティブになる。メンタルのデフレスパイラルに呑み込まれており、非常にめんどくさいだろう俺の頭を千聖さんは自分の膝に置いて、ペット感覚で優しく撫でてくれる。千聖さんツアー途中のはずなのに、ここに寄ってくれてこれなんだからホントに俺、最悪なことしてるな。マジで千聖さんに優しくされる価値もねぇ。
「それで?」
「それでって」
「結局、あなたはどうしたいの? 元々あなたは花音が好きで、私のことなんて好きでもなんでもないのでしょう?」
「……元々はね、選ぶ贅沢なんてあっていいはずないけど」
「じゃあ選ばずに二股かしら? それはそれで贅沢で最低のクソ野郎ね?」
確かにそれはそう。選ばれることは百億万分のワンチャンくらいあるかもしれないけど選ぶなんて五千兆円積んでもありえない。選ぶって考えただけで胃が爆裂して口から大量の血を吐き出して死ぬ。でも、選ばないとするとそれは二股で……え? それだと千聖さんがそんな贅沢で最低のクソ野郎に二度と話しかけてくるなカスって三行半突きつけるやつじゃないの? いや結婚はしてないが。
「そうね、私もあなたみたいに別に身体の関係でなんとなくふわっと付き合ったのならそうするでしょうね」
「……違う?」
「あなたは私を怒らせないと気が済まないみたいね?」
にっこぉとシャイニングスマイルが上から熱線の如く降り注いできた。いや口許がピクピク揺れてるし眉もピクピクしてる。千聖さんの
「思うじゃないわよ、これでも付き合って三ヶ月よ?」
「……だね」
「三月なんて家よりこのベッドで寝起きした回数の方が多いのよ?」
「……でしたね」
「それで私が、あなたに憐れみで身体を開いていたと思っていたの?」
「……ごめんなさい、マジでごめんなさい」
土下座しようとしたけど身体が動かない。千聖さんが手で制したせいで上から千聖さんの整った顔と案外ある胸が見えるという贅沢な景色を堪能したままになってしまう。ああ違います。案外とか思ってごめんなさい。謝罪は言葉でのみ受け付けられ、まったくというため息で全部許されてしまう。いや許しちゃいけないと思います。
「惚れた弱み、ってやつかしら」
「なんで俺に弱み見せちゃうんだ」
「なんでかしらね。あなたが弱いからかしら?」
「それは確かに」
「ふふ、バカね。好きって気持ちに理由を訊ねられると困るでしょう?」
まぁ、確かにそうだ。花音や千聖さんのこと、どこが好き、なんで好きって訊ねられても困る。強いて言うなら日常の中で自分がいることで、二人の人生が色鮮やかであってほしい。いつかの未来に一緒にいられてよかったなって思ってほしいって気持ちだろうか。この青春って長くて、でも振り返ればすごく短い時間を、好きって言葉で埋めたいから。
「……花音はともかく、私も?」
「三ヶ月だよ」
「そうね」
「幸せだったもん、千聖さんがいる世界が」
朝起きて、おはようと抱きしめると眠そうな顔で抱きついてくれる甘えん坊なところ。一緒に走るとスキャンダル間違いないからって俺が先にランニングに行って、入れ替わりで見送った後に、千聖さんのことを考えながらご飯を作る時間。何ヶ月経っても朝のシャワーの音が若干ドキドキして、そういう時に限ってわざと薄着で出てくる意地悪なところ。普段の演技の微笑みとは違う、何倍も何千倍もかわいい笑顔。それを独り占めできる世界が、幸せで大好きだった。
