Fate/√  【群像時変】   作:わが立つ杣

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1月28日 未明







第18話 ~3日前①~ 「修羅場」

 Interlude in

 

 

「本当に行くのか?桜よ。キャスターは左程の脅威にはならん。敢えて手出しをするまでもないとは思うが」

 

 玄関でスニーカーを履く少女に、間桐臓硯が疑義を呈した。

 

「わかっています、お爺様。お言いつけどおり、目立つことも無理をするつもりもありません」

 

 ドアノブに手を掛けた桜は、振り返って少し微笑んだ。

 穏やかで空虚な笑み。

 

「私自身、魔術師としての経験は殆どありません。本格的な開戦前に、少しでも戦闘やサーヴァントの扱いに慣れておきたいんです」

 

「・・・む。まあ良い。お主が折角、マスターとしての立場を受け入れ、積極的に行動を起こそうとしているのだ。敢えて止めはせん」

 

 渋々という体で老人は少女の意思を受け入れた。

 

「ふふ、我が儘を聞いていただきありがとうございます、お爺様」

 

「程々にするのじゃぞ」

 

「はい」

 

 ギィィ・・・

 

 背中で返事をした間桐桜は扉を開け、夜の帳の降りた世界へとその足を踏み出した。

 

 

 

「以前に少し調べましたが、私達サーヴァントはこの山門からしか入れません。無理やり他のルートから境内に立ち入ろうとすれば、かなり消耗することになります」

 

 石段を上がりきったライダーは、抱えていた桜を降ろしながらそう伝えた。

 目の前には柳洞寺の入り口とも言うべき、趣深い造りの山門がある。

 

「不思議なものね。人間はそんな制約は受けないというのに」

 

 桜が自身の髪を軽く片手でかき上げながら、不思議そうに応じた。

 彼女は白いワンピースに桜色のダウンコートを羽織っただけという服装であり、これから戦うことになるかもしれない者の装束としてはやや似つかわしくない。

 

「霊地として優れたこの寺の防衛機構のようなものかもしれませんね。正確なところはわかりませんが」

 

「まあ、この正門から入ればいいんだから、今は問題ないわよね」

 

「そうですね。幸い待ち伏せをされている気配も、罠が仕掛けられている様子もありませんから」

 

「キャスターって言うんだっけ?敵のサーヴァントは、まだ中にいそうかしら?」

 

「情報を得てから、ここに着くまでに20分程度しか経過していません。まだ境内にいる可能性のほうが高いでしょう」

 

 間桐臓硯は、様々な冬木市内の要衝に使い魔である蟲達を放っている。

 勿論、完璧なものではないが、先刻、キャスターがこの柳洞寺に入ったことがその監視網に引っ掛かり、桜にも伝えられたのだ。臓硯にとっては、他意のない情報共有に過ぎなかったようだが、桜はこの話に敏感に反応した。

 キャスターの動向を直接確かめたいと、すぐに間桐の屋敷を出たのだ。

 

「ふふ。ライダーに抱えられてきたけれど、やっぱりあなた凄いのね。ここまで、あっという間に着いちゃったもの」

 

「ありがとうございます。私としても、慎二と違って桜がマスターとなっているほうが、遥かに能力を発揮しやすいですし」

 

 ライダーは複雑な思いを抱えながらも、そう応じた。

 桜に褒められるのは嬉しいし、マスターが慎二ではなく、桜になったことも喜ばしい。しかし、今回の桜の行動の出処について、推測がついているだけに今後の展開が不安だった。

 

「行きましょう、ライダー」

 

 そんなライダーの心境とは関係なく、朗らかに宣言して桜は山門を潜った。

 

「神聖な儀式を守るためにも、悪い魔女は退治しなくちゃいけないわよね」

 

 その顔には無邪気とすら形容できる笑みが浮かんでいる。

 

 

 Interlude out

 

 

 C turn

 

 

「それにしても、いい土地ね」

 

 裏の池を一通り確認して、本堂へと戻った私は呟いた。

 ここにいるだけでそれなりの魔力が供給されてくるのがわかる。

 最初のマスターを殺した直後、この寺を目指したのは間違いではなかったようだ。ここに陣を構えれば、衛宮邸以上に効率的に魔力を蓄えることができただろう。

 なぜ、それをしなかったかと言えば。

 

