バイト先のファストフード店で私はひまりちゃんと彩ちゃんに問い詰められていた。内容はもちろん、私が光博くんとお別れしたこと。でも特にひまりちゃんは全然納得できてないみたいで、すごくなんていうんだろう……怒ってる、わけじゃなくて。ううん、怒ってるんだろうけど、本当に言葉通りだと思う。
「──納得いかない!」
「ふえぇ……ひ、ひまりちゃん……声おっきいよお」
「だって、だって! そんなの納得しちゃったんですか?」
「ちょ、ちょっとひまり、落ち着けって」
「だって……」
「あはは……でも、私もなんかすごく……なんて言ったらいいかわかんないけど。変、だなぁって思うな」
「彩ちゃん」
みんなが納得いってないのは光博くんが別れる時に口にした理由だった。気持ち悪い、みんなに受け入れられるのがどうしても自分の中でうまく処理ができない。それが変なのは、うんそうだと思う。私もそれだけだったら絶対にいいよなんて言わなかった。だって、私からしたら他人の目なんて理由にならない。認められようと、たとえ認められなくても。私は私の好きのために、全力で私の好きを守りたいから。
「だったらどうして?」
「……光博くんはね、あのままじゃダメだって思ったんだよ」
「ダメって、何がダメだったんですか?」
あの時、光博くんが見ていたのは私じゃなかった。私じゃなくて、千聖ちゃんだった。もちろん、光博くんが私のことを痛いくらい好きでいてくれてたのは事実なんだけどね。でも、光博くんがあの時見ていたのは私じゃなくて千聖ちゃんだった。どっちのほうが好きとかそういうんじゃなくて、千聖ちゃんじゃないとダメだったんだ。
「それが、ダメなんだよ」
「……よくわかりません」
「うん、簡単に言うと千聖ちゃんのほうが都合がよかったって感じで」
「──それで納得したの?」
ふえぇ? なんか怒られてる? 彩ちゃんがすごく眉を吊り上げて、それでとっても悲しそうな顔をしていて。私も同じように少し悲しくなってしまう。納得できないことなんて山程あるけど、あるけど……あのまま三人でいたとしても、いつか、もっとヒドイ形で崩れてたと思う。期間限定の幸せ、あの空間はそんな言葉がぴったり当てはまってる気がする。
「期間限定……かぁ」
「光博くんはあの事件でそれを強く感じたんだと思う」
「だからって、花音さんだけってのはひどくないですか?」
私だけなのは、しょうがない部分もあるんだよ。きっと千聖ちゃんに同じ別れ話を切り出しても納得はしないだろうし、それにあのお家は千聖ちゃんにとっての心の拠り所だから。前から親友であり千聖ちゃんが素顔でいられるって言ってくれてた私だったけど、それでもあの家にいる時の千聖ちゃんは私にとっては新鮮だった。
「千聖さーん、寝るなら部屋行かないと風邪引くよ」
「……じゃあ連れてって」
「ええー、今洗い物中なんだけど」
「ふふ、行ってらっしゃい」
「ごめんね花音」
「大丈夫」
私とお出かけしている時の千聖ちゃんは確かにお仕事している時とは違ってかわいくて、でもしっかりしてるなあ、背筋をまっすぐ伸ばして歩く姿に自信が満ちてるみたいだった。
──でも、光博くんを前にすると甘えん坊で、好きでいてもらってることに自信のない、そんな子になっちゃう。そして千聖ちゃんにとってはその二つを行き来することがお仕事をする時に大事なことだった。それを急に失うってなったら千聖ちゃんは崩壊しちゃうから。
「それ、千聖さんが依存してるってことですか?」
「うん」
「想像できないけど、花音ちゃんの言ってることもわかるかも。あの間に一度会いに行ったんだけど、すごく落ち込んでたから」
そう、光博くんも確信したのはそこなんだと思う。あのストーカー事件で事務所から一方的に謹慎を言い渡されて、光博くんにも会えない日が続いて、やっと会えたって時に千聖ちゃんはすごく子どもみたいに泣きじゃくって、縋って、もうホントに一生離れませんみたいなくらいにくっついてたから。
「だから、正直私の存在が千聖ちゃんの負担になってたのかも……」
「確かに、そうなると不安ですよね。いつか二人が自分の元からいなくなっちゃうのかもって……思うのは」
光博くんはそんな千聖ちゃんに別れて、なんて言えるわけがない。私に言うのもすごく躊躇って最初に嫌がった時に事情を説明してくれた上でそれでもやっぱりやめようとしてたくらい、彼にとっても私や千聖ちゃんは常識的じゃない、そんな嫌悪感、気持ち悪いって気持ちを上回るくらいに幸せだったんだから。だから、
「おつかれさまです……あ」
「おっす、お疲れ花音」
「……うん」
バイトが終わって私が事務所に入るとそこにはバイトリーダーであるカレ、私にとっては元カレになる人物がそこにいた。二度目の別れ方が結構、なんていうかヒドかったからちょっと気まずかったんだけど、意外にもカレは変わらない反応で笑いかけてくる。ここから夜までなんだろうな。前はそれが連続している時は私がお家に行って、ご飯を作ってあげて帰りを待つ、なんてこともしたなぁということを思い出していた。
「なぁ」
「……ん?」
「別れたって本当か?」
「うん」
そっか、結構噂っていうか話が広がっちゃってるんだということを認識させられていると、オレが店長に仲良かったんだからフォローしてあげてよって言われたことを教えてもらってちょっと苦笑いしちゃう。元カレだっていうのを知ってるのはひまりちゃんくらいだからなんだか、おかしなことを言われてるみたいだね。
