Fate/√  【群像時変】   作:わが立つ杣

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1月26日 午前






第10話 ~5日前①~ 「洗うまでが料理」

 C turn

 

 

 今日は登校する坊やに同行することにした。

 彼と出会ったあの夜、私を襲ったライダーのマスターだった不快な男。あれは、よくよく考えれば坊やと同じくらいの年頃だったことを思い出したのだ。

 遭遇したのは、この家からそう離れた場所ではなかった。それはつまり、あの男もまた坊やと同じ穂群原学園に通っている可能性があるということになる。

 二人の間に接点があるかもしれない。

 坊やは自分が魔術師であることなど誰にも教えていないし、学校にそれらしい人物がいるという話も聞いていない。だが、そもそも少年は他者が魔術師であるかなど気にして生活しているわけでもない。一方で、魔術師がいた場合、少年が魔術師であることに気付いている可能性がある。その場合、聖杯戦争に参加し得る相手として警戒されるだろうし、最悪、襲われる可能性だってあるのだ。

 逆に今迄が少し無防備過ぎたくらいだ。

 そして、もう一つ関心事がある。

 

「・・・坊やは普段どんなふうに過ごしているのかしら」

 

 自然とそんな呟きが私の口から洩れていた。

 

「どうした?キャスター」

 

 屋敷の門を潜った坊やがこちらを振り返った。

 

「いいえ、なんでもないわ・・・さあ、行きましょう」

 

 答えながら、私は道路に出たところで霊体化する。

 季節相応に空気はひんやりとしているものの、穏やかな日差しが降り注ぐ朝。

 片手に持った鞄を肩に引っかけて学園へと向かう道路を歩く少年の背中を、私は追いかけた。

 

 

 

 私の懸念はごくあっさりと現実のものとなった。

【2-C】と書かれたプレートのある教室に入って坊やが自席に着くと、程なくしてその男はやってきたのだ。

 

「よう、衛宮。そう言えば、少し図書室で貸してやった本どうだった?結構、夢中になってたみたいだけど」

 

「ああ、意外と知らないエピソードも多かったし、ボリュームもあったからちゃんと借りることにしたぞ」

 

「ふうん。僕はあんな俗な本は借りるまでもないと思ったけど」

 

 坊やと会話をし始めたのは、あの日私を殺そうとした青い髪のマスターだった。

 相も変わらず不快感しか覚えない軽薄な口調で、坊やと話し込んでいる。

 信じられないことに、どうやらこの二人は友人関係のようだった。殺そうとした私が姿を隠してこんな間近で会話を聞いているなど想像だにしないだろう。

 

「慎二があの本を読もうと思ったのは、何かきっかけがあるのか?」

 

【慎二】。あの女サーヴァント、【ライダー】もこの男のことをそう呼んでいた。

 それにしても、流石にこの男が坊やのクラスメイトで、しかも親しい仲だとは思いもよらなかった。

 少年とここ数日話した中では、助けてくれた時には認識していたのはライダーに私が一方的に蹂躙されていた様子を見ただけで、それ以外は見ていないとのことだった。マスターであるこの男のことは、顔までは分からなかったのだろう。

 そのため、慎二というこのクラスメイトとあの夜の出来事を結びつけることは全くなかったわけだ。

 

「単なる気紛れだよ。気紛れ。たまにはいいだろ」

 

「別に悪いなんて言ってないだろ?」

 

「だいたい衛宮だって、そもそも何のために・・・」

 

「おっと、そろそろ授業が始まるな。席に戻ったほうがいいぞ」

 

「今日は初っ端から、葛木か。朝から陰鬱な気分にさせられるね」

 

「オレは結構好きだけどな。ちゃんと大事なところを抑えてわかりやすく説明してくれるから。多分、どうしたら生徒に伝わりやすいか自分なりに整理してるんだろ」

 

「そうかもれないけど、なにせ微塵も感情がこもらないからな。淡々とした口調で『大事なところだからしっかり学習するように』って言われてもね。聞いてるほうは素通りしちゃうよ」

 

「そこは聞く側の責任だろうな」

 

 二人が話を打ち切ると程なくして、教室に頬のこけた細身の男性教師が入ってきた。

 先程の二人の会話から推測すると、この男が【葛木】という教師なのだろう。

 自然体で入って来たその教師を見て、私は少し驚いた。

 身のこなしに無駄なところが一つもない。

 峻厳な顔立ちと、目つきも含めて、現界してからこの時代で見てきたあらゆる人間と乖離した雰囲気を感じた。生前に幾多の英雄達を見てきた私の目からも、言うなれば歴戦の戦士のような人物に見えた。

 この時代にはこんな男が教師をしているのだろうか?

