秘密は甘く、恋は苦く   作:黒マメファナ

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第二章、そして終わりへと向かう最終章!


第二章:Bitter Love
第一話:嵐の前の静けさ


 ──私は、白鷺千聖という女は秘密を好む生き物であると断言する。そして、誰かとその秘密を共有する愛おしさに最近はすっかりハマってしまっている。九月の雨の季節のお昼、オフの優雅なティータイムを過ごしていると同じ秘密を共有している親友、松原花音が私の前にやってきた。

 

「雨だねぇ」

「生憎の天気ね」

「なんか、嬉しそう……?」

 

 そうね、嬉しいというのは変かもしれないけれど、雨の音と静かなジャズを奏でるBGMがリラックスできるというか。やっぱりここは私という存在を隠してくれるオアシスのようなものなのかもしれないわね。さほど強くはないけれど、静かに、そしてここ何日かずっと降り続く長時間の雨の音、優しい音は私の疲れた心を癒やしてくれるようだった。

 

「光博は……バイトだったわね」

「うん、私は後でお迎えに行こうかなって……千聖ちゃんは?」

「なら私は家で待たせてもらうわ」

「わかった」

 

 そして癒やしであり最大の秘密といえば、やはり彼、浦部光博だった。夏休みを挟んで私たち三人の関係は、まるで始めからそうであったかのように噛み合い日常という歯車を回していた。同じ男を好きになって、同じ男に好かれて、だけれど私も花音もお互い、羨望と嫉妬で焼き尽くされそうな憎悪を向け合うことはなくなっていた。

 

「千聖ちゃんは」

「……ん?」

「家族に、紹介したんだよね?」

「ええ、まぁそうね」

 

 紹介した、という言い方には語弊があるけれど。さすがに家族に秘密にしておくのもそろそろ限界だった、というか中々家に帰らない私を心配してマネージャーに矛先が向きかけていたため、相談した上で明かすことにしたのだった。妹に懐かれていた姿を見ると、私としてはやっぱり秘密にしておきたかったけれど。

 

「妹さん中学生くらいだっけ?」

「上がったばかりだけれど、もう身長や体格なんて私と変わらないわね」

 

 光博も光博なのよね。そんなあの子に甘えられてちょっと鼻の下を伸ばすのだから、ロリコンだったのかしら。いえ、そもそも花音に惚れ込みすぎて変わっていった男なのだからそれは違うでしょうけれど。少し愚痴っぽくなっていたせいか花音は苦笑い気味だった。

 だけれどそんな花音もまた、彼への愚痴がこぼれ落ちていく。

 

「前のデートでね」

「水族館?」

「うん、でね……いつもみたいにデートそのものは楽しかったんだけど」

「けど、何かやらかしたの?」

「──えっち、してくれなかった」

 

 その不満そうな顔に私は頭に手を当ててため息を吐いてしまった。まぁ私も? 仕事が立て込んでしまうと甘えたくて迫ってしまうことくらいはあるけれど、この子はかなりの頻度でその、下世話な話になるわね。というか光博は行為に対してあまり肯定的な側じゃないのだから配慮しましょうねって夏休み前に決めたじゃない。

 

「そうだけど……デートするでしょ?」

「ええ」

「楽しくて、好きって気持ちになって帰るでしょ?」

「そうなのね」

「ホテル見えるでしょ?」

「……流れ変わったわね」

 

 しかも花音の言うホテルとはクリスマスイブに彼が花音を連れて事件、現状の直接の発端となったああいうホテルではなくて、行為をするためのホテルよね。確か十八歳未満、そして幾ら私やあなたが十八歳であろうとも学生は入れないはずだけれど。そう指摘するとそこなんだよね、とちょっと前のめりに、食い気味に話を続けていく。

 

「私が、休憩したいなって言っても、そうやって帰っちゃうんだよ?」

「でも結局家でしたら一緒じゃない」

「ムードが違うの……!」

 

 力説されても私には理解できないわね。まぁ幾ら二股していると言っても花音と彼も恋人なのだからそういうムードを大切にしたいって気持ちもわからなくはないけれど。だから制御できないってリサちゃんに光博が泣きつくハメになるのよ。その点私は女優として、アイドルとしての笑顔や体裁を全て排して、ただ彼の恋人として気持ちを伝えられれば幸せだもの。

 

「飼われてる……よくない」

「前に首輪着けられたいって言ってなかったかしら?」

「ふえぇ……それは、そうだけど……」

 

