E turn
二人で協力して作った朝食を終えた後、オレとキャスターは改めて今後の方針について、話し合っていた。
「イリヤスフィール達と手を組むための道筋を探ること、そしてもう一人のサーヴァントの召喚っていうのが、当面のオレ達の目標になるかな」
「それでいいんじゃないかしら」
オレも彼女も温かい緑茶が入った湯呑みを両手で抱えている。
キャスターがこの家に定住するようになって、もう十日が過ぎた。本来、ヨーロッパ圏を出自とする英霊の筈だが、湯呑みでお茶を啜る姿が完全に板についていた。
とにかく彼女の所作は全てにおいて洗練されていて、綺麗だ。見慣れてきてはいるが、それでもふとした瞬間に、その流れるように上品な動きに見惚れてしまう。
依然として真名を知らされてはいないが、きちんとした礼儀作法を教育されてきたのだろう。
「問題はいくつかあるけれど、そもそもバーサーカーがまだ生き残っているのかっていうのが、かなりの疑問だよな。校舎を吹き飛ばした宝具を貰っちまった可能性があるんだから」
「ええ。学校で使われた宝具を正面から受けていたら、先ず無事では済まないでしょうね。その場合、手を組むも何もないわね」
「あの子、イリヤスフィールも無事ではない可能性もあるよな」
「サーヴァントを失ったマスターが見逃してもらえるとは思えないわね」
「まあなんにせよ確かめてみないと話が進まないわけだが・・・」
オレ達は必ずしも他の陣営に比べて、秀でているわけではない。
会敵したのは、セイバー、ライダー、バーサーカーだが、いずれも劣勢だった。圧倒されていたと言ってもいい。単独で勝ち残るのは難しい以上、どこかと手を組みたい。だが、遠坂や、先日の桜の様子からすると、彼女達と共闘できる可能性は限りなく低い。消去法でイリヤスフィールならまだしも可能性があるという結論に至るわけだ。
正直、色々と苦しいところだった。
「取り敢えず無事だったと仮定して、イリヤスフィール達の拠点はどこなんだろうな」
「その点については、
「そうなのか?」
「前のマスターが話していたのよ。アインツベルンの拠点は冬木郊外の森の中にあるって」
「郊外の森か。だいぶ遠いな」
「ええ。さらに言うなら、広い森の中のどこにあるかもわからないわ。実は一度、使い魔を放って探った事があるのだけれど、途中で妨害されたわ。侵入者を探知する結界と迷わせる結界が張られているみたいね」
「なす術ないじゃないか。向こうからの接触を待つしかないかな?」
「いいえ。私が直接行けば問題ないと思うわ。もっと大量の使い魔を使って、時間を掛けても突き止められると思うけれど、結局、話し合いは直接するべきでしょうしね」
「そうか。道中は注意しないといけないだろうけど、日中に動けば多少は危険度を落とせるかな」
「夜よりは安全でしょう」
「よし、今日、明日にでも動くことにしよう」
聖杯戦争の正式な開戦迄は、おそらくそう時間はないだろう。イリヤスフィールとの話し合いは早急に実現したいところだ。
「あとは、サーヴァントの召喚か。オレ、召喚のやり方なんて全然わからないんだけど」
左腕を持ち上げて、手の甲に浮かんだ令呪をまじまじと眺める。
「それも私が教えてあげられるから、大丈夫。そんなに難しいものじゃないし、仕組みとしては殆ど聖杯の力で呼び出すから詠唱自体は完璧でなくても大丈夫だと思うわよ」
「そんなこともわかるのか」
「色々と調べているのよ、私も」
「どんなサーヴァントなんだろうな。キャスターはある程度、予測できているんじゃないか?」
「予測というより・・・色々と推測はしているわ」
彼女は少し考え込むように目を閉じた。
「坊やの体には魔術礼装が埋め込まれているのよ」
「え?オレの体の中に?」
「そうね。それが、坊やがあれ程の武器を投影できる理由にもなっていると・・・」
ジリリリリ!ジリリリリ!
