Fate/√  【群像時変】   作:わが立つ杣

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1月26日 深夜







第14話 ~5日前⑤~ 「冥々想念」

 Interlude in

 

 

「あんなの反則だ!絶対勝てっこないじゃないか!」

 

 頭を抱えて震えているのは、ライダーにとっては仮のマスターである間桐慎二だった。

 

「ぼ・・・僕は降りるぞ。殺されるだけじゃないか・・・」

 

 今さらと言えば、今さらだ。

 殺される覚悟もなく、聖杯戦争に参加していたのかと呆れるところだ。実体験として絶望的な相手というのを目の当たりにして、やっと現実に自分に降りかかりうるものとして実感できたのだろう。

 彼は間桐邸に戻るなり、玄関で蹲ってしまっていた。

 

 カツッ

 

「騒々しいのう、慎二。それでは、マスターはやめるということかの?」

 

 薄暗い廊下の奥から、揺らめく陽炎のように小柄な老人が現れた。

 間桐臓硯だ。

 現界してからライダーが観察してきた限りでは、この間桐家の全てを支配しているのはこの老人だと認識させられていた。

 

「と・・・当然だ・・・あんなの絶対無理だ。こんな外れサーヴァントじゃ勝てっこない!」

 

 殆ど悲鳴のような声をあげて、慎二はライダーを指差した。

 

「ふむ。それほどの相手と遭遇したということかの?」

 

 老人は感情の揺らぎを見せず、ライダーに視線を送る。

 

「アインツベルンのマスターの言葉によれば、バーサーカーのクラスで召喚された大英雄【ヘラクレス】のようです」

 

 慎二の『外れサーヴァント』という揶揄を不快に感じながらも、ライダーは極力淡々と答えた。

 

「それに引き換え、こっちは【メドゥーサ】だなんて・・・英雄の咬ませ犬もいいとこじゃないか!」

 

「私が宝具を使えば、あのバーサーカーを斃す事自体は充分可能だと思いますが」

 

 些か矜持を傷つけられたライダーは反駁した。

 だが、魔力不足が顕著な今の状態では、肝心の切り札【騎英の手綱(ベルレフォーン)】を使うことも儘ならない。さらに言うなら、相手の宝具もわからないのだ。こちらの宝具と正面衝突した場合、押し切れるとは限らない。

 

「今のままじゃ、その宝具も使えないんじゃないか!お前の魔力不足をどうにかするために、結界を張ろうとしたのに、それもあっさりバレちまった!」

 

 慎二にしては、真っ当な見解だった。

 ライダーは黙り込むしかない。正直、勝ち筋を見出すことは難しいと彼女自身もよくわかっていた。

 

「衛宮士郎や遠坂凛は、あなたのクラスメイトです。バーサーカーという共通の脅威に対して、一時的に共闘することは可能かもしれません」

 

 ライダーは霊体化して慎二と行動を共にする機会が多い。

 穂群原学園でその二人と慎二が、話している場面は何度も目にしていた。正直なところ、遠坂凛の彼に対する態度は清々しいまでに素っ気なく、とても手を組めるとは思えない。

 一方で、

 

「特に、衛宮士郎、彼ならあるいは」

 

 彼は、慎二とまともに話せるほぼ唯一の存在だ。流れで襲撃してしまったのはかなりのマイナスだが、まだ、交渉の余地があるのではないか。

 

「衛宮なんかと手を組めるか!」

 

 だが、この意見に慎二はむしろ激昂した。

 

「あんなインチキな魔術を使うヤツと、由緒正しい御三家たる間桐が手を組むなんてあり得ない!」

 

「インチキとは、どういうことじゃ?慎二よ」

 

 暫く沈黙していた臓硯だったが、慎二の言葉に引っかかるものがあったようだ。

 

「サーヴァントの武器を真似してたんだ。あんなの魔術じゃない!」

 

「ほう。投影か?かなり珍しいのう。しかもサーヴァントの武器をか・・・」

 

 老人は率直に感心したようだった。

 

「それ以上に、驚異的だったのは彼の剣技です。セイバーと剣で渡り合っていたのですから」

 

 ライダーは先刻の戦いを改めて思い出す。

 どんなに強力な武器を持ち、キャスターの魔術によるサポートを受けて膂力を得ても、技術はそうはいかない。

 確か彼の屋敷には、道場もあると桜に聞いてはいたが、セイバーに匹敵するほどの剣術を修めているとは信じ難いことだ。ライダー自身は、トリッキーな動きで先程は彼を翻弄できたが、もし真正面からの斬り合いになっていたら、劣勢になっていたかもしれない。

