塾講師がTS異世界転移したけど教え子たちしかロボを動かせない 作:星野純三
「俺は大丈夫だ。行ってくれ」
再三にわたる兄の説得に、わたしはしぶしぶ折れた。
船を守るカニロボは、今、妹のわたしが駆る機体だけ。
さっき兄さんが使ったデコイはもう、ない。
次にティラノサウルスが船を襲えば、兄さんは身を守る術もなく……。
と思うと、どうしてもここの守りを捨てるふんぎりがつかなかった。
たとえ、もう残るティラノサウルスが谷の奥にいるデカティラノだけだとしても、である。
今、ミナちゃんとハルカちゃんとアカネちゃんが谷の奥で奮闘している。
三機がかりでも、デカティラノに対して決定打を与えられないでいる。
取り巻きのティラノサウルスは全滅させてしまったというから、わたしがここを守っている意味はないはず、ということも。
でも万一がある。
そう思うと足がすくんだ。
兄さんを失いたくない、と思うと動けなかった。
そんなわたしに、兄さんが諭す。
わたしに対して、こう告げる。
いつも助けられてきたよ、と。
「この世界に来てからも、なぜか女になってしまってからも、ずっと変わらず『兄さん』と呼んでくれてありがとう」
ああ、と気づく。
兄さんこそ、変わってしまった自分に一番傷ついていたんだ。
だからこそ、変わらないものが嬉しかったのだ。
「あたりまえでしょう」
わたしは告げる。
「兄さんは兄さんだよ。どこにも行っちゃ嫌だからね」
「もちろんだ。俺はなんとしても生き残るさ。でも、今、みんなで生き残るためには、デカティラノを排除しなきゃいけない」
「そう、だけど」
兄さんは拡声器ごしに笑う。
「甘えん坊だな」
「昔から、わたしはずっと兄さんに対して甘えん坊だよ」
「いつも迷惑をかける」
違う。
迷惑をかけているのは、わたし。
わかっている、わたしが面倒なやつだってことくらい。
でも兄さんは変わらず、面倒なわたしを受け入れてくれる。
なんだかんだと言ってもベッドに入れてくれるし、頭を撫でてくれる。
思う存分、甘やかしてくれる。
「それとも、一緒に行くか」
「それは駄目。この船じゃデカティラノのビームに耐えられない」
「だよな」
行くなら、わたしひとり。
うん、わかってる。
……わかった。
「行くね、兄さん」
「あの子たちを頼む」
「わかってる。兄さんは全員を守りたいんだもんね」
わたしだって、あの子たちを見捨てたいわけじゃない。
そもそもここであのデカティラノを倒せなかったら、ひどいことになる気がするのだ。
これは完全に勘なのだけれど。
兄さんも、同じく勘で、ここが勝負どころだと思っているに違いない。
じゃなきゃ、わたしに「死ぬかもしれない場所に行け」とこんなに説得してこない。
ここで勝たなきゃヤバいって思ってることに関しては、わたし以上かもしれない。
兄さん目をみればわかる。
言いたいことをたくさん我慢して、それでも大切なことだけは伝えるときの目だ。
だからわたしは、結局、納得した。
納得して、カニロボで船から飛び出す。
新しいブースターで限界まで加速して渓谷に突入する。
デカティラノの姿が見えた。
全長二十メートルの巨体は、全長六メートルしかないカニロボにとってはてしなく大きい。
そんなデカティラノの近くで戦うカニロボが二体、少し離れたところから狙撃で援護するのが一体。
近くで戦っているのが小学生の双子、ハルカ機とアカネ機だ。
ハサミで殴っているのがアカネで、ハサミから出すビームでちまちま削っているのがハルカ。
接近戦が得意といっても、ふたりは微妙に、その得意なことが違う。
離れた大岩の陰から狙撃しているのがミナ機。
ミナちゃんはデカティラノが口を開けるタイミングで顎を狙撃し、口からのビームを邪魔している。
おかげで双子はだいぶ戦いやすそうだった。
それでも、なおデカティラノは倒せない。
本命はデカティラノの後ろにある機械なのだけれど、その機械まで近寄れないでいる。
見れば、デカティラノは前脚から細い触手のようなものを複数本伸ばして、ハルカ機とアカネ機の邪魔をしていた。
「あれ、ズルい! ズルいよ!」
「ん。困ったね」
アカネちゃんの元気な叫び声が、ハルカちゃんのぼんやりとした声が、拡声器で谷に響く。
ふたりとも、ある意味でいつも通りだ。
「ふたりとも!」
わたしも拡声器で叫ぶ。
突進しながらカニビームを連射する。
デカティラノがこちらを向く。
勝負は一瞬、ブースターが焼き切れそうなほど加速していく。
シートに身体が圧し潰される。
うめき声をあげた。
でも、左右の手はわたしの意志に従い、よどみなく動く。
機体をわずかに傾けて、デカティラノの口からビームを回避。
ミナちゃんの援護射撃によって、デカティラノの顔がわずかに硬直する。
その隙を突いて、双子が動いた。
左右からまわりこんで背後の機械を強襲しようとする。
デカティラノの前脚から出た無数の触手が、それを全力でブロックする。
おかげで、ほんの一瞬だけ、わたしへのマークが外れる。
わたしの機体は四本の足で地面を力強く蹴る。
ジャンプ。
空中で、ブースターを切り離す。
ぐんぐん上昇し、デカティラノを飛び越えようとする。
デカティラノが口を持ち上げてわたしの機体を迎撃しようとするが……。
「そこです!」
ミナちゃんの狙撃が、デカティラノの鼻にヒットする。
デカティラノの口から出たビームはあらぬ方向に飛んで、谷の壁面を焼いた。
その隙に、わたしはデカティラノの背後の機械を視界に捉える。
巨大な、黒い機械だった。
ポンプのようなものでデカティラノと繋がっている。
機械全体が脈動するように、不気味に蠢いていた。
不思議と、どこを破壊すればいいのかわかった。
機械の上面にぽつぽつと輝く赤い光。
それを潰せば、エネルギーの循環が途切れるはずだった。
双子が、援護とばかりにデカティラノにとりつき、前脚の触手がわたしの方へ行かないようにする。
ふたりの声援を聞いたような気がした。
黒い蠢く巨大機械の上に着地する。
カニロボのハサミを足もとの赤い点にくっつけ、至近距離からビームを連射する。
次いで、ハサミを振りまわし、手当たり次第にビームを撃ち込んでいく。
立て続けに爆発音が響いた。
足もとの機械が大きく揺れる。
わたしは機体を跳躍させ、離脱。
直後のことだった。
足もとの機械が爆発する。
機体が上方に押し上げられる。
浮遊感があった。
爆風に巻き込まれ、わたしの機体が吹き飛ばされる。
ミナちゃんたちが悲鳴をあげていた。
「大、丈、夫っ」
わたしは機体をうまく制御し、カニロボを何回か回転させると峡谷の奥の壁面に四本足で着地。
うまく衝撃を逃がしてすぐまたジャンプする。
空中で、デカティラノをとらえたモニタをちらりとみる。
全長二十メートルの巨体が、激しく咆哮しながら地面にその身を横たえようとしていた。
機械との間のパイプが途中で切断されているのは……双子のどちらかの仕業だろう。
機械と分断されたとたん、力を失ったようだった。
どうしてかはよくわからないが、とにかく……。
これで、終わったのだ。
それだけは、よくわかった。
激しく揺れる地面に着地する。
そして……。