E turn
「それじゃあ、この英文を誰に訳してもらおうかな~」
黒板に書かれた1行のアルファベットの羅列をチョークで指し示しながら、嬉しそうに藤ねえが教室をぐるりと見回す。
全然わからない・・・
オレは極力目を合わせないように、しかし、それがあからさまではないように視線を彷徨わせた。すると、壁に掛けられた時計が視界に入り、授業の終了が間近である事に気が付いた。
よし、時間切れだ。
キーン・・・コーン・・・カーン・・・コーン・・・
絶対の権力を持つチャイムの音が鳴り響くと同時に、獲物を探していた穂群原の虎の動きがピタリと停止した。
「はい、それじゃあ今日はこれまで!みんな、宿題はちゃんとやってくるように!」
そう言い残して、ギリギリ走っていないと見なされる範囲の素早くかつ無駄のない動きで、藤ねえは教室からあっという間に歩き去っていった。
「は~、終わった終わった~」
誰ともなくそんな言葉を発したのを合図に、教室内には無秩序な騒めきが拡散していった。
担任の英語教師の珍妙な行動には、すっかり慣れっこの2年C組の面々。
各々の放課後の活動のために淡々と準備を開始している。
当然、オレもその一人ということになる。
今日も穂群原学園の一生徒として特別な事もなく、いつもどおりの平穏かつ退屈でもある時間が過ぎていった。
部活動はしていないものの、放課後の活動がメインのオレにとっては、授業時間は体力回復のための時間として定義されている。そんな考えを藤ねえが聞いたら、物理的な教育的指導の対象になりかねないので、決して口外したりはしないが。
「さてと・・・」
揃えた教科書を鞄に放り込んで席を立つ。
オレはこの後、図書室へと向かうつもりだった。普段訪れることの少ない場所ではあるが、そこでちょっと確かめてみたいことがあるのだ。
ガラララ
「ん?衛宮が図書室に来るなんて珍しいじゃないか?」
扉を開けて中に入ると、顔見知りの生徒がいて声を掛けられた。
少し癖の強い青みがかった髪の男子生徒。中学時代から付き合いのある間桐慎二だった。
「たまにはいいだろ?」
オレはちょっとバツの悪さを感じながら応じた。
実は、図書室にも料理関係の本があるんじゃないかと期待して来たのだ。料理のバリエーションを増やすのに、役に立つかもしれないと思ったわけである。
やましいところは何もないのだが、そこはそれ。多少の気恥ずかしさもあり、知り合いには極力会いたくなかったのだ。
「慎二の方こそ珍しいんじゃないか?何を読んでるんだ?」
はぐらかしたい気持ちもあり、質問を返す形になる。
「ああ。少しばかり興味が湧いてね」
そう言いながら、片肘をつきながら気怠そうに机の上で読んでいた本の表紙をこちらに見せてきた。
「【誰でもわかるギリシャ神話】か。確かに面白そうだな」
オレには殆ど縁がないが、ゲームや漫画を読んでいれば、たまに一部の登場人物や物語が援用されたりするだろう。そのため、話や名前の一部だけは知っているケースがある。だが、オリジナルの中身まで詳しく知っていることは殆どない筈だ。
「特定の人物や話を詳しく知るのには、原典を解説した本が一番だもんな」
「まあね」
「何について調べてるんだ?」
特に嫌がる素振りもなかったので慎二の手元を覗き込んでみると、ペルセウスがメドゥーサを退治する話を読んでいたようだ。
「ああ。これならオレも知っているな」
石化の魔眼を持つメドゥーサに対峙したペルセウスが、直接目を合わせないために盾に映して斃したという話だ。
「有名だからね。でも、知っているか?メドゥーサは元は美しい容姿と髪の持ち主で、怪物になったのは神の怒りを買った結果だって話だ」
「へえ、何をしでかしたんだ?」
「なんでも、女神アテナと美しさを競い合ったとか、アテナの神殿で男とやっちまったとか。それで怒りを買ったのが原因なんだと。どっちにしろ、くだらない話だよな」
「そんな理由で化け物にされちゃったのか。過激だな、ギリシャの神様って。アテナってギリシャ神話じゃかなり偉い女神なんだっけな」
