葎凛抄『シロツメクサの甲子園』   作:風早 海月

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大変長らくお待たせしました。
少し冬眠してました笑




第2話

 

 

 

 

「ふ、増えてる…」

「そんな増殖したように言わないでくださいよ。練習着の具合から見て、経験者ですね」

「そうね〜。うちにこんなに入部希望者が来てくれるなんてありがたいことだわ」

 

新越谷の野球練習場。

4人で整備していたこの練習場は、外野部分は芝が植えられているが、内野地域は柔らかい黒土…甲子園の土をイメージした土が入れられている。これは以前新越谷が甲子園に行った時の記念に入れ替えられたものだ。

 

「さ、怜先輩。行きますよ」

「いや、ちょっと待って…」

「そう言ってまた行かないつもりですね?」

「いや、まずは私と理沙だけで行くから、2人は隠れてて」

 

光がキョトンとした顔をする。

 

「…まぁ…なんだ。これでも現状野球部に名目上だけでも所属してるのは私と理沙だからな。『歓迎』は2人でやるべきだろう?」

「……なんか釈然としないけど、私はまだ外様だから。英詠ちゃんが良ければ私はいいよ」

「…すまんな、光。でも、お前たちのことだって外様なんて思ってないからな」

「分かってる。私だって半年以上一緒にいたから」

 

光は英詠がたまたま河川敷でやっていた軟式の草野球を土手の上から眺めていた時に、周りの大人に交じって一際小柄な体躯の子が投げているなと思って声をかけた。それから怜や理沙と同じ新越谷の生徒であることを知り、クラブチームの練習に引きづり込んだ

それから半年以上。英詠の人当たりの良さもあって、4人は気の置けない仲間となっていた。

 

「…歓迎…ってことは私たちにもなにか仕掛けてきそうですよね、光先輩」

「…嫌な予感って当たるんだよ、英詠ちゃん」

 

制服で乗り込んでいった怜と理沙が何事か1年生たちと話して、しばらくして2人のところに戻ってくる。

怜はしかめっ面で、理沙は微笑ましげな表情。英詠は何が起こったのかと聞いた。

 

「ふふっ、怜ったらかわいいのよ?」

「理沙!」

 

理沙が語るに、この野球部で、1番複雑な思いを抱いているのは確実に怜だ。その複雑な気持ちがどうやらつっけんどんな対応になってしまい、その結果1打席勝負となった…ということだった。

部室で着替えるらしい2人についていき、英詠と光も着替えることにした。どうせこの後合流するなら着替えてしまっても変わらない。

 

着替えてグラウンドに戻った怜と理沙。

 

怜が打席に立つ。

 

「あの子が詠深ちゃんで、キャッチャーが珠姫ちゃん…だよね?」

「はい。詠深ちゃんの方は弱小校出身としか調べられなかったですが、珠姫ちゃんは凄かったですよ。あの子のキャッチング技術は強豪校で既に正捕手のポジション争いに割り込めるレベルです」

「でも珍しいよね。あの小柄さでキャッチャーって」

「そうですね…大分修行を積んだのが目に見えます」

 

英詠は映像で見た珠姫の二塁牽制を思い出す。あの体躯であの送球は驚嘆に値する…少なくともクラブチーム基準の英詠のお眼鏡にかかるレベルだ。そして…

 

「詠深ちゃんのあの球も、ウイニングショットにはなるね」

「でも真っ直ぐとあの球だけじゃ…」

「英詠ちゃんの基準はクラブチームでしょ…高校野球の県大会レベルなら多分通じるよ」

「えぇ…真っ直ぐかあの球かしかなかったら完全に打てますよ…」

「それは英詠ちゃんだけだからね!怜ちゃんでも…ほら」

 

怜が打ち上げた打球は外野の守備をしていた双子の片割れ…息吹が飛び込んだも届かず。

 

「怜ちゃんならアウトでしょ?」

「…なるほど」

 

怜とバッテリーとの駆け引きは完全に怜の勝ちだったはずだが、それでも打ち損じた…全国区レベルの守備がセンターに入っていればアウトになる打球だった。

 

「英詠ちゃんはいい加減自分の規格外さに気付いてね?」

 

 

 

「おーい、もう出てきていいぞー」

 

怜の声が英詠たちの方に届く。

英詠と光がグラウンドに入る。

 

「先輩…?にしては小さいかな?」

 

ピキっと光のこめかみに青筋が走る。

 

「うん、先輩は2人のはず…」

「どこかで見たような…」

「あっ、新入生代表の子?」

「確か…張本さん?だったよね?」

 

英詠の名前を出したのは捕手の珠姫…山崎珠姫。捕手は最も頭脳が必要なポジションだ。その頭脳は普段から発揮されているらしく、新入生総代の名前を覚えていた。

英詠は光に落ち着くように背中に手を当てる。

 

「1年の張本英詠(はなよ)。よろしく。こっちは2年の川原光先輩。去年は入部はしてなかったから、名簿上は2人だったわけよ」

「総代ってことは成績1位!?」

 

あの球のピッチャー…詠深が驚く。

 