「好きです。俺は、千聖さんが好き……」
「……光博」
「なんて、信じてもらえないだろうけど」
気付いた頃にはとっくに手遅れだった。花音と過ごしていく中で同じように朝起きて、甘えてくる花音をあやして、ランニングに行くとお疲れと笑顔で朝ごはんを用意してくれて。そうしたらいつの間にか、今日のご飯はなにかなって考えながら走ることが多くなって、俺が好きになった頃と全然変わらない笑顔で俺に好きって言ってくれた。そこで、
「花音と一緒に過ごした気持ちと、千聖さんがいてくれた時に感じた気持ちは、同じだった」
「……そう」
「そこはバカねって罵るところじゃない?」
「バカね、私は……好きになってくれるわけないと思ってたのよ?」
「そっか」
「だってあなたの心には花音がいて、花音の方ばかり向いていて、隣にいてもあなたの目線は絶対に花音を向いていた……そしてそんなに想われる花音が羨ましくて仕方がなかった」
花音も同じようなことを言ってたなぁ。千聖さんの方ばかり見て隣においている俺が嫌だった、そしてそんな風にあっさりと隣で笑っていられる千聖さんが羨ましかったって。
──そんな中で、千聖さんも花音も諦めていたんだ。千聖さんのような関係になれない、花音のような関係になれないって。
「でも、今……やっと、私はほしいものを手に入れた……だから、ありがとう」
「千聖さん」
「そして……やっと、やっと私はあなたを諦め──」
「光博くんを諦める──って言ったら怒るから」
パッと千聖さんが俺から目線を外し、前を見る。俺も首を横に捻って声のした方へと顔を向けた。そこには、俺を心配してくれるもうひとりが悲しそうな表情で立っていた。そもそも、俺がうずくまっていたのはストレスによる体調不良なんだけどね。胃に優しいものを作ってあげると息巻いた花音が来るのは当たり前で、出かける気力もない俺が花音にメインの鍵を貸すのもまた当たり前なんだよな。
「花音」
「久しぶりだね、千聖ちゃん」
「ええ、と言ってもまだツアー中なのだけれど」
「そっか、光博くん、体調は?」
「見ての通り」
「じゃあもういいね?」
「ごめんなさいまだ正直胃が荒れてる感じするんで帰らないで」
そりゃ千聖さんの膝枕でホクホク顔してたら帰りたくもなるけど、そろそろ一対一でしゃべるのもやめたいって思ってたところなんだよな。胃が痛いのにこんなことしてメンタルの前に胃に穴が空いてもおかしくはないけど。でもこれがチャンスだって千聖さんの顔見た時に思った。三人で会うのは本当にいつ振りなんだろうか。
「それじゃあ紅茶淹れるわね、家主が使い物にならないし、えっと」
「あ、紅茶の場所なら
「……そう」
助けて、やっぱ時期尚早だったかも知れない。既にバトってる、ちなみに紅茶なら俺がどこかわかんなくて元の場所に戻してあるんで千聖さんの知ってる場所で合ってますよと言葉を投げておく。千聖さんと花音って親友同士だよね、険悪な雰囲気出してたら俺が解釈違いで爆散するんでやめてもらっていいですか?
