C turn
「彼女がライダーの本当のマスターなのよ、坊や」
衛宮士郎の背中に手を添えて事実を伝えたが、彼は反応らしい反応を見せなかった。
石段を降りてくる少女を虚ろな表情のままに見上げている。
事態を受け止め切れないのだろう。
「・・・桜が・・・・・・マスター?」
少年は絞り出すように、呆然とそう口にした。
「ええ。間桐慎二は仮のマスターだったみたい。本当のマスターは彼女なのよ」
状況は予断を許さない。
マスターが変わったライダーは、明らかに力を増していた。
間桐慎二という仮初のマスターから、真のマスターである間桐桜と繋がったライダーの力は強烈だった。
先日とは違って充分に警戒して臨んだにも関わらず、私は瞬く間に彼女に圧倒された。そして、こうして階段下へと落とされることになってしまった。
その先に少年がいたことは、幸運だったと表現するべきか、あるいは不運だったと言うべきか。
「・・・今度は、間桐か・・・」
坊やの傍らに立つワイシャツ姿の峻厳な顔立ちをした男が呟いた。
先ほどライダーに攻撃を仕掛けて、少年の窮地を救ってくれた男だ。
見覚えがある。
先日、霊体化して学校に入った時に見た顔だ。穂群原学園の教師で、葛木宗一郎という名ではなかったろうか。
つまり、衛宮士郎も間桐桜も彼の教え子ということになる。
先ほどは加勢してくれたが、この状況ではどうなるか。
「・・・せん・・・ぱい・・・どうして・・・」
小刻みに体を震わせ、顔を伏せながら、間桐桜は言葉を紡ぐ。
「先輩が私をあの家から追い出したのは・・・その女のせいなんですよね・・・」
顔は下を向いたままだったが、彼女の昏い目が私を射る。
「・・・別に・・・良かったのに・・・・・・先輩が他の女を好きになっても・・・たとえ・・・肉体関係ができたとしても・・・」
彼女の視線が少年の背中に触れていた私の左手に向けられた。
その目の光に籠められた熱を感じて、私は反射的に手を離す。
「私はただ、あの家で先輩と一緒にいる時間さえあればそれで充分だった・・・だって、私は先輩に好きになってもらえるような、真っ当な女じゃないんですもの」
そうよ、と呪いの言葉が続く。
「全然平気だったんです・・・あのお家に、その女を連れ込んだとしても、私・・・全然へっちゃらだったんですよ・・・」
「・・・すまない・・・桜・・・」
少年が漸く絞り出すように口にした言葉は、苦渋に満ちていた。
「なのに・・・何で・・・私を追い出したんですか?先輩の家は・・・あそこは私のたった一つの・・・」
だが、その言葉は少女には届かない。
「オレは・・・決めてしまった・・・いや・・・決めたんだ」
「本当にたった一つの・・・生きていて良かったと思える場所だったのに・・・」
絡み合うことのない二人の言葉。
ヒンヤリとした冷気に満ちた空間。
「彼女を守ると」
少年の声がこの場に小さく。
しかし確かな存在感と、意志を持って漂い、そこに留まる。
トクン
と鼓動が跳ね上がる。
気付けば、先ほど一度離れた手が少年の服の袖口を掴み、私の体は彼に寄り添うようになっていた。
グローブ越しに、さらに彼の纏う服の布地を通して。
確かな少年の熱が、手のひらにじんわりと染みてきて心地いい。
「へえ・・・・・・そうなんだ」
と無機質な声が、残っていた少年の言葉に覆い被さった。
「そんな・・・どこから湧いて出てきたかもわからないオバサンに
ジジジジジジ・・・
気付けば私達の周囲に、次々と幾つもの黒い小さな球体が浮かび上がりつつあった。
「「!?」」
状況を理解した少年と葛木宗一郎が身構える。
「私、負けちゃうんだ」
キンンッッ!