「そんなことはともかく、次は英詠と…」

「先に私とお願いします」

 

メラメラと燃え上がる光の炎。英詠はその気配にクラブチームの練習試合で強い投手を相手にした時に感じるプレッシャーを、光から感じた。

 

タッパのある詠深が口にしてはいけない『小さい』発言。野球はバレーボールやバスケットボールのように、決して小柄さが直接ハンデになる訳では無いが、それでも体格がしっかりしている方が強い傾向にあるのは自明の理。小柄な者がそれを気にしていない訳がなかった。

 

 

左打席に入った光ちゃん。

相対するバッテリーは初球、あの球を投げた。左打者から見れば外から内に入るあの球。きちんと見ればそう怖いものでは無い。左右病ではないが、詠深のあの球は明らかに右打者に滅法強い。それをあれだけ打てた怜はやはりそれなりの打者なのだ。

逆に、光は左打者。距離感さえ間違わなければ…

 

 

カァン!と鈍い金属音と共に飛んだ先はファールゾーン。0-1。

だけど、これはバッテリーからすれば救われた打球だった。僅かな差でファールになったものの、少し違えれば二塁打間違いなしの打球だった。

 

(うそでしょ…いくら左打ちで研究されてても打席で見るのはこれが初めてのはず…これが高校野球のレベル?)

 

リードする珠姫は冷や汗を流す。

 

 

2球目、投げたのは真っ直ぐ。

高めに浮いてボール。1-1の並行カウント。

 

 

3球目は仰け反らせる真っ直ぐで2-1。

光が投手と聞いていればしなかったであろう配球だが、この時点でバッテリーはその事実を知らない。

 

 

(私ならこの後…)

 

4球目、外角低め、僅かに枠を掠るあの球。

だけど、読み切った光は深く踏み込み、バットが振り抜かれた。

 

鋭い打球はライト線に沿って痛烈な当たりとなる。

 

「…二塁打…かな」

「光の走塁なら三塁も脅かせるだろう」

「怜ちゃんなら確実に三塁だって言いたいの?」

 

ホームベースで笑う光に、怜は苦笑いをする。実際、怜の足なら三塁もセーフのタイミング。ライトの肩が弱ければ本塁すら脅かせる。

 

「ごめん…ヨミちゃん。今のは完全に読まれてた。私の配球ミスだ…あの球の外角低めを完全に待ってた振り方だった」

「あはは…大丈夫だよ、タマちゃん」

 

ピッチャーは誰しもがプライドに生きる人間。そのプライドが折れた時、そのピッチャーの投げる球から魂が抜ける。魂のない投球なんて野手が緊急登板するのと変わりはない。

それを全国区レベルのチームで捕手をしていた珠姫はよく知っていた。だからこそ珠姫は「抑えたら投手の手柄、打たれたら捕手の責任」という姿勢で詠深に謝るわけである。ピッチャーとはその心理状態がモロに球に出る。

だが…こと詠深についてはそんな心配不要であった。ケロッとしてまだまだ投げる気満々である。

 

「悔しいなぁ…!でも、本気で勝負できるのって楽しいね!」

「じゃあ、ヨミ。最後にゲームをしないか?」

 

怜が詠深に提案する。

 

「そうだな…英詠と勝負で、英詠が3本ヒットを打つまでに、空振りかアウトになったらヨミの勝ち。空振りかアウトにならずに3本ヒットを打てれば英詠の勝ちだ。勝った方は負けた方になんでも言うことを聞く…でどうだ?今度は私もセンターに入る。ファインプレーでのアウトもアウトにカウントしていい」

「さすがに…って怜先輩や光先輩に打たれた後に言っても説得力ないか…」

「でもいくらなんでも…」

「これでもトントンなゲームを持ちかけてるつもりなんだがな…英詠は全国区レベル…いや、こう言えばいいか。『守備が壊滅的でも、現時点ですらクラブチームの試合で大人の選手を退けてレギュラーを勝ち取れる打者』だ」

 

あはは…と笑う詠深だが、その瞳は折れた者の瞳ではなく、逆に燃える。

 

「なんでも言うこと聞く…って…そもそもお願いしたいことなんてないんだけど…まぁいいわ」

「じゃあ私が勝ったらパフェ奢りで!」

「なら私も同じ条件にしようかしら」

 

それぞれが守備に散る。

打席に入った英詠。その瞬間。バッテリーの2人はプレッシャーを感じた。

 

(何この雰囲気…急に空気が重くなった…?これが強打者…なんだ)

(この子…怜先輩が言うだけあるな……全国区レベルの打者と同じかそれ以上の雰囲気……しかも左打者。ヨミちゃんが投げれるのは真っ直ぐとあの球だけ…これは……チキンレースにもならないかな)

 

センターに高レベルの守備力を誇る怜が入り、ライト側には稜と菫という凸凹コンビが入り、レフトには理沙と息吹が入っている。内野5人シフトならぬ、外野5人シフトである。

当然のごとく、長打を狙うには浅い角度の鋭い打球でフェンス際を狙うか上手く間を抜ける打球しか有り得ない。単打ならばレフト前やライト前なら狙えそうだが、それを良しとしないくらいには英詠は意外とノリノリで勝負に乗っていた。

 

右手の手袋の上からバッティンググローブをキュッとしめる英詠。

 

(……?)