 私は少しだけ興味をそそられたので、なんとなく授業を聞き続けることになった。

 

 

 

「坊や、話があるの」

 

 放課後になり、坊やが一人で屋上に上がったところで私は霊体化を解除して姿を現した。

 一日中付きっきりでいたが、彼が一人だけになる時間がなかったため、落ち着いて話す機会を作れなかったのだ。

 

「わわ、キャスター。どうしたんだ?こんなところで」

 

 一方で坊やは、このタイミングで私が出てくるとは思ってなかったのだろう。

 ・・・もしかしたら本当に忘れていたのかもしれない・・・

 

「坊やが仲良くしていたあの慎二っていう生徒についてだけれど・・・・・・あの男は聖杯戦争の参加者よ」

 

「なんだって?」

 

 少年は目を丸くした。

 

「あの日、(わたくし)を殺そうとしたサーヴァント、あのライダーのマスターだったのよ」

 

「間違いないのか?」

 

 少年は私の発言を疑っているというよりも、信じたくないという面持ちを浮かべていた。

 

「坊やが信じたくないのはわかるけれど、本当よ。正直、私はあの男の物言いがすごく不快に感じたから、却ってよく覚えているわ」

 

「慎二が・・・マスター・・・・・・じゃあ、あいつも魔術師なのか・・・・・・」

 

「その点については、なんとも言えないわ。少なくとも私の見たところ、まともな魔術回路があるようには感じなかったけれど」

 

「オレと同じように、半人前ってことかな?」

 

 彼は驚いたようではあったが、すぐに頭を切り替えて話についてきていた。このあたりの対応力と言うか、柔軟さは出会った当初から秀でていると感じる部分だった。

 

「どうかしら。坊やの場合は、ちゃんとした魔術回路を持っているけれどうまく使えていなかっただけよ。それに比べて、彼はそもそも魔術回路がないみたいね」

 

 正直なところ、あの男からは何も魔術師としての力を感じなかった。

 

「よくわからないけれど、キャスターがそう言うなら確かなんだろうな。」

 

 坊やは少し俯いて、何事かを思案しているようだった。

 

「だとすると、ライダーもキャスターと同じように霊体化して慎二に同行している可能性があるな」

 

「そうね。霊体化している間はサーヴァント同士でも殆ど感知できないから、確かなことは言えないけれど」

 

「ということは、周囲に人がいない状態になったら襲われる危険もあるってことだな。例えば今みたいな時も・・・か・・・」

 

 そう言いながら、彼は周囲を見回した。

 だだっ広い屋上には、今のところ私達以外の気配は皆無だ。

 ドアが開く様子もない。

 

「今は大丈夫そうだけれど。そうね・・・警戒するに越したことはないわ。今後は、学校に来るときには常に私も同行する。基本的には聖杯戦争・・・というよりも魔術師同士の争いは人目を避けて行うべきものだから、日中に仕掛けてくる可能性は低いのだけれど」

 

「そりゃ、校内で仕掛けてきたら警察沙汰になるからな」

 

「ええ。だからあくまでも用心のためよ。私がいれば、少なくともライダーとあの間桐慎二という男に後れをとることはないと思うし」

 

 私に魔術を習い始めてからの坊やの進歩は目覚ましい。

 そして私自身の状態も、以前彼らに襲われた時とは比較にならない。

 殆ど魔術を使えないであろう間桐慎二とあのライダーが相手であるならば、私達が負けるとは思えなかった。

 

「ところで、そもそも何故屋上に上がってきたのかしら?」

 

 放課後、誰もいない屋上に坊やは一人で上がってきた。

 お陰で私は漸く坊やと話す機会ができたわけだが、その理由がわからなかった。普通に考えればここに来る必要性があるとは思えない。

 