 そうだけど、なのね。本当に恋愛観に関しては私も光博もあなたがブラックボックスという扱いになっているのよ? リサちゃんが言っていたことの受け売りになってしまうけれど、花音は私と違ってどうにも好きになるとその相手を振り回したくてしょうがなくなってしまうタイプのようだ。まぁ言わば秘密という首輪は着けられてもあくまで自分の気のまま、思うがままの恋愛をしたいってことなのね。

 

「私ね、恋するってなにかなってわかっちゃったことがあるんだけど」

「あら、聞かせてもらえるかしら?」

「賢くいようとしても、ダメなんだなぁって」

「なるほど、恋愛ごとにクレバーさを求める方がバカだ、という理論ね」

「そうなるのかなぁ……?」

「……花音、私ケンカを売られてるのよね?」

「ふえぇ……! な、なんでぇ〜……?」

 

 なんで、って少なくとも私はクレバーな恋愛をしようと心がけてるからよ。全く、趣味は合うのにどうしてこういう時の考え方は逆なのかしら。不思議よね。そして、私がクレバーでいなければ大変なことになってるわよ今頃、そもそも付き合いだした時点でスキャンダルで私とついでに光博のネットでの扱いがすごいことになっていたでしょうね。

 

「それじゃあ、光博くんの様子見に行ってくるね」

「ええ、私は先に帰ってるわ」

「……やっぱり一緒にいかない?」

「やめておくわ」

 

 忙しさとは無縁の、親友との穏やかなひとときを過ごして、私たちは一旦の解散となった。

 ふふ、帰るだなんておかしな表現ね。私の家はちゃんと別にあって、向かっているのは光博の家なのに。不意におかしくなってしまって、私は緩む口許が制御できなかった。それがマネージャーに明日の迎えの時間を電話している際にも出てしまったのだろう。少しだけ笑われてしまう。

 

「どうしたんです? デートでもできました?」

「そうじゃなくて、でも幸せだなぁと思って」

「……今、こっちの方でもなんとか調整してますんで」

「何か新しい仕事でしょうか?」

「いや……まだ一度もデート、されてないんで」

 

 ちょっと驚く。確かに私は光博と二人で出掛けた経験は一度だってない。でもそれが当たり前よね。私と彼は秘密の恋人で、外で二人きりになるのは彼のバイト先か、さっきまで花音と過ごしていた羽沢珈琲店だけ。外はどこに目が、そしてカメラがあるかわからない以上、花音のように暇を合わせても水族館に繰り出すことも、ラブホテルに行く行かないで言い争うこともない。

 

「契約としては、別に問題ないんですけどね、恋愛」

「……ええ、はい……でも」

「あー、週刊誌に載ったら切り捨てると思いますよ。なんせ無能事務所なんで」

「本当に」

 

 どんなペナルティがあるか、なんて予想はつく。決して大手ではないとはいえ、所属している芸能人に対する扱いが悪いのよね本当に。そもそも向こうが当初と言ってること違うなんてザラだし。なんて愚痴を言ってるけどそもそもパスパレも、レッスンは週一、楽器は持ってるだけでいいって契約だったから受けたのに。

 

「今やほぼ毎日レッスンありますからね」

「楽器も弾かされて、って言ってもそれはあの子たちの熱意に応えようって気持ちもあったし……それはいいんですけど」

 

 そもそも、最初にアテフリ用に渡されたベースなんて私、手が届かなかったのだから。それで自分で調べて、少し前に有名になったガールズバンドのベーシストが使っていた今の小柄なベースを見つけて、これじゃないとすぐアテフリもバレてしまうと説明して、それでようやく指が届くくらいなのだから。というか決まってなかったとはいえメンバーで一番小柄な私にベース持たせるのってどうなのよ。

 

「そうだったんですね」

「今は、もう手に持つことも馴染んだし、色んなバンドに出逢う中で同じように小柄な子がベースを持ってることもありますから」

 

 パッと思いつくのはポピパの牛込りみちゃんかしら。あの子はすごく上手で私としても参考になることも多いのよね。

 ──そんな雑談になってしまったことを含めて、時間を取らせてしまったことをマネージャーに謝罪するといいですよと優しい声で返された。

 

「そういうのを訊くのもまた、マネージャーの仕事なんで」

「……あなたはやっぱり、あの事務所にいるのが勿体ないですね」

「あはは、そう言ってもらえると幸いです。いざとなったら転職すればいいやって思えるんで」

 

