塾講師がTS異世界転移したけど教え子たちしかロボを動かせない   作:星野純三

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妹の話

 兄さんと塾の子たちと異世界に漂流して、半月が経過した。

 厳密には十六日だ。

 よく考えたらこの世界の月の満ち欠けがもとの世界と同じかどうかは不明だし、そもそも月は七つもある。

 

 兄さんは相変わらず呑気だ。

 耳が長い現地人と直接、交流したがる。

 この前、誘拐されて危うく殺されるところだったのに。

 

 やっぱり、わたしたちでしっかりと兄さんを見張るべきなのだろう。

 兄さんに危険が及ばないように。

 兄さんが出ていったりしないように。

 

 わたしも、三人の仲間たちも、みんな兄さんがいないと駄目なんだから。

 兄さんは「自分は役に立てない」と言うけれど、そんなことはない。

 兄さんがそこにいるだけで、わたしたちがどれだけ安心するか、てんでわかっていないのだ。

 

 まあ、さっきから兄さん、兄さんと言っているけど。

 今の兄さんは女性である。

 こっちの世界に来るとき、なぜか性転換していた。

 

 別に構わない。

 兄さんが女性でも、わたしの大切な兄さんであることにはかわりない。

 むしろ以前よりスキンシップをしやすくなったし、べたべた触っても嫌がられなくなった。

 

 添い寝してもOKになったし、抱きついて匂いを嗅いでもちょっとなら大丈夫。

 いっしょにお風呂に入ろうと言ったらさすがにダメ出しされたけど。

 でも、もうちょっと押していけばイケそうな気がする。

 

 昔から兄さんはわたしが押していくと、しぶしぶながらも許してくれるから。

 愛犬が死んだときも、一か月くらい、いっしょのベッドで寝てくれたし。

 兄さんの塾に通って兄さんに教えてもらうことも承諾してくれたし。

 

 塾の仲間たちといっしょに兄さんのアパートに入り浸ることもなし崩し的にOKになったし。

 合鍵も持たせてくれた。

 お泊りは、中学生になってから、どれだけねだっても駄目だったけど。

 

 兄さんのパソコンのパスワード……は勝手に調べたんだった。

 これは内緒にしておかないと。

 うん、わたしは兄さんのどんな性癖も受け入れられるから。

 

「先生は、またスマホ仲間さんたちとお話をしています」

 

 ミナちゃんが言う。

 わたしのひとつ下、中学二年生で、でも英語の苦手なわたしと違って英語ぺらぺら、ついでにフランス語までぺらぺらの帰国子女。

 金髪碧眼の美人さんで、背もわたしよりちょっと高いし、ついでにおっぱいもわたしよりある。

 

 腰まである髪をストレートにしていて、前髪は眉のところで切り揃えている。

 以前、「先生はこういうのが好きそうだから」と言っていた。

 うん、その推理は合っていると思うよ……パソコンの中身から推察するに。

 

 本当なら、わたしはミナちゃんに嫉妬するべきなんだろうけど。

 この子は頭がいいくせに、やけに人なつっこく、わたしに全幅の信頼を寄せてくる。

 だからあんまり邪険にできない……というかこの子にお願いされると絶対に応えてあげないとって気にさせられてしまう。

 

 で、この子ったら「先生をお慕いしてもよろしいのでしょうか」と言うものだから……。

 妹としては、駄目、なんて言えない。

 でも兄さんをこの子に取られるのは……嫌だよう。

 

 って感じの雰囲気がわたしからめちゃくちゃ出ていたのだろう。

 ミナちゃんはそのとき、ぽんと手を叩いてこう言ったのだ。

 

「では、わたしたちふたりで、先生をお慕いいたしましょう」

 

 と。

 そのときは名案だと思った。

 

 それで、ええと……。

 彼女は軟禁状態の先生の部屋をときどき覗いて、兄さんの状況を報告してくれている。

 またふらふらと外に出られたら、たまらないものね。

 

 兄さんのスマホは別の異世界と繋がっていて、そこでわたしたちと同じように異世界に飛ばされた日本人たちと交信できるようになったらしい。

 でもわたしたちがそのスマホの画面を見ても、なにも映っていない。

 

 最初は、兄さんがおかしくなったのかと思った。

 兄さんが女性になった直後だったし。

 そうじゃないとわかったのは、実際にスマホを通じてデータをやりとりした結果、わたしたちの乗っている船の性能やカニロボの性能が明らかになったから。

 

 兄さんはスマホの画面ごしになんらかの交信をしている。

 それには兄さんの知らなかった情報が含まれている以上、心の病とかそういうものではありえない。

 彼らが本当に味方なのかはわからないし、彼らのアドバイスが的確かどうかも定かではないけど、ここまで一定以上の有益さがあったことは事実。

 

 なら兄さんには、彼らとの交流を進めてもらうべきだろう。

 少なくとも、あの危険な耳長と接触するよりは安全なはずだ。

 

 ああもう……耳長たちが兄さんを少しでも傷つけていたなら、きっと今ごろ、わたしたちは彼らを滅ぼしていたよ……。

 ミナちゃんは止めようとしただろうけど、年下のふたりはわたしよりずっと怒っていたし、きっと率先して行動したに違いない。

 というか兄さんが行方不明になったと気づいた時点で激昂していた。

 

 兄さんが帰ってきた後も、彼らと手を切るべきだと主張していたのは小学生組である。

 兄さんが懸命に宥めていた。

 あの耳長たちは、兄さんの温情に心から感謝するべきだ。

 