 

「それに、キャスターも強力です。今日は上手く彼女に接近できたので私が優勢でしたが、遠距離攻撃や支援に徹した戦い方をすれば真価を発揮する筈です。手を組む価値はあると思いますが」

 

 展開に恵まれて今日は優位に立てたが、以前に瀕死の状態だった時に戦ったキャスターとは明らかに別だった。

 ライダーは、再度、衛宮士郎達との共闘の意義を主張する。

 

「そのキャスターというサーヴァントは・・・・・・女なのね?ライダー」

 

 唐突に、廊下の奥から問いが投げられた。

 

「桜?」

 

 姿を現したのは、桜だった。

 最近は虚ろな表情をしていることが多いため、ライダーは按じていたが、今はその目に生気が感じられるような気がした。

 

「教えて頂戴」

 

「え?・・・あ、はい。女でした」

 

 半ば気圧されるようにして、ライダーは問いに答える。

 

「美人なのかしら?年齢はどれくらい?」

 

「えっと・・・それは・・・」

 

 桜の目に昏い炎が灯ったような錯覚を覚えた。

 生気があると感じたが、これは・・・・・・

 ライダーは戸惑いを覚えて、返答に窮した。

 

「は!いい女だったのは確かだ。年増だったけどね」

 

 言い淀んだライダーの代わりに、慎二が吐き捨てるように応える。

 

「そうなんですか」

 

 一瞬目を見開いた桜は、ほんの僅かな時間だけ俯いた。

 その体は小刻みに震えていた。

 

「兄さん」

 

 ゆらりと顔を上げる。

 そこには仮面が張り付いているかのようで、なんの感情もライダーには読み取れなかった。

 

「ライダーを私に返していただけませんか?」

 

 桜の口からは意外な言葉が発せられた。

 彼女はずっと戦うことを拒否してきた。だからこそ、止むを得ず、間桐臓硯はライダーの支配権を魔力を持たない慎二に委ねたのだ。

 

「ほう。心変わりしたということかのう、桜?」

 

 老人も驚いたようだ。だが、その言葉には我が意を得たと言わんばかりの響きが含まれていた。

 

「今更、そんな勝手が許されるもんか!こいつは僕のモノだ!!」

 

 一方で慎二は、手前勝手な反論を口にする。

 ライダーは、その言葉に反応して僅かに拳を握り締めた。

 

「うふふ。そんなに慌てなくても大丈夫ですよ、兄さん」

 

 桜は笑みを浮かべた。

 それは、ライダーが思わず戦慄するほどに艶然としていた。

 

「私が返してもらうのは、()()()()()()()()()()()です。その()()()は兄さんのモノのままで結構ですよ」

 

「な・・・なんだって?」

 

 桜の言葉の意味するところをすぐには汲み取り切れなかった慎二は、呆けたような表情を浮かべた。

 

「なんでしたら・・・」

 

 桜は純白のナイトドレスの裾を、白い指でほんの僅かに上へとずらした。

 

「久しぶりに私のお部屋へいらっしゃたら如何ですか?兄さん」

 

 それは、虫を誘う妖花の振る舞いだった。

 

「な・・・」

 

 桜の言動についていけない慎二はさらに戸惑う。

 

「慎二よ。先刻、お前は戦うつもりがないとはっきりと言ったのだ。桜にライダーは返してやるがよい」

 

 老人が裁定を降すように指示をする。

 

「桜の言うとおり、サーヴァント以外の用途については、お主の好きにすればよかろう」

 

 その顔には満足そうな笑みが浮かんでいた。

 

「・・・・・・・・・・」

 

 なんだ?

 何が起きている?

 ライダーは眼前で展開されたやり取りの意味するところを、はっきりと理解していた。

 だが、その全てが自分に全く関係のないモノであるかのように、目の前を素通りしていくのも感じた。

 

「ありがとうございます。お爺様。そして、兄さん」

 

 桜が優雅に微笑む。

 

「私としては、現時点では誰とも手を組むつもりはありませんが、よろしいですか?お爺様」

 

「構わぬ。お前の魔力を以てすれば、ライダーの力も十全に引き出せよう。好きにするがいい」

 

「ええ・・・好きにさせていただきます」

 

