葎凛抄『シロツメクサの甲子園』   作:風早 海月

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第13話

 

 

 

 

7回の表。

先頭は息吹。

 

「ここでもカットか…」

「息吹ちゃんの選球眼は悪くないし、なるべく高校野球の上位レベルの投球を見てほしいからね…それに、勝算もあるよ」

 

朝倉のキレのある速球に、何とか食らいつく息吹。

 

「ね?」

「すげぇ」

「完全に力負けはしてるけど…」

 

カットし続け、外れた球は手を出さない。

それだけで出塁率はグンと上がる。

そしてそういう打者は、強打者とは違った意味で嫌がられる。

 

「…お願い、出て…」

 

まずは同点のランナーが欲しい新越谷。

貯めて、英詠を代打…という形がベスト。

代打が敬遠されないように、後ろに今日3の3と好成績な希の前…詠深と交代がベスト。

 

とすると、息吹か白菊の出塁が重要となる。

 

確かに、絶対勝たなければならない公式戦とは異なるとはいえ。

人間誰しも勝ちたいのだ。

 

11球目。

ワインドアップから投じられた朝倉の投球。

カットする気満々の息吹のバットから逃げるように落ちていった。

 

「ストライクスリー!」

「走れ!息吹!」

 

即座に一塁のコーチに自ら出ていた怜が叫ぶ。

 

そう…三振はしたが、捕手浅井が取りこぼしていた。

 

やや外めに外れながら落ちたスプリットは、浅井のミットを嫌うかのように、ミットの縁に当たり素っ頓狂な方向へ転がっていく。

 

一塁は余裕でセーフ。

 

「よし!いいぞ、息吹!」

 

息吹以上に喜び、息吹の背を叩く怜に息吹も苦笑い。

 

「ここは素直に()()するべき…だな」

 

ベンチでニヤっとしながら稜。

 

「あなたねぇ…」

「そういえば理科室には()()はあるのか?」

「…」

「オジュウ()()()()()って強いよなぁ」

「…」

 

 

ベンチになんとも言えない空気が漂ったところで、8番の白菊。

 

「ここは打ちに行くしかないよね」

 

強攻指示。

だが、併殺だけはダメとは言え、それを打ち分ける程の技量は白菊には無かった。

 

球威に押され、芯を外した打球はショートど真ん中に転がり、6-4-3のゲッツーとなる。

 

「…失敗前提でもバントにするべきだった」

「朝倉の球相手に真っ向勝負したことはいい経験になると思うぞ」

「キャプテン…」

 

一塁コーチを変な空気を作って居心地が悪くなった稜と代わった怜。

 

「さぁ、芳乃監督、どうする?」

 

怜は面白がりながら芳乃に指示を要求する。

 

「…練習試合ですから延長はありません。ヨミちゃんに英詠ちゃんを交代するのはそのままです…抑えとして、息吹ちゃんにも成長して欲しいですからね」

「任せて」

 

英詠は愛用のグローブを手袋の上からはめて、バットを軽く振ってから打席に向かう。

 

「代打、私です」

 

審判を両校の監督や顧問が担当していることもあり、選手交代は選手自らの申告による。

 

二死無走。

代打英詠。

 

(点差は僅かに1点…でも塁は誰もいない。私に求められるのはただ1つ…ホームランを打って、同点で上位に繋げる…!)

 

初球、内に入ってきた球をあわやホームランかというファールにする。

 

 

 

 

「ん?」

「どうした?」

 

大島が何かに気づいた。

 

「あいつ、梁幽館のセレクションで吉川相手にホームラン量産した化け物っスよ!」

「ほう、お前は梁幽館のセレクションに出てたのか…」

「落ちましたっスけどね」

 

大島は守備の壊滅さと打撃の化け物さを語った。

既に交代して退いていた亀平がタイムを取り、内野陣にそれを伝える。

 