「親友だから、許せないこともあるのよ」
「そうそう」
「……はぁ」
ダメだこれ、そう思って俺は密かに胃潰瘍の心配をし始めてそれから紅茶が全員に行き渡った十分も経たない頃、変化が訪れた。その数分前に口火を切ったのは千聖さんだった。学校の話で去年よりも出席日数が減りそうというジャブ、なのかなんなのかわからない会話で始まって、そして現在。
「でね、彩ちゃんがそこで滑っちゃって」
「まったく、無茶してるわね」
「ホントに」
「花音も、彼のためとか言ってバイトのしすぎはダメよ?」
「大丈夫、そこは甘やかしちゃダメだな〜って思ってるから」
「ならいいけれど」
んー、日常会話。なんか探ってるわけでもなく二人ともリラックスした表情で会話をしてる。なんというか、俺は知らなかった二人で出掛けている時の雰囲気なのだろう。花音がニコニコ笑顔で話題を提供して千聖さんが静かに、けど笑顔で返事をする。おかげで俺は蚊帳の外だった。二人って本当に波長が合うんだなぁとか考えてた。
──同時に、千聖さんに明るい表情をする花音を見て、やっぱ千聖さんには敵わないと感じていた。だって、花音の安らいだ表情は俺には引き出せなかったものだから。
「それで、私の光博に手を出して、どういう決着をするつもりかしら?」
「ふえぇ……私の、だよ?」
「……私の方が先よ」
「私の方が好きになったの、先だもん」
「あ、あの急に話題を変えたら俺がついていけなくなるんだけど?」
やだ、もう俺この空間居たくないよ。さっきと空気が違いすぎて風邪ひきそう。しかも何が嫌だってこの状況作り出した原因って俺なんだよなぁってこと。針の筵という言葉はちょっと違うのかもしれないけど、俺のせいなのに俺が会話に参加できないってのが案外チクチクと胸を痛める原因になっていた。
「現状に決着をっていうなら……俺が」
「とか言ってずるずる引き伸ばすじゃない」
「……う」
「そもそもさ、光博くんは決められないからこうなるんじゃないかなあ?」
「……確かに」
俺は花音が好き。それはそうなんだけど、やっぱり深く考えると現状の中でちゃんと花音を愛せてるかって言うと違って。ただ流されてるっていうか、なんかもう花音が壊れて、怖くなって。俺が犠牲っていうか、俺がクソみたいなこだわりを捨てることで花音が幸せになってくれるなら、それでいいんだって思ってた。
それで、そんな何したらいいのかわかんなくて頭んなかごちゃごちゃになってる間に気付いた気持ちが、千聖さんへの依存っていうか、ああ俺は千聖さんがいたからのほほんと花音との幸せを頭ん中で妄想できてたし、花音がカレシと付き合ってからもふつーに生活できてたんだって気付いた。俺が一番心から幸せだって思えた日常は千聖さんがくれたものだって気付いた。
「それ、二股って言うのよ世間一般では」
「……知ってます」
「好き……好き……ふふ、うれしいなぁ」
「花音、戻ってきなさい」
二股なんだろうね、一緒にいて安らいだのは千聖さんで、でもやっぱり好きな人って言われると花音で。やっぱ俺に決着をつけることは無理だってことがよくわかった。あれだ、俺が今すぐ遠くへ引っ越してしまえばいいんじゃなかろうか。誰も俺のことを知らない世界で独りの日々でお互いの傷を癒やすしか。
「そんなことしたら、花音が追いかけてくるわよ」
「千聖ちゃんもね?」
「……いやいや」
「というわけで、大人しく私たちの傷を癒やすのに利用されてなさい」
「ふえぇ……やっぱり、そうなっちゃう?」
「ええ、花音も……考えていたでしょう?」
「まぁ……うん、そうするしか……ないかなぁ」
「……なんのはなし?」
えっと何を言っているのかな二人は。そう思って恐る恐る訊ねてみると花音と千聖さんはふわりと優しい笑顔でほぼ同時にとんでもない宣言をしてきた。俺の常識と理解の完全に外にあるその結論、でも俺には文句を言える立場ですらなくて。ひまりちゃんやリサに一体なんて言われるんだろうと恐ろしくなった。
「私はどういう状況であろうとも、あなたとの優しい日々がほしい」
「私はね、たとえどうあっても……あなたの愛がほしい」
「……え、えっ? ちょっとまって? 自分たちが何言ってるか理解できてる?」
「もちろんよ」
「私も。ね? 光博くん……私
「光博、私
この国の法律は合意があれば二股は許されるのだろうか。そんなことを考えてしまう。俺は白鷺千聖さんと、そして松原花音と、胸焼けがするほど甘い秘密を持ってしまった。
──さすがに三人は手狭だし、壁ドンされたからそろそろ引っ越すのも考えものかもしれない。俺はベッドで眠る二人を見てそう思いながら床に寝転んだ。
これにて完結……なわけもなく。まぁ第一章終わりってところでしょうか。二股クソ展開の中で浦部くんがどういう成長を遂げて、どういう大人になっていくのかってところを次回の主題にしていくので、どうぞよろしくお願いします!