秘密は甘く、恋は苦く   作:黒マメファナ

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これが事実上の最終話になります。ほぼ千聖さんです


第十話:甘くて苦い、恋と秘密

 気付いたのは、クリスマスイブの少し前のことだった。あのデートの後でモチベーションもあがったことでレッスンにも気合が入ったし仕事との両立もできていて、マネージャーにはカレシさんパワーは偉大ですねなんて笑われていた。そんな彼女の車に乗っている時に正面から手を繋いで歩いている二人を見かけた。

 

「……どう、して」

「どうかしましたか?」

「あ……いえ……なんでもありません」

 

 確かに光博は花音とも話したし気まずいってわけでもないということは教えてくれたけれど。あの二人の雰囲気を私はよく知っている。あの雰囲気はかつて光博が愚痴を溢した時に見たバイトリーダーのカレと花音が並んで歩いている時の雰囲気、そして、光博と花音がデートをしている時の雰囲気だった。

 

「少し……電話をしてもいいですか?」

「どうぞ、構いませんよ」

 

 この時間にあの方向ならきっと選択肢は三つ、羽沢珈琲店か、花音の家か……光博の家だ。僅かな不信感と多くの疑問を抱えながら私は彼に電話を掛ける。

 出ない可能性もあったけれど、数コールで彼はもしもしと明るい声を出した。

 

「千聖さんどうしたの?」

「ああ、いえ……今日、そっちに行けないから、声聞きたくなってしまって」

「そっか」

「……外にいるの?」

「うん買い物しててその帰り。ああ、声聞き取りにくいならちょっとしたら()()()()()()

「そ、そう……いえ、いいわ、大丈夫」

「ほんと? 疲れたら連絡してね」

 

 電話を切って、困惑と混乱で思考が纏まらなくなる。その声は、変わらなかった。嘘を吐いているような感覚があれば、私を蔑ろにしてくれていれば、まだよかったのに。まだ嫌いになれたのに、その声は何も変わらない暖かい光博の声だった。だからこそ、私はショックを受けた。私だけを愛してると言ってくれたその声のまま、彼は嘘を吐いたのだから。

 

「あれ、千聖〜どしたの……って言ったら怒られちゃうね」

「……彼は」

「……うん、花音と」

 

 そしてイブの日、私はどこからか戻ってくるリサちゃんと会った。彼女は私の顔を見て驚きはせず、それから私の疑問に確信で答えてくれた。今日という日に光博は花音と出掛けている。一年前のリベンジを果たすためにプレゼントまで用意して。

 ──彼は、変わらない。そう変わらないのが彼のいいところだ。私がどんなに芸能人としてではない、ワガママで甘えたがりな一面を出しても光博は何も変わらなかった。変わらずに花音への一途な想いを抱き続けてきた。そんな彼らに私の入る隙間なんて、本当はなかったのかもしれない。

 

「でも……そうだとしても、どうして私に嘘を吐くの?」

 

 花音のことを想い続けるのであればあのままでよかった。それか花音を選べばよかった。どうしてそれをしなかったのか、どうしてわざわざ嘘を吐いて今の歪な状況を作り上げたのか、全く理解できなかった。その意味を問うために私は花音の家の前で待っていた。本当は、理由を説明してもらって納得して、彼らの前から去るつもりだったのに。

 

「──はは、まさか気づくなんて思わなかった」

「な……に言って、るの……光博?」

「千聖さん、二股してるとめんどくさそうだからさ、別れたってことにして内緒でずっと花音と恋人同士だったんだよ」

「……うん、二ヶ月くらいずーっと、光博くんの家に何回も泊まったし、いっぱいデートも行ったよ?」

「花音、光博……?」

 

 それは、嘘どころじゃない。光博から発せられたのは裏切りと嘲笑だった。呆然となるのも当然だった。だって、だって先週のデートではあんなに幸せだったのに。あなたのぬくもりがあって、優しい声があって、傍にいられる幸せが好きって気持ちが、伝わり合ってるとすら感じていたのに。彼は()()()()()()()()()()と言い放った。花音も、そんな私に追い打ちを掛けてくる。じゃあ、この二ヶ月はなんだったの? 私は、もしかして遊ばれていたの? 

