エヴァ「別に倒してしまっても構わんのだろ?」
深夜の森、動物たちも寝静まり聴こえるのは
ふと、地上の一部が光を発しているのを見つけた。木の塀で囲まれ入り口と思われる場所を松明で照らしたそれは彼女の目的地であり山賊たちが根城にしている場所だ。
飛行を止め木の枝へと着地する、そしてあることに気が付いた。
「結界か……」
空を飛んでいる時は意識していなかったが高度に隠匿された結界が根城の周囲に張られていた。後方で待機しているクランへと念話を飛ばす。
≪おい、クラン。敵の中に魔法使いがいるぞ、周囲に結界が張ってある。ご丁寧に隠匿までしてな≫
≪ああん? ただの山賊じゃなかったのか。その情報はこっちに入ってなかったが……出直すか?≫
≪いや、もう遅い。侵入者を感知するタイプの結界だから相手に気が付かれただろう。今行かないと逃げられる≫
クランの心配は尤もだろう、敵の戦力を見誤ったのだ。だが彼女は気にした様子は無くそれに、と続ける。
≪私がただの魔法使いに後れを取ると思っているのか?≫
≪結界を見抜けず引っかかった癖に何偉そうに言っているのですかこの吸血鬼は。満月で力が
≪ぐっ……≫
念話に乱入してきたフォーゼの辛辣な言葉にエヴァンジェリンは口を
しかし全ては過ぎたこと。
≪こ、これは……そう、作戦だ! わざと私の侵入を敵に気が付かせたんだ! 私はとても優しいから相手に
≪言い訳が苦しすぎるぞ、エヴァ。まあ結果が同じならなんでもいいが……。敵の魔法使いの人数は不明だが、それでも行くか?≫
≪無論だ、作戦通り私が一人先行して敵をかく乱、殲滅する。お前達は後ろからのんびりついてくればいい≫
≪ならそうさせてもらう。相手が臆病な魔法使いでそのまま逃げてくれれば交戦せずにすむが……≫
クランの言葉を聞きながらもそれは無理だろう、とエヴァンジェリンは悟る。自分だからこそわかる、禍々しい気配をこの根城から感じるのだから。
≪
≪わかった、入り口の安全を確保してらまた連絡をくれ。油断するなよ≫
わかってる、と言い残しエヴァンジェリンは木から跳躍し宙を舞う。その衝撃で枝が揺れ木の葉が落ちる。そのことに気が付いたものは誰もいなかった。
××××××
根城の入り口、木で出来た柵の内側にある高台からに二人の男が立っていた。しかし警戒している様子はなく、二人で話し込んでいる。
「何でこんな時間に外で立ってなきゃいけねーんだよ」
「まったくだぜ。あの赤フードの旦那が来てから便利にこそなったがこういう面倒事はごめんだ」
男の愚痴にもう一人の男が同意する。そもそも部外者でここにたどり着ける者はいない。赤フードの旦那から渡された指輪を付けている者の案内が無いとなぜかここにたどり着けない様になっている。
だからここは安全だ、とそれが山賊全員の認識だった。
「あー早く攫ってきた女とヤりてー。今いる奴らはどいつもこいつも壊れちまってつまらねえんだよ」
「あの赤毛の女とか胸でかくてサイコーだったよな。今は御頭が相手してるけど飽きたら俺らにも回ってくるだろ」
「それまで無事でいられればな」
アハハハハと笑い合う二人。品の無い会話を続ける彼らは気が付かなかった。彼らの頭上を飛び越える何かが居ることに。
「異常なーしってな」
「お前の股間は異常ありだろ、この変態」
「ウルセー早漏野郎。お前と違って俺はちょっとなげえんだよ」
「そんなにイきたいなら私が逝かせてやろう」
「「なっ!?」」
突如背後から声をかけられ驚き振り返る二人、だが既に遅い。エヴァンジェリンの両手はそれぞれ相手の腹部に触れていた。
「――闇の矢」
「「ガハッ!」」
エヴァンジェリンが詠唱を完了すると掌に黒い塊が現れ男たちの腹部を穿つ。二人の男は衝撃を受けその場に倒れた。
無論手加減をした、そうでなければ今頃この男たちは上半身と下半身が分かれていたことになるだろう。
