秘密は甘く、恋は苦く   作:黒マメファナ

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これが最後のお話となります。


最終話:純白の道、傷だらけの軌跡

 俺が高校三年生だった頃から七年経ったある時、世間は衝撃的なニュースを受けた。元アイドルで女優、白鷺千聖の入籍発表。相手はかねてより付き合っていた一般人男性とのことだった。そのニュースにショックを受けるもの、祝福をするもの、千聖さんのハートを射止めたことを羨ましがるもの、色々な声がSNSで拡散されていった。

 ──そして、式が挙げられることになり、俺は会場でやや緊張気味にしていた。

 

「わぁ、千聖ちゃんとってもキレイ……ね、光博くん!」

「え、あ……うん、びっくりするくらい、キレイ」

「あら、ありがとう二人とも……」

 

 純白のドレスに身を包んだ千聖さんが微笑んでる。俺はそれに向かってカメラを構えていた。いいのかと思うけど、もう準備は終わっているみたいだし、なにより気心の知れた俺だからこそ頼めるオフショット、ということらしい。さすが女優でアイドル、カメラを構えられると雰囲気が変わってまるで加工でもしたかのように周囲の空気まで変えてみせるようだった。凛とした姿、幸せそうに頬を緩ませた横顔。全部が絵になる。

 

「花音も一緒にどうかしら?」

「ふえぇ……私も?」

「ええ、親友のあなたと一緒に」

「バッチリ撮るよ」

「えっとじゃあ……お願いしますっ」

 

 中学時代からの親友との一枚は、まるで俺が見てきた千聖さんと花音の顔だった。まるで昔に戻ったような、あの楽しかった日々を少しだけ思い出すような。そしてその日々はもう、二度と戻ってこないんだ。ファインダー越しに見える過去が、俺が今、未来に立っていることを教えてくれていた。それが悲しいとは思わず、懐かしさに思わず俺も頬が緩みそうになる。

 

「二人とも、今日は来てくれないと思ったわ」

「まさか、千聖さんの結婚って見てすぐ帰ってきたよ」

「うん、おめでとうって言わないといけないから、ね?」

「うん」

 

 花音と顔を見合わせて笑う。なにせ大切な友人の新しい人生が始まる日なんだから、どこにいたって、宇宙にいたって帰ってくるよ。それは未練なんかじゃなくて、長く続く友達としての義務のようなもの。これから十年二十年と経って疎遠になっていくとしても、その日まで俺は千聖さんの旧友としてこの場に立つから。

 

「それじゃあ、また」

 

 新婦の部屋を出て、俺と花音はどちらかというわけでなく、でも万感の思いを込めたため息をついた。相手が一般人なこともあってテレビ局のカメラとかは入れないみたいだけど、結構人多いなぁという感想だった。それだけ、千聖さんの結婚までの道のりがたくさんの人の関わりと祝福の上に成り立ってるんだなぁと強く思わされた。

 

「キレイだったね、千聖ちゃん」

「ホントに」

「私の時とどっちがキレイだった?」

「……比べられるものかなそれ」

「ふふ、ちょっと意地悪したくなっちゃった」

 

 そう、比べられるものじゃない。千聖さんもそうだったけど、花音も死ぬほどキレイだったよ。あの時は千聖さんが仕事長引いて、結局一緒に写真撮れなかった。花音はしきりに三人で撮りたいって言ってたから残念がってたのをよく覚えている。すると今度は三人で撮りたいね、と微笑まれる。

 

「じゃあその時はカメラ誰かに任せるか……誰に?」

「そりゃあ、ね?」

「かわいそうに。入れてあげれば?」

「いいの」

 

 ひどい扱いだなぁと苦笑いしたところでちょうど、その噂の人がこっちに向かって手を振ってきた。花音がいい笑顔をしたのだろうちょっと引き気味に彼が何の話をしてたんだよと俺と花音を見ていた。いやいや、そんな身構えるようなことじゃないですよと一応弁明はしておく。

 

「いや、光博くんのカメラってそんな人に任せていいもんなのか?」

「趣味ですし、知らない人じゃないんで」

「そっ、そうか……いいのかオレで」

 

