葎凛抄『シロツメクサの甲子園』   作:風早 海月

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第9話

 

 

 

 

2回の裏。

 

光と珠姫のバッテリーは柳大川越の打撃の中心選手…浅井を迎えていた。

 

(強肩強打…文字通り柳大川越の中心選手、浅井さん…前季までのデータだとパワータイプの強打者…さぁ、どう攻めるか…)

(珠姫ちゃんが悩んでる…でも、ここは)

((ストレートで押す…!))

 

『後のこと』も考えれば、今取りうる選択はそこ一点のみ。

そして、光の能力を考えれば…

 

(まずはインコースに!)

 

光のコントロールは比較的良い方である。コントロールで打たせて捕るタイプではないので、高校トップレベルとまでは言わないが。

 

金属バットは芯が広いのは周知の事実であることは間違いない。が、金属バットだから当たれば飛ぶという訳でもない。気になる人はバッセンでも試してみれば良いが、当たったとしてもヒット性の当たりが何割出るか。

カーブやチェンジアップなどの緩急つける変化球ともうひとつ変化球があれば全国区レベルで通用する*1とまで言われるが、それほどまでに「ボールをバットにミートさせる」ことは難しいことである。

 

(…伸びるな)

 

1球見送って、浅井はその球筋に驚く。しかし…

 

(あくまであの体格のピッチャーにしては、だが)

 

次は打てる。そう確信した浅井だったが、光のピッチングをまだ知らない。

 

(もう一度、インコースにストレートを…今度は高めで)

(打たれないかなぁ…)

(大丈夫、まだ1打席目)

 

見逃して球筋を見ることができるのは、二流以上のバッターなら当然のこと。だが、一流と二流の違いはその本質を見抜ける力があるかどうか。

 

(なん…だ?)

 

打者のバットを避ける様に浮き上がる…正確には、浮き上がって見える球。

それはまるで対艦ミサイルが標的を見定めるためにポップアップするような…

 

カウント0-2。

 

光の最大の武器は変化球の変化が、球速の割にという定冠詞は付くがバッターに近い位置で変化し始めて普通の変化球並の変化をするという変態的な変化球だ。

フォーシームという球種は忘れられがちだが『上方向に変化する変化球』である。当然、伸び始めるのもバッターに近い位置だ。光のストレートはある種特別な選球眼を持つバッターでなければ1打席目で当てるのは相当厳しい。

 

(……)

 

強肩強打で捕手として球を見る能力はあるものの、特殊な眼は持っていなかった浅井は開き直って当たれば前に飛ばすという意識で強振。見事空振り三振となった。

 

 

その後、たまたま合ったのか5番に打たれたものの稜の目の前でショートゴロ。6番も際どいコースを見送って三振。

 

「ナイスショート!」

「稜ちゃんさすが!」

「強い当たりで一瞬ヒヤッとしたけど…助かったよ」

 

2回も三者凡退で切って3回に向かう。

 

 

 

 

3回の表、新越谷の攻撃。

 

先程スリーベースの希が打席に入る。

 

高校野球では、同じ選手と対戦する回数は数える程しかない。それはつまりその選手へのイメージが限られた回数で決められてしまうということ。中学時代のデータも九州から来た希にはほぼ真っ白だった。

 

(先程右中間にいい打撃を貰っている…プルヒッターのバランス型か?だとすれば外目が吉か…追い込むまでは内角で攻めたいところだが…この打者は少しでも甘ければ打たれる気がする。ならば歩かせる可能性を推しても外目で勝負だ)

(さっきは打たれたけど…私の本当の横の動きを見せてやるわ)

 

希は決してプルヒッターではないし、アベレージヒッターだ。

外野が長打警戒すると…

 

ポトンと外野の前のいい所に落としてくる。

 

 

2番の菫には芳乃が送りバントのサインを出して、綺麗にこれを決める。

 

 

一死二塁で3番珠姫。

点を取りに行くならば最低三塁に進ませたかった打席だが、セカンドゴロに倒れる。

 

 

二死二塁で4番の怜。

クラブチームでの統計的にはどちらかと言うと足を活かすために軽打が多かったが、新越谷というどちらかと言うと貧打のチームではここぞの勝負強さが求められる。

しかし、さすがに30球以上も投げて調子も戻ってきている大野にセカンドゴロに打ち取られる。

 

「ドンマイ!2点リードで無失点!優勢だよ!」

(でも…流れはつかみきれてないし、主導権も完全に握れない…やっぱり強い…!)

 

 

 

3回の裏、柳大川越の攻撃。

 

この回が、光にとって、新越谷にとってターニングポイントになった。

 

7番は三振したものの、8番に打たれ一死一塁と初めてランナーを背負う。

9番の大野。

 

(光先輩…コントロールが甘くなってきてる…バテてる訳ではないけど、集中力がそろそろ薄まって来てる感じかな)

 

光はクラブチームではリリーフ。リリーフと先発では投げ方が違う。1イニングから多くて3イニングを全力で抑えるのがリリーフの仕事。光はクラブチームでのリリーフ以外ではまだ高度な野球で投手を経験したことがなかった。

1回2回で必要以上の投球をしてしまったということだ。

 

(仕方ない、変化球を入れるか)

(ここでスライダー…左打者の大野さんから逃げる球…コントロール出来るかな)

 

少し不安でも、しっかり腕を振って投げたスライダー。

だが、今日の光のスライダーは安定せず。カウント1-3まで悪くする。

 

(内角高めに外すストレートで仰け反らしてから大外低めのカーブで打ち取りましょう)

(うん…ごめんね)

 

さらにカーブの投入を決めた珠姫。

だが…

 

「ううっ…!」

 

変な掛け声と共に振られたバットに外したストレートを打たれてしまう。

 

フラフラとライト方向に飛んだ打球。

 

「オーライ!」

「任せた!フラフラしてるから気をつけて!」

 

怜は間に合わない深い位置。怜の注意も虚しく後逸してしまう。

怜が何とか走り込んで球を抑えて、ランナーは一二塁でストップ。

 

 

打順は戻って1番大島。

 

(ストレートにチェンジアップ…スライダー…多分左投手だしシュートも持ってるスよね…でも、コントロールがズレてきてるス。ここは待球で…!)

 

と考えていた大島だったが、初球、ど真ん中の好球を前にフルスイング。

 

光も投げた瞬間、手が縫い目に引っかからなかったのに驚いた顔をして、直ぐにマズいという顔になる。

 

完璧な当たりがレフト線を襲う。

先程の白菊の後逸を見て、息吹は無理して飛び込むのを避けてバウンドした後に捕ろうとした。

 

「バックホーム!」

 

だが、芝の関係かイレギュラーバウンド。何とかキャッチした息吹はすぐに送球しようとするも、掴み損ねてしまう。

二塁ランナーはそれを見て本塁へ向かう。息吹の送球はあと一歩及ばず本塁のクロスプレーはセーフ。

 

今のプレーは息吹の野球経験の浅さが如実に出たプレーとなってしまった。

2点リードなのだから、1点は許容して三塁に送って確実にアウトカウントを増やすべきシーンだ。

もちろん握り損ねが無ければバックホームで正解だったが。

プレーが終わって、冷静になったところで息吹は肩を落とした。

 

エラー2つと安打1つとで失点し、なおも一死二三塁。

リードは1点。

ピッチャーの光のコントロールも悪化の一途。

流れは完全に柳大川越に味方した。

 

 

 

*1
変化球以外の能力によっても通用するかは変化するが、一般的な高校生エースの球はフォーシームの他に緩急をつける変化球とウイニングショットの2種類の変化球という組み合わせが多い

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