休日のとある朝、花音が家にやってくる。久しぶりで、緊張でそわそわしてしまうけど。そう考えて前から花音を家に招くときにはめちゃくちゃそわそわしていたことを思い出した。じゃあ変わらないな! と開き直ったところでインターホンが鳴った。ピンポン、これで花音じゃなかったら恥ずかしいなとか思いながらややスマイル多めで扉を開けた。
「どーも、荷物お届けに参りました!」
「……何してんの巴ちゃん」
「バイトっす!」
はえ〜掛け持ちしてるんだ、じゃなくてめちゃくちゃいい笑顔で出迎えてこういうオチかよ。あるあるパターンやめろ。というか宅配便頼んだ覚えもないんだけどと訊ねるとでも、とお届け物には俺の名前と住所が入っていた。怖いわ、なにそれ。そう思ってとりあえず着払いではないようなのでハンコを押してから巴ちゃんと一緒に開封した。
「……パーカーっスか?」
「だね」
「かわいくないです?」
「かわいいね」
それは黒猫の耳がフードに生えたパーカーだった。誰がこんなものをと首を捻りながらも巴ちゃんを拘束するのはよくないと思い引き取る。ふとスマホを見るとそこには千聖さんから送られたメッセージがあり、そこにはこう書かれていた。
──花音が欲しがっていたからプレゼントするといいわよ。あなたクリスマスの時に何もあげてないのでしょう? なんて気の利く人なんだろうな。感心していると二度目のインターホンの音、ちょっと前に花音から連絡が来ていたから確実に花音だろう。
「あ、光博くん……おじゃまします!」
「いらっしゃい、花音」
「うん」
うわ天使、笑顔がもう天使のそれである。思わずこっちもニチャアしちゃうくらいに無垢な笑顔だった。なんか時間まで巻き戻ったんじゃないかってくらいで、健全な関係を築けていると思い込んでいたあの時に。まぁそう思ってる時点で一ミリたりとも戻ってないんだけど、俺はどうしたらいいんだろうね。多分冷静に考えると情緒がおかしい気がする。
「わぁ、これ」
「それ、なんというか……クリスマスの、お詫びとプレゼントの代わり、というか……」
「ありがと、嬉しいなあ……着てみてもいい?」
「もちろん」
その原因はもちろん、花音の態度だ。花音は本当に何も変わらない笑顔で俺の隣で笑っている。あの頃と、つまりカレシと復縁する前と変わらない距離で、変わらない感情を込めてる気さえしてしまう。いやそれが勘違いなのはわかってる。あいつ俺のこと好きじゃね? みたいなクソ発言する気はないけど。ないけどさ。
「なんか今日、私もらってばっかりだね……」
「気にしなくていいよ。慰謝料くらいの気持で受け取って」
「ふえぇ……?」
料理を作って、パーカーをあげて。確かにあげてばっかりだけどそれくらい俺の中で花音への謝罪の気持ちがある。特に言葉的に前は俺のこと好きでいてくれてたんだなぁってわかるから。一緒にいたいって気持ちを裏切って、悲しませたって罪悪感があるから。そのために色々と準備をしていたら、いつの間にか台所に花音が立っていた。
「花音、何してるの?」
「私も、ちょっとくらい手伝いたいなあって」
「え、でも……」
「一緒に作ろ? 私は、そっちの方が嬉しいから」
そう言われてしまうと俺はそれ以上は言えなくなる。色々思うところはあったが花音を助手にして料理を始めることにした。今日作るのは海鮮のクリームパスタだ。カニのうまみが牛乳とクリームに溶けていくのをぼうっと眺めていると、パスタを茹で汁に入れ終わった花音が俺に問いかけてくる。
「最近、千聖ちゃんはどう?」
「どうって?」
「お話してないから……」
「ああ、うん……千聖さんも花音と話したがってたから」
「そっか」
千聖さんは忙しくて入学式以来あんまり学校に行けてないらしい。せっかくまたクラスが一緒になったのに親友同士がすれ違ってるのはよくない。しかも俺に責任があるとなれば尚更だ。だから俺が間に立つことでまた二人が親友同士になって、笑い合う姿が見れればそれでいいんだ。
「ん……おいしい」
「本当? よかった、口に合ったんだ」
「ふふ、私のために……頑張ってくれたんだね」
「ま、まぁね」
「嬉しいなあ、えへへ……」
顔を綻ばせる花音に俺もちょっと釣られる。そういえばそもそもなんで俺が料理できるようになるためにリサにしごかれていたのかって、こういう時間を楽しめるって千聖さんの言葉だったな。自炊できればいいことも多いし、花音と一緒に料理なんてしてみたりして、距離を縮めて。ご飯を食べさせるって目的ばっかりになってたけど、本来はそういうコミュニケーションを取るための手札だったことを今更思い出した。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした……じゃあ洗い物してくるね」
