E turn
月明かり以外に、照らすもののない校舎。
やけに暗く、そして重く見えて昼間よりも存在感が増しているかのようだ。
オレとキャスターは閉ざされた正門を跳び越えて校庭に足を踏み入れる。
思えばあの日、この戦いに関わると決めた時点で覚悟を決めていたつもりだが、争う相手が同級生になるなど微塵も思っていなかった。
慎二と殺し合うことになるのかもしれない。
暗澹たる気分のせいで、足がまるで泥にでもなったかのようにべったりと動かなくなりそうだった。
オレはバンッと膝を一回叩く。
「こっちが追っていることは、悟られないようにしないとな」
ともすれば、引き返したくなる気持ちを押し潰すように、キャスターに言葉をかけた。
やるべきことは、無理矢理にでもやらなければならないのだ。
「そうね」
とは言え、あまり慎二は用心をしていないようだった。
懐中電灯を付けて、校舎の周囲や校内を移動しているのが離れていてもわかる。最初は弓道場から校舎へと入り、その後は廊下を左から右へと動く灯りが一旦停止して、しばらく時間が経つと動き出すというパターンが続いていた。
「どうやら、当たりのようね」
「・・・・・・」
キャスターの言うとおりだろう。
オレは無言のまま歩を進めて、弓道場の外壁へと近付いた。
懐中電灯の明かりが暫く制止していた場所、つまり、慎二がしばらく留まっていた場所の一つだった。
今日の夕方に屋上で確認した呪刻。それが発していた違和感と同じものをオレはここにも感じた。
正直、確認したくはなかったが、それは今更だった。
「
ひんやりとした壁に手を当てて、オレは小声で詠唱した。
予想どおり、放課後に屋上で発見したものと同じ赤い紋様が浮かび上がる。
キャスターの言うとおりだった。
もはや慎二がこれを敷設したのは疑いようがなかった。正確には慎二のサーヴァントであるライダーがということになるのだろうが。
「どうするつもり?」
オレに問い掛けてくるキャスターの声がやけに冷ややかなものに聞こえた。
「心情的には、今すぐにでも慎二を問い詰めたいところなんだけどな」
「あら?実際にはそうしないのね」
キャスターが少し意外そうな声を出した。
「今の段階でオレが魔術師であるとも、聖杯戦争の関係者であるとも悟られたくない。監督役とやらに報告しよう。聖杯戦争はまだ正式に始まっていないんだから、これはルール違反になるんじゃないか?」
キャスターから聞いた限りでは、監督役というのは聖杯戦争を秩序立てて取り仕切る立場にあるとのことだった。その中には、一般社会になるべく影響が出ないように見張ることも含まれるらしい。
であれば、学園全体の教師や生徒達に被害の出る可能性のあるような結界の存在自体が、その職務と相容れないものになるのではないか。
「そうね。確かに監督役からすると、看過できないかもしれないわ」
「監督役って奴が動きそうにない場合には、直接止めるしかないけどな」
と、オレが少し
「!?・・・坊や!」
キャスターがオレに抱き着くようにして、ぶつかってきた。
ドンッ!