 

「うん、まぁ千聖さんの考えてることで当たりだと思うよ」

「──っ、この! 」

「やめて千聖ちゃん」

「……花音!」

 

 笑み混じりの肯定に対して反射的に手をあげそうになるけれど、花音が光博と私の間に立ったことで止まった。私には理解できない、到底納得できない怒りが花音から発せられていた。怒りたいのは私なのに、私は、私は彼に選んでもらったはずなのに。わからない、だって彼は私の傍にいてくれるって、これからも一緒だって言ったのよ? それなのに。

 

「もう、やめて……光博くんを自由にしてあげてよ。光博くんは千聖ちゃんの都合のいい隠れ蓑じゃないんだよ?」

「いや、俺はそれでもよかったけどね。俺だって都合がよかったし」

「ふざけないで、あなたなんて……あなた、なんて!」

 

 ──嫌い、大嫌い。もう顔も見たくない。最低の女誑し。そうやって罵れればどれほどよかったのだろう。そうやって素直に嫌いになれれば、私はどれだけ幸せだったのだろう。涙に滲んでいたけれど、彼の顔はやっぱり変わらなかった。私の知ってる優しい光博のまま、それが私の言葉と私の怒りを宙ぶらりんにした。去っていく光博に追い縋ることも、その背中に蹴りを入れてやることも、何もできずに。

 

「……()()()、千聖さん」

「……っ、みつ……ひろ……!」

 

 最後の言葉は、やっぱり光博のままだった。彼の家での逢瀬がなくなれば、あの関係が夢だったように、私と光博とのつながりはなくなってしまった。彼に愛された証明は、私の記憶と手元に残った彼の家の合鍵だけ。マネージャーには幾つか仕事は休んでもいいと言われたけれど、そうはいかない。私は、そうだ……私は彼がいなくたって、彼がカッコいいねと笑ってくれた私にならなければいけないの。

 

「なんなんですかね……年頃の男子ってモテたらそういう傲慢な感じになるもんですか?」

「うーん、ジブンはあんまり関わってないので確証はないですが、彼に関してはそれはない……とは思いますけどね」

「わかんないよ〜? あたしはそういうあたしにわかんなかった意外な一面! みたいなのケッコー好きだし!」

「氷川さんは時折怖いこと言いますね……」

「……なんであなたたちまでこの車にいるのよ」

「お仕事っス」

「二人で新作ゲームの体験会だったんだよ」

「それで、ついでに私が迎えに行けと指示されましてね」

 

 それから二日経ち、いえたった二日しか経っていないのに失恋に浸ることもできていなかった。いえ昨日は浸りに浸ったけれど、私としては年上の女性であるマネージャーの意見をと思っていたのに、なんだか騒がしい外野が二人も。しかも二人としても光博の知り合いであるため会話にもバリバリ参加してくる。今日ほど助手席でよかったこともないけれど。

 

「いや千聖ちゃん浸ったら帰ってこなくなるし」

「……日菜さんそれ、言っちゃダメなやつです」

「あなたたちレッスンの時は覚えてなさいよ」

「ほら〜、怒られたじゃないですか! ってジブンもっスか?」

「あははは!」

 

 ため息で処理する。これが彩ちゃんならきっとあんまり触ろうとはしてこないし、イヴちゃんは気も遣えるしそもそも恋愛ごとに関して創作だろうとなんだろうと疎いため基本的には口を出さないのに。よりによって案外噂好きでおしゃべり好きな麻弥ちゃんと空気を読むという言葉を知らない日菜ちゃんとだなんて。だけれど、マネージャーは少しだけ明るい声で私に話しかけてくる。

 

「でも、気晴らしにはなるんじゃないですか? というか、浮気者のこと引きずっててもいいことありませんよ。仕事の効率もガタ落ちするだけですし、基本的にそういうのは思い出を美化しすぎてるという可能性もありますし」

「……実体験ですか?」

「あ……あははは、どうでしょう」

「ねね、あたしのカレシ紹介してあげよっか?」

「嫌よ、日菜ちゃんのカレシって絶対変人じゃない」

「そもそもカレシじゃなくて顧問の先生ですよね! ああでも聞き上手は保証しますよ」

「いいわよ、このくらい自分で処理するから」

 

 今なんて一人で考えることもできないじゃない。まったく、と文句を言っている間に事務所に辿りついた。誰かにこの話を聞いてほしいわけじゃない。誰かに慰めてほしいわけでもない。ただ、ただこのポッカリ空いた心の穴を、どうして空いてしまったのだろうと考える時間がほしいだけ。彼を想って涙するわけでもなく、ただ疲れても、嫌なことがあっても、もう彼に甘えることができないのは何故なんだろうと考えていたいだけ。

