——私の友人は変わっている。控えめに言って変態だ。
それを理解したのは、入学してからそう時間もかからなかった。
「堀北さん。一緒に帰ろ?」
そんなことを考えながら帰りの支度をしていると、声をかけられた。彼だ。
綾小路くんとは反対の、隣の席に座る彼と目が合い、女の子にも負けないだろう柔らかい笑みを向けてくる。
七瀬葵くん。
男にしては体の線が細くて、でも、体が小さいわけでもない。筋肉は程々にある。その割にいつもふわふわしていてうわの空。私が唯一認めた友達だ。そして件の変態。
綾小路くん? 彼は友達じゃないわ。
「珍しいわね。放課後なのにまだ元気なんて」
「今日は体育もなかったからね。いつもより余裕だよ!」
「あなたは体育がなくても、毎日疲れていると思うのだけれど」
記憶を振り返ってみたけど、放課後に力尽きて机にうつ伏せになる葵くんの姿しか思い出せない。
彼は見た目通り体力がない。男女合わせても、クラスの中で下から数えられるくらいには貧弱だ。だから、今日みたいに放課後に話せる日は珍しい。
「別にいつも疲れてるわけじゃないし……」
「図星じゃない。嘘をつくと顔を逸らす癖がでてるわよ」
「うっ」
癖を指摘すると、逸らしていた顔をこちらに向ける葵くん。表情に全部出てる。
相変わらず嘘をつくのは下手ね。
「堀北さん。意地悪しないでよ」
「意地悪? 事実を指摘しただけよ」
「うぅ……」
私がジト目を向けてそう言うと、彼は困ったように眉をひそめた。
……葵くんの反応を見ていると、嗜虐心というかいじめたい気持ちに駆られてしまう。
でもダメね。もう少し楽しみたいけど、これ以上はやめておかないと。葵くんが可哀想だし、……癖になってもいけないわ。
「ごめんなさい。からかい過ぎたわ」
「もう知らない……」
ふん、と頬を膨らませてへそを曲げる葵くん。
あまりにも子どもっぽい反応に、笑いそうになる。ここに他の生徒がいなかったら気にせず笑っていたのに。そんなところ見られたくないから、表情を表に出さないように我慢する。
「ほら、早く帰りましょ。今日は私の部屋で勉強するんでしょ?」
「…………」
片付けを終えた私は鞄を肩に下げ、もう片方の手を葵くんに差し出す。
その手を見ていた彼はしばらく黙って、
「…………うん」
頷いて握り返してくれる。
私の手を握る彼の手は、本当に男の子なのか信じられないくらい柔らかくて温かい。
クラスの生徒から向けられる視線もどうでもよくなる心地良さだった。
今日はこれから帰って2人で勉強会。邪魔者は誰もいないのだ。
口の端が上がってしまう。ダメだとわかっていても抑えられない。
「堀北さん?」
「なんでもないわ。さぁ、行きましょ」
「あ、ちょっと待って!」
そのまま手を繋ぎ帰ろうとしたところ、葵くんが何かを思い出したように後ろを振り返る。
「綾小路くんもまた明日ね!」
「……お、おう」
あら、綾小路くん。まだいたのね?
気づかなかったわ。
そう告げた時の綾小路くんはどこか悲しそうな顔をしていた。どうでもいいことだけど。
★
「うーん……」
カリカリとノートの上をペンが走る音だけが、部屋に響く。私はテーブルの上に置かれた教科書を時折見ながら、問題を解いていた。
あれから葵くんと手を繋いで帰った後、特に寄り道することもなく私の部屋に帰ってきて、2人で勉強会に勤しんでいた。
ちらりと視線だけ隣に向ける。先程から頬杖をつきながら、葵くんはたまに唸っては課題に挑んでいた。
人によっては勉強中に声を出されると集中できないと思うが、私はその行為を特に煩わしいと思ったことはない。他の人がしていたなら、また話は変わってくるけど。
それに葵くん自身も問題がわかっていなくて声を出しているわけじゃない。
彼の成績的に今回の宿題は問題ないはず。そもそも彼は私よりも成績はいいのだから。
残念ながら、私はまだ葵くんにテストの成績で勝ったことがない。
いつもの私なら負けたことに不満を抱いていたはずだろう。日々の計画を見直して、もっとストイックに、勉強に取り組んでいたと思う。
それなのに今は悔しさよりも先に心地良さを感じている。葵くんと一緒にいる時間を優先してしまう自分がいた。
どうしてなのか? それは彼の顔を見てもわからないことだった。
「そろそろ休憩にしましょうか」
「はふぅ……つかれたァ」
「お疲れね、コーヒーを入れてくるわ。砂糖はいるわよね?」
「お願いしますぅ……」
そう言って机の上で溶ける葵くん。
やっぱり体力は少なそうだ。
それを尻目に立ち上がり、キッチンにある棚からからマグカップ2つを取り出す。
このマグカップも葵くんが来た時のため用意したもので、ペアルックだ。
今更ながら、友達というものがこれでいいのか疑問になってくる。でも、女の子同士の友達でお揃いにするというのもあるわけだし、男女の友達でもおかしくないのかしら?
