相手がどういう人物であろうと、契約に反していなかろうと、事務所からしたら隠しておきたいことなんだという事実を呑み込み、俺たちは一旦落ち着くという意味合いも含めて、餃子を焼いていた。俺が作ったのより明らかにひまりちゃんやリサ、そして奥沢さんが作ったものの方がキレイという状況に少しだけ涙が出そうになる。
「んでさ、どうすんの?」
「俺は、あんまり動いたらまずそう……じゃない?」
「まーそうなりますよね」
「でも、不自然なこといっぱいあるよね?」
花音の言葉にリサがそうなんだろうけど、とため息を溢した。いくら理不尽でも不自然でも、俺はどうしたってここでノコノコと千聖さんに会いに行くのは無謀であり現状を悪化させることしかできなさそうなので何もできない。うーんと唸っているとヒョイヒョイと餃子が消えていく。調子よく食べてるのはひまりちゃんとこころだった。
「とりあえず千聖さんからも事情訊けばいいんですよね?」
「そうだね、でもどうしたら」
「あ、謹慎なら学校来るんじゃないですか? 」
「確かに、花女なら花音に訊いてきてもらえるし」
「どーだろうね、もしかしたら自宅謹慎の可能性もあると思うな」
こういう時に何もできないのは歯がゆいな。花音やリサたちに任せきりになっちゃうのか。本当は俺も千聖さんに起きた理不尽を解決してあげたい。今まで何度も何度も助けてもらったあの人への恩返しがしたいし、なんだかんだで寂しがり屋のあの人の傍にいてあげたいのに。
「大丈夫、大丈夫だよ光博くん」
「花音」
「私も、千聖ちゃんのために何かしてあげたいから……だから今は、私にまかせて、ね?」
花音の言葉に俺は頷いた。頷くしかなかった。そもそも、俺が油断しきっていたのが悪いんだ。六月始めに引っ越してから三ヶ月、特に夏休みなんかは三人、ないしはリサやひまりちゃんなんかを交えて遊びに行ったり、バイト先で色んなガールズバンドの子と絡んだりしてて油断してた。そう、油断して慢心してたんだ。この世界は俺に都合がよくて、千聖さんの関係も、この歪な二股も受け入れて祝福してくれる人ばっかりなんだって。
──でも、現実は当たり前だけどそうじゃない。少し前の俺だってきっと同じ境遇の男を知ったら吐き捨てるだろうね。
「それじゃあ光博さん花音さん、おやすみなさい」
「あ、餃子ごちそうさまでした」
「また遊びに来るわね! 今度は千聖も一緒だったら嬉しいわ!」
「なんかあったらアタシに言いなよ、前みたく電話でもいいからね」
「うん……みんなありがとう」
こころの黒服さんが用意したお迎えに乗って、リサ、ひまりちゃん、奥沢さん、こころの四人はそれぞれの家へと帰っていき俺んちには静寂と花音だけが残った。これから、どうなるんだろう。千聖さんに会えないことよりも、もしかしたらこのまま千聖さんが芸能活動できなくなるのかもしれないって想像する方が怖かった。俺のせいで千聖さんが輝ける場所がなくなっちゃうんじゃないかって考えると怖くてしょうがない。
「……光博くん」
「ご、ごめん花音……俺」
「ううん、でも……今日は一緒に寝るから」
「花音?」
「──私、最低だね」
急に抱きついてきて、涙を溢して、子どもみたいに泣きじゃくって。俺は何がなんだかわからずにオロオロしてしまう。そんな焦りの中でもちゃんと抱きしめられるようになっただけ以前とは比べ物にならない成長を遂げていることもちゃんとここに記そうと思います。前だったら混乱してわけわからんくてワンチャン俺も泣いてた。
「今、私ね……嫉妬してたんだ……私を見てよ、ここにいない千聖ちゃんじゃなくて、隣にいる私だけを見てよって」
「……そ、そっか」
「こんなこと、してる場合じゃないのにね」
そう、そうだけど。きっと花音にとっては今が
「ごめんね……光博くん」
「謝らなくていいよ」
