ちょっとなんか色々と工作していて気付いたことがある。恋も秘密も、俺には甘ったるいものなんだなぁって。正直、あの気持ち悪い状況を打開するためには浮気するかなんかして千聖さんを幻滅させてしまえばって謎のひらめきに至ったものの、結局相手に選ぶのなんて花音くらいしか無理なんだから、秘密を抱えつつもあんまり変わらない生活を送っていた。ちなみに花音にはたったそんだけのために泣かせないでと怒られた上でいずれはバラすんだからあんまりコソコソしないからねと宣言された。さすがは秘密嫌い。
「ただいま」
「おかえり千聖さん」
「あら、今日はなにを作ってるの?」
「オムライス、リサが上手にひっくり返せるように練習しろって」
「そう、私の分はあるかしら?」
「もちろん」
変わったことといえば千聖さんが前にも増してウチに入り浸るようになった。それを花音に報告したところ、自分がいなくなったせいで少し不安定になってるのかもと言われた。俺としてはちょっとそれがショックだった部分もある。
そもそも、千聖さんが誰かに依存して、寄りかかってようやくいつもの顔が保てるというのが、なんか嫌だって思うんだよな。もちろん千聖さんだって一人の女の子で決して強い人じゃないことくらいわかってるけど。
「光博くん的に、何がダメなの?」
「俺に出逢う前の千聖さんは、それこそ俺がいなくなって芸能活動ができてたわけでしょ?」
「そうだね」
「でも今は俺がいないと多分あの人はダメになっちゃう、俺がもし今、一緒にいられないって言って突き放したら」
「……うん」
きっと千聖さんは立ち上がることも、息をすることもできなくなってしまう。依存っていうのはそういうことだ。手足をもがれて、息の仕方さえも奪われているようなもの。でも傍に誰かがいれば不安じゃなくなっちゃうから、余計に厄介だよね。そして、それよりもっと懸念しているのが世間的に明るみになってはいけない秘密の関係だってところだ。
「この間のは向こうがガチの犯罪者だったから助かったけど、次はどうだろうね」
「記者とか、普通のファンとか」
「そうそう、そうなったら事務所はやっぱり千聖さんを切ると思う」
彩さんとか麻弥さんは千聖さんの凄さや事務所のエースとしてどうのって話を聞いたけど、でもやっぱりそれも事務所全体から見たら些細なもので、きっと契約や経歴よりも体裁を取ると思う。それは、すごく怖いことだ。いつか本当に俺のせいで千聖さんが芸能界から姿を消すのは、怖い。
「探られたくない肚があるっていうのは、千聖さんにとってよくないことでしょ?」
「そうだね……うん確かに」
そう考えると千聖さんってすごく進むも戻るも大変な状況下にあるんだよね。このまま付き合っていくにはリスクがでかすぎる。今回の事件のことを嗅ぎつけた人間がいたら、それだけで崩壊する。でもだからって別れるというのを考えることもできない。離れたくても、いや離れたいなんて一瞬たりとも考えることがない。会えないだけで世間にはお見せできない顔になったあの人が俺に一方的に別れを告げられていつ立ち直るかなんて考えたくもない。
「まさか千聖さんが、そうなっちゃうなんて思ってもなかったけど……」
「光博くんは、暖かくて甘くて、傍にいてくれると幸せになっちゃうからね」
「……俺って麻薬か何かだったのか」
「そうかも?」
そうかもじゃないんですよ花音さん。どうやら俺は他人を依存させるのが上手な体質らしい。なんだそれと思うとタイミングの良さを解説してくれる。タイミングか、そう言われるとクリスマスイブの失敗が頭に浮かぶからなんとも喜びにくいね。花音はそんな俺の苦笑いに微笑みで首を振る。
「光博くん、間の取り方上手だよ?」
「そ、そうなのか?」
「こう、何ていうんだろうね……甘やかされたい段階があるんだよ、私はね?」
「ふむ」
例えば触れられて甘やかされたい時、頭を撫でられたりキスをしたりしたいって思う時だな。その時と傍にいて話をしてほしいだけの時、話を聞いてほしい時、一人にしてほしい時、そのタイミングの取り方が上手らしい。無意識だね、無意識というか花音や千聖さんから出てくるサインに気付いてるだけというか。
「ふふ、それができるから、光博くんは二股できちゃうんだけどね」
「……これ、女誑しの能力だったのか」
「まぁこれ、千聖さんと花音にしか使えないけど」
「リサちゃんにも使えると思うよ」
「それは認めたくないので忘れることにする」
確かにちゃんと見ればわかる気がしてきた。うん、やめようこの話は。俺は女誑しにはならないんだって生きてきたのに自分が無意識に使ってきた察知能力が二股でなんとかなってた理由とか知りたくなかったよ。しかも何が厄介って本人たちはそのサインを俺に出してないのに俺が気付いちゃえることなんだよな。
「うーんと、餌のやり方がうまい?」
「やめてくれよ」
十八年生きてきて初めて褒め言葉にやめてくれって言いたくなったよ。だからこの話はやめよう、うんやめよう!