「あれだけの素材に出会ったのだもの。仕方ないわよね」

 

 どこか言い訳じみた理屈が、口から零れた。

 

「さて、少しばかりいただくとしましょうか」

 

 この寺には数十人単位の門弟が生活している。

 今日の主目的は、この聖杯戦争で要衝となるであろうこの寺を調査することだったが、魔力の補給ができるにこしたことはない。

 新都での魂喰いはあの神父に見咎められる可能性が高いため、今回はこの寺をターゲットにすることにした。だが、なるべく悟られないようにするため、一人一人から得る量は抑制するつもりだ。

 起きた時、門弟達は疲労感を感じる程度になるだろう。

 

「得られる魔力は雀の涙程度というところだけれど」

 

 本堂正面の階段を上がって立て膝の状態になると、床に手をつこうとした。

 その時だった。

 

「!?」

 

 明確な敵意を感じて、背後を振り返った。

 

「あなたが先輩を騙した悪い魔女ですね?」

 

 冷たい声と冷たい眼差しが私を射る。

 そこには、この場にはそぐわない雰囲気の少女が立っていた。

 その隣には、すっかり見慣れた眼帯を付けた長身の女。

 

「・・・ライダー・・・また、あなたなのね。学校での一件で、当分は大人しくなるかと思っていたのだけれど」

 

「それは、あなたも同じでしょう。極めて怪しい行動をしていると思いますが?」

 

 相変わらずの淡々とした物言いが返ってくる。

 

「開戦に向けて、ちょっとした準備を整えているだけよ。事を構える気はないわ」

 

 この女と話しても得る物は少ないだろう。

 私は、ライダーの隣に立つ見知らぬ少女のほうに目を移した。

 

「それに、そのお嬢さんはいったいどこの誰なのかしら?」

 

 ライダーのマスターは間桐慎二ではなかったのか。

 私の問いに対して、眼帯女は何も答えず、反応を窺うように隣の少女に顔を向けた。

 

「そうね。挨拶くらいはしなくちゃいけないわよね」

 

 私に対する冷ややかな態度は変わらないまま、少女は呟いた。

 

「初めまして。私は間桐桜と言います」

 

「・・・・・・間桐・・・・・・桜?」

 

 少女の名前を聞いて、様々な思考が渦巻いた。

 姓のほうは、合点がいくものだ。聖杯戦争御三家の一つである間桐家の血縁者。元々、間桐慎二は魔力が無く、所持していた書物でライダーを従えている様子だったし、令呪も認められなかった。つまり、仮初(かりそめ)のマスターに過ぎなかったということだろう。

 

「ここにいるライダーの本当のマスターです」

 

 私の考えを肯定するように、少女は続けた。

 だが、私が本当に気になったのは姓ではなく、名のほうだった。

 

「まさか・・・あなたが坊やの・・・」

 

 そう。

 少年が『洋食が得意だった』と話していた少女の名と合致していた。

 

「・・・・・・坊や?・・・・・・それって、もしかして先輩の事ですか?」

 

「先輩?」

 

 そうだ。

 その少女は学校の後輩だとも言っていた。

 

「・・・衛宮士郎という名前の・・・私の大事な先輩です」

 

 気付けば、間桐桜は俯き、小刻みに体を震わせつつあった。

 

「・・・・・・あなたが私から取り上げたんです・・・・・・・・・私のたった一つのささやかな幸せの時間を」

 

 ほんとひどいですよね、と少女は続けた。

 怨嗟以外の何物でもないその言葉に、私は本能的に身構える。

 

「やっちゃって、ライダー」

 

 ポロリと呪いの言葉が地面に落ちた。

 落ちた言葉は地面を伝って、私にべったりと纏わりついたような気がした。その瘴気が浸み込み、纏っているローブがやけに重たくなる。

 

「この女を・・・なかったことにして」

 

「・・・・・・」

 

 微かではあるが、ライダーの反応には逡巡の色が見て取れたが、

 

「承知しました」

 

 マスターの指示を受け入れ、手にした杭剣を構えた。

 私は慌てて、敵の攻撃に備えるしかなかった。

 

 

 E turn

 

 

 オレはふと目を覚ました。

 先日の戦いの疲労、というよりも魔力の使い過ぎが響いているのだろう。まだ、体調が万全でない自覚はあったため、いつもより早めに寝たわけだが、枕元の時計を見ると、時刻は夜中の0時過ぎだった。