少女のその言葉が闇を伝う。
と同時に、金属音のような甲高い音が響き、十を超える黒い球体から無数の棘が四方八方へと伸びた。
「止まって!」
私は咄嗟に、周囲に魔術防御用の結界を張り巡らせた。
だが、それは一瞬遅かった。
「ぐぁっ!」
「ぬぅっ!」
少年の左太腿に、そして葛木宗一郎の右の肩口に、それぞれ黒く長い棘が突き刺さった。
両者の傷口から鮮血が迸る。
私の張った結界は殆どの球体からの攻撃を止めることに成功したが、ほんの僅かに間に合わなかったものがあったのだ。
「大丈夫っ!?」
「く・・・ああ、これくらいなら」
「問題ない」
即座に二人から返事が来る。
全く問題ないというわけではなさそうだったが、両名とも深刻な傷というわけではないようだ。
問題は、この突発的な攻撃を契機として、ライダーが襲ってくる事だったのだが。
「桜、大丈夫ですか!?」
そのライダーは焦燥に満ちた声を発していた。
上方を見やると、ライダーが崩れ落ちて倒れそうになる間桐桜を抱き止めたところだった。
「桜っ!?」
その様子を見て、少年も悲痛な声を上げる。
「どうしたのだ?間桐は」
一方で、葛木宗一郎は訝し気に口にする。
「たぶん突発的な魔術の発動で、発動量を制御できなかったのでしょうね。要するにエネルギー切れよ」
私は頬にじんわりと流れる嫌な汗をグローブで拭いながら、推測で答えた。
「桜、この場は退きましょう」
ライダーがマスターである間桐桜を両腕で丁寧に抱えた。
ザッ・・・
彼女は大きく跳躍すると、軽々と私達の背後へと降り立つ。
「うぅ・・・」
辛うじてまだ意識を保っていた間桐桜が薄目を開けて、こちらを向く。
彼女の虚ろな瞳は、何も映していないように焦点が定まり切っていなかった。
しかし、その唇はたった一言、言葉を紡いでいた。
『許さない』
と。
間違いなくそれは私に向けられたものだった。
E turn
桜を抱えたライダーは、跳躍した勢いのままに道路を走って、あっという間に遠ざかって行ってしまった。
とても、追えるような速さではなかった。
「追っても無駄ね。戦っても勝てるとは限らないし、今日のところはここまでにしましょう」
キャスターはそう言いながらも、少し安堵したような溜息をついた。
「そうだな」
「とにかく治療をするわ。こちらの方とどんな経緯があったのかは気になるのだけれど、助けられたのは間違いないものね」
キャスターは僅かに葛木に対する警戒を見せたが、オレの足と葛木の肩、それぞれに手を触れて、単音節の詠唱を行った。
「これは・・・」
傷が瞬く間に塞がっていくのを目の当たりにして、流石の葛木も驚きを隠せない。
「いつもながらすまないな、キャスター。ありがとう」
「感謝する」
「いいえ、寧ろご免なさいね。
キャスターはここで言葉を区切って、物問いたげに葛木に視線を送った。
「ああ、そうだよな。そもそもオレはキャスターを探して、ここまで来たんだけど・・・」
オレは、バゼットと名乗る女に襲われたこと、葛木がオレの学校の先生であること、柳洞寺に帰る途中の葛木がオレを助けてくれたことなど、キャスターと合流するまでの経緯を伝えた。
「そう。じゃあ、本当に一般人なのね」
オレの説明を聞き終えたキャスターは、そう言って改めてオレに思わせぶりな視線を送ってきた。
葛木への対処について、どうするかを確認したいのだろう。
今のところ、【聖杯戦争】や【魔術師】、【サーヴァント】というキーワードは葛木には伝わっていない。しかし、バゼットや桜、キャスターが魔術を行使するところは見られているし、ライダーの人間離れした動きなども目の当たりにしている。
葛木本人も規格外の人物ではあるが、それ以上に人外な存在や事象をこれだけ見ていれば、オレ達がまともでないことなどとうに理解している筈だ。
記憶を消すのが穏便な処置だろうか。
だが、先程の戦いぶりを見ると、そんな素振りをすれば手痛い反撃を受けるようにも思える。
そんなことをオレは思案していたが、
「案ずるな。衛宮」
葛木が先に口を開いた。
「間桐も含めてお前達が複雑な背景から、殺し合いをしているということは理解した。超常の力、そして存在も用いながらな」
そう言いながら、葛木はキャスターを一瞥した。