「ふふふ……」
友達について思考しながらコーヒーを用意していると、突然、葵くんが笑いだした。
「どうしたの? 急に笑いだして」
「いや、なんだか堀北さんが楽しそうだから。嬉しくて、つい」
「楽しそう?」
「最近、堀北さん笑うことが増えたでしょ?」
笑いそうになっていたのバレていたのね。
「……そう? 自分ではよく分からないけど」
とはいえ、それを認めるのも。ましてや否定するのも嫌で適当にはぐらかす。実際、今の心境はわからないことだらけだ。
これまでも客観的に自分の事は分析はしてきた。自分のことは自分がわかっていたつもりなのに、ここ最近は私のことも、彼のことも何も分からない。
「ほんとに堀北さんは楽しそうだよ。だから、そんな君のことが……気になっちゃうな」
ぼんやりしていたのだろう。近づいてくる彼に気づかなかったのは、
「ねぇ、堀北さん」
「葵、くん……?」
いつの間にかすぐ横にいた葵くんが、私の手に柔らかい手を重ねてくる。放課後に繋いだ時とは違う熱の別の温かさ。
彼の濡れた瞳が私を射抜いてくる。
——これは、ダメだ。
彼がこんな風に名前を呼んでくる時は決まって
「……
「……ッ、ダメよ!」
一瞬、葵くんを振りほどこうと体に力が入る。男女の差はあれど、彼は貧弱。私には武術の経験がある。彼を振りほどくことは難しくもなんともない。
でも、それはできない。
そんなことをすれば、彼を傷つけてしまう。昔ならでできたことができず、私はただ体を強ばらせることしか選べない。
最初はこんなんじゃなかった。
さっきみたいに勉強会をしたり、放課後に遊びに行くぐらいの、普通の友達だった。
強いていえば、彼が人より甘えん坊だったこと。
けど、仲が深まるごとに彼の要求はエスカレートしていった。最初は手をつないだ。次にハグをして、今ではスカートの中に顔を入れるなんて、変態的な要求をさらる始末。
恋人でもなく、家族でもない。愛しているのかすら定かではない。
普通の友達はいつの間にか、異常な関係に変化していた。
どうしてこうなってしまったのだろう。
私はDクラス。
欠陥品の集まりと茶柱先生は言った。私はそんな言葉に納得できない。だからAクラスを目指すことにした。納得できないけれど、もしそれが本当なら。
彼がDクラスに落とされたのは、この変態性が理由のひとつだろうか?
