Prologue
何があったのか?
ぼんやりと靄がかかり、記憶の道に分け入ろうとしても先が見通せない。
それだけでなくどうしようもなく体が重い。
べったりと全身に汚泥が纏わりついて、その場に縛りつけようとしているかのようだった。
服にはずっしりと雨が浸み込んで。
その水滴が肌に張り付き広がって、体温を奪い去ろうとしている。
ズルズル──―
ゆっくりと、その重く冷たい体を引きずるようにして、前に進める。
目的の場所は明確。
やろうとしていることもはっきりしている。
ああ、その筈だ。
これから始まる戦いへの準備。
この戦いに参加する魔術師であれば、当然の事。
人外の力を有する英霊、サーヴァントと呼ばれる使い魔を召喚し、自分はマスターとなる。
敵である他のマスターとサーヴァント達を駆逐して、聖杯と呼ばれる万能の願望器を手に入れ。
自分自身の切なる望みを叶えるのだ。
そう。
大事な願い。
「・・・・・・・・・願い?」
それはなんだっただろうか?
どうにもはっきりしない。
あんなにも明確だった筈の目的が、こんなにもぼんやりしているなんて。
自分は本当に疲れているのだと認識させられる。
殆ど無意識で歩いても、目的地には到達した。
そこにあった召喚の媒介となる道具を準備して、魔方陣を描く。
召喚の呪文は簡単なものだ。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を・・・」
淡々と必要な字句を並べていく。
その最中、何か全く別の心配事がふわりと思い浮かんだ。
お陰で詠唱が中断してしまったが、些細な問題に過ぎないだろう。
「・・・汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」
惰性のままに詠唱を終えると同時に、仄暗い空間に光が満ちる。
ボウッ──―
やがて、その光の中に人の形をしたシルエットが浮かび上がる。
英霊の召喚に成功したのだ。
そして。
「サーヴァント、【●●●●●】。召喚に応じて参上した・・・」
お決まりの口上だった。
だが、大事なのはその内容ではなかった。
重要なのはその声、そしてその姿。
光が徐々に薄れていく。
答えは目の前にあった。
「・・・・・・ああ・・・・・・」
なんということだろうか。
自分の口から思わず、絶望的なため息が零れる。
いや、単に自分自身に呆れ果てただけの、諦念を示す吐息に過ぎなかったか。
そう。
その姿を目にした自分はつくづくとこう思ってしまったのだ。
またも・・・
『・・・またしても自分は間違えてしまったのだ・・・・・・』と。
「それで・・・」
当たり前のように、その英霊は問い掛けてくる。
召喚されたサーヴァントとしては当然の流れ。
当然の質問だ。
・・・だけれども・・・
「●●●が●●●のマスターか?」
生憎と自分はその問いに対する答えを。
持ちあわせてはいなかった。