「なっ!?」
ぶつかってきたキャスターと縺れるようにして地面に転がったオレは、何が起きたのかを確認する。
たった今までオレが立っていた地面が軽く抉れ、僅かに土煙が上がっていた。
「まさかあなたが、この最低な結界を仕掛けようとしていた犯人だったなんてね」
闇夜の向こうから、聞き覚えのある女子の声がした。
「衛宮君」
「・・・と・・・遠坂!?」
声の主は、遠坂凛だった。
彼女は右手の指先をこちらに向けて、狙いを定めるような体勢のまま、きつい視線を送っていた。
髪型はいつもどおりだったが、服装は穂群原学園の制服ではなく赤いカットソーを着ていて、それがまた彼女にはよく似合っている。などと感心している場合ではなかった。
「そのうえ・・・サーヴァントを従えているなんて、二重で驚きよ。まさか、あなたが聖杯戦争のマスターだったなんて」
僅かにオレから目線を外して、オレと一緒に倒れ込んでいるキャスターの方に目を向けた。
「キャスター、大丈夫か?」
「ええ、坊やこそ」
間一髪のところで助けてくれたキャスターが体を起こすのに手を貸しながら、オレは慌てて立ち上がる。
明らかに勘違いされている。
「遠坂、待ってくれ。お前、完全に誤解しているぞ」
「何がよ?そのサーヴァントはキャスターなのね。どうにも真っ当な英霊じゃなさそうに見えるけれど」
キャスターとオレを睨みつける遠坂の目には敵意以外の何も浮かんでいなかった。
「坊や。このお嬢さんとあなたとの関係はわからないけれど、どうやら誤解を解くのは難しそうよ。殺してしまって構わないかしら?」
キャスターがそう言いながら、オレを庇うようにして前に出た。
彼女も遠坂の敵意に触発されたように、喧嘩腰になっている。
オレ達と遠坂までの距離は20m程だろうか。
その中間あたりで、二人の視線がぶつかり合って、火花が飛び散っているのが見えるかのようだ。
「ちょ・・・ちょっと待ってくれ、キャスター。遠坂は悪い奴なんかじゃない」
どうやらオレは想像以上に狼狽しているようだ。自分でも恥ずかしくなるくらいに稚拙な論理で、キャスターに反駁する。
そもそも遠坂が魔術師だなんて思いも寄らないことだった。
「いい人とか悪い人とかは、この際関係ないでしょう。彼女は明らかに敵意を持っているわ」
当然のように、オレの意見はキャスターに一蹴された。
「人間の生命力を取り込み、サーヴァント自身の魔力に変換する結界。こんなものを張ろうとするなんて外道中の外道。言語道断だわ。衛宮君、あなたは困った人を見捨てられない人助けに熱心な生徒だと思っていたけれど、本性はまるで正反対ということかしら?」
「だから、誤解だって言っているだろう」
「ストーブを直そうとしていたのだって、どんな魂胆があったのかわかりゃしないわね。何か細工をしたのかしら」
そうか。
遠坂はオレが生徒会室で魔術を使ってストーブの故障個所を探っていた時に、すぐ外の廊下にいた。あの時にオレが魔術師であることがバレてしまっていたのだろう。
「この前の朝の件で、オレが魔術師であることに気が付いたってわけか?」
「そうよ。だから、あなたをマークしていたの」
推測どおりだった。
「遠坂。学校内に魔術師はもう一人いるんだ。そいつと、そのサーヴァントがこの呪刻を敷設した犯人だ」
「何を今さら。白々しいわね。この穂群原学園には他に魔術師なんていない・・・・・・」
そこまで言い掛けた遠坂だったが、一瞬口を止めて、思案顔になった。
「・・・いいえ、そんなわけないわ」
本人の中で何か疑念があったのかもしれないが、最終的には否定してきた。
「参考までに、あなたの言う魔術師って誰のことなのよ?」
「・・・いや・・・それは・・・」
改めてそう問われると、オレは言い淀んでしまった。友人の名を暴露する、端的にはチクるという行為自体に生理的な抵抗感を覚えたのだが。
「ほら、いないんじゃない」
遠坂は勝ち誇ったような表情をした。
当然ながら、これでは誤解は解けない。
オレは意を決して、慎二の名前を口にすることにした。
だが、
「・・・ふん。凛、こいつとこれ以上の問答をしても時間の無駄だろう」
その言葉と共に、遠坂の隣でゆっくりと実体化する存在があった。
180cmを優に超える長身の男。
精悍な顔つきをしたその男は、赤い外套を羽織り、右手に白、左手には黒のほぼ同じ形をした片端の剣を握っていた。
オレは吸い込まれるようにして、その2本の剣を無意識のうちに凝視する。
綺麗だ。
思わず目を奪われてしまった。
「そこの魔女と同様、この小僧も断罪すべき敵に他ならない。刃を交えるのみだ」
現れた男は白剣をこちらに向けると、剥き出しの殺意をその目に宿らせて睨みつけてきた。
要するに、こいつが遠坂のサーヴァントということだろう。
人間を超越した存在が発する重圧を感じると同時に、その視線には妙に感情的な成分が含まれているようにも思えた。
「仕方ない・・・わよね・・・」
遠坂は躊躇いがちながらも、男に同意した
「やりましょう、
赤い外套の男はその言葉を聞いて、ニヤリと嗤った。
「了解だ。マスター」
「ちょっと待て、遠坂!話を聞いてくれ!」
冗談じゃない。
こんな勘違いでいきなり戦うことになるなんて、理不尽にも程がある!
