秘密は甘く、恋は苦く   作:黒マメファナ

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相変わらずメンタルがプラスにならない男、浦部!


第五話:寒い日には傷が痛む

 夢を見た。クリスマスイブの夢、夜のちょっと高級で夜景のキレイなホテルの夢だった。当時と同じ流れで、まるで回想シーンのようで自分も夢とは気付かずに同じ行動をする。ディナーを終えて部屋に戻ったあと俺、花音の順番にお風呂に入る。緊張で頭がおかしくなりそうで、カラスの行水状態でお風呂から出てきて、入れ替わりで入り、そして出てきた花音は目のやり場に困るようなバスローブ姿だった。

 

「えへへ、ちょっと恥ずかしいね……」

「え、あ……でも、にあってる……でいいのか、わかんないけど」

「似合ってる? ふふ、ありがとう」

 

 実際その格好で髪をおろした花音はいつものかわいらしさとは別の光を放っているようで、そう、ちょうど水族館で見たクラゲのように淡くて、そして惹かれるような色をしていた。そんな魅力的に溢れたって言っていいのかな、なんかすごくセクハラな気がするからそういうのを抜きにした的確な言葉が見つからないからあれなんだけど、そんな花音はベッドに座って、というかなんでベッドが一つしかないんだ。二つじゃダメだったんですか。そう思ってドキマギしていると花音は俺の肩に頭を乗せてきて、いい匂いとか胸とバスローブのちょっとしたスキマとかが俺の冷静さを打ち砕いてくる。

 

「今日、楽しかった」

「そ、そそ……そっか」

「クラゲとか、ペンギンとか、イルカショーとか、ふふ……ご飯もおいしかったね」

「う、うん」

 

 しっとりとした微笑みをしている。いや顔が近くにあるせいでロクに目線すらも合わせられないんだけどね。とにかく心臓の高鳴りとなんかめちゃくちゃ恋人っぽい雰囲気で俺は有頂天だった。セッティングしてくれた千聖さんにもう足向けて寝れないし今日のために色々と入れ知恵してくれたひまりちゃんやリサにも腰を90度に折り曲げて挨拶をするまである。

 

「光博くん……?」

「ど、どうしたの……っ!」

 

 息を呑む、花音が俺の脚をフトモモに手を置いてる。今までの女性経験といえば手をつなぐ、以上終わりだ。しかもその相手が今ここで一緒のベッドに座ってる松原花音さんでその回数は四回ほどです。もしかして数えてる俺はキモいかもしれん。

 それはさておき、フトモモに手を置いてるってことはちょっと前かがみになったのであって、必然更に俺と花音の顔の距離が近づいていて。まるでそれはもうキスしてるような、吐息が当たる距離だった。

 

「……()()()

「へ?」

 

 い、いいよって何が? は、え? まって、待とう一回、落ち着け、待て待て待て、いいよってなんだ。何がいいんだ……はっ? えっとどう考えてもえっちなことしか頭に思い浮かんでこない。待て童貞、落ち着け童貞。童貞で何が悪い! 童貞守れないやつが何を守れるって言うんだ! じゃなくて、そんなわけ。え、でもなんか花音の雰囲気が、いつもと違って。なんか──????? 

 

「──え?」

「いや、ほら、俺と花音って付き合ってないわけじゃん……だから、そういうの、ちゃんと踏まえて、後日、てきな」

「あ……う、うん……そっか」

「なし崩し、みたいになったら嫌だし、花音のこと、俺大事にしたいし」

 

 そう言って、よし、なんとか変な勢いを冷静に脱出することができた。そう思った瞬間にデジャヴュって、コレが夢だってことに気づいた。吐きそうになる。キモい、なんでこんな夢見れるんだ俺、この後俺はフラれたどころじゃなくて、それどころか花音にはこの時、つか出会った瞬間からずっとカレシがいて、俺なんてアソビか、そうじゃなくも少なくとも俺とどうにかなろうなんて意志はまったくなかったのに、勝手に舞い上がってて。

 下を向いていたら、花音は消えて、また部屋から花音と、そしてバイトリーダー、カレシが部屋に入ってくる。

 

「わぁ、夜景キレイだね!」

「だろ? クリスマスだしな」

「ふぇえ……ん……っもう」

 

 ぞわっと肌が粟立つ。窓際ではしゃぐ花音を後ろから抱きしめてあっさりとキスをした。夢、俺はなんてクソみたいな夢見てるんだ。悪夢にも程がある。さめろ、やめろ、ふざけんなと叫んでも、俺はこの世界に干渉することも夢から醒めることも許されなかった。キスが繰り返されて、唇を重ねるだけだったのが、だんだんと深く、その度にその二人の声と顔と仕草に性欲が混ざっていく。衣擦れの音、何かが混ざり合う水音、荒い吐息。