廊下に置いてある電話が鳴った。
「済まない、キャスター。すぐに出る」
座布団から立ち上がると、オレは廊下に飛び出した。
「別にあなたのせいじゃないわよ」
キャスターが呆れたように溜息をつくのを背中で聞きながら、オレは受話器を取り上げた。
「もしもし、衛宮です」
『私だ』
いきなり受話器から渋めの重低音の声が流れてきて、耳に木霊した。映画館の音響並みに脳に直接響いてきて、なんというか圧が強い。
「は?どちらの『私』様で?」
『ああ、正確には冬木協会の言峰綺礼だ』
「なんだって?」
『衛宮士郎だな?』
「いや、そうだけど、そもそも電話番号どうやって知ったんだ?遠坂にでも聞いたのか?」
と言っても遠坂も他クラスだ。緊急連絡網でもこの番号は知らない筈だ。
『あいつは電話が使えん』
「は?」
『聞き流せ。流石に電話ぐらいは使える。お前の家にも【こんにちわページ】があるだろう。電話番号など誰でも調べられる』
「ああ、そうか」
うちにもあるな。使った事ないけど。
『この後、私は深山町に用事があってな。そのついでというわけではないのだが、少しキミと話したい事があるのだ』
「あんたが、オレに?」
『そうだ。11時に商店街にある中華料理店【泰山】に来い』
「た!?たいざん・・・!?」
『逃げるなよ。来なければこの戦いから逃げたとみなす』
「なんだそりゃ!?」
ガチャリ・・・
いったい、今のは何だったのだろうか?
頭と心の整理がつかないままにオレはふらふらと居間に戻っていった。
「どうしたの坊や?ちょっと顔色が悪いわ。セールスの類なら気をつけたほうがいいわよ」
キャスターがお茶を啜りながら、忠告してくる。
「あなた、そういうのに引っかかりやすそうだから」
「何か得体のしれない闇に捕まったことは確かだと思うんだが・・・」
混乱する頭をぶんぶんと振るが、鎮静化する気配はない。
「次にその手の電話があったら、私が替わるわよ。電話越しに呪い殺してやるわ」
「頼むから、やめてくれ」
「それで、何だったの?」
「ああ、監督役の言峰神父からだった。話があるから会おうってさ」
オレは、なんとか要点だけを抽出できた。
つまるところ、それだけの電話だったのだ。
「それだけの話で、あなたがそんなにダメージを負っているのが、不可解なのだけれど・・・」
キャスターは手元のお茶に視線を落として、少し考え込む様子を見せた。
「あの神父はかなりの曲者よね。用心する必要があるわ」
一昨日の朝、神父と会話した時にはキャスターも霊体化してオレの傍にいた。その時の事を思い出しているのだろう。
「でも、話をするのはいいと思うわ。もしかしたら、坊やのお父さんの話が聞けるかもしれない」
「え?」
「それは、あなたが召喚するサーヴァントのヒントになるんじゃないかしら」
彼女は手元のお茶から視線を上げて、オレの目をじっと見てきた。
「『中華料理』というジャンルは、今まで坊やも作ってくれた事はなかったわよね?」
隣にいるキャスターは明るい声でオレに訊ねてきた。かなり上機嫌なようで、足取りも軽やかだ。
「そうだな。作れないわけじゃないけど、特段得意ってわけでもないし」
オレ達は冬らしい柔らかい日差しの中、深山町商店街を歩いているが、午前11時前という時間帯でもあり、人通りはやや閑散としている。
「本当にあまりこっちにはみんなの注意が向かないな。めちゃくちゃ注目を浴びるんじゃないかって心配したけど」
「私と一緒に歩くのが、そんなにご不満なのかしら?」
「あいや、そういうことじゃなくてですね」
道行く人々や、商店街の店頭で商品を陳列している馴染みの八百屋の店員など、誰もオレ達に注意を払わない。これはキャスターの魔術によるものだ。
「なにせオレはこの商店街の常連だからな」
「だから何よ?」
「これ以上言わせないでくれよ・・・」
こんな美人の外国人と二人きりで歩いてたら、好奇の視線がギラギラとうるさいに決まっている。そして、後日、おじさまがた、おばさまがたの質問の集中砲火が雨霰と降り注いでくるに決まっているのだ。
「英語の先生とか説明すればなんとかなるかな・・・」