 ──花音と私は、何が違ったの? 想われてる日数? 都合の良し悪し? 色々要因は考えられるけれど、一番は結局、()()()()()()()()()()()なのだろう。

 

「重たいわよね……」

 

 秘密は甘く、私の好物だったけれど。あの事件以降は特に彼に負担を掛けすぎた。芸能人の恋人とはそれだけ重たい、とんでもなく重たい十字架を背負わせていたのに、甘えて、入り浸って。冷静に考えれば私は何をしていたのかしら。こんなの、嫌われてもおかしくはない。ずっと前にフラれていてもおかしくはなかった。

 

「じゃあ、どうしてフラれなかったと思う?」

「光博が……私を大切に想ってくれていたから、よね」

 

 そう、それでも彼は私のことを大切に想ってくれていた。だから二人から一人に絞る際に私を()()()()()()。私が光博に依存して、甘えて、彼がいないとダメになってしまうことを知っていたから。だけど、あのまま秘密という重圧を肩に乗せ続けたらいずれは全てが崩壊する。気付いていなかったのは、私だけだった。

 

「それで、どうするか決まった?」

 

 クリスマスからひと月が経過し、全てに気付くことができた私は、花音と羽沢珈琲店で向き合っていた。いつもの花音、だけれど首元には彼からの愛が込められたネックレスが私を威嚇してくる。花音にちゃんと首輪をはめることができたなんて、気付かない間に彼もちゃんと成長していたのね、いえ、今まで私は見ることもしてこなかったのだから、気付かなくて当然よね。

 

「光博は……彼はこんな愚かな私を待っていてくれるかしら?」

「早くしないと、私がぜーんぶもらってっちゃうからね?」

「……ええ」

 

 その熱に私は()()()()()()()を外してレンズをクリーナーで拭いた。そうよね、私はもう答えをもらっている。仕事道具、変装用のこの伊達メガネを選んでくれたのは、私へのエールだ。私が光博のことを嫌いになっても、二度と会えなくなっても、こうして傍にいてくれる。変わらないひだまりのような彼の優しい手と同じだ。

 

「……もう私は、彼に苦いだけの秘密を背負わせたりしない。甘いも苦いも、全部私も……彼と一緒に私も飲み干していくわ」

「ふふ、それでこそ千聖ちゃんだね……」

「だから、光博に伝えておいて……時々会いに行くけれど、その時は、私のことを甘やかしてほしいって」

「……うん」

 

 これからしばらくは泊まることはない。彼に依存することもない。でも、そうだったとしても私はやっぱり浦部光博のことを心の底から愛してるから。今度こそ決められない優柔不断な自分を恨むことね。私はもう、とっくに覚悟が決まっているのだから。

 ──この先どんなことがあっても、どんな秘密を抱えることになっても、あなたの傍にいたい。離れる時は、あなたが選ぶ時だから。

 

「あ、千聖さん……いらっしゃい」

「ええ、おじゃまするわね……ふぅ」

「お疲れ、ってここ癒やしスポットにしては何もないけどね」

「あら、あなたがいるじゃない」

「はいはい……紅茶ね」

「お願いするわね、光博」

 

 もう、彼は気持ち悪いとは思わなくなった。花音も私も覚悟を決めたから、自分もちゃんと誰かを愛することと向き合うんだと笑ってくれた。そうして、私たちは高校を卒業して、春になってからは三人で過ごすことも多くなっていた。恋は苦くて、でも甘い、秘密も時に苦くて、時に甘い。どちらかの味が固定されるなんてことはないのね。これまでも、きっとこれからも。

 

「わぁ、ほらほら……光博くん!」

「準備できた……うわ、キレイだよ、すごくキレイだ千聖さん」

「ありがとう、光博、花音……」

 

 ──そうして高校生として青春を過ごしてから七年の時が過ぎた今、私は自分の結婚式のためにウェディングドレスを纏って二人の前で微笑んでいる。笑って、泣いて、怒って、そして愛して。駆け抜けてきた時間を振り返りながら、私は人生の一区切りをつけようとしていた。

 

 

 




というわけでウェディングエンド!
次回のエピローグでは実に時間が七年飛びます。三人が二十五歳なのでそのくらいかぁと考えてください。
それでは、最後の最後までどうぞお付き合いください!
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