「つまり、代打の神様って訳ですか」

「どうする、敬遠するか?」

「この後は上位です。しかも1番は今日大野さん相手に3の3と好調。ここで打たれて同点になったとしても、勝負する価値はあると思いますが」

「まぁランナー無しだからな。慎重に行こう」

「はい」

 

朝倉は全力投球にギアを上げた。

 

 

 

朝倉は元々球威のあるストレートを武器に三振を取るスタイルの投手だ。

それを昨年の秋から変化球の習得を目指してフォームを崩し、今年の春まで公式登板は無かった。

しかし、それを引き換えに手に入れた新たなる武器…スプリットは、超強打者相手にも通用する程の落差・キレ・球速だ。

 

調子が良ければ、それこそ英詠と真っ向勝負ができるレベルに。

 

(くっ…まだ下)

(打撃センスがすごい選手だな…だが…)

 

 

「英詠ちゃんが追い込まれた!」

「やはりすごいな、朝倉」

 

 

(うちの投手をナメるな!)

 

浅井は大野の努力を1番近くでずっと見てきたし、朝倉の変化球への思いも真正面からぶつかった。

だからこそ、柳大川越の投手には並々ならないプライドがある。

そして、そのリードは投手にも伝わるものだ。

 

バキッとバットの折れる音と共に打球とバットの先が飛ぶ。

 

 

(…ダメか)

 

 

打球は左中間を破った。

だが、そこまで。

 

(すごいなぁ…クラブチームの練習試合とは比べ物にならない闘志の籠ったインパクトだった…)

 

二塁で止まった英詠。

 

新越谷は同点ランナーを出した。

 

 

 

「英詠の期待値的には両チームの負け、だな」

「光先輩、ヨミちゃん。あれは2人に超えて欲しい壁だよ。朝倉さんも大野さんも、超えるべき全国への壁だよ」

 

詠深も光も、エースとしての必須条件…あの気迫の投球を超える投球がなければ全国区レベルの強打者は抑えられない。

 

 

 

英詠は良くも悪くも、クラブチームの練習試合でしか試合というものを経験していない。

確かに、クラブチームの大人の中でプレーしてきたことは英詠の能力向上に一役買っている。とは言え、負ければ終わりの高校野球公式戦という修羅場を経験しているバッテリーに、もう少し角度が違えばセンターフライという当たりという結果となった。

 

 

 

二死二塁で、打順は巡り1番希。

 

「希ちゃんも、ポテンシャル的には英詠ちゃんにも劣らないはず…後は瞬間の爆発があれば…」

 

朝倉の球は球威もさることながら、球速も速い上に球持ちも悪くない。

必然的に打者に与えられる投球判断の時間は僅か。

英詠相手に全力投球をしたことでエンジンがかかった朝倉の投球にあっという間に追い込まれる。

 

(打力的にはここで決めるしかない…菫ちゃんは選球眼も小技もあるけど、まだ全国区レベルの投手相手に勝敗を預けられる打者じゃない…珠姫ちゃんもそれは同じ…打順の構成かぁ…でも、それは結果論だよね。

それよりも、英詠ちゃんをいつ走らせるかが問題だけど……うん、今回はやめとこうかな)

 

高めの釣り球、低めのスプリット、外に外したカットボール…希は粘りながら少しづつあってきている。

 

 

 

 

(振ってくれることを期待してスプリットのボール球を続けるか…?……いや、ここは練習試合だ。打たれたって構わん。勝負することに意味があるはずだ)

 

(最高の直球を頼む)

 

 

頷いた朝倉がワインドアップして投じた直球…

 

希は打った。

 

二死であるため、そのままスタートを切っていた英詠がホームに帰る頃、打球はセンター大野のグラブに収まっていた。

 

「何2人連続打たれてんのよ」

 

 

 

ゲームセット。

 

3-2で柳大川越の勝利で終わった。

 

【新越谷】光-理沙(H)-光-詠深(L)

【柳大川越】大野(W)-朝倉(S)

 

 

 

 






菫のやる気が下がった
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