「あ……うん」
リサとの修行の話をして、洗い物をするためにお皿を回収する。スポンジに洗剤をつけて泡立たせて、なんでかちょっとだけ丁寧に洗い始めようとした時、ぴったりと隣に小動物のような仕草で花音がやってくる。そう、言葉通りぴったりとくっついてくるんだ。クリスマス以前にだってこんなにくっついたことないから思わずお皿を落としそうになる。
「っとぉ! あぶな!」
「ふぇぇ……ご、ごめんね、びっくりさせちゃった?」
「うんめっちゃびっくりした」
「ごめんね、ついつい……」
ついつい、なるほどな。何がなるほどかしらないけどこれがカレシさんとの距離感なのかもしれない。いやなんでそんな警戒心ないんですかねあなたは。だけど花音はごめんねと言いつつ距離を変えることはない。えっと、あのその、ちょっと近すぎやしませんか松原さん? そう抗議することはできなかった。
「……ねぇ」
「な、なに?」
「こうやって、また光博くんのおうちにおじゃましてもいいかな……?」
「え、ま、まぁいいけど……」
さすがの俺もこの距離の詰め方は戸惑いが大きくなる。これがクリスマス前だったらドキってして舞い上がってしまっただろうけど。今はどっちにも、って俺は秘密にしてるけど花音にはカレシがいて、あの幸せそうな顔に嘘が潜んでるだなんて考えられないし考えたくもない。じゃあどうして、花音はここまで俺との繋がりに拘るのだろう? 花音は、俺とどうなりたいんだろうか? 戸惑いつつも千聖さんとの関係を明かさない限り断る理由が思いつかなかったため肯定しておく、後で言い訳をするなら千聖さんに考えてもらおう。
「ありがとう、ふふ……ご飯おいしかったから、一回じゃ勿体ないなあって思って」
「それは、よかった」
一応の納得はしたところで洗い物が終わって部屋に戻る。最近の花音はなんだか、意味がわからない。人の気持ちを察する能力がゴミカスもいいところなのは前々からなんだけど、そうじゃなくて行動原理を全く理解できない。ふつう恋人いる子がこんな風に男の一人暮らしで距離を詰めてくるか? しかも多分だけど俺が花音のことを好きだったことはバッチリ伝わってるのに、だ。しかもご飯食べるって目的を達成したのにも関わらず出ていく気配が皆無である。用意したクッションに座ってスマホいじり始めた。
「次のリクエストとかあったら訊くよ」
「んー、何がいいかなあ……光博くんって好き嫌いある?」
「納豆かな」
「朝ごはんだね」
朝ごはんに俺の前で納豆食べられるとすごい顔をする自信がある。まぁもしかしたら俺が食ってる朝ごはんで痰を吐きかけたくなる人もいるだろうからそういうのは我慢するけど。実は納豆は千聖さんも苦手なので俺はあの人との朝ごはんだけは安心してる部分がある。あとあの人徹底して洋食派だし。
「私はキノコ類ダメだからなぁ……それが入ってないやつがいいな」
「キノコか、全部?」
「うん全部」
それは筋金入りだ。キノコってなんとなく見た目クラゲに似てるのにな、と思うけどもしかしてキノコがクラゲに似てるからそれを食べることに抵抗がある、とかいう理由なのかもしれない。そうすると今回は海鮮だったから奇跡的に使わなかったけどパスタ類、特に俺の好きなクリーム系のパスタはキノコ当たり前のように入れるから避けた方が良さそうだ。
「ハンバーグ、とかそういう系かな、次は」
「うん、それすっごくいいね……それなら私もお手伝いできるし」
確かに、こねて一緒に作れるもんな。なるほど、花音の手で作られるハンバーグが食べられるのか、とかいう変態的な発想をした悪魔の自分を脳内天使がボコボコにしていた。強いぞ脳内天使、そして若干バイオレンスなのはなんでだ。ただ花音に向かって変態的思考を向けたテメーは俺を怒らせた状態だ。クソが、ペッ。
「あのさ……」
「どうしたの?」
「光博くんは、私のこと……好き?」
「は?」
約束だよと言われてメモ帳に花音とハンバーグ作る、と記入したページを思わず破くところだった。はい? 何急に、何言い出してるの? え、これなんて答えたら正解なんですか千聖さん! 脳内悪魔も脳内天使もこういうのには使い物にならないので教えて千聖さん! というかもう助けて千聖さん! なんかなんでもかんでも甘えないでと言われる気がする。
「好きって」
「なんだか、光博くん……ちょっと変わったなあと思って」
「変わった? 俺が?」
「うん。前だったらもうちょっと、私に興味ない、っていうか……こう、女の子として見られてないみたいな感じがしてたから」
「はえ?」