 

高校生ではあまり見ないバッティンググローブの下にはめる手袋。芳乃はそれに違和感を持つものの、とりあえず後でと後回しにする。

 

(……木製バットか…)

(木製バット…)

(木のバット…でも軽く振ってる姿に無駄は無い…)

 

バッテリーと審判役の芳乃はそのバットに気づいた。珠姫は流石に舐め過ぎじゃ…?と思うものの、そのバットを持つ姿にそれが普通なんだと気付かされる。

 

(…ヨミちゃん、これはまずは様子見!外に真っ直ぐ!)

(だね…この雰囲気は初めてだよ)

 

初球、珠姫の要求したミットの位置はベースからボール半分外。だが…

 

グッと踏み込んでバットを伸ばして、左手でインパクトを支え、振り抜いた木製バットは白球を捉えて引っ張った。

 

(ウソでしょう!?)

(あーれー)

 

「あら、調子いいわね」

 

ライトポールに当たった打球。芳乃は少しタイミング遅れてクルクルと手を回した。

球審によっては手が上がる『クサイ』球を難なくホームランにした英詠に、芳乃は自分が選手として入れば9人揃うと武者震いする。怜のレベルも感じた上で

 

「じゃああと2本ね」

「う、分かってるよ!」

 

(ヨミちゃんの精神状態は微妙…次打たれれば……もう投げる球が無くなる。ヨミちゃんにここで苦手とか作っても嫌だしなぁ…ヨミちゃん、コントロールは悪くないから…)

 

「ちなみに、私も『あの球』、見てるからね」

 

珠姫的には、いきなり現実味を帯びてきたチームのレベルに対して、詠深の話を思い出してしまう。珠姫は詠深に楽しくマウンドに立って欲しいと思っている故に…

 

内角高めのストレートを要求した。どちらに対しても言い訳の立つ攻めた逃げ球だった。

 

 

結局逃げ球は英詠にとって予想通り。あえなくツーベースコースのヒットに変えられた。

 

 

「うーん、ボールだったかな?まぁ見逃して追い詰められてからよりはいいよね」

 

そう言った英詠に、珠姫は立ち上がりマスクを外した。

 

「ごめん、ヨミちゃん。これは降参かな。私たち…というより私の完敗」

「えぇっ!」

「まだあの球があるじゃない」

 

ホームベースの方へ寄ってきた詠深たちはそれに疑問を呈する。

それに対して、英詠を間近で観察できた芳乃と珠姫は首を振る。

 

「そうだね…これは桁違い」

「1本目は様子見もあったけど、そこで実力は把握した。だからこそ2本目は確実に抑えないといけなかったんだけど…私の配球ミスもあって打たれた。

 確かに、打撃に絶対は無いし、野球の打撃は投手有利のゲーム。でも、あの球が来ると分かっていれるのに打ち損じる程度の打者じゃないよ。裏をかいて直球でも既に慣れた球だよ」

 

珠姫はあの球の弱点を的確に理解していた。

詠深の強みはストレートのコントロールと、あの球とストレートの球速の違いが少ないところ。これを活かすことが、既に難しい状況だった。

 

(というかこの子、それこそ高三のプロ注選手以上の打力だよね…)

 

「そういうわけ。ごめんねヨミちゃん」

「いいよ。タマちゃんの事だから、私が自信無くさないためだったんでしょ?」

 

少し珠姫は驚くと共に、投手に悟られるようじゃ捕手失格だな…と自省する。

 

「自信無くすことないぞ。英詠は、私たちがクラブチームの練習に混ぜてもらう前から大人の中で試合にも出ていた。それに、昨日行われた独立リーグの入団テストにも受かっているからな」

「「「えぇっ!?」」」

 

野球部に入部していない英詠はまだプロアマ規定には引っかからない。

 

「ど、独立リーグって!」

「まぁ合格は辞退するけどね」

「じゃあ入部してくれるんですか!?これだけの打者がいて、怜先輩たちも…そして要は珠姫ちゃんで…これはどこのドリームチーム!?」

 

芳乃は頭の中で弾いたそろばんの結果に、夢ではないかと頬をつねる。

 

「ただ、入部するのはいいんだけど…私は勉強の特待生で入学したし、行きたい大学も決まってるから、毎日は練習に出れないと思う。平日も週に二三日しか練習には来れないと思うし、最悪試合にだけ出る助っ人になるかもしれない。週末も講義があるから土日どっちも出るのは無理だと思う。勿論その代わりに家でバット振るつもりでいるんだけど…それでもいい?」

「もちろん!」

 

まだ出会って数十分の彼女たちだったものの、真剣勝負は早くも絆を生み出していた。そこには競技者(アスリート)としての尊敬があったことは言うまでもない。

 

 

……英詠は『バットを振る』とは言ったが、守備練習…壁当てなどの話はしなかった。英詠にとって守備はもう苦手を通り越していたのだった。

 

 

 

 

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