──閑話休題、話を戻しましょうね。えっと千聖さんが依存してしまっている原因が俺にあることはよくわかった。うん、弱った千聖さんには劇薬が過ぎたんだろうな。
「私にも」
「うん、そうだね」
弱った千聖さんや甘い愛を求めていた花音には劇薬が過ぎたんだろうな。あーあ、でも俺だって好きな人が笑ってくれるならって頑張ってたのに。なんか、やるせないというか、間違えたのかな。ため息を吐くと花音は俺の頭に手を伸ばして撫でてくれた。あの、ここ一応公共の喫茶店なんで恥ずかしいんですよ。
「間違いじゃないよ、誰かが間違えてたら、こんな風にはならないよ」
「……花音」
「ふふ、よしよし」
なんか妙に花音が嬉しそうに頭を撫でてくる。ちょっとほっとしてる自分が更に恥ずかしいんだけど。ただ脱力してしまい、まるで花に誘われるように思考を放棄しそうになる。危な、この子の手とぬくもりのほうがよっぽど麻薬なんだけど、癒やしオーラで絆してどうするつもりなんだよ。
「え、今日千聖ちゃんいないんでしょ?」
「もしや話を切り上げて家に行こうとしてる?」
「……ふふ」
いやふふじゃないんだが。というかなんでそんな生き生きしてるんだよ。浮気なのに、一応浮気なんだぞ。
とはいえ、時間もいい感じであったため家に向かうことにした。道中、花音は手を繋いでまるで恋人同士のように、というか別れる前となにも変わらない態度で、変わらない笑顔で、花音は傍にいてくれる。
「今日のご飯は何にしよっか?」
「花音のお好きに」
「えー、じゃあ……ハンバーグ?」
「好きだね花音」
「えへへ、一緒に作れるから」
「あ、でもお肉買わなきゃだ」
「じゃあ買い物も一緒に……ね?」
俺にとって、この時間は紛れもない癒やしだった。花音が隣にいて優しく微笑んでくれるこの時間が。もちろん、千聖さんが傍で微笑んでくれるのも甘えてくれるのも同じくらい癒やしだけどね。
──離れたくないって思う。気持ち悪いとか、嫌だとか言いながら結局、俺だって二人に依存してるんだろうな。二人がいてくれたから俺は今の俺でいられた。両親という呪縛から逃れて、純粋に自分のために生きることができるようになったのは、花音と千聖さんの二人がいなきゃダメだっただろうから。
「私ね」
「うん」
「離れてなんてあげないから」
「……言うと思ってた」
「そっか……バレてたんだ」
この作戦が成功したら俺は千聖さんに嫌われて、幻滅されて別れるけど、花音はそうじゃないもんね。こんなことに利用したんだし成功したら花音とも終わりって思ってたんだけど、どうやら終わるつもりは全然ないらしい。というかそんなので諦めたら花音じゃない。俺と千聖さんが付き合ってた
「千聖ちゃんに嫌われて、最低なことをしたから私ともお別れ……なんて、許しません」
「厳しいな」
「うん、そのことを後悔して、一緒にこっそりごめんねってしながら……それでも一緒にいるんだ」
「……花音らしいな」
「それに、千聖ちゃんだってそんな簡単じゃないと思うな……」
「そうだろうね」
千聖さんが浮気の現場を目撃してそれでも
「本当はね」
「うん」
「……千聖ちゃんに全部お話して、一度お別れして、ちゃんと大丈夫になったら一緒にいてあげてって言うつもりだったんだ」
「それって」
「私、光博くんと千聖ちゃんが一緒にいられるようにしようって思ってた」
「そうだったのか……」
でもそれは、以前の花音が教えてくれた気持ちと同じものだった。以前の花音は自分が三角形から外れることで千聖さんの気持ちを俺に教えて、その上でどうするかって選択を迫っていたんだ。それは親友である千聖さんを想うが故であって、また何も言えない千聖さんを置き去りにすることへの後ろめたさもあった。
「でも、私は欲張りになるって、わがままになるって決めたんだ」
「だから」
「そう、だから……もう光博くんが気持ち悪いって思わないようにして、その上で私が一緒にいる。私が一緒にいたい」
