「うむむむむむむ〜〜…」
府中駅から徒歩5分圏内にある、家庭層向けのファミレス。
平日とはいえ、食事時である正午過ぎは家族連れや休憩中のサラリーマンなどで雑多な賑わいを見せていた。
その中の席の一つで、テーブルに突っ伏したまま不満げな唸り声を出すトウカイテイオー。
去年最後の有馬記念で驚異的な復活劇を果たした彼女はもはや知らぬ人などいないほど話題になった存在であり、同席しているマリアの存在も併せて密かに周りの客の目線を集めていた。
「うう〜、悔しい悔しい!全っ然引き離せなかった!!最後なんてほぼ全力だったのに〜!!!」
ついに悔しさが爆発したのか、顔を上げるなり地団駄を踏んで悔しがる。
流石に先導している以上、ちぎるつもりは毛頭なかった。
しかし、ピッタリと離れずについてくるマリアを相手にどんどんギアが上がっていき、終いにはほぼ全速力で駆けたのだがそれでも離せなかった。
公園での一悶着でマリアにとんでもない身体能力があるのは分かっていたが、それでも自分の得意分野、いわば土俵で勝ちきれなかった。
実は密かに(カイチョーを抜いて)自分が最強だと自負していたテイオーにとって、この結果は惨敗以外の何者でもない。
((うう〜…。デビューした頃よりは大分強くなったつもりなんだけど、まだまだ世界って広いなぁ…。))
苦い体験にはなったが、正直なところあの有馬を経験した今少し調子に乗って浮かれていたのも事実だ。そこに現実を叩きつけられたような気がした。
まだまだこんなところで余裕かましていられない、とテイオーは緩んだ自分を戒めた。
「あはは…。でも、まだ若いのにすごく早いね。最後の方なんて私もかなり本気で走っちゃった。」
まだ出会って間もないながらも、マリアはテイオーに尊敬の念を抱いていた。
実際マリアも日夜厳しい訓練を積んだ今だからこそ高い実力を身につけているが、ではテイオーの歳あたりはどうだったかと言われると、その時はただ漠然と騎士に憧れるだけの、まだ鍛錬など知らないただの年頃の女の子だった。
血が滲みゲロを吐いてのたうち回るような地獄など、1つも知らずに姉の背中を見ていたような歳。きっと当時の自分ではテイオーと同じトレーニングなど絶対にできないだろう。
マリアはまだテイオーのことをよく知らないが、テイオーがどんなに血の滲むような努力を積んできたかを朧げながらも察した。
「本当に凄いよ。キミはきっと、まだまだ速くなれる。」
マリアはギュッとテイオーの手を握って、しっかりと目を見て伝える。
テイオーも、こんなに凄い人が自分を手放しで褒めてくれるのだから悪い気はしなかった。というかかなり嬉しい。
しかし、テイオーは手を握られたときにまるで男性と握手をしたような錯覚を感じた。
女性にしてはゴツゴツとした手だ。何度も硬く握りしめたであろう手は拳骨が目立ち、指の関節が節くれだっている。
何万回と剣を振った手のひらは何度も皮が剥けたのか少し厚くなっており、血豆のできたところは何度も潰した跡があり、黒ずんで盛り上がっている。人によっては憐れみを覚えるような、傷だらけの手だ。
テイオーは自分の手に目線を落とした。傷など見当たらない、細くて華奢な手だ。
一体目の前の人がどれだけの努力を積んできたのだろう。テイオーには計り知れないが、同じく血を吐くような努力を重ねてきた同志として深く尊敬を感じたことは確かだ。
出会って間もない2人だが、当人たちの間には既に互いへの尊敬による奇妙な信頼関係が出来上がりつつあった。
「あ、ありがとう…。あ、そうだ!そういえばだけど、マリアはどこの国から来たの?」
段々手を握られている状態に照れくさくなってきたテイオーが、照れ隠しに強引に話題を変える。
フランス辺りかな〜と勝手な予想を立てるテイオーだったが、マリアはテイオーの質問に困り顔で眉を寄せた。
「えっと、それなんだけどね…。まず一つ確認したいんだけど、ここって炎国?」
「エンゴク…?いや、ここは日本だよ?」
エンゴク、聞いたことがない地名だ。中国のどこかだろうか?
