千聖さんとのデート当日、といっても今回は今までとは勝手の違うデートだ。なにせ千聖さんとは初めてのデートだ。割と気合入れていかないと千聖さんにも怒られそうだし、と俺はひまりちゃんやリサを頼った。二人で服を選んでくれて、ついでに二人とショッピングという流れは過去にも何度かやってる。知ってるだろうけど、改めて言ったら千聖さんなら絶対拗ねるけど、リサやひまりちゃんと、特にリサとは二人で出かけることも多い。
「私は、正直……まだ納得してないから!」
「ええ……」
「まぁまぁ、光博だって成長してるんだから、千聖に嫌われて全部最初からやり直そうだなんて考えてないって!」
「え、えーっと……あはは」
リサにはバッチリねらいがバレていたので冷や汗が止まらなかった。後で花音に訊いたら千聖さんが相談までしていたそうで、そりゃバレるって。むしろ千聖さんがその時点で気付いてなかっただけ御の字だよ。そのとおりで、間違えた組木細工を正しく戻すには、一度すべてを壊すしかない。やり直そうと思ったら、全部壊さなきゃいけない。俺のそんな決断にリサはたった一言だけ忠告してくれた。
「モノは間違えたら一回リセットして作り直せばいいんだケドさ、人間関係はリセットできないんだよ? 光博が幸せだって思った日々は、絶対に千聖や花音の心の中に残ってるんだから、いい?」
「……肝に銘じます」
普段は優しいリサのとんでもなく厳しくて、でもやっぱりリサらしい言葉だった。こんだけ助けてもらったんだから、いつかリサが迷ったり困ったりしたら絶対に助けよう。手を差し伸べて一緒に悩んであげよう。そうやって思うほど、友達からの激励は暖かかった。
そんなこんなで夜の帳が降り始めた頃、俺は最後のチェックをしてもらっていた。
「うん、これで大丈夫」
「おお……ありがとう花音」
「えへへ、ふふ……」
「な、なに?」
「髪型とか服とか決まると、いつもよりずーっと素敵だなぁって思って」
「褒めすぎ」
どうやら花音的には百点満点の出来らしくずっとニコニコしている、かわいい。ただあんまりにも褒められすぎて顔見るたびにデレっとされるため恥ずかしくなってきた。というか花音がなんか酔ってるみたいにいつも以上にふわふわしてる。あの、これにトレンチコート羽織って俺は花音を家まで送り届ける任務があるんですが、大丈夫?
「ふえぇ……大丈夫かなあ」
「大丈夫であってほしい」
「うん、頑張る……」
「頑張らないとダメなレベルなのか」
「えへへ‥……」
ダメだこいつ、とイチャイチャしてる場合じゃない。というか恋人とのデート前に浮気相手とイチャついてるの業が深すぎて溺れそうだな。うーん、相手が花音じゃなかったら気持ち悪すぎて体調崩すレベルだな。そうするとこの作戦はやっぱり花音ありきだな。本当に、花音がいいよって言ってくれなかったらどうなっていたのか。
「それじゃあ」
「うん」
「最後に、キスして」
「……ここで?」
「だって、千聖ちゃんが羨ましくて……」
「来週、花音ともデートするんだけどね」
花音にもこれと同じくらい気合入れるつもりだからねと伝えると、嬉しそうに笑いながら踵を上げてくる。やっぱり花音は俺相手になると急にわがままなお姫様だなぁと思いながら唇を重ねた。でも、そんなワガママを言われるのがなんとなく嬉しいなって思うのもやっぱり愛情なんだろうか。
「行ってらっしゃい」
「うん」
暗いからという以上に迷子になってしまう困った欠点を持つ彼女を送り届け駅へと向かう。ところでロータリーにスモークバリバリのちょい高級な車が停まってるの怖くない? 俺はうわぁってなっちゃうよね。まぁ今回はそのちょい高級そうな窓ガラスにスモーク張ってある黒い車に乗り込むわけだけど。
「お疲れ様です」
「あ、お疲れ様です……?」
「マネージャー、お仕事じゃないんですよ?」
「ごめんなさい、それじゃあ出発しましょうか。狭い車内ですけど、くつろいでください」
お言葉に甘えさせてもらっていいのだろうか。後部座席に座ったはいいけどちょっと困っていると発進してすぐ、千聖さんがすぐ隣にまできて唇を重ねてきた。そしてなんだかいつにも増してかわいらしい笑顔で俺に甘えてくる。既にオフ状態だった。車内というプライベート空間で
「ふふ、リサちゃんやひまりちゃんに選んでもらったの? 髪型も」
「うん」
「そう……やっぱりあなたはこうやって髪や服装を整えるとずっと素敵になるわね」