現代人の量刑だの刑罰だのの常識から考えれば、やり過ぎ感は否めない。
「まあ、いずれにせよメドゥーサが怪物であることに違いはないんだけどな。結局、追放された島で何人もの人間を殺しているんだし」
断定するように結論付けると、慎二はその本をオレに手渡してきた。
「この本はもういいや。衛宮、興味がありそうだから好きに読めばいい」
やや一方的にそう告げて、慎二は図書室の出口へと向かった。
当初の目的とは違うが、もう少し読んでみたいという好奇心もあったので、オレは目次のページを開いた。
「読み終わったら、返しておいてくれよな」
「ああ」
去り際に慎二が『なんで僕が・・・』と小さく毒づいていたのが僅かに引っ掛かったが、その背中を見送りながら、オレは興味を惹かれそうなエピソードを探した。
「名前を聞いたこともない登場人物も結構多いんだな」
ゼウスやアテナと言った有名どころの神様の名前や、ヘラクレスやアキレウスなどの英雄はわかるが、聞いたこともないキャラクターの方が圧倒的に多かった。
ガラララ
「衛宮か?図書室で見かけるのは珍しいな」
社会科の教師である葛木宗一郎が、本を片手に室内へと入ってきた。
「ああ。葛木先生。慎二に勧められた本を読んでいまして」
普段、ここを使わないオレからすれば、図書室というところは意外と多くの知り合いが出入りすることを知る機会になった。
「そうか。集中しているのに声をかけてすまなかったな」
葛木は借りていた本を返却しに来たようだった。
いつものとおり、淡々としていながらも律儀に手続きを進めている。そんな葛木を横目に見ながらパラパラと目次に示されていたページを捲っていく。
なんとなく開いたページにはタイトルとして【アルゴー船の冒険】と記されていた。
「おっと・・・」
帰り道、危ういところで完全に酔っぱらって足取りの覚束ないスーツ姿の男を避ける。
「すまないな。少年」
その酔っ払いの同僚と思しき同じくスーツ姿の男がこちらに謝ってきた。サラリーマン、いや最近はビジネスマンと呼ぶのだろうか?・・・いずれにせよ、仕事帰りの社会人と思われた。
「あ・・・いいえ。そちらの方、大丈夫ですか?」
「酒を飲むといつもこんな感じなんだ。自業自得さ。キミは学生か?早く帰ったほうがいいぞ」
「ええ。バイトが終わって、今から帰るところです」
「そうか、もうかなり遅い時間だ。気をつけてな」
そう言って男は手を振ると、もう一人の酔っ払い男に肩を貸して、背中を向けた。
「ありがとうございます」
少しよろけながら去っていく二人のビジネスマンの後ろ姿に、オレも軽く手を振って再び歩き始めた。
時刻は夜の11時を過ぎたくらいだ。
酒屋【コペンハーゲン】でのアルバイトを終えたオレは、最寄りのバス停へと向かう。
「花金ってやつだもんな。社会人にとっては一番楽しい時間なんだろうな」
いつか自分もそんな時が来るのだろうかと想像しようとしたが、どうにも現実味がなかった。
程なくしてやってきた深山町方面に向かうバスに乗り、商店街のバス停で降りる。
「おっと・・・雨か・・・」
バスに乗っていた時には、窓に水滴など見当たらなかった。
ちょうど、降り始めたところだろう。
片方の掌を広げて感触を確かめると、ポツポツと細かい雫が肌を
小さく叩いた。
「まあ、大したことはないな」
傘はないがここから我が家まではさほどの距離ではない。走らなくても、ずぶ濡れになるようなことはないだろう。
肉体労働で疲れた体を惰性で動かして、のんびりと歩く。オレは商店街を抜けて交差点へと辿り着き、家の方向へと曲がろうとした。
──―──―──―
「ん?」
そんなオレの耳に雨音とは違う微かな異音が届いた気がした。
何かが倒れるような、あるいはぶつかるような音だ。
──────ぁっ!──────
さらに僅かに聞こえてきた声。
おそらく悲鳴、しかも女性のものだった。
「こっちか・・・・・・?」
ダッ
オレは、声の聞こえてきた方向へと走り始めた。
こっちは慎二の家へと向かう道だ。
「あれ・・・・・・か?」