 

「キャスター、いないのか?」

 

 虫の報せとしか言いようがないが、嫌な予感がしたオレは、すぐに屋敷内を一通り回って、キャスターが不在であることを確認した。

 現段階で彼女が無理をするつもりがないことはわかっている。間違っても、遠坂や慎二の家に殴り込みをかけるようなことはしないだろう。

 とすれば、情報収集か、あるいは魔力の補充か。

 さほど、危険があるとは思えなかったが、校舎を消し飛ばしたサーヴァントがうろついている可能性もあるのだ。

 

「一番、可能性がありそうなのは・・・・・・柳洞寺か」

 

 以前に、柳洞寺がこの冬木では最も優れた魔力の貯蔵地であり、おそらくこの聖杯戦争での重要拠点だと話していたのを思い出す。

 手当たり次第に付近を捜しても、彼女を見つけられる可能性は殆どない。

 無理矢理感はあったが、当たりを付けたオレはハーフコートを羽織る。ポケットの中には、キャスターの強化魔術が付与された薬も入っている。最悪、彼女と合流できないまま、サーヴァントに襲われた場合には使う事になるだろう。

 そんな事を考えながら、廊下を突っ切って玄関を出ようと引き戸に手をかけた。

 その時だった。

 

「つっ!?」

 

 突然オレの左手、正確にはその甲に鋭い痛みが走った。

 

「何だ、これ?」

 

 痛みの発生源を確認すると、赤い奇妙な紋様が浮かみ上がっていた。ミミズ腫れにしては皮膚が浮き上がっているわけでもなく、強いて言えばタトゥーのように見える。

 

「ひょっとして、これが令呪ってやつか?」

 

 キャスターに聖杯戦争について、教えてもらった時に出てきたキーワードだ。確か遠坂の手にも形は違うが、似たような雰囲気の紋様があった気がする。

 正式なマスターの証でもあり、これを使えば、回数限定でサーヴァントに対して強力な命令ができるという事だった筈だ。

 

「これが出てきたってことは、オレも正式なマスターとして認められたってことかな」

 

 これはプラス要素と言える。

 確か令呪を使うことで、サーヴァントを強化したり、瞬時に遠くに移動させたりということも可能という話だった。

 これからキャスターと戦い抜いていくための切り札にもなるだろう。まあ、他のマスター達は当然に持っているわけだから、やっと追いついただけではあるが。

 

「行くぞ」

 

 少しだけ強くなったような気持ちになって、今度こそ玄関を出た。

 

 

 

 柳洞寺へと伸びる石造りの長い階段の手前あたり。

 

「あなたは言峰神父とどういう関係ですか?」

 

 目の前の人物から突然投げ掛けられたのは、聞きようによっては少し怪しい気配のする質問だった。

 ここまで辿り着いたところで、スーツ姿の若い女性が暗がりから姿を現したのだ。

 もしかしたら、後を付けられていたのかもしれない。

 

「どういう関係って言われても・・・」

 

 こうして言葉に詰まると、本当に怪しい関係ということになってしまいそうだが、断じて違う。

 

「今朝・・・いいえ、正確には昨日の朝ですか。学校で言峰神父、そして遠坂凛と親し気に話していましたね」

 

 その言葉ではっきりと思い出した。

 

「ああ、学校で目が合ったあの時の・・・」

 

 消えた校舎前の人だかりの中から、鋭い目つきでオレ達のほうを睨んでいた女性だった。

 

「あんたも聖杯戦争の関係者ってことか?」

 

「はい。私はバゼット。バゼット・フラガ・マクレミッツ。魔術協会から派遣されたマスターです」

 

 学校で見かけた時点で予想はしていたが、正解だったわけだ。

 あの時、遠目でも只者ではないという雰囲気を感じたが、こうして対峙すると、その空気がより直接伝わってくる。殺気や気魄とかではなく、立ち居振る舞いに無駄や隙がまるでないのだ。

 

「あなたもマスターという事ですね?こちらも名乗ったのです。名前を教えていただきたい」

 

 バゼットと名乗った眼前の女性は、ちらりとオレの左手を見ながら確認してきた。そこには先ほど出現した令呪がある。

 はぐらかすのは難しそうだ。

 

「そんなようなものだと思う。オレの名は衛宮士郎だ」

 