私の手から腰へと巻かれた彼の手を振り払うこともできず、間近にある彼の目から、顔を逸らす。
いつもと違う色欲の混じった瞳。
頬にかかる吐息がくすぐったい。
「……お願い」
「やめて、その……友人同士ですることじゃないわ」
「でも、前に一回してくれたよね?」
「あれは、……気の迷いよ。もうやらないわ」
心臓の鼓動がうるさい。顔に熱が集まっていくのがわかってしまう。
お願い。もう、見ないで。
「……じゃあ、もう一回だけ。一緒に気持ちよくなろ?」
「あっ……」
そんな期待も虚しく、小悪魔の囁きが私の耳を犯す。思考があっさりと溶けてしまった。
あぁ、そうね。とっくに遅かった。
身も心も葵くんのことを、否定できないように変えられてしまったのだ。
それを理解すると、強ばっていた体から力が抜けた。宙を彷徨っていた手が自然と彼の腰に回る。
「もうっ……葵くんは酷いわ。私のこと
「それはお互い様だよ」
「ふふ、そうね。……ベッドに行きましょ。ここだと危ないわ」
湯気の立つコーヒー。飲む時は冷めてるかもしれないわね。
ベッドに移動した私は制服のまま腰をかけ、膝立ちになった葵くんと向かい合う。
そのまま震える手でスカートを摘み、彼が入りやすいように上げる。
「……あまり見ないでちょうだい。恥ずかしいわ」
今、彼にパンツが見られていると思うと背徳感と羞恥心で頭が真っ白になる。自分がやってることがおかしいとわかっているから、余計に意識してしまう。
「それじゃあ、行くね?」
「言わなくていいわっ……ッ!」
「はは、ごめんね」
謝ると、そのままゆっくりゆっくりとスカートの中に顔を入れていく葵くん。
「ッ……! 遅い、わっ!」
そのあまりにも焦れったい動きに、息が荒くなる。股を開いているからモジモジすることもできなくて、もどかしい。
今の私、餌を待ちわびてヨダレを垂らしている犬みたいで滑稽ね。
そんなことを考えている合い間に、彼の頭がスカートに隠れた。
「やっぱり堀北さんの中は安心する」
「あうっ……」
吐息が太ももにかかって、声が漏れてしまう。
感覚が過敏になっている。ちょっとの刺激が気持ちいい。
「太ももが柔らかくて、暖かい……」
「言葉に、しないで……ッ!」
「もっと素直になってもいいんだよ?」
葵くんは鬼畜だ。
私が恥ずかしがるってわかっているくせに、そうやって誘って。
成されるがままの自分が悔しくて、プライドがズタズタに切り裂かれて、——嬉しい。
「ひゃっ⁉︎ あ、葵くんッ……!」
油断していた。
突然の下半身の重みに、悲鳴をあげてしまった。
何が起きたのか理解出来ず、彼の名前を呼ぶけど止まらない。
さっきまでの戯れとは違う、本格的な男の重み。それが私の股に圧迫感を与えている。
「嘘ッ、今からするの……⁉︎」
私たちはこんな変態的な行為をしているけど、一線だけは超えたことがない。
彼と友好関係を築いてから、もしかしたらと思って性知識を学んでおいた。だから、葵くんがこれからしようとしていることを何かわかってしまう。
この瞬間から、友人っていう一線を越えようとしているのかと、心臓がバクバクと加速する。
覚悟がなかったわけじゃない。だけど、その……この時がこんなにも早く来るとは思っていなかった。
「ダメよ、葵くん。そこは、まだ……ッ!」
まだ私たちは学生。それ学校側にバレてしまえば退学なのは間違いない。だから、断らなくちゃいけない。彼のためにも止めないと。
でも、どこかで期待しているのか、体が全然動いてくれない。
どうすることもできず、せめて怖くないようにギュッと目をつぶり、その時を待つ。
「…………」
「…………」
「…………?」
焦らしているのだろうか?
1秒、5秒と時間が経ち、丁度1分が過ぎたところで目を開けて、恐る恐るスカートをめくる。
「……寝てるの?」
葵くんは私の太ももを枕に寝ていた。
どうやら彼の体力が切れたみたいだ。
なんというか私一人で勝手に期待して、残念がって、盛っているみたいで嫌だわ。
「もう、仕方ないわね」
ため息をひとつついて、微笑む。
このままだと体を痛めてしまうから、葵くんをベッドに横にして、傍で彼の寝顔を見る。
満足そうに寝てる中性的な顔。自分だけ幸せそうな顔をして、ちょっとだけムカつくわ。柔らかい彼のほっぺを指先でつつくと、眉をひそめた。
それを見て、少しだけ溜飲が下がった。
でも物足りない。欲求不満、なのかしらね。
私は変態なのだろうか。
いや、それも仕方ないことだわ。元々、私はこんなんじゃなかった。葵くんに後戻りできないところまで変えられてしまったのだ。
ほんと、最期まで責任を取って欲しいわね。
「おやすみなさい葵くん。好きよ」
静かに寝ている葵くんに声をかける。起きないように、彼の頭を優しく撫でながら。