「どちらも世の理、法の埒外にあるものだ。教師としての私が関与すべきものでもないし、ましてや一個人の私には無関係なものだ」
葛木はオレとキャスターの脇を通り過ぎて、ゆっくりと石段を登り始めた。
「今日は偶然、教え子であるお前の危機を目の当たりにしたために助けもしたが、今後はこのようなこともない。間桐が同様の事態に陥ったとしてもだ」
「ああ。それでいい」
「いずれにせよ、私は今回の件について口外する事は決してない」
「そうして貰えると助かる」
「・・・たしか、キャスターと言ったか・・・」
階段を10段程登ったところで、葛木は足を止めてこちらを振り返った。
「衛宮。お前であれば、言うまでもないが・・・」
葛木宗一郎の目が少しだけ細まり、キャスターを眩しそうに見た。
「決めたことは貫き通すがいい」
それだけを告げて、しっかりとした足取りで階段を再び登り始めた。
徐々に遠ざかっていくその背中を見送りながら、オレははっきりと答えた。
「ああ。勿論だ」
カツカツと静かに響く革靴の音が、やがて小さくなり、聞こえなくなっていった。
「葛木なら大丈夫だ。あいつがああ言ったからには、死んでも喋らないさ」
葛木の姿が見えなくなると、オレはキャスターに告げた。
なんの根拠もないが、自信を持って言える。
「ええ。何故だか私もそう思うわ」
キャスターもあっさりと同意してくれた。
僅かな時間ではあったが、葛木の言動を見て彼女なりに納得したのだろう。
「!?・・・坊や、あなたそれ・・・」
ふとオレの左手に視線を送ったキャスターが、驚きの声を発した。
令呪が現れていることに初めて気が付いたのだ。
「ああ、出掛けに突然な。バゼットに襲われる一因にもなったから、タイミングは悪かったとも言えるんだけど」
「そうだったの」
「これって、結局のところ、オレも元々聖杯戦争の参加者になる予定だったっていうことなのかな?」
「おそらくそういう事でしょうね」
「元々、この街にいる魔術師なんて多寡が知れているだろうから、体のいい人数調整対象だったってことかもな。マスターは7名必要なんだもんな」
「どうかしら・・・」
キャスターは少し眉間に皺を寄せながら、頬に手を当てて考え込んだ。
「坊やは元々かなりの有力候補だったんじゃないかしら。サーヴァントを召喚することも想定されるくらいに」
「え、そうなのか?てっきり、キャスターとの出会いが運命みたいに決められていたんじゃないかって思い込んじまったぞ・・・・・・・・・・・・・・・は?」
ボンッ
自分で言っておいて、オレは勝手に自爆した。
何を言っているんだ、オレは。
なんちゅう恥ずかしいセリフを、口にしてしまったのだ。
顔面が茹でダコ状態になっているのは間違いないだろう。
「・・・・・・わ・・・・・・忘れてくれ・・・・・・」
「・・・・・・え・・・・・・ええ・・・・・・」
普段は白い顔を、キャスターも真っ赤にして、俯いていた。
それはそれでなかなか可愛い。
「・・・・・・という事は、オレは他のサーヴァントを召喚できるかもしれないのか・・・・・・」
キャスターの様子を眺めることで気を落ち着かせたオレは、そう続けた。
「そうね。私も確証があるわけではないから、もう少し考えてみるわ」
「召喚か・・・ピンとこないけどな・・・」
そう言えば・・・
「桜がライダーを召喚したってことなんだな・・・」
『本当のマスター』ということは、そういう事の筈だ。
「ええ。ライダーの力は、間桐慎二がマスターをしていた時とは全く違っていたでしょう?」
「ああ。校庭で戦った時とは、全然パワーが違った。あれが本来のライダーということなんだろうな」
「しっかりと魔力供給を受けているという事ね。間桐桜。彼女はかなりの魔力を有する紛れもない魔術師ということよ」
「・・・・・・信じられないけどな」
「一旦、家に戻って落ち着きましょう。あなた、今日もかなりの魔力を使ったでしょう?」
キャスターが心配そうにオレの顔を覗き込んできた。
「ああ、そうだな」
双剣の投影に慣れてきたのか、前回よりも消耗は激しくはなかったが、それでもキツかった。
帰り道でまた、誰かに襲われないことを祈るばかりだ。
「お疲れ様、坊や。今夜も助けられたわ」
キャスターが澄んだ瞳を細めた。
思っていたよりもその顔が間近にあり、呼応するように心臓がバクバクと脈打つ。