 

「お風呂、先」

「後でな、汗かくし」

「汗、流さないと……恥ずかしい」

 

 あまりの気持ち悪さに音が遠ざかっていく、そして次に立っていたのは商店街だった。雪が降っていて、なのに俺は寒いとは感じなかった。そんな俺がまた見えないのか、あの二人が手を繋いで、仲睦まじそうに歩いていく。カレシの家に向かっているのか、振り返って後ろ姿を見ると、彼女の横顔がすごく幸せそうで。

 

「なんだよ! 俺の、俺の何がいけなかったんだよ!」

 

 怒りのまま叫んだ、と思ったら、俺は自宅のベッドで寝転んでいた。どうやら、自分の寝言で目を覚ましたらしい。汗びっしょりってわけじゃないけど、よっぽどびっくりしたらしく心臓がバクバク鳴っていた。同時に、起き上がろうとした際に酸素が足りないかのようにクラリと景色が揺れた。

 

「……何が、か」

 

 何がいけなかったなんて、そもそも俺の何がいいんだろうと天井を見ながらひとりごちた。千聖さんには悪いけど、花音が矢印云々も結局勘違いで、俺が勝手にそれを真に受けて最低な道に進もうとしただけ。カレシとの関係は本来秘密だったらしいし、もしかして花音的には身体目当てだと思われてたんだろうか。だからああやって誘って我慢して、何かしらで秘密にしなくていい事情ができたのかもしれない。

 

「さむっ」

 

 身体がぶるっと震えて布団にくるまる。暖房かけっぱにした時の喉がカサカサするような乾燥する感じが嫌でいつも寝る前に消すんだけど、どうやら今日は外がやけに明るく感じるし、昨日の夜のことを思えば……まぁ積もってるんだろうな。よかった今日土曜日で。幸いバイト先のスタジオは昨今の需要の増加に応えるためになんか大規模改装があるとかで、4月まで休み、失恋と被っててよかったね、よかないわボケ。

 

「はぁ……暖房のスイッチは」

「いいわよ、点けてあげるから」

「ありがとう千聖さん」

「怠惰ね、朝のランニングはどうしたの?」

「だって、モチベが……」

「まったく」

 

 とはいえ咎められるようなテンションじゃなかったから安心したところで、俺は二度見をする。さらりとした麗しい髪、小柄ながら幼さを感じさせないオーラと仕草、そして表情の使い方、常に見られることを意識した妥協のないプロポーション。マフラーを外して親父からもらった帽子掛けにまるで自宅のように掛ける彼女は、見間違えようのない白鷺千聖さんだった。

 

「……なんでいるんですかね」

「リサちゃんから鍵受け取ってたのよ。今日私オフなの」

「だからって朝から来る?」

「あら、嫌だった? それとも今からお独り様の時間だったかしら?」

「寝起き! つかアイドルが下ネタ言うな!」

 

 そう、あれから一週間くらい経ったんだけど、リサと千聖さんは二人で俺んちの合鍵を共有することになった。スペアキーなんだけど、家の前で待つ方がリスキー、というのが千聖さんのトドメの言葉だった。確かに俺が出迎えて云々はヤバい。それに、と千聖さんはあっさりと俺の知らない秘密をぶっちゃけてくる。

 

「マネージャーの車で来てるからほぼ怪しまれないわよ」

「……なんでマネージャーが」

「協力者なの、事務所のマイナスにならない限りは」

「なんでやねん」

 

 いや男の一人暮らしの家に出入りの時点でマイナスだろうがよ! とは思うけどそれはそっちの事情なので知ったことではない。俺はスウェットの上から部屋着用のパーカーを着ながら、朝ご飯はと問いかける。千聖さんは遠慮するどころかにっこり笑顔でそれに対して注文をつけてくる。

 

「トーストとサラダ、あとベーコンかしら。紅茶もほしいわ」

「……はいよろこんで〜」

 

 優雅な朝をご所望かもしれませんがここはむさ苦しい男の一人暮らしなので無理ですよ。なんならパソコンの机でご飯食べる時まであるんだからな。とはいえ、千聖さんを寒く待たせるわけにはいかないので、というかそんなことしたらめちゃ怒られそうなのでカーペットをオンにして電気毛布を渡す。ゲームやってる時の必需品だ。

 

「あ、ありがとう……気が利くわね」

「あったまるまでベッドに座っててもいいよ」

「もう、気を遣いすぎよ」

 

 扉を閉めて、台所に立つ。当初の目的だった花音へ振る舞うのはほとんど機会がなかったけど、だからこそ、リサ師匠に顔向けできる成果を出す時だ。スクランブルエッグを追加して塩加減なんかに気をつけて、トーストもいい感じにバターを乗せて、サラダにはくどすぎない和風ドレッシングをかけて、完成! 紅茶もいい香りがするし、千聖さんも及第点くらいはくれそう! 