「さて、お前には聞きたいことがある」
倒した男の片方の胸倉を掴み揺さぶり目を覚まさせる。
「あ……」
男が
「これから私の質問に正直に答えろ」
「は……い……」
吸血鬼の魔眼、相手を魅了し服従させる力。人間に対してはもちろんのこと魔法使いであっても抵抗が低い者は掛かってしまう。相手の意志を奪い従順な下僕にする。尤も中途半端な状態の為、上手く操ることができず夢遊病のような感じになってしまう。
吸血し手駒にしてから情報を入手してもよかったのだが普段クランの血を飲んでいるエヴァンジェリンとしては下等な者の血を飲みたくはなかった。〝血〟とは肉体と魂を繋ぎとめる鎖でありその生き様を示す。クランという異常であり異端な存在の血はとても美味であったがただの人間、しかも下賤な山賊の血などはっきり言って不味いのでできるならば飲みたくなかったのである。
「よろしい。貴様の仲間に魔法使いがいるな?」
「魔法……使い、知ら……ない」
「なんだと? なら貴様の仲間で不思議な力を持っているものは?」
「それ……なら居……る。赤フード……の旦那……だ。不思議な……力……俺たち……貸してくれる。不気味な……奴」
「他に似たような奴は?」
「居……ない」
「ならそいつはどこにいる?」
「いつも……部屋……籠ってる。赤い扉……薄気味……悪い」
「わかった、眠れ」
「ぅ……」
一通り質問し終えたエヴァンジェリンは胸倉から手を離すと顔へと当て魔力を使い気絶させる。
≪クラン、私だ。入り口の安全は確保した、それと情報だ。敵に身分を隠した魔法使いが居る。数は一人、山賊どもからは〝赤フードの旦那〟と呼ばれているらしい≫
≪一人か、その程度なら対処できるな。ところで血は吸ったのか?≫
≪そんなことするものか。上質なワインがあるというのに誰が好き好んで泥水を
≪誉めても何も出ねえよ。ま、これが終わったらまた飲ませてやる≫
その言葉を聞いたエヴァンジェリンは顔には出さず心の中でガッツポーズをした。
≪歩哨は殺したのか?≫
≪気絶させた、後は任せる。私は中に入って山賊どもと魔法使いを蹴散らしてくる≫
≪了解、此方は歩哨を縛り上げて五分後に中に入る。気をつけろよ≫
わかった、と言い念話を切るとエヴァンジェリンは立ち上がり洞窟の入り口へと跳んだ。
××××××
エヴァンジェリンが洞窟に入ってからしばらく経つがその間、誰一人として見かけることはなかった。深夜なのだから静かなのは当たり前のことだが、外に歩哨を立てるほど警備のことを考えている根城だというのに中を巡回しないのは不自然すぎる。
「……
思わず声を洩らしたがそれを聞く者は誰もいない。ここに入ってからずっと嗅いでいる異臭、吸血鬼だからこそわかる異様なまでの血の匂い。それもまだ新しいものだった。
周囲に臭うそれを無視しつつ注意しながら奥へと進んでいく。内部は入り組んだ作りになっているが使い魔を飛のコウモリを飛ばしているお陰で迷うことなく進んでいる。そして使い魔の目で見ても誰もいないのだ、山賊も連れ去られた人も。
「これは……」
視界の先に赤い扉が目に入った、歩哨の男から聞いた魔法使いと思われる人物の部屋だろう。使い魔の目で発見できなかったのは結界が張られていたからだった。ただの人間にはわかるが魔法関係者にはわからない結界、なるほど理に適ったものだとエヴァンジェリンは感心した。
しかしただの魔法使いならいざ知らず吸血鬼たる彼女にはこの程度の結界を見抜くのは容易だ。注意しながら進んでいたこともあるだろうが。
(……中に誰かいるな)
外側からできるだけ内部の情報を知る為集中すると人の気配があることがわかる。だが反応がとても弱い。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック……」
始動キーを詠唱しすぐに魔法を放てる準備をする。そして
(先手必勝!)