「往生際が悪いな、小僧!」
しかし、目の前の『敵』は一切容赦がなかった。
ザッ!
セイバーと呼ばれていた双剣を手にしたサーヴァントが、オレを目掛けて一気に間合いを詰めてきたのだ。
瞬きすることすら許されないほんの刹那の後、男は既に眼前に迫っていた。
「なっ!?」
速い!!
これがサーヴァントのスピードなのか!?
以前、ライダーとキャスターの戦いを遠目で観たが、間近で自分が命を狙われる側になるとその人間離れした動きに改めて驚愕させられる。
「坊や!」
キャスターがオレの窮地を察して、すぐに強烈な光弾を5発、セイバーに向けて放った。
その攻撃は相手を斃すというよりも、止めることに主眼を置いていたのだろう。オレに向けて突っ込んでくるセイバーの行動を妨げるために、包み込むような軌道を描いて、襲い掛かった。
「ちっ!?」
ドドドドドン!!
全ての光弾がヤツに直撃しその余波が鎮まると、2本の剣を盾にするように、胸の前で交差した状態のセイバーが前屈みの姿勢でその場に立っていた。
「坊や。離れましょう」
その間にも、遠坂とセイバーから少しでも遠ざけるために、キャスターはオレを抱え込んで浮遊すると、
トンッ
オレを抱えて弓道場の屋根へと降り立った。
当然ながら遠坂とセイバーを見下ろす形になる。
「キャスター、オレに強化の魔術を」
「え?」
「早く!アイツはすぐに追撃してくる!」
直感的にわかったのは、あの男がオレに対して向ける殺意は本物であること。そして、ここが安全な場所ではないことだ。
「わかったわ」
余計な逡巡は命取りになる。
キャスターもオレの意図を汲み取って、両手足に強化の魔術を付与してくれた。
やはり凄い。
オレ自身が自分に付与するものとは、全くレベルの違う強力かつ洗練されたものだ。
力が漲ってくる感覚が心地いい。
「
そして、ほぼ反射的にオレは、詠唱していた。
出し惜しみなどできるわけもない。
いつかこんな日が来ることを予期して、キャスターの指導を受け、魔術の腕を磨いてきたのだ。
投影する対象は完全に即興だが、オレには絶対にうまく精製できるという確信があった。
生み出したのは・・・
「え?坊や・・・」
「衛宮君・・・あなた・・・」
「ほう・・・」
キャスターと遠坂が驚き、セイバーは感心したような声を出した。
そして、自信があったとは言え、オレ自身も正直なところ驚いていた。
右手に白、左手には黒の片刃剣。
その二つの刃が、確かにオレの手にはある。
「・・・つうぅぅ・・・」
体中の魔力をごっそりと魔力を消費したのを体感する。
当たり前だ。
何の準備もなく、英霊の武器を投影したのだから。
それでも、見事に成功だ。
「びっくりするほど、馴染むな・・・」
シンプルだが洗練された造形に、改めて心を掴まれると同時に、手に吸い付くような不思議な感触があった。
対峙する赤のサーヴァントが手にする剣と全く同じモノ。
殆ど条件反射的にそれを模倣したのだ。
「だがな、同じ剣を精製できたからと言ってそれで勝てるなどとは・・・」
地上からオレを見上げるセイバーが、再び殺意を露わにしてオレを睨みつけた。
来る!
そう予感してオレは自然と剣を構えた。
「キャスター、オレから離れててくれ」
後ろにいるキャスターにそう声を掛けるのと、どちらが早かったか・・・
ダッ!
セイバーが地面を蹴って大きく跳び上がり、弧を描いてオレへと襲い掛かってきた。
「思い上がるなよ!!」
跳躍した勢いのままに、セイバーは二刀を同時にオレに向けて振り下ろしてきた。
ギギイイィィィンッッッ!
「つぅっっ!」
白い剣を黒い剣で、黒い剣を白い剣で、オレは辛うじてその刃を食い止めていた。
キツい・・・・・・!