充分とは言えない街灯の光を頼りに、道路の先を確認する。
どうやら二人の人物が争っているようだった。
一人は地面に届きそうな程に長い髪を持つ長身の女。冬だというのに露出の激しいタイトな服を着ており、扇情的だ。しかしそれらの特徴を搔き消すほどに際立っているのが、異様な眼帯で両目を完全に覆っている事だった。あれでは全く視界がない筈なのに、女は何の不自由もなく機敏に動いている。
もう一人は紫色を基調とした全身をすっぽりと覆うローブを纏い、さらには顔を黒いフードを被っている。そのためはっきりとはわからないが、全体のフォルムからこちらも女性のように見える。
「なんなんだ・・・あいつらは・・・?」
二人の風体に異様なものを感じたオレは、思わず細い脇道に身を隠した。
C turn
その男には魔術で幻を見せた。
生きながらにして、徐々に自分が焼かれていくというもの。
おそらく全身がただれていく感覚の中、幻覚の中で迎えた最期の瞬間、自分をこの劫火の中に放り込んだのが、私だと思い出したのだろう。
「・・・裏切りの・・・魔女め・・・」
あらん限りの怨嗟に満ちた、くだらない男の声。
どうでもいい男だった。だが、その言葉までどうでもいいと断じることができるほど、私は悟りきってもいなかった。
「消えなさい」
男の精神は既に死んでいた。
しかし、まだそこには残り滓としての肉体があった。
それすらも許せなかった。
魔術で編んだ小さな炎を、男の両手足の指に灯す。
じりじりと肉が炙られ、焼け爛れ、少しずつ中心部へと向かっていく。焦げた肉の匂いが充満していく。
「不快だわ」
ぞわぞわと吐き気が込み上げてくる。
最後まで見届けてやろうと思っていたが、あまりにも無意味だと思い直した。
こんな男にこれ以上時間を費やしてやる必要がどこにあるというのか。
私は踵を返して、部屋の出口へと向かった。
焼失した男が拠点にしていた新都のビルを出る。
既に夜も深くなっており、冬の冷気をひんやりと感じた。
しかし、その空気は僅かにじっとりと湿っているようにも思えた。
「雨が降りそうね」
フードを被った顔を少しだけ空へ向けた。
マスターだったくだらない男との契約を絶ち、そして殺した。
魔力供給が途絶え、この世界との繋がりが薄れ、この身を保つのが難しくなりつつあるのを感じた。
それはそれで仕方がないと思っていた。
あの男にいいように使われるくらいなら、消えたほうがマシというものだ。
そう割り切っていた筈だった。
「どうしていつも
醒めた心で昔の出来事を少しだけ思い出しかけるが、辛うじてそれを抑え込む。敢えて不快な過去を振り返る必要はない。
この街を二分する川に掛かる大橋へと、自然と足が向いていた。
今いる【新都】と呼ばれる区域とは対をなす【深山町】と呼ばれる区域へと歩いていく。
総じてこの街は非常に優秀な、稀有と言っていい程の霊地だ。聖杯戦争の舞台に設定されるのだから、当たり前と言えばそれまでだが。その中でも抜きん出て魔力に満ちた場所が、円蔵山にある柳洞寺と呼ばれる古い寺院付近であることもわかっていた。
そこであれば、なんとか現界を保つことができるかもしれない。
そんな一縷の望みを抱いていた。
「いざとなれば、生き汚いものね」
そんな自嘲気味の声が漏れた頃にはポツポツと雨が降り始めていた。
橋を渡り、ひっそりと静まりかえる商店街を抜ける。
随分と歩き続けていた。
体は重く、力が入らなくなってくる。
降りしきる雨が全身に浸み込んで、濡れたローブが余計に体を重く感じさせる。
「なにふらふら歩いてるんだ?あんた」
「!?」
後ろに人の気配を感じたと同時に、声を掛けられた。
慌てて振り向く。
もはや人除けの魔術も使える状態ではなかったので、止むを得ないことではあったが、これだけ接近されるまで気付かないとは。
歩幅にして10歩程度先。そこにいたのは、傘を差した制服姿の男子だった。中肉中背。かなり強いウエーブのかかった青い髪。両腕を組み、人を見下したような目をして、口の端に笑みを浮かべていた。