 

「おまたせ千聖……さん?」

 

 料理を手に部屋にはいるとはて、千聖さんの姿が見えなかった。なにが起こったのだろうか。神隠し、かと一瞬思ったがベッドにあった掛け布団が不自然に盛り上がったいた。えーっと、つまり? もしかして、と思っておそるおそるベッドを覗き込むと、そこには肩まで布団をかぶって横向きに寝息を立てる千聖さんがいた。

 ──やっぱ、疲れてるのかな。そして寝ている時の千聖さんはその表情からアダルトを取り除いたようで。

 

「千聖さん……お疲れ様」

 

 なんだか最近よく頭を撫でられるから真似する感じで千聖さんの頭を撫でる。あれ、なんか知らないけどすげーほっとするんだよな。俺の前世はレオンだったかもしれん。それか千聖さんの前世の愛犬だったとか。そうやって撫でていると、紫の花が咲くように、宝石のような瞳が開かれた。

 

「ん……ごめんなさい、少しうとうとしてしまって」

「いいよ、ご飯食べる? 後にする?」

「食べるわ」

 

 その頃にはすっかり、床も部屋も暖かくなっていた。ふと、寝起きが最悪だったのに今は、というか千聖さんの顔を見たら肩が軽くなるような気がした。穏やかな顔で、俺が作ったご飯をおいしそうに食べてくれるのも、結構嬉しい。

 よくよく考えると、いつもそうだ。迷った時、逃げたい時、俺はいつだって千聖さんに叱咤されることで軌道修正されてきた。何かあるたびにどうせ、とか気分を沈めていると決まって千聖さんは手を差し伸べてくれた。

 

「ふふ、紅茶の淹れ方、上達したわね……いい香り」

「茶葉がいいからね」

「作り方がよくないと、いい茶葉でも台無しよ」

 

 リラックスしているようで、千聖さんは肩から力が抜けているような感覚がする。というかたぶんいつもが肩に力入ってるんだろうか。俺なんかが芸能界のストレスとかプレッシャーとかがどれほどなんて察することすらできないけど。きっと、監視カメラを常につけられてて、それを伝えられた上で生活しているようなもんってところだろうか。

 

「ふぁ……今日は少し、ここでのんびりさせてもらっていいかしら?」

「いいけど、疲れてるなら家の方が」

「ここなら、あなたがいるでしょう?」

 

 まるで覗き込むように丸机に突っ伏してこっちを見上げてくる。少女みたいな悪戯心と千聖さんの妖艶さが同居したような仕草に思わずドキっとしてしまう。意識させられた、って感じだ。まぁ千聖さんってプライド高いからなぁ。ふたりきりの状況で俺がフラットなのが気に入らないって前に言われたような気がするし。

 

「あれですか、俺んちなら家事とか気にしなくていいってやつ」

「そういうことよ」

 

 暖かい部屋から出てのんびり洗い物をする。冷たい世界、足許から冷えていくような空気に、俺はくしゃみをした。なんかこれ思い出すなと思ったら、あれだ。水族館デートの時だ。あの日もクソ寒かったから、暖かくなってた水族館を出た時に身震いした記憶があった。そうしたら、隣にいた花音が。

 

「大丈夫?」

「あ、うん、やっぱ電気ストーブ買おうかな」

「いいんじゃないかしら、お風呂上がりに寒い思いしなくて済みそうだもの」

 

 あの時はたしか、用意してくれたクリスマスプレゼントのマフラーを出してくれたんだっけ。その一週間前にうっかり電車に忘れていってしまって、もういいやって言ってたから。それを気にして用意してくれたマフラー。それを掛けてくれて、やっぱりいるでしょって笑われたっけ。

 

「……光博」

「ご、ごめん……夢見ちゃってさ、花音の」

「そう」

「いつまで、こうなるんだろうな」

 

 いつまで花音との楽しかった日々を思い出すたびに胸が苦しくなるんだろう。泣きたくなるんだろう。俺にそんなことがわかるわけもなく、ただただ、止めどなく溢れる涙と、背中をさすってくれる手だけが暖かかった。

 

 

 

 

 

 

 




浦部(のメンタル)、爆殺!
さて、本当に彼は何がいけなかったんでしょうね? 花音のことを想って、花音のことを大事にしていた彼が、弄ばれた理由とは?


お気に入り、感想ありがとうございます! そして☆10ふたつ、☆9ひとつ評価がついていましてありがとうございます!
なるべく毎日投稿する予定ですので、よければ毎朝9時17分にお付き合いくださいませ。
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