改めてチラリとキャスターの様子を確認する。
彼女は普段よく着ている黒のカットソーの上からジャケットを羽織っており、下はフレアのロングスカートという装いである。女性のファッションなど微塵もわからないが、少し個性的ながらもお洒落な感じでとても似合っている。
「ここかしら?」
そう言って、キャスターが足を止めて見上げた先には【紅州宴歳館・泰山】と書かれた薄汚れた看板がある。
「ああ。ここだ」
ごくん・・・
オレは生唾が自分の喉を通る音を確かに聞いた。
「間違いない・・・んだけどな・・・」
「どうしたの、坊や?物凄く緊張している・・・というか、ちょっと震えているわよ」
「だ・・・大丈夫だ。辛くない料理もあるんだから・・・」
オレは必死に自分に言い聞かせる。
「ずっとここに立っていても仕方ないわ。入りましょう」
全身に警戒という名の鎧を着こんで固まっているオレを不思議そうに見ながらも、キャスターは店ののれんをくぐった。
ガララ・・・
「イラッシャイー」
女性店員の中華系イントネーション満載の来店挨拶が狭い店内に響いた。
「む、来たか?」
先日同様に神父服を着こんだ言峰神父が、口に運びかけたレンゲを止めてこちらを認めた。あまり広くない店内にはテーブルが7、8脚並べられているが、客は神父だけだ。
「まあ、掛けたまえ」
神父が一旦止めた、レンゲを口に運びながら、テーブルを挟んで向かい側の2つの席に座るよう促してきた。
「ええ、そうしましょう」
キャスターが同意して、席に着く。
「・・・あ、ああ」
いちいち反応が鈍くなっているオレは、キャスターに釣られるようにしてその隣に座った。
「折角だから、キミ達も何か頼むといい。ここは名店だぞ」
「あら、そうなの?」
「ああ。冬木で最も美味い店と言っても過言ではない。特にお勧めは麻婆豆腐だ」
神父は手元を指し示しながら、料理を勧めてきた。
その皿の上にはなみなみと赤い液体が注がれており、その中には豆腐が浮かんでいる。
「ちょ・・・ちょっと待て・・・」
「大丈夫だ。多少辛いが、この刺激が堪らん。キャスターよ。お前も折角、この時代に現界したのだ。生前では縁のなかった国、時代の様々な食文化を堪能するのも悪くはあるまい」
「それはそうだけれど・・・色がかなり毒々しいわねえ」
キャスターが顔を顰めた。
そうだ。その反応でいいんだ。
「麻婆豆腐は元々中国由来の料理だが、今や日本にも定着しており、一般家庭の食卓で頻繁に出される程になっている。ここで本物の味を知っておくと、自分で作る時にも有用だぞ」
「確かに、技術より舌を先に磨くべきとも言うわね。でも、生憎と私自身に持ち合わせがないわ」
「む、そうか。であれば、ここは私が持とう。同好の士が増える良い機会だと思えば、先行投資をすることも吝かではない」
「それじゃあ、お願いしようかしら」
「いや、ちょっと待て、キャスター。止めておいたほうが・・・」
「どうやら、キミは辛い物が苦手なようだな。憐れな少年よ。まあ、私の経験則上、女性のほうが辛い物に耐性がある。ここの店主も女性だぞ」
「そうねえ、私も辛い物は好きだわ。坊やも作るの?この麻婆豆腐というお料理」
「ま・・・『麻婆豆腐』なら、作りますけどね。ただの『麻婆豆腐』なら・・・」
「そう。じゃあものは試しよね」
「あ、き・・・キャスター・・・」
違うんだ、という最後のセリフはあまりにも消え入りそうなか細い声になったため、彼女には届かなかった。
そして、オレの思考回路が回らないうちに、『麻婆豆腐』という名を冠した異界の料理がキャスターの目の前に置かれている。
「いただきます」
キャスターはいつもどおりの礼儀正しい所作で、目の前の料理に手を合わせている。
あれは今、何に祈ってることになるのだろうか?
ああ、違う。
そんな事を考える間にも、オレは何か絶対にやらなくてはいけない使命がある筈なんだ。
「ふふ。さあ、ご賞味あれ」
汗をダラダラと垂らしながら、目の前の神父もモリモリと食べている。
キャスターは真っ赤な地獄の液体をレンゲで一掬いすると、その口元へと運び・・・
ボンッ!