強い言葉だった。花音の瞳が放つ淡い光は覚悟と決意に満ちていて、本気なんだって思えた。そうだよな、本気なんだ。じゃなきゃ二股でもいいとか、こんな俺のことを追いかけて愛してなんてくれない。甘い声で、求める声で名前を呼んではくれない。
──なにより、それが気持ち悪いだなんて思うはずがなかった。
「たぶん俺、重い女の子の方が合ってたのかもな」
「ふえぇ……それ、私のこと?」
「花音
「む……重くないもん」
「じゃあ、俺みたいな最低な男じゃなくて別の男探さないの?」
「光博くんじゃないから嫌」
「……そういうところだよ」
好きってたくさん言葉にしてくれて、一緒にいないと不機嫌になって、俺を振り回して。デートは月一じゃ足りなくて、それこそ性行為はもっと頻度が高い。断ると嫌だって拗ねるくらいだ。そのくらい、俺のことをたくさん愛してくれる子の方がいいのかもな。千聖さんだって、甘えたいモードの時はすごいからなぁ。
「そう思うとあの日、花音と千聖さんに出逢えて俺は本当に幸せだったんだな。ありがとう花音」
「えへへ……」
「だからこそ、この気持ち悪いって最低な感情を、なんとかしないと」
二人が本気だからこそ、俺だって本気で向き合いたい。そのためにはこの甘い秘密も、甘い恋愛も、すべてを苦くしなくちゃならない。苦くないと、見えないものだってあるんだから。俺としては、なんというか千聖さんが気付いてくれたら嬉しいなぁとか思ってる時点でまだまだなんだろうけど。
「私も、ちょっとだけ同じ気持ちだなぁ」
「花音も?」
「だって、私だって千聖ちゃんのこと大好きだもん。悲しいままで終わらせるのは、ダメだなぁって」
「優しいね、花音は」
そんなことないよ、と笑って二人でハンバーグと幸せを分け合って、眠りについて。朝の寒さにもうすぐクリスマスなんだということに気がついた。仕事の予定のある千聖さんは前の週になんとかデートができるように根回しをしたらしいし、クリスマスイブは花音とのリベンジデートも待っていた。
「そういえばさ、千聖さん」
「なあに?」
「デート先ってどこなの?」
「基本はマネージャーの車で移動するわ」
「ほう……マネージャーの」
そういえばマネージャーさんともしばらく顔合わせてないな。このスケジュールに協力してくれるんだからちゃんとお礼言っとかないとな。時間は夜で午前中は仕事があるためその流れで千聖さんを乗せて駅前で集合、俺がそのまま乗り込んで夜景を楽しみながらのドライブ。うーんもう既にマネージャーさんに申し訳ないけど。
「ご飯は個室のレストランね。クリスマスメニューも出してくれるらしいわ」
「れ、レストラン?」
「ええ、楽しみね」
俺が目を白黒させるけど芸能人御用達しでお忍びデート等によく使われる場所らしい。当然従業員にはコンプラが徹底されていて外部に漏れることもないらしい。うわ、そんなのあるんだ。でもそうじゃないと千聖さんの件で思い知ったけど芸能人の恋愛って大変なのに結構お付き合いしてたり結婚したりしてるもんなぁ。
「そうね、そしてホテルよ」
「ホテルかぁ」
「お酒……とはいかないけれど、夜景を見ながらシャンパンでも空けたいわね」
「……それで、泊まりと」
「もちろん」
そして帰りはマネージャーの車で家の前まで送ってくれて、俺だけが降りてデート終了だそうで。至れりつくせりだなぁと。ところでマネージャーは夜の間とかどうするんだろう。レストランとか一人なのかわいそうだなぁ。彼女にとっては仕事のうちだから平気とかあっさりと言っちゃう千聖さんに俺は苦笑いするしかなかった。
そしてもう十二月になり、終わりが近づいてきました。
たぶん千聖デート(八話)→花音デート(九話)→ラスト(十話)→エピローグ
という形になるかもです。
今のところ得意の分岐ルート等は考えてないです。いつもだけど。