 むしろあなたしかいないんだよなぁ。花音の旦那さんである数年前まではファストフード店でバイトリーダーをしていたお兄さんだ。花音はそんな旦那さんに対して壊したら私が怒るから、と笑顔で怖いことを言う。

 この夫婦との仲も良好だ、もちろん友達以上の関係はもうない。あの日、あの高校生の長くて短い一年間で、全てが終わったんだから当然だ。

 

「それで、キミはこれでよかったのかな?」

「よかった……とは?」

「千聖ちゃんとも、お別れしたことだよ……?」

 

 あの時、たしかに俺は千聖さんとの関係を続けていきたいと思った。だけど、大学入ってすぐに気付いたんだ。もう千聖さんは俺の愛してるをまっすぐ受け止めてくれることがないってことに。それは、自業自得だ。当たり前のことだった。俺は嘘を吐きすぎた。信用されなくてもしょうがないんだよ。

 

「信じてもらうことって難しいことだから、もう俺は千聖さんと恋人同士に、そして秘密のない関係にはなれないんだって」

「……そ、っか」

「花音のせいじゃない。それはずっと前から言ってるよ」

 

 花音は元々どっちも欲しがっていたカスみたいな俺をなんとかしたいというか、選んでほしくて動いていた。今の旦那さんとの復縁も全部、選んでほしくて、いや……そうか。花音は()()()()を選んでほしかったんだもんな。それは、納得いかない顔もしちゃうよな。

 

「でも今は、それでいいって思うんだよ」

「……ほんと?」

「うん。だってほら、花音も千聖さんも、今幸せそうだから」

「でも」

「俺だって、充実してる。最近なんか懐いてくれる子がいてさ」

「かのーん! もうすぐ始まるわよ〜!」

「あ、はーい! その話、あとでゆっくり聞かせてね?」

「もちろん」

 

 結婚式はすごく暖かく、そして優しい日差しの中行われた。純白のドレスに身を包んだ千聖さんと、俺は名前も顔も知らない男性が唇が重なる瞬間、感じた気持ちはやっぱり、よかったという安堵だった。

 ──その後、ブーケトスするかと思いきや俺の前にやってきてにっこり笑顔で、待ってるわとか言われて手渡されたり、披露宴でハロハピのステージを最前線で撮らせてもらったりと色々ありつつも、俺は日常に戻っていった。

 

「それで結局、千聖や花音のことはすっぱり後腐れなしってこと?」

 

 久々に会った旧友の一人であるリサには問われたけど、正直まだ引きずってる。忘れた日なんて一度もない。花音からもらった気持ちも、千聖さんからもらった気持ちも。でも、俺はあの二人を傷つけすぎた。二人が幸せだったと笑ってくれても、俺が俺を許せなかった。だから色んな場所に旅に出た。色んな人に出会い、色んな人の顔にカメラを向けていった。時には笑顔だけじゃなかったけどね。

 

「おーい、おまたせ」

「あ……ううん、待ってないよ」

「嘘言わなくていいわよ……ずぅーっとカメラ見てたじゃない」

「……見てたならもっと早く声を掛けてくれてよかったんじゃ」

 

 クリスマスイブのある日のこと、駅前のベンチでその写真を見て振り返っていると女性が駆け寄ってきた。

 彼女はとあるフォトスタジオで出逢った子だった。大学生で、バイトしていた子で俺とはそれなりに年が離れているけど、こうしてなんだか惹かれてる。苗字は知らずに名前だけは知っていて、俺はそのふとした表情が千聖さんに似てるなって思ったのが気になった理由だった。我ながら最低で、まだ言えてない新しい秘密だった。

 

「現役女子大生とデートなんて、光博さんにはご褒美でしょ……なーんてね?」

「確かに、俺には縁のないはずだったのにね」

「嘘、モテてたでしょ?」

「はは、ないない」

 

 モテてたんだろうか。花音と千聖さんとの関係は、果たしてそんな簡単だったのかなんて思ってみるけど。そもそも彼女が俺の過去を知ってるわけじゃないし、余計なことは言わないで曖昧に躱しておこう。そういう処世術みたいなのは嫌ってほど身についてしまったね。それが大人になるってことだし、それをしないのが確実に偉いわけじゃないから。

 