・・・・・・だけど、なんとかなる。
英霊の攻撃を、ただの人間に過ぎないオレが凌ぐことができたのだ。
「サーヴァントの攻撃を生身の人間が受け止めた!?」
遠坂がとんでもなく驚いているのが、オレにも伝わってくる。
無理もない。
実際、オレ自身だって驚いている。
「ちっ!生意気な!」
セイバーは、多少
そのまま体重をかけて押し潰そうと、圧力を加えてくる。
ギチィィィ・・・
身長差があるため、自然とオレが下になってその圧力を堪える形になってしまう。
「く・・・」
かなり厳しいが、それでもオレは簡単には押し負けることなく、耐えることができていた。
「キャスターの強化魔術か・・・厄介だな」
そう。
力比べでオレがサーヴァントに対抗できるわけがない。キャスターにかけてもらった強化の魔術の賜物だった。
だが、耐えるのが精一杯だ。このままでは、ジリジリと体力が削られて、最後には潰されてしまう。
実際にオレは、押され始めていた。
グググ・・・
体勢が低くなり、片膝を屋根瓦につく。
ついた膝に圧力が加わる。
マズい・・・
ブァッ!
その時、突如として後方から風が巻き起こったのを背中で感じた。
何かが上空へと舞い上がり、月明かりによって作られた影がオレの視界を暗くした。
「坊やから離れなさいっ!」
それは、ローブを羽根のように広げたキャスターだった。
被っていたフードが風圧で外れて、その美しい相貌が月明かりに照らされている。
夜空に舞う黒い揚羽蝶のようだ。
この切迫した状況も忘れて、オレはその艶やかな姿に一瞬、目を奪われた。
ヴンッ!
宙に浮かんだキャスターが突き出した腕から、収斂された紫色の閃光を放った。
ゴッ!
「ぬぅぅ・・・」
オレに当たらないように、影響範囲を極限まで絞ったのだろう。
その光はセイバーの肩口に直撃し、奴の体勢を崩すことに成功していた。
ギンッ!
オレはその機会を逃すことなくヤツの剣を押し返し、そして弾き返す。
「つっ!」
タンッ
肩にダメージを負い、オレに剣を弾き返されたセイバーはそのまま後方へと跳んで、屋根から地上へと降り立った。
「大丈夫?セイバー」
遠坂が近くに着地した自身のサーヴァントを気遣った。
「問題ない。知っているだろう?私には耐魔力が備わっている。魔術による攻撃は効果が薄いからな」
傷ついた肩をさすりながらも、セイバーは飄々としていた。
実際に、キャスターの魔術によるダメージは殆ど無いようだった。
「凛。少しの間だけキャスターを抑えてくれ。その間に私は衛宮士郎を殺す」
「え?いや、そこまでしなくても・・・」
「頼むぞ。マスター」
セイバーは、遠坂の戸惑いの声には、一切構うことなく一方的にそう告げた。
「
「な?」
オレは耳を疑った。何千回と唱え、そして聞いてきたオレ自身の詠唱。それと全く同じフレーズをこのサーヴァントは口にしていた。
どういうことだ?
だが、悠長にその疑問に対する考察を進める時間などなかった。
「死ね、衛宮士郎」
淡々とそう告げると同時に、ヤツは強化した2本の剣をオレに向かって投じていた。
その剣はいずれも弧を描いて挟み込むようにして、オレを目掛けて飛んできた。
躱すか?いや、叩き落すか?
僅かな間、オレは逡巡したが、このタイミングなら強化した足で充分に躱せる。
ザッ
そう判断したオレは、飛来した2本の剣を大きく後方に飛び退って避けた。
「
その間にも、ヤツは何かを生み出そうとしているようだった。
「これ以上、好きにさせるものですか!」
上空のキャスターがそう叫ぶと、5つの魔方陣がその彼女の周囲に浮かび上がる。そして、先程の攻撃を遥かに上回る魔力が各々の陣に収斂されていく。
生半可な魔術ではセイバーに対して有効打にならないと悟り、大技を発動させるつもりのようだった。
「
キャスターがその魔術を解き放とうとする。
が、
「邪魔をするな、魔女」
剣士の筈の男の手には、
ゴウッッ!!!
その矢はキャスターの攻撃が発動する直前、オレにではなく、上空に浮かぶ彼女を目掛けて放たれた。
ヤツが双剣をオレに向けて投げたのは、キャスターを攻撃するための時間を稼ぐためだったか?
