クリスマスイブの昼下がり、心なしか街も浮かれているような空気の中、俺はリサに髪をセットしてもらっていた。いや自分じゃキマらないし先週のように花音に頼むわけにはいかないからね、デート相手だからね。
──とはいえ、リサに頼むのもリスキーであって、つまりはリサに花音とのデートを教えるってことだからね。
「はい、かんせ〜」
「おお……! これだよこれ!」
「よかったよかった……ふーん」
「……なに?」
「いや、カッコいいじゃんと思ってさ」
「ありがとう、リサにそう言われると安心する」
だけど案外リサはあっさりと承諾してくれて、驚くこともなくて。多分バレてたんだなぁと感じた。むしろ明かしといてよかったのかもしれない。なんか、感覚的にさ。花音の言う察知能力というかある程度以上に関わってきた相手ならなんとなく空気が読み取れる俺の特技によると隠し事してるなって怒りの空気も若干感じてたからね。
「じゃあ師匠的アドバイスをしてあげるよ」
「ありがたいです、ぜひ!」
「チョーシ乗ってるなぁ……まぁいいケドさ! んで、アドバイスなんだけど……考えるな!」
「……え?」
考えるなってどういうこと? と首をかしげているとリサは妙にドヤ顔でそもそも俺がいつも考えすぎてるところがあると教えてくれる。考えすぎてるかな? 俺、自分で考えなしだと結構自負してるんだけど。
「そうじゃなくて、光博は常識がどうとか、都合がどうとか、ごちゃごちゃ考えるからこういうことするわけでしょ?」
「……う」
「そういうの一人で全部考えるからさ、最後は泣かせるし、まっすぐ笑えないままデート行くことになるんだよ?」
「……おっしゃる通りです」
続けられたのはまさかのガチ説教だった。普段は優しくて、千聖さんと二人で飴と鞭の飴側を担当していたはずのリサからの厳しいお説教に俺はうなだれた。まっすぐ笑えないまま、か。そうだよな、今の俺はやっぱりちゃんと笑えてないんだな。千聖さんの都合でクリスマス空いたからって、花音とデートしようとしてる俺だもんな。
「だから、考えるなって言ったんだって。光博は、そのまんまの光博で、花音や千聖を笑顔にできるんだからさ」
「リサ、うん……ありがとう」
「いいって、ほら、もう出発しなきゃ! きっと花音がそわそわして待ってるよ!」
「うん……あ、そうそう忘れてた」
やば、なんか流れで忘れそうになったけど、ここで忘れるとそれこそまたリサからお説教が飛んでくる。それは避けたいので慌ててちゃんとクリスマスラッピングされたその袋を手渡した。メリークリスマスって筆記体で書かれてるその緑の包みと赤いリボンの包装にリサはちょっとだけ固まった。
「……え、っと?」
「いやだから、今日イブだし」
「アタシに?」
「じゃあなんでリサに手渡すんだろうね?」
「いや、いやえっと……なんていうか、不意打ちでさ」
不意打ちって、今日イブでわざわざ俺んちまでご足労いただいてるのに何も用意しないわけないじゃん。え、そのくらいのデリカシーはこの一年半くらいで身につけましたともええ。というかリサと千聖さん、あとついでにひまりちゃんに叩き込まれたことによるとこういうマメなところがないとモテるモテない以前の問題だって。
「ん、そっか……これ、中身は?」
「エプロン、使ってたの結構ボロかったじゃん?」
「……なんだ、見てたんだ」
「何回も見てたよ」
「そうじゃなくて……アリガト」
おお、なんかリサの照れ顔とかいうレアな瞬間を目にしてしまった。やったね、なんか弟子として師匠に一撃当てたような達成感だ。何にしようかって悩んで実は花音とひまりちゃんと彩さん、巴ちゃんといったファストフードのメンバーに頼り切ったというかみんなに質問される中でじゃあそれでいいじゃんってなった一品だったから決死の一撃だったのは言うまでもない。
「それじゃあ、行っといで」
「うん、行ってきます!」
「……頑張れ、光博」
リサを途中まで送ってって、それから花音の家に向かった。迷子になられると困るからね、彼女の家で待ち合わせてそこから駅まで歩いて電車に乗って、というコースだった。スマホで着いたよと連絡すると、リサの言葉どおり心待ちにしていたようで、花音はまるで転がり出るようにして、息を切らせて俺の前にやってきた。
「お、おまたせ……!」
「いや、それ俺のセリフ……おまたせ花音」
「ふえぇ……う、うん!」