テイオーの返答で、マリアの眉間のシワが深くなる。
「…テイオーちゃん、ヴィクトリア王国って知ってる?」
「え?うーん…。聞いたことないなぁ…。イタリアのどこか?」
「じゃあ、カジミエーシュはどう?」
「それも聞いたことない。というかそんな国あったんだ。」
「…ラテラーノも知らない?」
「えっと、どこ…???」
互いに知らない単語が飛び交う。テイオーは訳が分からないと首を傾げ、マリアは会話ごとにどんどんと大きくなる不安に頭を抱えた。
いや、マリア自身もう今がどんな状態かほぼ分かっていた。だが、それを信じたくなかった。そんなあまりに荒唐無稽な話、誰が信じられるのだろうか。
「ねえ、テイオーちゃん。世界地図が分かるものってある?」
「え?うん、いいよ。」
テイオーがスマホを取り出し、マップを開いてマリアに渡す。
見たことのない携帯の機種にまた一つマリアの中の疑念が大きくなり、半ば縋るようにマップを見つめた。
ロシア、中国、アメリカ、カナダ…、自分の知っている国名が一つもないことに、マリアは愕然とする。
「テイオーちゃん…。
「おりぱしー?…なにそれ???」
テイオーの不可解な表情を見て、マリアはついに疑問を確信へと変えた。
それと同時に、今度はマリアが顔をテーブルに突っ伏す。
「ああ、やっぱりここ、違う世界だ…。」
「え…?ど、どういうこと…???」
違う世界?どういうことだろうか。たまらず聞き返したテイオーに、マリアはポツポツと自分が知っている国との違いや、どうしてここにきてしまったを話し始めた。
◇◆◇◆
「ええ〜!?凄い凄い凄い!!!それってつまり、異世界に飛ばされちゃったってコトだよね!?!?」
大きな声をあげてテイオーが立ち上がる。それに驚いた周囲の人が目線を送ると、浮いた自分に気づいたテイオーは恥ずかしそうに座り直した。
顔を突っ伏したまま、マリアがコクリと頷く。
本人もどうしてこうなったかは全く分からないようで自信の無さそうな話し方だったが、テイオーにはマリアの言っていることが嘘には思えなかった。
マリアの言っていたことを頭の中で反芻しながら、テイオーの好奇心メーターがぐんぐんと上昇していく。
異世界、剣と魔法のような特殊能力、手に汗握る死闘。
本でしか読んだことがないような空想のような世界に、テイオーは目を輝かせた。
「ボクもそんなとこに行ってみたいなぁ、こんな感じで、敵をバッタバッタと薙ぎ倒してみたい!!」
剣を持っているように見立てた手をブンブンと振り回しながら、テイオーがはしゃぐ。
そんなテイオーの様子を見て、そんなにいい世の中じゃなかったけどね、とマリアは苦笑した。
「ねえテイオーちゃん、この世界にはかかったら絶対に治らなくて、死ぬ時に拡散するような病気ってないんだよね?」
ポツリと漏らした独白のような問いに、テイオーの顔が強張る。
「…ううん、そんな怖い病気はないよ。」
「そっか…。じゃあそんな病気に罹っちゃうせいで、差別や迫害を受けるような人もいないんだね…。」
いいなぁ、と羨ましがるように漏らしたマリアを見て、テイオーは漸くマリアとの認識の違いに気づき、何も知らずに羨ましがっていた自分を恥じた。
きっとこの人がいた世界は超常的な力を楽しむ余裕などなく、自分達がいるこの世界よりずっと厳しくて、人がたくさん死んでしまうようなところなのだろう。
そんな中で生き残るために、自分の大切なものを無くさないように、彼女は強くならざるを得なかったのだろう。
マリアは何も語らなかったが、その表情から彼女の世界は自分の想像とは大きくかけ離れている事が分かり、マリアを不快にさせたかもしれないと思ったテイオーはたまらず頭を下げた。
「あの、マリアさん…。ごめんなさい…。」
「ああ、そんなに謝らないで!別に怒ってなんかないよ!!」
先程の興奮は何処へやら、耳を垂れ深く頭を下げるテイオーに、慌ててマリアは顔を上げるよう促す。
マリアも確かに、
でも、だからといって自分達の世界はこんなに辛いんだ、と不幸自慢をしたかった訳じゃない。
テイオーが自身の考えの間違いに気づき、謝ってくれただけで十分だった。
「どうしても隣の芝生って青く見えちゃうよね。面白そうって思っちゃうのもしょうがないよ。」
私もこっちの世界の事をまだよく知らないのに平和でいいなって思っちゃったし、とマリアは困り顔で頭を描いた。
それでも申し訳なさからか顔を上げないテイオー。
2人の間に重い空気を感じて、マリアは気まずさにたまらず唾を飲み込んだ。
「あ、あー!そうだ、私これからどうしようかなー!帰る方法も分からないし、まずはどうにか生活できる基盤を整えないとー!!!」
暗い話で湿っぽくなった空気に耐えかねて、マリアが演技くさい口調でわざとらしく空気を変えようとする。
絶妙に下手くさい芝居口調だったが、テイオーもマリアの意図に気づき無理やり気持ちを切り替えた。
「そ、そうだよね!まずは住めるところを探さないと!」