 正式なマスターというわけではないので、少し曖昧な表現に留めた。

 

「遠坂凛とはどういう関係ですか?」

 

「単なる同級生だ。あんまり親しいってわけじゃないけど」

 

「そうですか」

 

 オレはその言葉に不穏な響きを感じた。

 

「彼女は言峰神父の弟子であり、被保護者でもある」

 

 バゼットの眼光が鋭くなった。

 

 ドサッ

 

 彼女は肩に掛けていた小型のゴルフバッグのような物を地面に降ろした。

 これは・・・

 

「その彼女や言峰神父と談笑していたマスター。それがあなたという事です」

 

 来る。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

 オレがその詠唱を小さく口にするのと、ほぼ同時に。

 

 スゥ──―

 

 10m程あった筈の、彼女とオレの間合いは一瞬で詰められていた。

 人間離れした動きだった。

 

 ゴッ!

 

 グローブを嵌めた右拳がいきなり眼前に迫る。

 無駄な動きを一切排除して、ただただ真っ直ぐに放たれた一撃。

 

「くっ!?」

 

 ガンッ!

 

 事前に攻撃に備え、タイミングだけは予測できた事が幸いした。

 オレは咄嗟に投影した双剣を交差させて剣の腹でその拳を受け止めた。

 

 ザザッ

 

 受けた衝撃で、大きく後退する。

 

「・・・・・・投影?」

 

 いきなり仕掛けてきた彼女は、拳を振りぬいた姿勢のまま、驚きの表情を浮かべていた。

 

「珍しいですね。しかも、かなりの強度がある」

 

 初めて見せた時に、キャスターもだいぶ驚いていたから、オレの魔術はかなり希少なのだろう。

 

「待ってくれ。どういう理由で仕掛けてきたのかはわからないが、オレはあんたと戦う気はない。今は急いでいるんだ。ここを通してくれ」

 

 オレの目的地は階段を昇った先にある柳洞寺だ。

 そこにキャスターがいるのかは定かではないが、それでもこんなところでわけもわからず足止めされるのは、勘弁して欲しい所だった。

 

「こんな深夜に何をしようと言うのですか?この先の柳洞寺は、この優秀な霊地を数多く抱える冬木でも抜きんでた場所。聖杯戦争の要衝だ」

 

「それは・・・」

 

 自分のサーヴァントを探しているとは言い辛い状況だ。

 オレとキャスターとの繋がりが希薄であることを晒してしまうことになる。

 ここまでの状況で、こちらのサーヴァントが姿を見せていないため、彼女には既にサーヴァントが傍にいないことは勘付かれているだろう。しかし、いざとなれば呼べるという風に思わせておくためにも、迂闊な発言はしないほうがいい。

 

「それも言峰神父の指示でしょうか?」

 

 どうも、これまでの問答から推測するに、この女(バゼット)はあの監督役の神父に拘っているようだった。

 

「いや、オレはあの神父と会ったのは、昨日が初めてだったんだぞ」

 

「初対面で、早々に指示を受けたわけですね」

 

 そう言うと、彼女は再び両拳を上げて、改めて戦闘体勢に入った。

 

「そんなわけないだろう!?」

 

「では、遠坂凛を介して指示の概要を聞き、改めて本人から説明を受けたというわけですね」

 

「なんでそうなるんだよ!?」

 

「敵の勢力は少しでも削いでおくべきですね」

 

 ザッ!

 

 一度、彼女との間にできていた距離が先程と同様に一気に詰められる。

 

「くそっ!問答無用かよっ!?」

 

 どうにもこのバゼットという人物は、思い込みが激しいタイプのようだった。昨日の朝に、オレが神父や遠坂と一緒にいた場面を見て、それだけでオレを敵と認識しているようだ。

 殆ど会話が成立しない。

 いきなり仕掛けてこなかったのが不思議なくらいだった。

 

 ジャッ!ガン!

 

 ボクシングで言えば、ワンツーというやつだろうか。

 初撃の左拳を何とか躱し、次の右拳を剣で受ける。

 先程と違い、刃で受けたのだが、グローブを嵌めた拳を傷つけることはできなかった。

 

「何で、その拳は無事なんだ!?」

 

「このグローブには、硬化のルーンが刻まれていますから」

 

 基本的には生真面目なのだろう。眼前の彼女はこちらの問い掛けに律儀に返してくる。

 が、その次の瞬間、

 

 ガッ

 

「えっ!?」

 

 オレの黒剣の刃を左手で掴んできた!?