扉を押し開けると同時に踏み込み中へ突入する。すぐさま目に入ったターゲットに向けて魔法の矢を放とうとして――中断した。
「こ、子供?」
中にいたのは子供だった。それも牢屋に入れられ衰弱しているのか地面に伏して動かない。
(魔力は感じない、連れ去られた子供がここに?)
牢の扉を魔法で開け一応警戒をしつつ子供へと近付き声をかける。
「おい、大丈夫か? しっかりしろ」
「……ぅあ……」
エヴァンジェリンの問い掛けに顔を上げる。その顔は青ざめ虚ろな目をしていた。
「村から連れ去られた子供か? 大丈夫か?」
「お母さんと……お姉ちゃんが……」
余程怖いことがあったのだろう。泣き出しそうな顔をしていた為柄にもなくエヴァンジェリンは子供の頭を撫でた。
「泣くな、男の子だろ? すぐに助けが来るからここで待っていろ、いいな?」
立ち上がり立ち去ろうとして辺りを見渡し、そして気が付いた。この部屋からは異様なまで濃い血の匂いがすることに。ここでどれだけの人が殺されたかはわからないがその数は数十人では済まないだろう。そして入る時には目に入らなかったが部屋の中心には奇妙な魔法陣があった。
「ま、待って!」
部屋から出ていこうとするエヴァンジェリンに対して子供が縋る様な声を上げるが彼女は大丈夫だ、と言い残し外へと出て行った。
××××××
――時刻は赤フードがエヴァンジェリンの侵入に気が付いた頃へと
赤フードは部屋から退出すると御頭の元へと向かい歩き始めた。時折擦れ違う山賊たちは皆赤フードの存在を確認すると気味悪がりつつもそれを口に出すことはせず道を開ける。赤フードはそれを気にした様子はなく歩みを進める。
そして御頭がいる広間の入り口に辿り着いた時、扉は閉められ立札が掛けられていた。これは御頭が部屋で女を犯していることを示すものでその間は誰の入室も認めない。もし山賊の誰かが誤って開けてしまうものなら御頭の怒りに触れ首と胴とお別れすることになるだろう。
しかしそんな事はお構いなしに赤フードは扉を開ける。
「御頭、お楽しみのところ失礼する」
「あんだ!? っと悪い、赤フードの旦那か」
御頭は女に手をかけ今まさに行為に及ぼうとする時に突如背後から掛けられた声に怒鳴り声を上げながら振り返る。しかし相手が赤フードだと気が付き名残惜しそうに女を見ると手を離しすぐに態度を改めた。
「どうしたんだ一体? あんたが来るなんて珍しいじゃねーか」
「どうやら何者かが此方へ向かってきているようで」
「ケッ、どこの馬鹿か知らねーが命知らずな奴だ。すぐに部下へ迎撃の準備を」
「そのことで話がある」
「……なんだ?」
言葉を中断されたことに怪訝な表情をする御頭。この根城に関しては全て御頭が管理している為、赤フードが意見することは今までなかった。
「相手は私と同じ魔法使いだ」
「なんだと!?」
予想外の言葉に御頭は思わず声を荒げる。山賊の中で赤フードが魔法使いだと知っているのは御頭だけなのだ。それ故魔法使いは味方に居るからこそ頼もしいものであり敵になるとは考えるだけでも恐ろしい。
「ど、どうするんだ!? このままじゃ全滅しちまう!」
だからこそ敵に同等の力を持つものが現れたことに酷く取り乱した。
「安心しろ御頭、私に考えがある。その通りにすれば敵は大丈夫だ、聞いてくれるな?」
「お、おう。あんたなら心強い、任せろ。どうすればいい?」
御頭にとってその言葉は救い以外の何物でもなかった。赤フードの旦那に考えがあるなら間違いない、と御頭は自分に言い聞かせ冷静さを取り戻す。