 桜と臓硯の会話が続いていた。

 無論、ライダーは身勝手で、愚かな慎二がマスターであることは、不本意極まりなかった。

 意に染まない慎二の差配に従う必要がなくなる。

 そして、本来のマスターである桜のサーヴァントとして、彼女のために戦える。

 それは、自分が本来望んでいた事の筈だった。

 それなのに今は、ただただ途方に暮れるしかなかった。

 

「・・・・・・私はどうすればいいのでしょうか・・・・・・」

 

 思わずそう呟く。

 そして、彼女は自分の唇が、不思議な三音を紡いだのを感じた。

 

 ──―

 

 それは、ここではない、遥か遠いどこかから。

 しかし、当たり前のようにやってきた名前だ。

 だが、なぜ自分の口からその名前が零れ出たのか、彼女にはわからなかった。

 

 

 Interlude out

 

 

 C turn

 

 

 ガララ・・・

 

 衛宮邸の玄関扉を少年が開けて靴を脱ぎ、(かまち)に足を乗せる。私も彼に続いて玄関に入ると、やっと安堵できた。

 この家に戻ってきたことで、ようやく心底助かったと思える。

 先程迄の学校での戦闘は、それだけ苛烈だったし、坊やも私も生き残れたのが不思議なくらいだった。

 

「ふう・・・本当にヤバかったな」

 

 居間に入った彼は、へたり込むようにして、そのまま座卓に突っ伏した。

 大袈裟ではなく、体力も魔力も空っぽの筈だ。

 

「バーサーカーの乱入が無ければ、詰んでいたわね。(わたくし)も坊やも完全に劣勢だったもの」

 

 実際のところ、バーサーカーのマスターであるあのイリヤスフィールという少女にすれば、気紛れに近い行為だったのだろう。だが、そのお陰で九死に一生を得ることができた。

 

「坊やはそのまま休んでいなさい。私がお茶を淹れるから」

 

「すまない。助かる」

 

 ぐったりとした声で少年が返事をした。

 いつもこちらに気を遣って無理をする彼が、こうして素直に頼ってくるのだから、その疲労困憊ぶりが窺えるというものだ。

 家を出る前に片付けられなかった食器類を横目にしながら、私はヤカンに水を入れてコンロの火にかける。

 

「それにしても本当に凄かったわ、あなたの戦いぶりは」

 

 お湯が沸く間にも、私は先程の戦いを振り返った。

 少年の奮闘は、珠玉と称賛して良いものだった。

 なにせ、サーヴァントであるセイバーやライダーを向こうに回した白兵戦で人間が耐え切ったのだ。

 私の付与した強化魔術も功を奏したのは間違いなかったが、セイバーの剣を投影して見せただけでなく、その剣技も秀逸なものだった。

 

「はい、どうぞ」

 

 淹れたお茶を少年の前に置く。

 

「ありがとう。でも、本当にオレ自身もよくわからないんだ。何であんなことができたのか」

 

 少年が両手で湯呑みを包み込むようにしながら、熱いお茶に息を吹きかけている。

 その様を見て、もう少し冷ましてから出すべきだったと、少し後悔した。

 

「セイバーの剣を投影した事までは、なんとかわかるけれどね。あなたの投影は武器に特化している。特に『剣』にね。だからと言って、唯一無二とも言えるサーヴァントの宝具まで投影できるなんて破格だけれど」

 

 それが自由に可能だというなら、この少年は化け物だが・・・

 

「流石に魔力はだいぶ消費したみたいね」

 

 そう言いながら、私はずっと気になっていた食器を洗うために台所に戻った。

 そして、片づけをしながら、少年との会話を続ける。

 

「ああ。すっからかんになった」

 

「でも、さらに強化まで付与して、完全に魔力を使い果たさずに立って戦い続けられたのだから、本当に立派なものよ」

 

 投影と強化に限定すれば、少年の魔術師としての力量は、私と出会った直後と今では雲泥の差がある。だが、元々貯蔵している魔力量が急激に増えるわけもない。正直、彼の魔力量自体は大したことはないので、一度の戦闘で投影できる数はごく限られているのだ。

 

「あいつの剣がたまたまオレと相性が良かったとも思えるんだ。だからなんとか投影できたし、その場でぶっ倒れることもなかったんじゃないかな」

 

「そういうものなのかしら?」

 

 投影を私自身ができるわけではないので、少年の感覚の真偽については何とも評しようがなかった。

 

「でも、なんでセイバーやライダーの剣技についていけたのか・・・いや実際には負けていたんだけど・・・それでもなんとか戦えたのかはわからないんだ」

 