「いや、大して役には立たなかったよ」
「そんなことはないわ。下手すれば、あのままライダーに止めを刺されるところだったもの」
「と・・・とにかく、無事で良かった」
そんな問答を続けながら、オレ達は寄り添うようにして家路についた。
Interlude in
間桐邸へと戻ったライダーは、ドアを開けて桜の自室に入る。
そして、両手に抱えていた少女をベッドにゆっくりと横たえた。
「桜・・・」
急激な魔力消費により意識を失った己がマスターの顔は、蒼白で生気があまり感じられない。
だが、自らに供給される魔力は心許ないながらも安定している。
しばらく休めばじきに意識を取り戻す筈だ。
魔力量は充分だが、魔術師としての真っ当な修練を受けていない桜は、魔術の行使における調節が困難なのだろう。そのため、今回のように感情的になってしまうと歯止めが効かないのだ。
「無理もない事なのかもしれませんが・・・」
ひたすら過酷なだけの日々において、唯一の灯とも言える衛宮士郎を、事もあろうにサーヴァントなどという物の怪に掠め取られたのだ。
その本人を目の前にして正気を保っていられないのは止むを得ないだろう。
「ん?」
主の身を案じながらも、ふと窓の外に目をやると街灯の灯に照らされて、間桐臓硯が何処かへと歩いて行くのが見えた。
このような時間にどこに行くつもりなのか。
元々、得体の知れない老人ではある。そして、現界して1か月弱。曲がりなりにもこの間桐家に住まい、内情を観察してきたライダーは、この家の歪さの元凶が全てあの老人にあると気付いていた。
ガチャリ
その後を追う事にしたライダーは扉を開ける。
桜の状態は気になるが、時間が解決してくれるだろう。
だが、彼女が抱える数多の苦悩を取り除かなければ、たとえこの後回復しても、ひいてはこの戦いを勝ち抜いたとしても、未来永劫苦しむだけなのではないか。
「このままでは桜に未来はない・・・」
あの老人の思いどおりにさせてはいけない。
ライダーにはそんな予感が確かにあった。
冬木市新都エリアに林立する雑居ビル群。
それらに挟まれた路地裏に灯りはなく、ただただ暗い。
「・・・や・・・か・・・ひ・・・」
若い女だったもの。
それが血溜まりの中に沈んでいる。
血塗れになり、数多の蟲にたかられた体は徐々に細かく千切れられて分解されていく。所持品であろうブランド物のバッグだけは無事だったが。
上半身がまだ原型を留めているが、人としての意識はとうに消え失せているのが僅かに救いと言うべきか。発せられる言葉は既に意味をなしていない。理性が残っているよりも何倍もマシだろう。
蟲達はひたすらに女性の肉片に取りつき、むしゃぶり、咀嚼し尽くして己が体内に取り込んでいく。
その悍ましい光景がしばらく続くと、そこにはもはや肉片一つ残ってはいなかった。人の生命があったという気配は皆無だ。
ザワワワわわわワワワわわわワワワわわわワワワワワワ
そして、食事を終えた蟲達が一斉に一つ所に積み重なり、収束していく。
それはやがて小さな人型を
「・・・・・・・・・ふう・・・・・・・・・」
そこには、和装を身に纏った一人の老人が現れ、溜息をついていた。
「全くもって難儀な躰になったものよ。半年と
その老人、間桐臓硯は傍らに落ちていた杖をあげて独白する。
「それで・・・・・・何の用じゃ、ライダー?」
路地の出口に向けて、間桐臓硯はそう問い掛けた。
「取り込み中であった儂の邪魔をしないよう気を遣ってもらった事には、礼を言ったほうがいいかもしれんがの」
「先ほどの蟲達こそが、あなたの正体というわけですね」
問い掛けられたライダーが姿を現した。
「そろそろ召喚されて一月足らずが経つ。お主とて、儂がただの人ではない事くらいは気付いておったろう?」
「ええ。とは言え、蟲で身体を補っている程度かと。まさか全てだとは思いもしませんでした」
普段から感情の揺らぎをあまり見せないライダーも、先程の光景には驚きを隠せなかった。
「くくく。儂はこうして数百年を生きてきたのじゃ」
「数百年・・・・・・途方もない年月ですね。ですが、あなたは若い女性を取り込んだ蟲達で構成されている筈。なぜ敢えてそのような姿になるのでしょうか?」
先程の女性のような姿になるか、あるいは自在に姿を変えることができるのではないか、という問いを言外に込めたものだ。