「まずは外にいる歩哨を除く全ての山賊と
「女どももか?」
「ああ、一人残らずな。作戦に必要不可欠なんだ」
「……わかった」
作戦と言われては反論することが出来ない為、渋々と了承しすぐに部下たちへ連絡し招集をかける。
時刻は真夜中だが彼らはすぐに集まってきた。それは単純に彼らが寝ずに
山賊に引っ張られながら連れてこられた女たちの多くは目に生気はなく衣服はボロボロに引き裂かれ身体の至る所には傷が尽きと湿っていた。
「御頭、全員揃いやした」
「よし」
部下からの報告を聞いた御頭は頷き赤フードへと視線を移す。赤フードもその報告を聞き御頭の傍を離れ扉へと歩きだす。
「旦那……?」
その様子を見ていた御頭が思わず声を掛ける。その言葉に促されるよう集まった山賊たちは赤フードを見る。そして赤ローブが扉の前に立つと杖を取りだし振った。バタン、と大きな音をたて扉は誰が触れることもなく自動的にしまった。
「おい、今勝手に扉がしまったぞ」
「赤フードの旦那がなんかしたのか?」
「杖を振っただけだよな? 何をしたんだ」
御頭以外の山賊たちがどよめく、彼らは魔法を知らないのだから当然だ。御頭にしてもなぜいきなり魔法を使ったのか理解できなかった。
魔法はただの人間の前で使わない、その禁を赤フードはたった今破ったのだ。
「お、おい赤フードの旦那……」
御頭が声を掛けたのと同時に何かが宙を舞い、そして落ちた。それは扉の近くにいた部下の首だと気が付いた時には別の誰かが剣で斬られていた。
『う、うわあああああああああ』
遠くに行った獲物に目も暮れず座って動かない女どもを次々と斬り、突き刺し殺していく。その姿をただ恐れ、恐怖した。
「こ、この野郎がああああああ!」
勇敢にも挑む山賊がいた、重たい斧を両手で持ち振り上げ赤フードへと襲い掛かる。赤フードはそれを受けよう剣で構える。細い剣と重い斧、勝負は見えているはずだった。
「え……斧が……」
しかし斧は剣に触れただけで砕けたのだ。突如砕けた斧に自分の両手を見る山賊を赤フードは剣を一振りする。頭を横一線に斬り割れ血が飛び散る。
目の前の出来事があまりにも現実離れしていて彼らは恐怖し、叫ぶしかできなかった。赤フードの存在が死神か何かに見えているのだう。何名かの山賊は壁沿いに移動し無事扉へと辿り着くもその扉は固く閉ざされているため開けることができない。
「チクショー、なんで開かねえんだよ!」
「イヤだ! 死にたくない、死にたくねぇよー!」
「開けてくれ! 頼む、開けてくれ!」
縋るように懇願するように暴れるように扉を叩くその無様な姿を赤フードは笑いながら見ていた。
部下たちが慌てふためき次々と死んでいくさまを御頭はただ唖然とその様子を見ていた、何が起きているのかわからず固まっている。
(赤フードの旦那は仲間なのになぜ、どうして?)
思考がループするが決して答えはでない。なぜなら彼は赤フードのことを何も知らなかったのだから。やがて悲鳴がやんだことに気が付き我に返ると今生き残っているのは自分一人となった事に気が付き、そして目があった。
「……っ……」
そして御頭は理解した、赤フードのことを何一つ理解していなかった自分を。このままでは殺される、そう思い御頭は非常用に作らせていた隠し扉を開き逃げる。
それを確認した赤フードは剣をしまうと御頭とは違う隠し扉を開ける。中に入り扉を閉めそのまま去って行った。
気が付いたら中編になっていたでござるの巻。おかしい……