なんか、緊張してるような様子の花音だったけど、どうしたんだろう。
──と思っていたら、なんとなく花音の気持ちがわかった気がした。いつもより化粧に気合が入っていて、唇が艶っぽく日差しを浴びてキラキラしていて、でもオーダーした本人だしカジュアルな俺に合わせてかガーリーにまとめられていた。先週のフォーマルな感じとは違うけど髪はくるんと毛先がカールしてるし、そもそも髪型がえっとなんだっけ。そうそう、ハーフアップだっけ。千聖さんがよくしてる髪型なんだけど後ろで結んでるところが三編みになってて、清楚系お嬢様みたいな雰囲気が出てた。
「……み、光博くん?」
「いや、かわいい……もうなんて言ったらいいのかわかんないけど、似合ってる」
千聖さんはお仕事終わりだったし安全を最大限に配慮して変装もしなくちゃいけなかったわけであんまり化粧もしてないみたいだったし、髪をアレンジしてる感じもなかった。その分服装に気合入っててすごく大人でフォーマルなドレスかと思うような格好だったけど。花音はなんというかこのために、俺に見せるためだけに頑張ったって感じがすごく嬉しくなる。
「ほんと? えへへ……よかったあ」
気の利いた言葉なんて出ないけど、どうやら花音にとってはその一言だけで十分だったみたいで、花が咲くように顔を綻ばせた。やっぱり、花音との恋愛は甘くて、ちょっと俺としては優しい甘さではないんだけど、それももう幸せの一部みたいだった。手を繋いで電車に乗ってそれほど時間が経たず、いつものデート先である水族館へとやってきた。花音の水族館への情熱というかクラゲがみたい、ペンギンがみたい、イルカが、シャチがっていう衝動はひと月どころじゃない頻度なため、俺としても慣れたというか緊張することのないデート先だった。むしろショッピングとかカフェデートのほうが緊張する。
「あ、いつもありがとうございます〜!」
「はい……!」
「今日もカレシさんと手を離さずに、楽しんでいってくださいね!」
「ふえぇ……は、はぁい」
「まぁ三回に一回の頻度だもんなぁ」
「も、もう……!」
ここにはハロハピとしても何度か来ているし本人がヘビロテレベルで来るため結構な従業員に覚えられているらしい。決定的だったのはどうやらペンギンの赤ちゃんを運んだとかなんとか……とんでもないことに巻き込まれてますね花音も。でもそんなハチャメチャな事件のおかげで水族館がもっと好きになったんだと花音は笑顔で語ってくれたことが印象的だった。
「すごいよね」
「ん?」
「私、ハロハピに入る前から水族館が好きだったんだよ」
「うん」
「でもね、ここに一人で入る勇気がないから、いっつも千聖ちゃんに助けてもらってた」
「そっか」
最初は千聖さんに頼ることすら躊躇うほど、花音には勇気がなかった。勇気がなくて、踏み出せずに、いつも一人でドラムを叩いていた。いつも花音は一人だった。カレシができてようやく一緒に行く相手ができたと思っても、中々バイト先以外で会うこともできなかった。カレシがいても結局、花音は孤独を感じ続けていたんだ。
そんな花音に勇気を与えてくれたのが、こころだった。彼女の言葉は単純で、でも花音の世界を明るく照らしてくれた。
「下ばっかり向いてた私が、こうやって笑うことができるようになったのは……こころちゃんのおかげ」
「すごいなぁ」
「あとは、光博くんかなぁ」
「俺も?」
「うん」
いやいや、俺なんて勇気がない方だよ。誰かにあげるほどの勇気もない。そもそも千聖さんが軽蔑の目を向けてくれなきゃ、俺はきっと花音と仲良くなることなく、単なる草葉の陰で見守って片想いするだけだったよ。
「ううん、光博くんには……私が勇気をあげたい」
「花音?」
「こころちゃんにもらった勇気を、笑顔を、今度はあなたに届けたいから」
「……っ、は、はは……花音は、すごいよ」
俺は知らないことだけど、花音はきっとハロハピに入ってすごく変わったんだろう。勇気がなくておろおろするだけの臆病だった子が誰かのために勇気を出して、笑顔を届けるために頑張れるだなんて。すごく、すごく素敵なことだ。もしかしたら、あるいはこころが誰よりも勇気と冒険心と笑顔を持ってるのは、誰かを笑顔にするために必要なものをわかってるからなんだろうか。
「キミはもう、たくさんたくさん傷ついた。ちゃんと傷つく覚悟をして、これからも傷つこうとしてる」
「……そんなことない。俺は、だってこんなに……幸せだから」