「さてのう。この姿は存外、悪くないものじゃぞ。老人の姿である事で世間からは一定の信頼を得られるし、逆に侮っても貰える。それに、今さら別の姿になっては周囲に混乱を招くじゃろう?」
ライダーはその言葉の中に微かではあるが、老人の苛立ちと言い訳じみた響きを感じ取った。
これは本心ではない。
「そうですか。では、あなたは永遠に生き永らえるだけではなく、自由自在に姿を変えることができると」
「ふん」
老人ははぐらかすように視線を逸らした。
「そのようなあなたが何を求めるのですか?」
「お主も見たであろう。あのような真似をせねば生きてはいけん。儂とてそれは本意ではないのじゃよ」
「つまり、あなたは自身の生を保つために他者の生を必要とする。それが煩わしいということですね?」
「そのような表現は誤解を招くのう。他者の生を奪うことに抵抗があるということじゃ」
言葉とは裏腹に、老人の顔には醜悪な笑みが浮かんだ。
それは、他人を殺めることに何の抵抗も感じないどころか、むしろ悦びを見出す外道であることを示すものに他ならない。
「私自身、決して真っ当な存在ではありませんが、あなたは遥かに歪んでいますね」
ライダーは目的のためなら、他者の命を奪うことに抵抗はなかったが、そこに愉悦を感じたりはしない。ただ、こなすだけだ。
「使い魔風情が、知った風な口をきくでない」
老人が感情を露わにする。
「貴様のように美しく、瑞々しい肉体を保ち続ける者にはわかるまい。自身の躰が蟲であるという事の悍ましさを。そして、時と共に腐り落ち、朽ち果てていくこの苦しさを」
「では、何もしなければいい。それで、あなたは楽になるでしょう」
ライダーは淡々と提示する。
勿論、この老人がこの意見を肯定するわけがない。
「笑止。貴様のような人外にはわかるまい。『命が尽きる』ことの恐ろしさを」
この妖怪に人外呼ばわりされることこそ信じ難い出来事だ。
間桐臓硯は、もはや真の意味では己を顧みることができなくなっているのだろう。
「よくわかりました」
あなたはとうの昔に狂っているのですね、とライダーは小さく呟いた。
ジャリ・・・・・・
ライダーの手に杭剣が出現し、その柄に繋がれた鎖が地面を這う。彼女とすれば意識した行動ではなく、実際に攻撃を仕掛けるつもりはなかった。
おそらく、仕掛けても無駄だろう。
「くくく」
老人も多少の警戒はしたようだが、特段、慌てる素振りはない。
「少々お喋りが過ぎたの。儂はそろそろ戻るとしよう」
ブン・・・・・・
そう言うと、その下半身が徐々にばらけ始め、無数の蟲へと姿を変えていく。
「お主も早く戻るが良い。まだ今晩は慎二の相手をしてやっていないのじゃろう?」
ブワワワワワワワワ
「折角そのような立派な肉体を持っているのじゃ、存分に役に立てるがいい。それも立派な務めというものじゃ。カカカカカカカカカ」
下卑た嗤い声とともに、間桐臓硯の躰は全てが蟲となり散り散りになっていく。ある頭は羽蟲になって空を舞い、体は蛆蟲となって地面を這い何処かへと去っていく。
『よくよく考えるのだな、ライダーよ。我が孫娘の真の望みがなんであるかを』
そして最後に、蟲達による嘲るような合唱が虚空に漂っていた。
「・・・何が・・・『孫娘』ですか・・・」
ライダーは歯噛みし、手にした杭剣を握り締めた。
しかし、あの蟲達の言うとおりでもあった。
間桐臓硯や間桐慎二が、桜にとっての害悪なのは間違いがない。
だが、それを排除することが彼女の望みかと言えば、それはおそらく違う。桜が生きるために、少なくとも今は彼らは必要なのだ。
そしてまた、間桐臓硯は斃せるのか。
刺しても、切ってもあの蟲共の数匹を落とせるだけだろう。
或いは魔眼を使えば、一網打尽にできるかもしれないが・・・
「あれが、本体とは限らないでしょうね」
間桐臓硯については、さらに調べる必要がある。
しかし、桜のサーヴァントとしての役割も果たさなければいけない。
そして、自分が現界していられる時間は限られている。
為すべき事は多く、時は短い。
状況は厳しい。
一人で出来ることには限界があるが、頼れる相手などいる筈もない。
──―──―
ライダーの口は、自然とあの三音を紡いでいた。
Interlude out
それぞれの交差点というやつですね。