 

「はああぁっ!」

 

 そのまま力任せに振り回され、オレの体は大きく円を描いた。と、認識すると同時に、思いっきり放り投げられて宙を舞った。

 

 ダンッ!

 

「ぐっ!?」

 

 なんとか受け身は取ったものの、アスファルトに叩きつけられて、背中から肩にかけて激痛が走る。

 気が付けば、オレの手には双剣がなくなっていた。

 

同調(トレース)開始(オン)

 

 その痛みを無理やり押し込めて、オレは咄嗟に自分の体に強化の魔術を付与する。

 この相手はとんでもない強さだ。

 オレの強化ではキャスターのそれとは比べるべくもないが、体を強化しないととても対抗できない。

 

「つあぁっ!」

 

 膝立ちになったオレに、今度は回し蹴りが襲う。

 

「シッ!」

 

 ガッ!

 

「ぐぅっ!」

 

 反射的に右腕でブロックしたが、オレは吹っ飛ばされる。蹴りのスピードも威力も人間離れしていた。強化していなければ、腕も胴も骨ごと粉砕されていたのではないか。

 

「つぁぁっ!」

 

 ガッ!ゴッ!ドッ!

 

 即座に追ってくると、続け様に拳を繰り出してくる。

 オレはなんとか躱したり、受けたりして抵抗するが圧倒的に押し込まれていった。辛うじて致命的なダメージは負わずに凌ぐが、完全に押し込まれている。

 反撃の隙がない。

 

「強化の魔術の練度は左程でもないですね」

 

 淡々と揶揄してくるバゼット。

 

「くそっ!」

 

 思えば、柄にもなく慢心していたのかもしれない。

 投影と強化の両方をすぐに使うべきだったのだ。

 つい先日、セイバーやライダーといったサーヴァント達となんとか渡り合えたことが、変な自信に繋がってしまっていたのかもしれない。彼女と相対した時に、心の何処かで人間相手なら大丈夫だと思い込んでしまったのがこの危機を招いていた。

 

 ドゴッ!

 

 突然、目の前が真っ黒になった。

 遂にオレの顔面に彼女の拳が入ったのだ。

 オレは吹っ飛ばされて、石造りの階段に打ち付けられた。

 

「がぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 遅れてやってきた左頬の焼けるような痛みに悶絶する。

 

 グッ

 

 つかつかと歩み寄って来たバゼットが、左腕で倒れたオレの首を無造作に掴んできた。

 反射的にオレは、その左腕を両手で掴み返す。

 だが、

 

「なっ!?」

 

 彼女はその腕に力を籠めてオレの首を持ったまま、あっさりと体を持ち上げたのだ。

 

「ぁぁっ・・・・・・」

 

 ヤバすぎる!

 とんでもない握力で潰されかけているオレの喉からはヒューヒューという空気と声にならない苦悶が漏れる。

 

「この状況でもサーヴァントが現れないということは、やはり一人だけで行動していたようですね。まだ、召喚していないのか、あるいは別の事情によるものなのかはわかりませんが」

 

「ぁ・・・・・・」

 

 彼女は独白に近い感想を漏らすが、こちらは声も出せない。

 首を襲い続ける激痛を少しでも軽減しようと、なんとか両腕で首に食い込んでいる彼女の指を引き剥がそうとするが、ビクともしない。

 協会に所属している本物の魔術師っていうのは、こんな化け物みたいな人間ばかりなのか。

 

「このまま殺してしまってもいいのですが・・・・・・一応、確認します」

 

 彼女は淡々と続けた。

 

「その左腕を令呪ごと捨てなさい」

 

「!?」

 

「そうすれば、聖杯戦争に参加する意思がないものとみなしましょう」

 

 それはできない。

 声を出せないオレは、即座に頭の中でその要求を拒否した。

 キャスターを裏切ることになるからだ。

 

「どうやら、その気はないようですね」

 

 オレの目からはっきりと否定の意思を読み取ったのだろう。

 微かに彼女の目が細まり、空いていた右腕もオレの首へと伸ばされた。

 このままでは確実に殺される。

 











バゼットさん本格的に暴れ始めました。
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