「幸せなことが、傷つかないことじゃないよ?」
花音は、ずっとこうやって俺に勇気と笑顔を、幸せと愛を届け続けてくれた。千聖さんも、そうだ。俺は、俺はここで初めて、自分でも気づかなかった自分の心の奥底にあった気持ちを自覚した。自覚したというより、漠然とあった願いがカタチを成して、明確な言葉にすることができた。
「俺は……千聖さんにも、花音にも幸せになってほしい。ううん、
「うん」
「でも、違うんだよな。そうじゃない、それは……間違いなんだ」
平等であろうとした。でも平等にしたら結局、どっちも離れるかどっちもとずるずる関係を続けて破滅するかの二択になっちゃう。それは、二人を幸せにできたわけじゃない。俺が幸せにしたいのは今だけの二人じゃない。
「……だから花音、お願いがある」
「うん……」
「──俺と
「……はい、やっと、やっと……言ってくれたね」
「勇気をもらったから」
千聖さんは今のままじゃ破滅する。俺って存在があの人を不幸にするのなら。最初は俺一人が悪役になろうとした。俺一人が最低になればそれでいいと思った。だけど、それじゃあ花音の気持ちを蔑ろにしすぎてる。千聖さんの気持ちを蔑ろにしすぎている。
だから、俺は。花音の手を取った。泥をかぶるなら一緒に千聖さんの幸せを願うもの同士が手を組む。それが今の俺にできる最適解だから。
「えへへ、去年のリベンジできた……ね?」
「満足してくれたらよかったよ」
「ネックレス、ありがとう、大切にする」
「花音も、このバッグ、進学したら使わせてもらうね」
「うん!」
朝になり、花音と腕を組んで日がまだ東の空に輝いてる頃に街へ出る。電車に乗って、花音の家の近くにやってきたところで、俺も横の花音も驚きの表情をしていた。彼女の家の前には、俺にとっては見慣れた変装をした千聖さんがいたからだった。
──いや、本当に驚いた。まさかこんなに早くなるなんて。昨日ホテルでこれからの作戦を練っていたのに、これには急展開だ。でも怒りの内容は、もうわかっていた。
「……どういうことか、説明してくれるのよね」
「どうって……」
「とぼけるつもり? クリスマスに、別れたはずの子と、花音と一緒に朝帰りをしたその意味を、私は訊いているのだけれど?」
花音が何か言おうとしたのを制して俺が前に出る。
いつかこんな日が来るのはわかっていた。いやこんな日が来るように花音と一緒にいた。それが一ヶ月二ヶ月くらい早まっただけだ。俺は今すぐ全てを明かして泣きそうな彼女を抱きしめたい気持ちをぐっと堪えた。
「──はは、まさか気づくなんて思わなかった」
「な……に言って、るの……光博?」
「千聖さん、二股してるとめんどくさそうだからさ、別れたってことにして内緒でずっと花音と恋人同士だったんだよ」
「……うん、二ヶ月くらいずーっと、光博くんの家に何回も泊まったし、いっぱいデートも行ったよ?」
「花音、光博……?」
ああ、このままじゃ花音まで嫌われちゃうっていうのに。花音は言うんだろうな──それでも
「私は、私は……」
「うん、まぁ千聖さんの考えてることで当たりだと思うよ」
「──っ、この! 」
「やめて千聖ちゃん」
「……花音!」
「もう、やめて……光博くんを自由にしてあげてよ。光博くんは千聖ちゃんの都合のいい隠れ蓑じゃないんだよ?」
「いや、俺はそれでもよかったけどね。俺だって都合がよかったし」
「ふざけないで、あなたなんて……あなた、なんて!」
俺は、そんな千聖さんの横を素通りする。花音ともここで……と思ったら彼女も後ろからちょっと早足でついてきた。飛びつくように腕を組んできて、俺は彼女の歩幅に合わせた。家、帰らなくて大丈夫なんだろうか。
「いいよ……それより、光博くんを慰めてあげなきゃだからね」
「……ありがとう、花音も、キツかったでしょ」
「うん……痛い、すごく、痛かった」
もうそれは笑顔とは言えなかった。涙がボロボロとこぼれて、俺は一晩明かしたことで元のサイドテールに戻った彼女を抱き寄せて頭を撫でた。俺だって、視界が歪んで、よく見えないけど。せめて、家に帰るまでは泣かずにいたかったのにな。
──こうして、俺は千聖さんと別れることになるだろう。最低で、最悪のクズ男として。
結局、みんな泣かせてるんだよなぁ。
次話が実質の最終話、そしてその次がエピローグになります。
最後までお付き合い願います!