「それで、行きたい場所ってどこ?」

「水族館」

「そっか、じゃあ行こうか」

「あ、その前に……何か言うことないのかしら? ほら、その」

「言うこと」

 

 じっと見て、髪型、化粧の気合の入り方と、いつもはその小柄さを活かしたガーリーな服装なのに、今日はなんだかちょっと大人っぽくて、そっかそれに合わせて化粧とかも変えてるんだな。こういう変化に気づくのもきっと、今まで花音と千聖さんに振り回された成果なのかもしれない。

 

「なんか雰囲気違う、大人」

「そ、そう? ふふ、お姉を参考にさせてもらったんだぁ」

「……そっか」

「ん?」

 

 道理で、今日はいつにも増して千聖さんを幻視しそうになる。でも照れ笑いは似ても似つかなくて、俺はなるべく自然な動作で手を繋いでいく。付き合ってない、というか俺が三度くらい告白を断ってる。好きな子が忘れられないから、キミと一緒にいても中途半端になるだけだって。でも、彼女は変わらずに俺を好きだと笑ってくれる。黄色のパンジーを咲かせてくれる。

 

「あたしの秘密、気付いてくれた?」

「いやいや、全然……」

「そう、まぁいいけどね」

 

 そしてこれもまた運命というべきなのだろうか、彼女もどうやら俺に対して秘密を持っているらしい。ただこれはちゃんと明かす気があるらしく、俺はそれに気付かないといけない、という縛りをつけられていた。秘密を知って、気付いてほしい。ただ内緒にする理由はその秘密がないと俺は彼女のことを想うこともなかった、というらしい。どういうこと? 

 

「だからぁ、あれよ、何もないあたしを見てほしい、好きになってほしいって感じなの!」

「なのか」

「そうよ」

 

 わかったことといえば、ひとつめとして苗字がヒントであること。頑なに苗字を隠されていることが不自然だなと思って、でも指摘しないのはそういうことだろうと思っているから。ふたつめは彼女は俺のことを知っているってことだ。名前を教えてないのに光博さんって最初から呼んでたし。だから過去に会ってるんだと思う。確か五歳だっけ、そのくらい離れてるはずだから高校生の時、中学生くらいかぁ。なんか引っかかるんだけど、あの頃はバタバタしてたしなぁ。

 

「わぁ、キレイ……」

「こっちも確か結構キレイだったよ」

「来たことあるんだ、やっぱり」

「なにやっぱりって」

「ううん、コッチのはなし」

 

 ただまぁ、今日はその秘密の探索とやらよりも単純にデートを楽しむことにした。やっぱり、こういうのはごちゃごちゃ考えるより雰囲気のままに楽しむのがいいんだよ。花音とのデートを思い出しながら、俺は年上の威厳を保つためにも積極的にエスコートしていく。年下と言っても彼女はもうハタチの十分大人だ。恋愛経験も俺よりも豊富だと思うんだよな。

 

「カレシ一人や二人はいたでしょ」

「そんなこと、な……やっぱりある」

「つまりないのか」

「うるさいわね、だって……あたしは一途だもん」

「ん?」

「コホン……いい、今日は」

 

 今日はってなんだろうと思って、ただエスコートしながらも振り回されるように水族館を巡った。クラゲ、ペンギン、イルカ、魚たちや展示を見て、時には写真を撮って、時には俺が花音譲りのうんちくを語って、そうやって時間を過ごしていく。

 ──たっぷり楽しみ過ぎたせいか、ただ、もう時間が過ぎてそろそろ夕ご飯の時間が来ていた。

 

「あの、さ……ディナーの予約も、したんだ」

「あ……ごめん、気が利かなくて」

「いいのよ、急にあたしがデートしたいって言ったんだから」

 

 そう言って連れられてきた場所は、数年前の記憶が残るホテルだった。全ての始まりとも言っていい、俺が最初に選択を間違えた場所だった。デートコースに妙な偶然もあるもんだと思っていると彼女に手を引かれて、建物の中に入っていく。そういえば、思い出さなかったけど、言われるがままで事前のリサーチもロクにしてなかったから雰囲気にガッチガチになったんだっけ。懐かしいな。

 

「お姉におすすめされたのよ、ここ、雰囲気いいわよって」

「趣味が合いそうなお姉さんだね」

「でしょうね……きっと」

 