「剣術の心得は、あったのかしら?」

 

「ああ。多少は使える。だけど、サーヴァント相手に戦えるようなレベルじゃないさ。て言うか、サーヴァント相手に立ち回れる人間なんていないんじゃないかな」

 

「まあ、そうよね」

 

 たとえ同程度の技量があったとしても、スピードやパワーの次元が違うし、目や反応が追い付かないだろう。

 その点、私の強化の魔術が付与された分、少年はスピードやパワーなら対抗できる状態だったわけだが。

 

「なんていうか、剣の方に振り回されているというか、自分の体が勝手に動いている、みたいな感覚だったんだ」

 

 少年は自分の頭を軽く叩いた。

 

「だから、気持ち悪さもあったし、しっくりこない状態だったんだ。それでもとにかく目の前の相手に殺されないように必死だから、強引にでもその力を最大限に引っ張り出そうと藻掻いていた・・・そんな感じだった」

 

「そう・・・」

 

「全然制御できない暴れ馬を、邪魔だけはしないように乗っていたみたいな・・・馬に乗ったことなんかないけど」

 

「そもそもあの剣を投影したのは、咄嗟の思いつきだったのかしら?」

 

「なんとなく、投影も強化もアレならいけるって思ったんだ」

 

「あの武器か、もしくはあのセイバーと特別な縁があるということかもしれないわね」

 

 当てずっぽう気味に、私は推測を口にしたが、意外と答えに近いのかもしれない。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 少年は珍しく黙り込んで、少しバツが悪そうな顔になる。

 

「・・・そうかもしれないな・・・」

 

 そして、何とも言えない歯切れの悪い返事をした。

 もしかしたら、あのセイバーの正体に心当たりがあるのだろうか?

 

「私、少しだけあのセイバーについて疑っていることがあるの」

 

「なんだ?」

 

「あれは本当にセイバーなのかしら?」

 

「腑に落ちない点があるってことか?」

 

「そうね。こう言ってはなんだけれど、セイバーのサーヴァントは『最優』とされているわ。これは、最も秀でていると同時にバランスがいいという意味なの」

 

「『最強』じゃないんだな?」

 

「瞬間的になら、バーサーカーのクラスが最強になり易いからでしょうね」

 

「ああ。確かに『強い』だけならそうか」

 

「いずれにせよ、セイバーのクラスのサーヴァントは、攻防、魔力、体力、そして精神的な安定なども含めて、優秀ということなの。勿論例外はあるけれど」

 

「でも、アイツはそうではなかったってことかな?」

 

「坊やも薄々感じていたのかしら?」

 

「いや、なんとなくな」

 

「こう言ってはなんだけれど、セイバーとしては少し力不足じゃないかしらと思ったのよ。剣技は確かだったけど」

 

「オレ程度がなんとか対処できていたぐらいだからな」

 

「弓のほうが強力だったような印象もあるわ」

 

 これは私自身、痛手を負ったのが弓によるものだったが故の実感でもある。

 

「色々な武具を使いこなせるっていうのも勿論長所ではあるのだけれどでも」

 

「まあ、アイツの話はこれぐらいにしよう。セイバーだろうがなんだろうだが、剣も弓も使える強力な敵という事がわかっただけでも、次に対峙する時には備えることができるさ」

 

 あまり普段見せることのない硬い表情を、坊やは浮かべていた。

 

「今後の方針を考えるほうが大事だろ」

 

「そうね」

 

 彼の言葉からは話題を逸らすような意図を感じたが、一旦、受け入れることにした。

 

「今日、いや・・・もう昨日になるか。セイバー、ライダー、そしてバーサーカーがどんな相手なのかがわかったな」

 

「ええ。それにそのマスターもよ」

 

 同級生が二人、マスターだったというのは少年とすれば複雑な思いだろう。

 

「一番厄介なのは、あのバーサーカーだよな」

 

「そうね。古代ギリシャ随一の英雄ヘラクレスだもの」

 

 私はあのヘラクレスの事を多少なりと知っている。

 だが、坊やにその事を(つまび)らかにするつもりはなかった。

 幸い、この時代の人間にも知れ渡っている程高名な英雄だ。私が事細かに話さなくても、その逸話はいくらでも調べようはある。

 

「あの本を読む前から、オレが知っていたくらい有名だからな」

 

「あの本?」

 

「あ・・・いや、気にしないでくれ。とにかく、あのバーサーカーにどう対処するかだな。場合によっては、遠坂や慎二と手を組むということも視野に入れるべきだな」

 

 妥当な考えではあった。

 戦ったばかリの相手ではあるが、共通の脅威に対抗するという利害は一致する。一時的に共闘することは充分可能だろう。

 しかし、

 

「それは難しいんじゃないかしら?今日の様子を見ると、坊やは完全に敵視されていたわよ。セイバーと、そしてあの慎二っていうマスターにも」

 

 というもっともらしい理由で、私はその意見を否定した。

 その選択をする場合、あの遠坂凛という女魔術師や、ライダーと手を組むということでもある。

 それは避けたいと感じていた。

 え?