 

        →〇←

 

 

 今、わたしがいるのは船の艦橋。

 わたしたちが船と呼んでいる存在は、カニメカを四機積んだ陸上を少し浮いて走るホバークラフトだ。

 たぶんわたしたちの世界には存在しないほど巨大で、全長が学校の校庭に収まらないくらいある。

 

 高さは三階建ての校舎くらいで、四層構造。

 わたしのいる艦橋は、そのうち最上階にある。

 カニメカのある最下層への直通エレベーターが存在するため、わたしたちはなにかあると、とりあえず艦橋に集まることになっていた。

 

 実際のところ、この耳長の村にやってきてからは、なにかあったことなんて先生が捕まったときと……。

 あ、一昨日、ティラノサウルスが二体、襲ってきたか。

 それくらいなんだけどね。

 

 ちなみにティラノサウルスは空を飛んでやってきたので、遠くからでもよく見えた。

 ミナちゃんがカニロボで狙撃して一体を撃ち落とし、もう一体は双子のカニロボが飛びかかって始末した。

 わたしは見てただけ。

 

 なんか、戦うごとにみんなのカニロボへの習熟度というか、慣れが加速度的に増している気がする。

 普段温厚なミナちゃんも、戦うことにはなんのためらいもないみたいだ。

 むしろ最近は、よくシミュレーションを立ち上げて狙撃の練習をしているくらい。

 

 こちらの世界に来て、こちらの世界の言葉をなんの苦もなく読み書きできるようになっていた。

 なぜかこの船やカニロボを操作できるようになっていた。

 ぶっつけ本番でティラノサウルスと戦うことができたくらいに。

 

 気味が悪い。

 でもこの力を使わないと、わたしたちは未知だらけのこの世界で生き残ることができない。

 使わない、という選択肢はない。

 

 この艦橋には五つの椅子がある。

 ひとつはわたしたちが艦長席と呼ぶ、全機能が集中したデスクがある席。

 ひとつが操縦席と呼ぶ、二本のレバーと無数のパネルでこの船を操作できる席。

 

 ひとつは船内の隔壁を操作したり内外の状況を映すモニタを切り替えられる席。

 ひとつは船を統括する頭脳、たぶんAIみたいな存在とのやりとりをする席。

 ひとつはパッシブ・アクティブ両方のレーダーや船外カメラをチェックできる席。

 

 どの席も、背もたれと柔らかいクッションがついていて、座り心地がいい。

 座ると少し沈み込んで、黒い布地がわたしたちの身体を包む。

 長い時間座っていても身体が疲れないのは、この座席を形成する未知の素材のおかげだろう。

 

 有事には兄さんが艦長席に座り、残りの席でやることを全部艦長席でやってしまう。

 わたしたちはカニロボに乗って出撃する。

 でもこういう平時には、こうしてわたしたちが艦長席以外の席に座って、そのとき必要なことをする。

 

 わたしが今やっているのは、耳長が保存していた文書の翻訳だ。

 船のAIみたいな存在がくねくねした文字をスキャンして解析している。

 

 この船で使われている言語は明らかに日本語じゃないけれど、わたしたちは何故か船の言語を自在に扱える。

 耳長たちの言葉もわかるし、口を開けば耳長たちの言葉が自然に出てくる。

 でもこの耳長文書の言語はさっぱりなのだった。

 

 どうしてなのか。

 それはこの文書を解読できればわかるのだろうか。

 ずっと過去に書かれたものであるらしいこれには、いったいどんな秘密があるのだろうか。

 

 さっき、一部だけが解読されたようで、AIが単語らしきものをいくつか出力した。

 モニタに映る文字は、以下の通り。

 

「天の炎、厄災の獣、封鎖、モディアラコン? 最後のは固有名詞でしょうか」

 

 ミナちゃんがAI席に座るわたしの横からひょっこりと覗き込み、小首をかしげる。

 顔がくっつきそうなくらい近い。

 彼女の豊満なおっぱいはわたしの肩で潰れている。

 

 くうっ、格差が憎い。

 兄さんがミナちゃんの胸もとをちらちら見てしまうのも無理はない。

 いや、今それはいいんだ。

 

「不吉な言葉が並んでいるわね」

「厄災の獣、とはティラノサウルスさんのことではありませんか」

「あの程度の奴、厄災、なんて言われるかなあ」

 

 ミナちゃんの言葉にそう反論する。

 だって、ミナちゃんの狙撃で一撃だよ、一撃。

 

 でも、うーん、そうなるとティラノサウルスなんて比じゃない奴がいるってことになるし……。

 これ考えたら駄目なやつかもしれない。

 

「とりあえず、兄さんに報告しようか」

 

 この船内でだけ使える備品のタブレットに結果をコピーして、席を立つ。

 ミナちゃんが操縦席をいじって、船を自動監視モードに変更した。

 これでなにかあったら勝手に警報が鳴る。

 

「そういえば」

 

 と思い出したようにミナちゃんが言った。

 

「この船、そもそもこの文書の言語がわからなかったんですよね。この船自体が、文書をつくった方にとって敵側だったのでは……?」

 

 あー、その可能性はあるか。

 となると……。

 

 わたしはカニロボのハサミから出るビームを思い出す。

 ブースターをつけてあれを撃ったことは、まだ一度もないのだけれど……。

 

「天の炎、ねえ……」

 

 今のところ、そこまで考えても仕方がないか。

 わたしは首を振って、AI席に背を向けた。

 

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