同じこと言われたなぁとは口には出さない。ふと前を見ると心なしか嬉しそうな顔で運転をするマネージャーさんと目が合った。お構いなく、と言われた気がして本当にお構いなくしたら千聖さんがとても世間にはお見せできなくなってしまうんだけどなぁと苦笑いしてしまう。いやもう手遅れか。
「こう見ると、車で走っているだけでもクリスマスなのね……」
「普段はあんまり注目しないけどね」
「そうね」
レストランまでの道をわざわざ遠回りして、渋滞だろうとお構いなしに街中を進んでいく。葉のない悲しげだったはずの街路樹を白の電飾が彩って、お店なんかも赤や緑といった明かりに照らされていた。普段とは違う幻想的な道路に千聖さんはまるで子どものように目を輝かせていて、俺の手を引いては指を差してを繰り返していた。
「それじゃあ、終わったら連絡ください」
「ありがとうございます」
「いえいえ、ごゆっくり」
そう言われてビルに入っていく。入り口で千聖さんが何かを見せるとウェイターさんが恭しく、こちらですと言って個室に通された。個室レストランって、なんだか隠れ家みたいだねと感心していると千聖さんが苦笑しながらコートを壁にあったハンガーに掛けた。店内はあったかすぎるほどにあったかくて、千聖さんはいつものような向かい合わせではなく、隣に座れと手招きしてきた。
「隠れ家として使っているのだから、間違ってはいないわね」
「そうだね……って、甘えすぎじゃない?」
「あら、いいじゃない。デートなんて滅多にできるわけじゃないもの」
まぁ確かにね、なんなら千聖さんとデートそのものが初めてだからね。そういう意味だと千聖さんが浮かれちゃうのもしょうがないのか。どうやら予約制のコース料理のようで、注文せずとも勝手に料理が運ばれてくるのを食べていく。なんか、なんて言ったらいいのかわかんないけどおいしい。自分で作ってるような家庭料理とは違う感じで、うーん語彙力足りない。
「なあに? なんの顔?」
「おいしいをおいしい以外の感想にできなくて苦労してる顔」
「ふふ、いいじゃない。グルメレポートをしているわけじゃないのよ?」
チキンとか、どうやったらこんなに柔らかく、だけど火が通るんだろう。俺がやったら生焼けで腹痛になるだろう。というかクリスマス意識のメニューは風情があっていいんだけど、やっぱりコース料理って最後の方になるとお腹が厳しくなってくるね。男子高校生の胃袋にダメージを与えるなんて、大したもんですね。
「千聖さんは、なんで平気なん……?」
「お昼を軽くしか食べてないからよ」
「……なるほど」
「あとレッスンで疲れていたの、結構ハードだったわ」
カロリー使ってたからか、なるほどな。俺ってば午前中は家でゴロゴロしてたってのにきっちり花音と昼食食べちゃったからなぁ。そんなことを考えて、最後にデザートにブッシュドノエルなるものが出されたところだった。そもそも何語だろうと悩んでいると千聖さんが俺のつぶやきを拾ってくれる。
「フランス語よ。意味はクリスマスの薪ね」
「なるほど……見たまんまか」
「ええ」
見た目は確かに切り株って言われたら確かにって思った。口に運ぶとちょっとチョコがほろ苦くて、大人の味って感じだった。感想が子どもすぎてなんとも言えないけど。千聖さんもほろ苦いと思ったのだろう、上品に食べて飲み込んで、ロイヤルミルクティーの甘さで流し込むようにしてから、口を開いた。
「恋の味ね」
「……これが?」
「ええ、恋と秘密……このブッシュドノエルとロイヤルミルクティーと同じ」
「そっか」
恋はほろ苦くて、秘密は甘くて。千聖さんはずっと変わらないんだな。まぁでもそうだよね、こうやってコソコソしなくちゃデートの一つもできやしなくて、見つかれば大騒ぎになって、会えないのが辛くて。まさしく彼女にとって恋は苦くて、でも自然と二口目を欲するほどに美味しいものなのかもしれない。
「ふふ……チョコの味」
「千聖さんは、ミルクティーの味だ」
「ん、もっと」
「いやいや、これからホテル行くんでしょ? ちょっとフライングじゃないかな?」
個室なのをいいことに雰囲気に流されて唇を重ねてしまったけれど、それ以上はナシです。千聖さんはしぶしぶだけど頷いて後は肩に頭を乗せるだけで留まってくれた。でもまだ不満そうだったけれど、肩を抱くとちょっとだけ大人しくなった。
──そしてマネージャーさんに連絡をしてレストランを出たら、向かう先はホテルだった。既にマネージャーさんがお部屋を取っていてくれてて、鍵だけを手渡してくれた。スイートルームらしい。スイート?