 ・・・・・・何故だろうか?

 

「ああ、それは戦っている時にひしひしと感じたな・・・」

 

 私がしばし自分の想いに戸惑っている間、少年も思案する顔になった。

 

「まだ、出会っていない陣営と組むということも考えられるか」

 

「それは、確かにあり得るわね」

 

「残っているのは、ランサー、アーチャー、アサシンということになるかな」

 

「そうね。まだ、現界していないサーヴァントが少なくとも一騎いる筈だけど」

 

 あのイリヤスフィールの言葉どおり、正式に聖杯戦争が始まっていないというのであれば、まだ英霊が7騎揃っていないという事でもある。

 

「そのうちの誰かを探し出して、説得するか・・・」

 

 この少年は聡明だ。

 私は敢えて意見を言わず、思考を巡らせている彼の邪魔をしないつもりだった。洗い物を終えた私は自分のお茶を淹れると、座卓を挟んで彼の前に正座する。

 

「・・・いや、難しいか。バーサーカーの脅威はアレを目の当たりにしないと伝わらないな」

 

「私もそう思うわ」

 

「そもそも探し出せるかわからないし、初見の相手がどれだけの力を持っていて、どんな性格をしているかもわからない」

 

 彼は正しく答えに行き着いたようだ。

 

「さしあたって、他の陣営については私も使い魔を使って探り続けるわ。そういうのは得意だし。手を組めそうか、組んで意味があるかは調査してみないとわからないわね」

 

「どうにも八方塞がりな感じがもどかしいな」

 

 少年は、悔しそうに呟く。

 

「発想を変えて、バーサーカーと手を組むのはどうかな」

 

 驚いた。

 実は私には腹案があるが、それに近付いている。

 大前提となる条件が彼は持ち得ないので、思考は行き詰る筈ではあるが、あり得なそうな選択肢を改めて考えようとする姿勢には感心させられる。

 

「圧倒的に強いから、手を組めれば終盤までキャスターは生き残れるかもしれないけど、結局、最終局面では捻り潰されて終わりか。願いを叶えることはできそうにないな」

 

 彼は残念そうにそう結論付けた。

 

「ふふ。それまでに坊やが強くなればいいんじゃなくて?私のために、頑張ってくれないのかしら?」

 

 私は面白がって、真剣に考え込んでいる少年をからかってしまう。

 

「ぐ・・・そりゃ、勿論、キャスターのために精一杯頑張るさ」

 

 その言葉に満足感を覚える。

 ああ、やはりこの子は私の()()()()()だ。

 

「でも、オレがどんなに成長しても、アレに対抗できるイメージを描けない。そこまでいくと殆ど妄想だし、増長しているとすら思えるな」

 

 バーサーカーを目の当たりにしてしまった以上、無理もない感覚だった。あの絶望的なまでの存在感は簡単には拭い去れない。

 そろそろ頃合いだろう。

 私はここまで来て、自分の考えを明らかにする。

 

「坊やの考えは悪くないと思うわ」

 

「何だって?」

 

「あのバーサーカーと手を組むことがよ」

 

「・・・キャスターがそう言うんだ。何か考えがあるんだな?」

 

 怪訝そうな顔をしたもの束の間、少年はすぐに私の真意を探りにきた。

 

「そうね。詳しくは教えられないけれど、あの()()への対抗手段を私は持っているわ。だから、あの二人と手を組んで、勝ち残っていくというが私の案よ」

 

「含みのある表現だな」

 

 この坊やは私の想定以上に鋭いようだった。

 

「マスターを狙うってことか・・・聖杯戦争の鉄則ということなんだろうけどな」

 

 そう言って、露骨に顔をしかめた。

 正解だ。

 しかし、ここはしっかりとフォローしておくべきだろう。

 

「安心なさい。少なくとも、直接的にあのお嬢さんに害を為すものではないから」

 