一目で、ろくでもない男だというのがわかった。
「・・・また、こういう男なの・・・」
相手には聞こえない程度の小声で嘆息する。
だが、物は考えようだ。
魔力はほぼ枯渇しており、とても目的地の柳洞寺にまで辿り着けそうにない。しかし、それまでの繋ぎとしてこの男から魔力を吸い上げればあるいは。
「随分と足元が覚束ないな。傘もないみたいだし。なんなら、僕が家まで送って行ってやってもいいぜ」
どんな下心があるのか。もしかしたらそんなものは無いのかもしれないが、とにかくその口調には不快な成分しか感じられなかった。
会話をすることすら、嫌悪感を覚える。
私は目的を果たすべく、男に近付こうと一歩前へ踏み出した。
しかし、次の瞬間、私の行動は妨げられた。
「慎二。その女はサーヴァントです」
その言葉と共に、眼帯で目を隠し、黒を基調とした露出の多い服を着た女が姿を現した。薄紫色の長い髪が地面まで届きそうだ。
女は私から庇うように、慎二と呼ばれた男の前に立った。そのため、男と同じ程度の背丈があるのがわかる。
「何だって?」
男の目が恐怖の色を帯びる。
先程迄の余裕の態度が一瞬で失われ、私を見る目から怯えの感情を隠せない。
それにしても、なんということだろうか。
この二人はつまりマスターとそのサーヴァントなのだ。
まさか、こんなタイミングで聖杯戦争の参加者に出会ってしまうとは。
「如何しますか?」
「か・・・勝てるのか?」
女の影に隠れるようにして、男は問い掛けた。
「どうやら彼女は既にマスターを失っているようです。現界していることすら難しい程に消耗しています」
「つまり勝てるってことだな」
私の現状を知ったことで、男の表情と口調に余裕が戻った。それは、あの不快な成分が復活したということでもある。
その手には古びた本がある。
「今なら問題ないでしょう。ですが、聖杯戦争は始まっていません。あまり目立つ行動は避けるべきかと」
「はは。そんなの構うものか。運のいいことに、弱っちい相手が目の前にいるんだ。今のうちに数を減らしちゃった方が、後々楽になるってもんだろ」
軽薄極まりない男の思考回路が行き着く結論など、とうに見当がついている。だから、二人の会話が眼前で繰り広げられる中、私はずっと女の隙を見出そうとしていた。
この女は決して秀でたサーヴァントではない。万全の状態なら、充分に対処できる相手だ。
しかし、今の私は万全では全くない。
単音節の詠唱で済むような魔術では、サーヴァントにダメージを与えることは難しいだろう。
であれば、取るべき手段は一つしかなかった。
「覆いなさい!」
ヴゥゥン──
女が行動を始めたらお終いだ。
私は二人の周囲の空間に、完全な闇と静寂を生み出した。
これで視界と音を一時的に奪い、逃走するつもりだった。
だが、
ゴッ!
「あぅっ!」
私は殆ど何が起きたかも把握できないままに、腹に強烈な痛みを覚えた。
視界には女の足が見えたような気がする。
ザァァァァァァ・・・
そして、雨に濡れた地面を滑るようにして大きく弾き飛ばされていた。ゴロゴロと無様に地面に転がり、身体のそこかしこに擦り傷を負った。
地に伏した私の手には、冷やされたアスファルトの固い感触がグローブ越しに伝わってくる。おそらく一瞬で間合いを詰めてきた女が蹴りを放ってきたのだろう。
このままの体勢では、追撃を受ける。
瞬時に判断した私は、痛みを堪えながら、咄嗟に地面を横に転がった。
ガッ!
先端が鋭く尖った杭のような剣が2本。一瞬前まで私が伏していた場所のアスファルトを抉っていた。
「意外と勘がいいですね」
女が地面から突き立てていた剣を抜いて、立ち上がって呟いた。
やや低く、感情の籠らない落ち着いた声。
淡々と仕事をこなす機械のようだ。
「つぅっ・・・」
私は脇腹に鋭い痛みを覚えた。
チラリと確認すると、かなりの流血がある。
どうやら、先程の剣による攻撃を完全には躱し切れていなかったらしい。
「やれ!ライダー!」
男が指示を出す。
どうやらこの女は、ライダーのクラスのサーヴァントのようだ。
バシャッ!