「確かにな……まぁ元カレでいいなら愚痴ってもいいけどな」
「うーん、それさ……妬いちゃわない? 私だったらぜーったい嫌な顔しちゃうよ?」
「……あ、それもそうだな、やっぱなしで」
「もう、なにそれ……ふふ」
「ぷっ……はは」
なんか、笑っちゃった。カレとこんな風に純粋に笑いあったのはいつのことだろうか、特に二度目のお付き合いをしてからの私は心の底から笑えてなかったような気がする。光博くんのことばっかりで、カレのことなんてなんにも考えてなくて、傷つけてばっかりだった。私は、最低な子だ。
「そうだな、最低だ」
「……ごめんね」
「でも、それでもいいって言ったオレも最低だった」
「うん」
「だから、謝るならオレもだ……ごめん」
私は頷くことしかできなかった。もっと怒ってくれていいのに、もっと私を嫌ってくれてよかったのに。目の前にいるカレはちっとも変わらないカレで。ああ、そうだカレも光博くんも、私はそういうところが好きになったんだ。変わることが怖くて、変われない自分が嫌いで、そうやって泣いてばかりで蹲っていた私にとって、私に手を伸ばしてくれるみんなが、眩しすぎる光のようで。
──私は、この人たちに照らされて頑張って真似しようって思って輝こうとしたんだ。
『オレ……花音が好きなんだ、だから、傍にいてほしい』
『勇気なら、あたしがあげるわ!』
『花音がいてくれてよかった、ありがとう花音』
私にとってはみんながみんな太陽みたいにピカピカで、キラキラしてて、私はそこを目指しても上手く泳げなくて。でもやり方は教えてもらった。真似しかできない私だけど、勇気を誰かにあげるおまじないを、傷つく覚悟をあげるおまじないは私もよく知っている。カレや光博くんがしてくれたように。そして、誰よりこころちゃんがくれた勇気が私の胸の中にはあるから。
「あのね」
「ん?」
「全部、全部終わったら……私の話、聞いてもらえ……ますか?」
「全部……か。つまり、
「……うん」
そう、私たち三人の関係はこれでおしまいじゃない。まだ終わってない。でも私と光博くんは終わらせるための引き金を引いた。今度こそ、本当にみんなで笑顔になるための悲しみの弾丸がでる銃の引き金を。
──それが終わったらきっと、またきっと、あなたにお話ができるといいな。笑って、おしゃべりができるといいな。
「犠牲になろうとするなよ」
「……え?」
「
「そう……そうだね。うん、だったらとびっきり……わがままになっちゃっていいかな?」
「もちろん、それが恋愛、なんだろ?」
「うん……!」
恋は甘くて、砂糖みたいにとろける魅惑の味。苦いものもあっという間に甘くしていくまるで魔法のような気持ち。そして私は、光博くんを笑顔にしてあげたい。私が、私の隣にいる光博くんを笑顔にしたい。だから私は──最初に
「はーい、ごめんおまたせ花音」
「おじゃまします、
「うん……ごめんね花音」
「ふふ、謝らなくて大丈夫だよ、今日は千聖ちゃん来ないんだよね?」
「そうじゃないと花音を呼ばないって」
「わかった……今日は、泊まっていくね」
「……うん、そのつもりでしょ?」
「もちろん」
そのためには、私は苦い秘密も全部、飲み込んであげる。恋の甘さを混ぜて、飲み干してそれをくれる光博くんにもっとって求めていく。名前を呼んで、頭を撫でて、光博くんは私を愛してくれる。大好きって気持ちを乗せてくれる。それがもう数日前とは名前が違うものだってことを二人とも知っていながら。
「……なんかさ」
「ん?」
「花音が言ってた……性行為も愛のうち……っていうの、花音とだとなんかわかる気がする」
「わかって、もっともっと、わかってほしい」
「花音……」
「ほら、気持ち悪い? 私は、汚い?」
「……ううん、そんなことない。花音は、キレイだよ」
「光博くんは……変わらないね」
こんな欲しがりでわがままな私を、それでも光博くんはキレイだよって笑ってくれる。好きの花束を渡してくれる。その上で振り回しても許してくれる。こんな私を知ってもキレイって言ってくれる光博くんになら、そのキレイな花束でも私は嬉しくて、幸せになっちゃえるんだ。キミは怖がりな私を変えてくれた。傍にいて、安心させてくれた。
──だから今度は、私がキミにいーっぱい花束をあげるね。
「ねぇ……光博くん」
「……その顔、ずるいよ」
「嫌、だった……?」
「そんなわけない、でも、たまには俺にも欲しがらせてほしいな」
「きゃ、ふえぇ……光博くんの顔も、ずるいもん……」
「嫌そうじゃない」
「……嫌じゃないよ」
恋人同士じゃなくなったのに、私は恋人のように光博くんの腕の中で眠る。おやすみって優しい声をかけてもらって、大好きな人の匂いに、ぬくもりに包まれて。願わくば、このぬくもりとずっとずっと一緒にいられますように。そしてその時はもう、光博くんにとって恋や秘密が気持ち悪いものでなくなっていますように。そう願いながら、私は光博くんと幸せな夢を見ていた。
当初の計画(光博立案):別れたあとにそれでも花音との関係を持ち、浮気をすることで自分が悪役になりすべてを断ち切るという悲しいもの。だが当の花音が許すはずもなく、自分が消えることを選ぼうとしたが元カレのバイトリーダーに言われて、千聖への挑戦状を叩きつけるという結果になった。手袋投げた。