 坊やの性質からすれば、あの少女を殺すようなことは極力避けたいと思っているだろう。彼にはまだ私の本性を悟られるつもりはないし、少なくともこの件については実際に言葉どおりなのだ。

 

「そうか。信じるよ、キャスター」

 

 少年は、私の言葉を聞いて安堵したようだった。

 

「だけど・・・」

 

「どうしたのかしら?」

 

「簡単に手を組めるとは思えないんだ」

 

「確かにあれだけの力を持っていれば、他の陣営と手を組む必要なんてないでしょうからね」

 

 私としては、先ずは聖杯戦争の秩序を保つ側にあるということを材料にして、交渉を始めることを考えている。先程は、私達のほうが襲われていた側であると少女は認識していたし、ライダーの結界を止めようとしていたのも私達だ。

 そして、交渉の席にさえ付いてしまえば、完全に精神を操ることまではできなくても、精神に干渉して判断力を落とすことも可能だろう。

 

「いや、そういうのとはちょっと違って・・・」

 

 どうやら、少年は私とは違う懸念を抱いているようだった。

 

「彼女は、オレ個人に対して悪意を抱いているんじゃないかと感じたんだ」

 

「そうだったかしら?悪くない雰囲気だったと思うのだけれど」

 

 校庭での僅かなやり取りでは、特に私には感じられなかったが、この少年には何か不穏な気配を少女から感じ取ったということだろう。

 

「ただ、以前からあなたを知っているようだったものね。そこが引っ掛かるわね」

 

「ああ」

 

「なんにせよ、改めて話す機会を作ったほうが良さそうね」

 

 そう結論付けて、私は空になった自分自身の湯飲みと少年のそれを手に取ると、洗い場へと運んでいく。

 

「坊や、話はここまでにしましょう。しっかりと眠って体力を回復させなさい」

 

 手早く湯飲みを洗って片付けた私は、少年の傍らに戻って諭した。

 

「ああ、なんならこのままこの座卓の上で、寝ちまいそうだ」

 

 その言葉どおり、微睡(まどろ)み始めたようで、目がとろんとしてきていた。

 

「ダメよ。ちゃんと布団で寝ないと、回復も中途半端になってしまうわ」

 

 気だるげな少年を支えるように立ち上がらせて、自室へと戻るよう促した。彼の胴に手を回すと、私にもたれかかるように体重を預けてくる。

 がっちりとした男の体の熱を感じ取って、自然と鼓動が高鳴る。

 

「わかってるよ、キャスター。姉さん女房ってこんな感じになるんだろうな」

 

 不承不承という体で、こちらの言う事を受け入れた坊やが廊下へと出た。

 今日は彼の消耗が激しい。

 私も魔力供給が欲しいところではあったが、少年の休息を優先させるべきだろう。

 

「ちょっと、残念だけれど・・・」

 

 思わずそんな呟きが漏れた。

 

「え?」

 

「いいえ、何でもないわ。お休みなさい」

 

 私は慌てて、取り繕う。

 欲望が滲み出てしまった。

 

「ああ、お休み。キャスターも今日は大変だったろう。休んでくれ」

 

 寝室に辿り着くなり布団に潜り込んだ少年だったが、睡魔に完全に支配される直前にも拘わらず、私への気遣いを口にした。

 

「ええ。そうするわ」

 

 少年を安心させるための返事をして、私は微笑む。

 少なくとも、校庭で邂逅したセイバー、ライダー、バーサーカーの三陣営が夜襲を仕掛けてくる可能性は極めて低いだろう。

 私の反応に安堵したように、彼はすぐに寝息を立て始めた。

 

「本当にお疲れ様。坊や」

 

 疲労困憊で死んだように眠っているため、ピクリとも反応しない。戦っている時は、精悍だったその顔は、今は力が抜けて年相応の少年のものに戻っている。

 傍らに正座した私は、深く眠る彼の頬をゆっくりと撫でる。

 それにしてもこの衛宮士郎という少年はつくづく稀有な拾い物だ。

 まさか英霊の武器を投影して、対抗できるまでの素材だったとは。

 

「これなら、本当に・・・」

 

 この少年を上手く利用すれば、本当に勝ち残る事ができるかもしれない。私は彼の寝顔を見ながら、胸の奥でそんな思いを抱いた。

 唇の端が持ち上がり、醜悪な笑みが浮かぶのを自覚する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう。この時も、愚かな私はそんなことを考えていたつもりだったのだ。









1月26日の夜がやたらと長くなっております。
次回も続く予定です。
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