 彼女のその冗談めいた言葉に釣られて笑って、もう一度だけありがとうございますと伝えて電話を切った。それとほぼ時を同じくして扉が開く音がした。花音と光博が帰ってきたのだろう。私はそんな二人を出迎えた。きっと二人は誰かに隠れることなく並んで歩いて帰ってきたのだろう。私にはそれができない、私は、誰にも見つからないところで彼を求めることしかできない。

 

「おかえりなさい」

「ただいま、千聖さん」

 

 でもそれが、それこそが私の恋なのだ。甘い秘密に包まれた苦味があって、それはまるでコーヒーのようで時々、顔をしかめてしまう時もあるけれど。今はとても幸せだ。光博がこんなどうしようもなく面倒な私を受け止めてくれる、この甘い甘い秘密の恋が、幸せでしょうがない。

 

「千聖さん? えっと俺はいつまでこうしてればいいんでしょうか?」

「ん……もうあと五分」

「ふえぇ……もうマネージャーさん迎えに来てるよ……?」

「待たせておけばいいのよ」

「いやいや」

 

 甘えたくなったらいつ来てもいいから、と言われて私はその優しい言葉に送り出される。家の前に停まっていた車に乗り込み、緩んでいた頬をなるべく仕事モードに変えていく。けれどミラー越しに暖かい視線が送られてくる気がするのは、まだ少し仕事モードに入りきれていないからだろう。

 

「おはようございます、白鷺さん」

「ええ、おはようございますマネージャー」

「その様子だと、朝は大変満足されたようですね」

「まぁ……ふふ」

 

 車で流れる景色を眺めながら、私は少しずつ冷えていく秋の空に、けれどまだまだ暑い秋の空を見上げた。今日も快晴だけれど、どうやら午後からは崩れて雨が降るかもしれない、と光博が私を抱きしめながら教えてくれたその声を思い出し、頬がまた緩み始めた。車の中まではいいですよというマネージャーの声に甘える形で。

 

「……電話か、ちょっとすいません、その辺止めますね」

「ええ」

 

 ──そんな次の仕事先へと向かう途中、マネージャーの電話が鳴った。脇に止め、黄色いハザードランプが点滅するその規則的な音をBGMに彼女が電話に出た。まったく、最近だとハンズフリーとかあるのだから使えばいいのに、とは思いつつも社用車にスマホを連携するのをなんとなく事務所は嫌がりそうだなと考えながら彼女の応対を聞いていた。

 

「はい、はい……え、今からですか? はいええ、はい……わかりました。ではえーっとですね、はい、十五分くらいで戻れますんで、はい」

「……戻る?」

「はい、失礼します……なんなんですかね」

「どうか、しましたか?」

「なんか、今すぐ白鷺さん連れて事務所戻らないといけないらしくて」

「……事務所に?」

 

 仕事をドタキャンしてまで事務所に戻る、という言葉はさすがのマネージャーも納得がいっていないようで怪訝な顔をしていた。売れ始めたと言ってもまだまだ私を含めてパスパレは下地を築いている段階だ。それをドタキャンするというのはそれ相応のリスクを払うということになる。私も気持ちの上では反対しているが、それが事務所の判断とするなら文句は言えない。大変なのはマネージャーの方だけれど。

 

「先方に連絡……なんてしてるわけないですよねぇ」

「してないでしょうね」

「はぁ……電話します……」

「……お願いしますね」

 

 案の定、電話口から聞こえるレベルの音量の罵声が飛んできていた。マネージャーのせいではないとしても、その怒りを受けるのはマネージャーの仕事なのだ。理不尽だろうとなんだろうと、呼び出した本人たちは全くもって頭を下げない。そして事情を説明されようとも先方はドタキャンの連絡をしたマネージャーに怒りをぶつける。そういう仕事だ。そういうリスクがあることを承知で、彼女はマネージャーをやっているのだから。

 

「はぁ……てか五分以上怒られた……上司にもうちょいかかるって伝えないとだ〜」

「お疲れさまです」

「なんなんですかねホントに……」

「愚痴なら多少お付き合いしますよ」

「あはは……」

 

 車が進み、やがて逆の道を進み出す。理不尽はさておき五分間謂われなのない怒りを受け止めるのにさすがに堪えたのだろう少し素が出てることにおかしくなる。さて、戻ってきて何があるのだろうか、鬼が出るか蛇が出るか。

 ──私は少しだけ慢心をしていたのかもしれない。これから始まる波乱と暴嵐に対してなんの準備もすることなく今朝の光博のぬくもりを思い出していたのだから。

 

 

 

 

 




事務所のお偉いさん「白鷺! 戻れ!」

無能事務所のガバりまくりのオリチャによるグダリまくりの第二章をお楽しみください()

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