「でも」
「謝られたら……俺、ホントにどうしたらいいのかわかんなくなるから」
「……うん」
どっちかを選ぶなんてクソみたいな贅沢なこと、したくもないと思っていた。だってどっちも俺みたいなのには勿体なさすぎる人だ。千聖さんは厳しいけど優しくて、クールに見えて温かい人で、いつもは秘密にしているであろう一面を発見するたびにどんどん好きになる。この人が愛しいって思える。そんな魅力的でかわいらしい人だ。花音は、おっとりしてるけどガッツと行動力があって、ふわふわしてるんだけどちょっと強引でわがままなところもあってそれがかわいいんだ。振り回してる時の笑顔や、好きって伝える時の笑顔、どっちも好きなんだ。
──そんな二人を比べて、優劣をつけて、片方を俺が
「私はね……それでも光博くんが好きだよ」
「なんで?」
「……なんでだろうね?」
困ったような顔で花音は笑った。俺みたいなどっちつかずのクズ野郎を好きになる理由はなんだろう。四ヶ月だよ、四ヶ月も二股生活を送って、三ヶ月はこのベッドで寝泊まりした。三人で寝たこともあればどっちかと寝たこともある。その全てのシチュエーションで俺は幸せそうじゃない花音や千聖さんを見たことがなかった。
「匂い」
「え?」
「ぎゅーってすると、光博くんの匂いがして、それが好き」
「そ、そっか」
「あとね、声も」
「へ、ありがとう……?」
「うんうん、あとは……」
ベッドで横になった花音はそうやってたくさん、俺の好きなところを教えてくれる。匂い、声、仕草、優しく撫でてくれる瞬間、わがままを言った時のしょうがないなって笑顔、ご飯作ってる時の横顔、何かあるとすぐキスするのが好きなところ、いつも水族館デートなのに文句言うどころか一緒に楽しそうにしてくれるところ、名前いっぱい呼んでくれるところ──そうやってたくさん、本当にたくさんの好きが花音の口から溢れ出した。
「まだまだいーっぱい、本当にいっぱいあるんだよ? 光博くんの好きなところ」
「……花音」
「だから、俺みたいな、とかそういうの……よくないよ?」
「でも」
「だめ」
「……はい」
ああ、やっぱり俺は花音が好きだ。この包み込むような優しさをもった彼女が大好きなんだ。撫でると嬉しそうに目を閉じて、やがて眠りの世界に誘われる彼女が、俺は。
──でも同時に、やっぱり千聖さんへの想いも確固として胸にあって。俺はなんて罪深いんだろうな。花音のことだけを好きだった頃にはもう戻れないんだということを胸に刻み込みながら、俺も眠りに誘われていった。
謹慎を言い渡される直前、マネージャーがやや不満そうに事務所に戻ってすぐのこと。目の前にあるなんともレトロな紙の脅迫文と犯行声明、そして同封された写真に目を通しながら、私も油断していたのかしらと少し反省をしていた。
──そして、目の前には怒り心頭のご様子の……誰だったかしら? そうそう、社長の息子さんの学生時代の御学友だったらしい芸能総合プロデューサーね。あんまりにもこっちに関わってこないから忘れていたわ。
「相手は
「説明……ですか」
はぁ、
「私、契約違反をした覚えはありませんけれど……ですからマネージャーにも許可をもらってリスクが少ない送迎を選んでいますし──」
「──言い訳を聞きたいわけではない!」
説明要求しといて言い訳って、じゃあ話すことなんてなんにもないわよ。プロデューサーもオロオロしてるだけだし、こんなの糾弾すべきというかとっととこの写真を撮った挙げ句に殺害予告と放火宣言というストーカー以下の男を逮捕して罪に問うべきところでしょう。まぁそうなった場合向こうがどうしてこの行為をするに至ったかも報道されるでしょうけど。
「まぁいい。キミは謹慎処分とする。マネージャーも同様にな」
「……もみ消すつもりですか?」
