「あ」
「あ…」
英詠と彼女の視線が重なり止まる。
彼女…中村希は先日のバッセンでの光景を思い出していた。
銀髪の彼女の後ろ姿…同じ左打なのに、同じ条件の球を易々とバッセンのHRの的にバシバシ当てていたあの光景。終わってから話したあの子が、まさかこんな学校にいるとは思ってもみなかった希。
希の脳裏に、その光景とここ数日練習に参加してない『ハリモトハナヨ』という打者の話がリンクする。
何かと希と彼女は比べられるように話を聞いていたものの、それはまだ見ぬ『ハリモトハナヨ』への敵愾心を煽るだけだった。だが、あの打撃を見れば分かる。アレは『ホンモノ』だと。
希は良くも悪くも才能があった。
高校野球全国区レベルの打者としてはそこそこの才能と言える。それを高校1年生の段階で開花させている希は十分に天才と言える。それなりに才能のある者が努力を重ね、希の『今の』打撃センスがある。だからこそ、自分と英詠の間に広がる『才能』を感じてしまった。
とはいえ、希にとって壁とは登るものではなく壊すもの。新たな
「『ハリモトハナヨ』…ってあんたの話やったんか…」
「私も最近入った好打者があなたのことだとは思ってなかったわ」
英詠が練習に来るまで、『ハリモトハナヨ』の練習への参加姿勢や何かと比べられていたことに対する鬱憤を爆発させていた希。顔を真っ赤に染め若干涙目になりつつ怒りを表現していた。希は野球にそれだけ真剣であった証拠でもあるが。
英詠は数日練習には姿を現さず、ようやく参加する今日も1時間ほど遅れての参加だった。
「なんだ、知り合いだったの?」
「ええ、数日前、夜の勉強会を終えた帰り道に寄ったバッセンで、良い打撃をする子がいたんです」
「それが希だったのか」
みんなの聞きたいことを代弁した怜の質問に、英詠は数日前のバッセンでの出来事を話す。
そこは小さいバッセンだったためか打席は少なかった。2人とも同じ左打者で、最速のゲージで打っていたため、そのうち代わり番に1つのゲージを使った。そして、いつしか休憩の時に打撃理論について熱く語り合っていた。
「でも希ちゃん、英詠ちゃんのこと―」
「わぁー!言わんとって!」
先程とは別の意味で顔を染めた希が、芳乃のセリフを遮った。
☆☆☆☆☆
「改めて、自己紹介ね。私は張本英詠。希に白菊ね。私は勉強会とかで練習にはあまり参加出来ないけど、よろしくね」
「わ、よろしくお願いいたします!大村白菊です」
「話は聞いてる。剣道全中覇者なんでしょ?」
この日のメインの練習は4つに分かれていた。
まずは内野組。理沙を中心に、稜、菫、希、珠姫の5人に加えて芳乃が投手役で、連携の練習を主に行う。
2つ目が詠深と光。ダッシュと投げ込みを行う。
3つ目が怜と息吹。息吹は小器用ではあるものの、まだボールさばきが上手くないので、フライの捕球練習。
最後が白菊と英詠。こちらもフライ捕球練習ではあるものの、こちらは遠投の練習でもある。英詠は遠投か大の苦手であった。
白菊の肩は剣道で鍛えられていたからか、凄かった。
それこそ、英詠の遠投の2倍近い飛距離だ。
逆に英詠は若干ぎこちないフォームから球を投げ、白菊の大分前に落ちる。そのため、白菊は毎回走って落下点に入る練習になる。
「へぇ…やっぱり剣道で鍛えてるからインナーマッスルもあるのかな。遠投の時の身体のブレは少ないよ」
「ありがとうございます!…でも、初心者の私が言うのもアレなのですが…英詠ちゃんって右利きなのでは?」
「…全国1位を取るくらいの人にはバレちゃうのかなぁ…中田さんにもバレたし…まぁ、昔は右利きだったよ。今はちょっと左利きに矯正中…ってところかな」
英詠は右手のグローブの下の手袋に一瞬視線をやる。その目には不満や憤りの色が混じっていたが、白菊はそれには気づかなかった。
「そうですか…やっぱり野球は左利き有利なのです?」
「うーん、左投は投手と一塁手以外は不利…だと私は思うよ。一塁手も有利不利って意味では有利だけど、右利きが不利って訳でもないよ」
そういう意味では右翼手も左利きの方が向いているものの、外野手が積極的にアウトを取るのはフライアウト。せいぜいタッチアップを刺す時に少し違うくらいで、それは距離が長い分遠投の球速で補うことが出来る。
左利きの人が野球を始める時、必ず投手は勧められるポジション。これは左投の人が少ないからという理由。
左投手は希少…つまり、対戦経験が積みづらい。打撃は経験も重要な因子であり、それが相対的に少なくならざるを得ない左投手は有利…という訳である。なので、左利きはまずは投手に勧められるのである。
「ま、あんまり凝り固まらないでね。左右病なんて発症しても困るし」
「なるほど…」
なお、この話を聞いた白菊がこっそり左打ちの練習を始めたのは秘密のことであった。
…ちなみに、白菊にスイッチヒッターの才能は皆無であったことは付け加えておく。