そんな推測がオレの頭を過ると同時に、
ズシャァァァ・・・
「きゃあああぁぁぁっ!?」
猛烈な勢いでキャスターに襲い掛かった3本の矢が、彼女の体を貫いた。攻撃体勢に入っていた彼女は殆ど防御することができず、痛烈な射撃をまともに受ける形になってしまっていた。
両肩と腹部から夥しい鮮血を撒き散らしながら、黒蝶は羽をもがれて無残に地面へと落下していく。
「キャスターッ!!!」
ダッ!
オレは慌てて弓道場の屋根から飛び降りて、彼女の落下地点へと走った。
「次は貴様だ。衛宮士郎」
ゴッ!
ヤツは間髪入れずに番えた次弾を、走るオレに向けて放ってきた。
右手方向から襲ってきた突風のようなその矢を、オレは咄嗟に持っていた白い剣を盾にするようにして防ごうとした。
ガンッ!!
残念ながら、都合よく剣の腹の中心には当たってはくれない。
「がぁっ!」
結果的に完全には防げなかったが、勢いと方向が逸らされ、僅かにオレの横っ腹を掠めただけで済んだ。
「ちっ!運のいい奴め」
ドッ!
憎々し気に呟くセイバーには目もくれずに走り続けたオレは、なんとかキャスターが地面に激突する直前に落ちてきた彼女の体を受け止めることに成功した。
「くぅ・・・」
ザァァァ
腕の中にキャスターを抱えて、走ってきた勢いのままに土のグラウンドを一定距離滑ったところで、止まった。
「キャスター!しっかりしろ!」
ぐったりとしている彼女に呼び掛ける。セイバーの放った矢によって貫かれた傷口からは流血が続いており、その血が瞬く間にオレの服を赤く染めていく。
普通の人間であれば、間違いなく致命傷だ。
「・・・うぅ・・・」
目を閉じたまま、キャスターは呻き声を漏らした。
意識が朦朧としているようだ。
彼女に聞いた話ではサーヴァントは霊核を潰されない限り、消滅することはないとのことだった。時間が経てば回復できる傷ではあるようだが、この状態では当分、戦闘に復帰できないだろう。
だが、このまま彼女を抱えていてはとても戦えない。
止むなく、その場に彼女の体を極力丁寧に横たえた。
「すまないが、ここでじっとしていてくれ」
「・・・く・・・あう・・・」
キャスターが微かに目を開く。
改めてサーヴァントという存在の強靭さを認識させられるが、とは言え瞬く間に全快というわけではないだろう。
キャスターの状態を気に掛けながらも、オレは最も警戒すべき敵であるセイバーの動きに注意する。
「あなた、弓も使えるのね?」
向こうでは、意外そうに遠坂がセイバーに問い掛けていた。
それはそうだろう。
オレもキャスターも、
「まあ、剣士の嗜みだな。多芸だろう?」
ヤツは厭味ったらしい笑いを浮かべながら、遠坂に応えていた。
「さて・・・とは言え、射撃で止めをさすのは味気ないな。やはりセイバーらしく剣でお終いにしてやろう」
持っていた弓を消して、あの双剣を再び生み出していた。
「ちょ・・・ちょっと待ちなさいよ。キャスターを斃すのはいいけど、衛宮君は殺すのはちゃんと事情を聞いてからでも遅くはないわ」
「らしくないな、凛。キミは『果断』が服を着て歩いていると言っても過言ではないと思うのだが。今さら人を殺すことに逡巡するのか?」
「言われなくても覚悟は決めているわ。だけど、衛宮君にはマスターの証である筈の令呪がないみたい。彼がキャスターと行動を共にしている理由を聞きたいのよ」
「・・・どうにも迂遠だな・・・・・・む?」
セイバーはオレ達ではない何かに意識を取られたようだった。弓道場からは反対方向。校舎の玄関側だ。
「どうしたの?」
「どうやら邪魔が入りそうだな」
オレも釣られるようにして、セイバーの視線を追う。
ヤツの言うとおり、暗がりの向こうから二つの人影がやって来るのがわかった。
いずれも背の高さは170cmほど。学生服と思しき制服に身を包んだ男と、異様な眼帯で顔を覆い、地面まで届きそうな長い髪を持つ女だった。
今夜、オレ達の追跡対象だった二人。
慎二とライダーだ。
「どういうことなんだ?」
やって来た慎二が、怪訝な表情を浮かべた。
前作でも思いましたが、士郎を殺す気満々のアーチャーは生き生きしています。