女、即ちライダーが一瞬で間合いを詰めてくる。
【
状況は絶望的と言える。
「防いで!」
咄嗟に右手を突き出して防御壁を張る。
しかし、今の魔力で張れるものではこの相手を止めるには薄弱に過ぎた。
ザクッ!
一直線に伸ばされた剣が右腕に突き刺さり、血飛沫が上がる。
「あぁっ!」
痛みに悲鳴をあげながらも、何とか体を捻ってやり過ごすと、敵は勢いのままに通り過ぎていく。
しかし、すぐにこちらに向き直ると、今度は両手に杭剣を構えていた。
「思った以上にしぶといですね。ですが、次で決めさせてもらいます」
ライダーは相変わらずの冷静な口調で告げてくる。眼帯で目が覆われているため、感情が全く読めない。
「く・・・」
傷口からかなりの血が滴り落ちる。魔力さえ潤沢なら、瞬く間に治せる傷だが、今はそれも難しい。
私は倒れるのを寸でのところで、堪えているだけの状態だ。
もはや、意識自体が遠のきつつある
スゥ──────
敵が私への止めのために、両手に構えた杭剣をクロスさせて、重心を低くした。
「・・・これまで・・・かしら・・・」
私は自身の最期を覚悟した。
仕方がない。
私の運命などこの程度だ。
嫌な男に殺されるくらいなら、この女に機械的に殺される方が僅かにマシなのかもしれない。
そんな諦観が、私の心を過った。
その時だった。
「お巡りさん!こっちです!」
「「「!?」」」
刹那支配した静寂を破って、何者かの声が響いた。
私も含めて、この場の三人全員が動揺した。
辺りを見回したが、声の発生源となった人物は見当たらない。男の声だったのは間違いないが、距離が遠いのか、今は死角になっているのか。
「退避しましょう。いずれにせよ、このサーヴァントの消滅は時間の問題です」
私への警戒は怠らないまま、ライダーがマスターであろう青い髪の男に告げる。
「仕方ないな。さすがに警官も含めて、複数人に見られるわけにはいかないしな」
「ええ」
ライダーは私の方を見据えたまま、後退して男の元へとたどり着いた。
「失礼します」
と言うと、男の体を小脇に抱えた。
男は何事かぶつくさと文句を言っているようだったが、構わずにライダーはそのまま私に背を向けた。
「・・・しかし、先ほどの声はもしや・・・」
彼女は改めて周りを探りながら呟いたが、声の主を見つけるのはすぐに諦めたようだった。
ザッ!
そして、全速力で走り去っていった。
とても追い掛けたり、攻撃できるような速さではなかった。
いや、そんな場合ではない。
今の私は刃傷沙汰の被害者にしか見えないだろうが、警官に保護される形になったとしても、事情聴取などされればその間に魔力が尽きてしまう。
「・・・逃げなくちゃ・・・」
そんな思いに反して、
ドサッ
私は薄れゆく意識の中に落ちていくように、その場に倒れた。
被っていたフードが外れ、頬に冷たいアスファルトの感覚が直に伝わってくる。
雨に濡れた路面は不快だったが、動けないのだからどうしようもない。
そんなことを思いながら、視界と思考がどんどんとぼんやりしていく。
「おいっ!あんた、大丈夫かっ!?」
僅かに残った意識の中に飛び込んできた声と、そして私を抱え上げた腕、そして心配そうな表情。
少し赤みがかった髪の若い男だった。ライダーのマスターだった男と同じくらいの齢だろうか。
しかし、この少年の声や振る舞いは不思議と心地良いものだった。
「・・・う・・・く・・・」
少年に対して反応を示そうとしたが、私の口からは無意味な呻き声しか出てこなかった。
「・・・止血しなきゃ・・・ヤバい・・・」
彼がそう呟きながら、何事かを口ずさむとその手には鈍く輝く刃物のようなものが現れた。
ナイフ?
殺すつもり?
だが、そんな雰囲気は感じられなかった。
幾つかの考えが頭を過ったが、それもここまでだった。
私の意識は徐々に希薄になり。
そして、程なくして完全な闇へと落ちていった。
始めてしまいましたキャスタールート。
どうなることやら・・・
※誠に申し訳ございませんが、諸事情によりサブタイトルと前書き日付を変更させていただいております。万一、それらを材料にして考察されている方などがいらっしゃいましたら、ご容赦いただきたくお願い申し上げます。