 さすがに大人になったこともあり、ディナーを楽しんで、こっちと連れられた道で、まさかと思う。そのまさかで、更にホテルで泊まっていくということらしい。まぁワインも飲んじゃったし、酒飲むと電車とかの揺れで気持ち悪くなる俺にとってありがたくもあり、そして正しく判断に迷うやつだった。ひとつしかないベッド、熱いシャワーにちょっと頭がクラクラして寝転んでいると、バスローブ姿の彼女が俺を見下ろしていた。

 

「……えっと」

「強引、すぎた……わよね」

「いや……うん、まぁ強引」

「……でも、このくらいしないとって」

 

 きっとお姉さんのアドバイスだったんだろう。別に俺はそれを責める気にはならない。身体を起き上がらせると彼女の頭が俺の肩に乗った。ああ、この子実はお酒に弱いタイプか。俺もそんなに得意じゃないからそうえばサシ飲んだことなかったな、なんてことを考えてその後頭部を優しく撫でる。

 

「光博さん……すき、やっぱり、あたし……」

「うん、でも……」

「俺なんて、っていうつもり……? あたしは、とっくに……()()()()()ができてるのに」

「……傷つく覚悟」

 

 ──傷つく覚悟もできない男が、他人への好意を語るなんて……軽蔑するわ。唐突に懐かしい、もう十年くらい前の言葉がリフレインした。そうだな、そうだよな。傷つく覚悟ができずに、他人からの好意を推し量ろうとするのも、カスだよな。なにより、ここ一年くらい一緒にいてくれた彼女のことを嫌いとは、言えなかった。その出発点がたとえ、好きだった人に似てるから、だったとしても。

 

「ひとつ訊ねていい?」

「……光博さん?」

「嫌だったら、嫌って言ってほしい」

「なあに? そんなこと言うわけないじゃない……()()()()

 

 一歩を踏み出そう。俺も、俺だって。あの千聖さんのように、花音のように、幸せだって笑いたい。笑わせてあげたい。どんなに苦い恋だったとしても、俺はもう後ろばっかり振り返るのが嫌になってたんだ。

 ──そして朝が来て、俺は彼女とホテルを出ていた。

 

「やっと、光博さんと恋人なのね……うれしい」

「待たせてごめん、俺も、やっと覚悟ができたから」

「ええ」

「だから、秘密を聞いてほしい」

「……ならあたしも、大ヒントを教えてあげるわね」

 

 何かカバンをあさって見せられたのは、免許証だった。その名前に俺の目が飛び出るほど大きくなった気がした。同時に、彼女の秘密が、秘密を語る言葉たちの意味が次々と俺の中で解けていく。

 お姉さんの存在、このデートコース、俺のことを知っていた理由、全部、全部溶けていく。そっか、なるほどね。そりゃ確かに苗字を隠すよな。当たり前だ。

 

「これは……参った」

「気付かないものなのね、それとも……鈍いから?」

「キミがあんまりにもキレイになってて気付かなかったんだよ」

「キレ……っ、そ、そうみたいね!」

 

 顔を真っ赤にしながらも笑ってくれて、俺は彼女と一層手を繋ぎ合い朝日が眩しい道を歩いていく。その時間はまるで俺は彼女とこうして一緒にいるために今まで笑って泣いて、恋をしてきたんだと思えるくらい幸せだった。甘い秘密は、もうなくなった。苦い恋も、もう味わうこともない。今はただ、彼女に愛と花束を、そして今度こそ三人で笑い合うんだ。

 ──あの日の傷を、苦くて甘い秘密と恋を無駄にはしないために。そしていつかの未来、俺の部屋に写真立てが置かれる。そこには、俺と千聖さんと花音が三人であの頃のように笑いながら映るものだった。

 

 

 





ここまで読んでくれてありがとうございました。
まず、この最後が予想通りだったか、そうでなかったのかぼくにはわかりません。ですがこの最終話は、最終話だけは一章五話くらいの頃に書いたものでした。まぁ多少手直しはしましたが、結論は変わらずでした。

まぁもう多くは語りません。ぼくは満足しました。
それではまた、別の作品でお会いできる時を楽しみにしています。
ーー黒マメファナ
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