「私も別の部屋で待機しているので何か必要になれば申し付けてください」
「ありがとうございます」
「まぁ下世話な話になりますけど避妊具は足らなくなる前に連絡してくださいね」
「……ほんとに下世話ですね」
とはいえマネージャーの配慮で苦い顔をしてロビーに顔を出すことなく部屋まで向かうことができた。広い部屋に広いベッド、上の階から見下ろせるクリスマスの夜景。そんな景色を見ながらノンアルコールのシャンパンを空けて、乾杯する。お互い既にお風呂に入った後なのでバスローブ姿で、ひとしきり甘えた後で千聖さんはじっと俺を見上げながら訊ねてきた。
「光博は」
「うん」
「別れてから、花音と気まずくは……なっていないかしら?」
「花音と?」
「ええ……私は、何度か話したけれど」
「俺も何回か話したよ、大丈夫」
「……そう」
そんな心配までしれくれてたのか。なんだかとっても申し訳ない気持ちになる。気まずいどころか変わらずに甘えてきますなんて言えるはずもなく、その歪さがちょっとだけ俺の胸を痛めた。でも、千聖さんが唇を重ねてきて、シャンパンの味のするキスを繰り返していくことで胸の痛みを和らげて、忘れさせてくれた。
「私がいるわ。私がいる……だから」
「うん」
「どこにも行かないで……あなたがいるから、私は白鷺千聖でいられるの」
「千聖さん」
それなんだよ千聖さん。俺は、その千聖さんの支えになっているようで、逆に千聖さんをダメにしてきたんだ。だから、ごめんね。俺からはどこにも行かない、約束する。でも、俺なんかを支えにしちゃうのは勿体ないから。
──でも千聖さんのことが好きなのも事実なんだ。そこにも嘘偽りはない。そもそも賢い千聖さんのことだもん、この気持ちが嘘じゃないことくらいは、わかってるよね。
「ちゃんとプレゼントも用意したのよ?」
「これは?」
「財布よ、帰ってから開封するのよ?」
「うん」
俺からは変装用の伊達メガネをプレゼントした。千聖さんも既に持ってるし、今更とは思ったけどちょっとだけメガネのツルが黄色になってるのがなんかかわいくて選んでしまった。
それを掛けて見せてどう? なんて笑う千聖さんは本当にかわいくて、愛おしいと思えた。
「今日ね、夢みたいだった」
「うん」
「あなたと一緒に見た景色も、食べた料理も、ホテルも、プレゼントも、あなたに抱かれることも、全て」
「クリスマスだからね」
「そうね……」
クリスマス、まだ一週間前だけど今日が二人にとってのクリスマスで、これから芸能人でありアイドルである千聖さんは忙しくなってしまう。だからせめてその間も頑張れるようにと願いを込めて仕事道具を選んでよかったな。
──そうして広いベッドなのに、千聖さんはいつもと変わらずに俺の腕の中で眠って、俺も千聖さんを抱きしめてそのぬくもりに癒されながら眠りについた。こんな愛おしい日々が、いつか壊れるなんて俺も信じられないまま。
次回は花音とのデート回です()
それが終わればラストとエピローグを残すのみとなりました。最後までお付き合いいただけたら幸いです!