「今日、昼休みに慎二と飯をここで食べてただろ。その時にちょっとした違和感を覚える場所があったんだ」

 

 そう言って、坊やは金網が張り巡らされた屋上の角へと歩を進めたので、私も後ろから付いていく。

 校庭を見下ろすと部活動をしている生徒たちが大勢いて、ボールを追いかけて走り回っていた。聖杯から与えられた知識によると【サッカー】というスポーツのようだった。

 

「この辺りだったな」

 

 そう呟いた少年はそこで片膝をつくと、コンクリートの地面に右の掌を当てた。

 

「・・・やっぱりか・・・」

 

 詠唱した彼が僅かに魔力を通すと、赤く禍々しい紋様が浮かび上がってきた。

 

「変な模様だな。キャスターにならこれが何かわかるか?」

 

「これは・・・呪刻ね」

 

「呪刻?」

 

 坊やは怪訝そうに私の方を振り返った。

 

「結界を張る為の基準点(ポイント)よ。それにしてもよく気が付いたものね。私だってあるとわかっていなければ、簡単には発見できないと思うわ」

 

 実際、昼休みには私も坊やと共にここに来たわけだが、全く気付かなかった。

 

「昔から、こういう探し物は得意なんだ」

 

 確かに彼の特性は、無機物の構造を認知することに秀でている。物の異常には敏感なのだろう。

 

「結界が張られるとどうなるんだ?」

 

「結界の特性は様々よ。坊やの屋敷に元々張られていたような侵入者を探知する者や、私がその上から張ったような防衛するためのもの。勿論、中にいる者に害をなすものもあるわ」

 

「この結界はどんな性質があるかわかるか?」

 

「間違いなく中の人間には有害なものね」

 

 そして、おそらくその人間の魂を吸い上げて、術者の魔力に置換するものだ。

 だが、私はそこまでは意図的に坊やには伝えなかった。

 私自身、頻繁に新都で一般人を対象にした魂食いを行っている。

 正義漢の強い彼には当然そんなことは伝えていないわけだが、サーヴァントが一般人の生命力から魔力吸収が可能であることを、なるべく知られたくなかった。

 

「やっぱり・・・そうなのか・・・」

 

 彼は深刻な表情をして、目を閉じた。

 おそらく、これが校内の人間に有害なものであることは、察しがついていたのだろう。

 そして、それだけでは張った人間になんのメリットがないことにも考えが至っているのではないだろうか。もしかしたら、サーヴァントの強化に繋がることも勘付いているかもしれない。

 

「いずれにせよ、結界を張ったのはライダーである可能性が高くなったな。オレ以外の校内のマスターは、慎二なんだから。まあ、他にマスターがいる可能性もないわけじゃないけど」

 

「そうね。ただし、校内にいない魔術師やサーヴァントが犯人の可能性も勿論あるわ。学内にいるマスターを狙っているとも考えられるもの」

 

 でも、と私は続ける。

 

「誰であろうと、このやり方は浅薄だわ。実際、こうして見つかったように呪刻の敷設の仕方が稚拙だし、多くの一般人を巻き込むから、結界が発動したら悪目立ちし過ぎるのよ」

 

「他のマスターたちの標的になり易いし、えっと・・・【監督役】だっけか、そいつにも目を付けられやすいということだな」

 

「そうよ」

 

「慎二はそんな短慮じゃない・・・と信じたいところだな」

 

 彼としては、突然、クラスメイトが敵かもしれないという深刻な内容を知らされたのだ。心中、穏やかでないことは想像に難くない。

 

「この結界について、どう対処するか考えなくちゃいけないよな」

 

「え?・・・ええ、そうね」

 

 結界の存在に気付いたのだから単純に登校しなければいいだけではあったが、この少年の性格上、中の人間に被害が出るのは放ってはおけないのだろう。

 

「少なくとも、この結界は多くの呪刻を必要とするわ。今日、明日に発動するとは思えないから、間桐慎二の動向を監視してみてはどうかしら?四六時中というわけにはいかないけれど」

 

「そうだな。オレ達が気付いたことを勘付かれないようにするためにも、この呪刻は残しておこう。完成間際で消してしまえば結界は発動しないんだろう?」

 