「こんなもの表に出せば我々のイメージに関わる!」
「相手、犯罪行為に走っているのに?」
「こんなもの、口だけだ」
この事務所、イカれてるわね。マネージャーはずっとムスっとした顔で睨んで口を挟んではこなかったがそこでようやく口を開いた。いえ、口を開くより前に会議室の机の上にあったその脅迫文やら写真やらを全部手で払い除けて床に散らかした。そして犯行声明文を足で踏み潰し、静かに言ってみせた。
「所属アイドルを、たとえそれが金なる木だろうと金の卵を生むガチョウだろうと、どう扱おうが勝手ですが、それを危険に晒すつもりですか?」
「なんだその態度は」
「こっちのセリフですよ。白鷺さんは十二分に自身の価値を証明してる。それを、こんなことで」
「──キミは、だから私は女にマネージャーをやらせるのは反対だったんだ! 感情でものをしゃべる! 挙げ句に率先してその
「一番リスクが少なくかつ、彼女のパフォーマンスを活かせる方法です! 」
「それを決めるのは
言い争いが始まったので、私はプロデューサーに手招きをする。青い顔しているところ申し訳ないのだけれどお説教の時間よプロデューサー。大丈夫よ、なるべくにこやかに話しかけてあげるのだから、感謝しなさい? 私だって反省するところがないわけではないのだし、ひとまずお説教じゃなくて事情聴取かしら?
「で? 詳しい事情を説明してくれるのよね?」
「……それは、さっきの説明通り……」
「私、契約違反してないって、認めますよね? なんなら写し持ってきましょうか?」
「は、はいそのとおりです……でも、契約と印象は、別物だから暗黙の了解的に……」
「……なにか言ったかしら?」
「ひっ」
嫌だったら契約に書けばいいのよ。それで万事解決するのに暗黙とか言ってるからこうなるのよ。私がやらかしたミスを棚上げして問い詰めていくとポロポロと気弱なプロデューサーは泣きそうになりながら、実はあのストーカーが私たちパスパレのCDを作ってもらっているレコード会社の役員の息子さんらしいということを教えてくれた。しかも先程の上役の言葉通り熱心なファンのようで近々お気に入りである私かイヴちゃん辺りを紹介して……この事務所、無能な上にお得意様の親族相手にキャバクラを開こうっていうのね、見上げた商魂だわ。腐ってるわよその性根。
「はぁ……ありえなさすぎて笑えてきちゃいますね……」
「本当に、あなたも……不運? でしたね。マネジメントしたのが私で」
「いやいや、白鷺さんでよかったですよ。ラッキーって言っていいくらい」
結局、私はしばらく体調不良による芸能活動の休止として自宅謹慎を命じられた。マネージャーも同じく当面の自宅謹慎、というか懲戒処分もあるかもしれないらしい。私はともかくマネージャーは訴えたら勝てると思うのだけれど。
──はぁ、光博にはしばらく会えないわね……どうしたものかしら。そう考えるともう少し態度を軟化させるべきだったかしら。いえ、今更そんなことを言ったって意味のないことだし、きっと変わらなかったでしょうね。
「今頃、なにしてるのかしら……光博のご飯が食べたいわ……」
両親は事情を知って、きっと光博がなんとかしようと頑張ってくれるよと笑ってくれたけれど。その間もずっと、花音は彼を支えようとするのよね。そう考えると胸の中にチクリと痛みが走ってモヤモヤが広がっていく。囚われのお姫様というのは柄じゃない。そういうのは花音の役割なのに。いつもは羨ましかった花音の役割が、今回だけはちっとも嬉しくなかった。
ここから光博が頑張って事務所やストーカー相手に戦いを挑むーーと間違いなくバッドエンドなのでやめましょう。後そういうの絡めると単純に面白くない(1敗)
あくまでこの事件はきっかけになります。これによって三人の関係がまた、ゆっくりと歪に捻れていくだけなのです。