え、待ってどこをどうしたらそういう感じしてたの? 嘘でしょ、なんなら前だったら好きすぎて周囲なんて見えてもなかったし、全ての行動原理が花音のことが好きで、花音と付き合っても大丈夫な男になりたいって一色だったのに。なんて、ホントになんて答えたらいいんだろうか。えっと、この場合は好きってわけじゃないよって言ったら結局前から好きだったことはバラしてるからどうしてって問われるわけで、そもそも千聖さんへの義理立てとはいえ実はまだ燻ってるし。そもそも内緒だから千聖さんを引き合いに出すわけにはいかない。
「好き、だよ……簡単に、花音のこと嫌いにはなれない」
「……そっか、やっぱり両想い、だったんだ」
「花音」
「私もね、光博くんのことが好き……あ、ホントは好きだったって言わなきゃなのかな……正直まだ、私、光博くんのこと好きなんだと思う」
突如としての告白に俺は目を白黒させる。一体何がどうなってるんだろうか。でも一歩近づかれて反射的に一歩下がる。マジで理解できない、何が起こってるのか俺のキャパをとっくに越えてるんだけど。花音の表情は、あの時、クリスマスイブに俺が見たあの顔だった。
「光博くん、私……」
「やめて」
──気持ち悪い。そう、俺はあの日も確かに思った。今までかわいらしく笑っていた、ふわふわと水に浮かぶクラゲのような花音が見せた女の顔に、俺は直前まで考えていた行為を予感して、気持ち悪くなった。そういう行為、性行為がその人を好きって証明になるのかって言われたら、そうじゃない。だって好きじゃなくたって女は抱けるし、女の子も好きじゃなくても気持ちよくなってしまう。
「花音には、カレシがいるし、俺は花音とそういうこと……したくない」
「どうして? 好きなのに?」
「
「……私、汚い?」
「え……」
「なんで、処女じゃないから? あの人とえっちしてたから? 私が光博くんにえっちしたいって気持ちを持ったら汚いの?」
涙に訴えられても、それを否定したいと思っても、心の奥底で否定できなかった。むしろストンと腑に落ちた。そうじゃん、花音は一度目の付き合いで既にあのバイトリーダーのカレシと行為をしてたんだ。処女じゃないから、ああいう手順というか、雰囲気にいいよって言える余裕があったのかもしれない。経験があるから、気持ちいいって知ってるから。流されたんじゃないかって。俺としたって、花音は俺以外の男と寝たことがある。同じ裸を見たことがあって、同じことをもうとっくにしてる。それが、俺には耐えられそうにはなかった。
「好きな人が、汚されるのも、汚すのも、嫌だ」
「……えっちは、汚い行為……?」
俺には、あれがキレイな感情に成り立ってるだなんて考えたくもない。ケダモノだよ。あれを好む人間なんてケダモノだ。はは、もう童貞ですらない。童貞を守れすらせずにケダモノになった俺が言ってもなんの説得力もないだろうけど。
──花音は、花音だけはそうでないと願っていたよ。俺が好きになった、松原花音はキレイな花であってほしかったよ。
「そっか、ごめんね……」
「いや、別にそういうのしなきゃ」
「私は……今日襲われてもいいって思ってた。そのために下着も選んだし、光博くんは持ってないかもしれないからポーチの中に
「……っ!」
「そういうのも全部、光博くんからしたら……汚いんだ」
まるで俺が悪いかの言い方に少し苛立ちが強くなっていく。そもそも俺と花音、付き合ってないのになんでそれで俺が批難されなきゃならないんだ。俺の方が正しいだろ、カレシがいるのに襲われてもいいってなんだよ。浮気しに来たってこと? 花音の言ってることは俺には何一つ理解できない。ひとつ、理解できることがあるとすれば。恋愛で性行為を通らなきゃいけないってことなら、俺に恋愛は一生無理だってことくらいだろうか。
「私は……キレイな花なんかじゃなかったよ……最初から、ずーっと」
扉が閉じられる。脱ぎ捨てられたパーカーが床に転がり、俺はそれを投げ捨てようとして、花音の喜んだ顔のフラッシュバックがそれを阻んだ。俺は悪くない、何がいけなかったんだ。そんな言葉がぐるぐると頭の中でリフレインして、その日はソレ以上動く気力もなくパーカーを抱きしめるようにしてベッドに寝転んで、眠りについた。
──大事な人だ。本気で好きって思えた人なのに。どうして、エロって邪な心で汚さなきゃいけないんだ。俺が間違ってるだなんて思いたくない。それが、最後の思考だった。
五話の夢の中にある地の文のぼやけてる部分に入るのが「気持ち悪い」になります。
要するに浦部くんは「推しをエロい目で見れない、見たくない」というものに、主に女性が男友達等に性欲や好意を向けられた際の嫌悪感を表現したスラング「ぬいぐるみペニスショック」の男女逆バージョンを併発しています。あと幼馴染に植え付けられたトラウマ。千聖さんのことをどう思ってるかもちょっと出てきましたね☆
☆9ひとつ ☆7ひとつ、ありがとうございます!
お気に入りも順調にのびていて嬉しい限りです!