「悪くはない考えね。これは一度設置されると撤去することはできないけれど、魔力を消すことで一時的には効力を失くすことができるわ」

 

「他にも学校の敷地内にあるかもしれない。それを探っておこう。そうすれば、その時に手近にあるやつを消してしまえるだろうし」

 

 そう言って少年は下へと降りるために、階段へと通じるドアへと向かう。

 

「そうしましょう」

 

 同意した私は再び霊体化すると、彼の後を追った。

 

 

 E turn

 

 

「慎二の事だけど、放課後は特に変わった様子はなかったな」

 

 オレは隣で、とろみのあるシチューを()()()でゆっくりと、かつ慎重にかき混ぜているキャスターに話し掛けた。

 

「そうね。まあ、そんなにあからさまな動きはないわよね」

 

 オレ達は呪刻探しをしながら、慎二が弓道部の部活を終えて帰るまでその動向を観察していたが、特に不審な点はなかった。

 とは言え、人目につくような時間帯に何かをするとは思えない。何か動きがあるとすれば、夜なのではないだろうか。

 もっともオレは、あいつがそんなことをするとは思いたくなかったが。

 

「それにしても、キャスターの手際もだいぶ良くなってきたな」

 

 オレは彼女にスープ皿を二つ手渡した。

 

「嬉しいわ。お世辞抜きで先生がいいからよ」

 

 皿を受け取った彼女は嬉しそうに応じながら、鍋から掬ったクリームシチューを注ぎ入れた。

 

「坊やが作るのはどちらかというと和食が多いけれど、今日は洋食なのね」

 

「確かに、どっちかというと和食の方が得意なんだけどな」

 

「でも、今日の料理だって味見しただけでも美味しいのがわかるわ」

 

 キャスターは顔をほころばせた。

 最近はこういう砕けた表情を頻繁に見せるようになってきた気がする。

 

「そう言われると嬉しいけどな。この手の料理は桜の方が上手かったんだよな」

 

 桜の名前を出すと、申し訳ない気持ちでズキリと胸が痛んだ。

 

「前に話していた、よくこの家に来ていたという後輩のことね」

 

「ああ」

 

 ()()()以来、桜とは言葉を交わしていない。

 たまに学校で見かけることもあるが、オレは視線を合わさないようにしていた。

 仕方ないのだ。

 オレはもう、そういう選択をしたのだから。

 

「さあ、折角シチューを作ったんだ。温かいうちに食べるとしよう」

 

 この話題を続けたくないオレは、そう言って食卓へと箸やスプーンを運び始めた。

 

「そうね」

 

 キャスターがオレの意図に気付いたかは定かではなかったが、ふわりと微笑んでシチューの皿を運んできた。

 

 

 

「どうやら、動き出したようね」

 

 食事が終わり、空になった食器を流し台に運ぼうとしていたキャスターが手を止めた。

 

「なんだって?」

 

 手伝うために、腰を上げようとしていたオレはキャスターの言葉の意味を確認する。

 

「使い魔に間桐慎二の屋敷を監視させているのよ」

 

「どこに向かっているかわかるか?」

 

「学校へ向かっているようね」

 

「・・・そうか」

 

 オレは落胆した。

 この時間に学校に向かうなど、真っ当な用事とは思えない。

 聖杯戦争に関係のある行動に他ならないだろう。

 

「仕方ないな。後を追おう」

 

 気乗りはしないが、慎二が何をしようとしているか確認するしかない。

 

「坊やの作ってくれた美味しい食事が終わった後で良かったわ。それまで待っててくれたと考えれば、友達思いとも言えるわね」

 

「そんな気分にはなれないけどな」

 

「ごめんなさいね。デリカシーのない物言いだったわ」

 

 キャスターが丁寧に謝ってくる。

 

「行こう」

 

 オレは手早く外出用の丈の短いコートを羽織って、玄関へと向かう。

 

「食器を洗いたかったわね」

 

 キャスターは後に残された食器類を少し残念そうに見ながら、小走りでオレの後を追ってきた。

 

 

 

 










3話続けて会話メインとなりました。
次回から、戦闘パートに突入します。
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