しかしそうは言っても戸籍などない人間、ましてや異世界の人が住める住居など、この世界には無いに等しいだろう。
マリアもこの世界の法律がどんなものかは分からないが、そう上手くはいかないだろうと頭を悩ませた。
そのままうむむ〜と頭を傾げ、考え込むマリア。しかしこの世界のことなど何も分からないマリアに妙案など浮かぶわけもなく、ぶすぶすと頭から煙を吐いたように苦しげにテーブルに再び突っ伏す。
どうしたものかとテイオーも苦慮していた時、ふとテイオーの頭に一つの案が浮かんだ。
「トレセン……」
「えっ?」
「トレセンの学生寮に住めないかな…?」
トレセンが何かよく分からず、マリアが『?』マークを頭に浮かべたように尋ねる。
「トレセンっていうのはボクが通ってる学校のことだよ。そこはボクたちウマ娘がより速く走れるようになるために、トレーニングをするところなんだ。」
走るための学校という言葉に、マリアが反応する。
きっと幼少期の自分が聞いたら、間違いなく入りたいと言って駄々をこねただろう。いや、きっと自分だけでなく全てのクランタの子供がそうなるはずだ。
まるでクランタ族のために作られたような学校だとマリアは目を輝かせ、まだ見ぬ校舎に期待の想いを馳せた。
「でも、学校なんでしょ?そんなところに部外者の私が入るなんて、ましてや住み込むなんて大丈夫なの?」
尤もな疑問をマリアが投げる。発案したテイオー自身もはっきりとした答えを出せず、眉を逆ハの字にして首を傾げた。
「う〜ん、正直どうなるか分からない…。でも何よりウマ娘のことを第一に考えてくれる場所だから、なんとかならないかなぁ?」
テイオーが立ち上がり、携帯を取り出す。そのまま少し席を離す旨を店員に伝えると、
「ちょっとカイチョーに電話して聞いてみる!」
と言い残し、店を出て行った。
どうか上手くいきますようにとマリアが手を合わせ、目を閉じて祈る。
そのまま5分ほど過ぎた頃だろうか、テイオーがステップを踏みながら揚々とマリアの元に戻ってきた。
「ど、どうだった…?」
テイオーの様子に手応えを感じたマリアも、少し興奮した様子で恐る恐る尋ねる。
「カイチョーができる限りのことはしてくれるだって!!」
とテイオーは満開の笑みを浮かべ、Vサインを出した。
それを聞いて安堵したマリアが、笑みをこぼしながら席ににもたれかかる。取り敢えず住まいはなんとかなりそうだ。
「それとカイチョーがマリアに会ってみたいんだって!だからすぐに出なきゃ!」
善は急げとばかり、テキパキと荷物をまとめたテイオーがマリアの手を引っ張る。
アグレッシブなテイオーに苦笑しながらも、マリアも席を立った。
「次はどのくらい走るの?次も負けないからね!」
自身ありげな笑みを浮かべ、力こぶを作る様なポーズを取るマリア。
「あ、ううん。トレセンはここからちょっと遠いから、流石に電車で行くよ。」
しかしテイオーにバッサリと切り捨てられ、マリアは肩を落とした。
そしてそのまま店を出る2人。
自分が所持している貨幣がもちろん使えるわけもなく、仕方ないとはいえ歳下であるテイオーに会計を任せてしまったことにマリアは自身に不甲斐なさを感じ、すっかり耳と尻尾が垂れてしまった。
謝罪をするマリアに、こればっかりはしょうがないよと苦笑するテイオー。
それでも譲らないマリアに、じゃあ異世界の貨幣をちょうだいとテイオーがねだることでその場は済んだ。
いつか自分がこの世界の通貨を稼げる様になったら、テイオーに何か買ってあげよう。
この世界に来てまず一つ、新たに密かな目標を一つ立てたマリアだった。
沢山の評価やご感想、本当にありがとうございます。
まだ話数も少ないのに沢山の反応をいただけてとても嬉しいです。
なんかいい感じの返事が書けずに書きかけては消してを繰り返し、結局何も反応を返さずすみません。
返事は書けませんが、皆さんの感想は何回も見直し創作の活力にさせてもらっています。
アークナイツの『オリジニウムダスト』シナリオではコーエンたちが現地の言語を覚えるのに半年かかったと言っていたことから恐らくテラの言語と地球の言語は違うというのが正しい認識だと思うのですが、その設定でいくと序盤でマリアとウマ娘の世界のキャラクターのコミュニケーションが非常に困難になってしまうため、そこは勝手に変えさせていただきました。
もし解釈違いでしたら申し訳ありません。
筆者自身アークナイツとウマ娘の世界観、そして史実の競馬歴史を全て把握しているわけではなく、割とフィーリングで書き進めているためこの先も設定の差異が目立つ場面があるかもしれません。
修正が効くところはなるべく書き直す様に努力しますが、自分の想定していた展開からあまりにもずれてしまう様な場合はそのまま進めていくので、そこはご都合二次創作と割り切っていただけたらと思います。
長くなってしまいましたが、本作品をこれからもどうぞよろしくお願いします。