キャスターの頭が爆ぜ、彼女はテーブルに突っ伏した。
キャスターは死んだ。
間違いない。
・・・・・・合掌・・・・・・
オレ達の聖杯戦争はこうして唐突に終わりを告げた。
いや、そうじゃなくてだな。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
テーブルに沈んだキャスター。
そして、この惨劇を食い止めることができず、自らの無力さを悔いるしかないオレ。
カチャカチャ・・・もぐもぐ・・・
眼前には一言も発することができないオレ達などどこ吹く風で、何かに取りつかれたように一心不乱にレンゲを口に運び続ける神父がいる。
「・・・こ・・・ころすわ・・・」
地獄の底から怨嗟が溢れてきた。
完全に魔女と化したキャスターが、呪いの言葉を紡いだのだ。
「そうか、私を殺してこのテーブルにある麻婆を独り占めしたいということだな。そこまで感動していただけるとは勧めた側としては、大層喜ばしい」
カチャカチャ・・・もりもり・・・
「・・・この男・・・ダメね・・・」
ようやく顔を上げたキャスターの目には、涙すら浮かんでいた。
「キャスター・・・すまない・・・オレが死を賭してでも止めるべきだった」
オレは水を差し出しながら、テーブルに頭をつけるようにして謝る。
「・・・いいえ、この神父の口車に乗った私が間抜けだったのよ・・・・・・い・・・痛いわ・・・料理を食べて『痛い』って、どういうことなのかしら・・・」
混乱しているキャスターは頭を抱えて、ふるふると震えている。
「水ヨリ牛乳ネ」
そう言って、先程の店員がやって来て、牛乳が入ったコップを置いてくれた。
「あ・・・ありがとう・・・」
その牛乳を飲んで、キャスターはなんとか一息ついた。
「で、その麻婆はどうするのかね?残念ながら口に合わなかった様子だな」
「しっかりわかってるんじゃない、このド腐れ神父が・・・」
普段の丁寧な言葉遣いからは信じられないような
無理もないことである。
「どうやら辛い物が少々苦手なようだが、この店は辛味を抑えた料理もあるぞ。担々麺とかな」
「いい加減、止めておけ。次は、あんたマジで殺されるぞ」
「そうか。私は本気なのだがな・・・」
本気で残念そうに神父は大きく溜息をついた。
本心から言っているようにも見えるところが、恐ろしい。
「さて、では本題に入ろうか」
自身の皿を完全に空にした神父は、タオルで口元を拭いながら、姿勢を正した。未だに顔面中から汗が滴り落ち、神父服の胸元はだいぶはだけて、全身から熱気が立ち込めてはいたが。
「今日、私がお前達を呼び出したのは、先日の話の続きをするためだ」
「先日って、あの校庭での話ってことか?」
「そうだ。凛がお前との共闘を拒んでいたので、あの場ではあれ以上、提案をすることが難しかったのだがな」
神父はそう言ったが、あの時は遠坂のほうが先に立ち去った筈だ。どちらかと言うと、あの赤毛の女、バゼットの視線に気付いてこの神父は立ち去ったのではなかったか。
「つまり、校舎を消し飛ばしたサーヴァントを止めて欲しいということかしら?」
オレが少し思案する間に、キャスターが問答を引き継いだ。
「そのとおりだ」
「令呪を貰えるという話だったけれど、それにしてはリスクが大きいわね」
「わかっている。だが、先日も言ったように、あれをしでかしたサーヴァントは極めて強力だ。放置して単純に正面衝突すれば、お前達は力負けするだろう。それよりも、私がこうして多くの参加者に呼び掛けることで、多対一の構図を作り、それに乗ったほうが良いのではないか?」
「一理あるけれど・・・」
オレとしては無策で各個撃破されるぐらいなら、力が劣る側が手を組んで、強者を討つという方針は正しいと思っていたが、キャスターは渋い顔をしていた。
「今の口ぶりだと、あんたはあれがどんなサーヴァントの仕業なのかもわかっているようだな」
「そうだな」
神父は少しだけ考える素振りを見せた。
「わかっている範囲で正体を教えよう。その代わりに、あれを斃すことを意識して欲しいのだ。最優先にしろなどとは言わん。ただ、機会があれば、他の参加者と連携して討つことを考えて欲しい」
「それぐらいなら構わない」
神父の提示してきた内容は、実態としてはさしたる制約にはならないし、いずれにせよ斃さなくてはならない相手なのだ。
「それで、どんなサーヴァントなんだ?」
「あれは、前回の聖杯戦争の生き残りだ。クラスはアーチャーということになる」
「何だって?」
「何ですって?」
オレとキャスターが同時に驚いた。
そんなことがあるのか?
「真名は【ギルガメッシュ】。古代メソポタミアの伝説的な王にして、半神半人の英雄王だ」
「【ギルガメシュ叙事詩】ってのは、言葉だけは聞いたことがあるけど、その主人公ってことか?」
有名どころの英雄が出てくるのかと思っていたが、すぐにはイメージがわかない名前だった。
「そのとおりだ。即ち、人類最古の英雄譚とも言える。その、主人公という事はあらゆる英霊の原型とも言えるな」
「英霊達のオリジナル・・・」
「具体的にはどんな戦い方をするのかしら?」
「ギルガメッシュは、数多の英雄達の宝具の原型を所有している」
「なんてこと・・・」
「反則だな・・・」
「それを乱射するのが基本戦術だ」
「それが脅威なのはわかるけれど、校舎を消したのはどういう事かしら?少し、話と合致しないのだけれど」
確かに刀剣を乱射した結果では、校舎は崩壊されたとしても、消えることなどないだろう。
「あれは、ヤツの宝具の中でも最も優れた一刀を抜いた結果によるものだな」
「とっておきってやつか」
「それにしてもあなた、その英霊について随分と詳しいのね。監督役としての引継ぎ事項ということ?」
オレも同じ疑問を抱いていた。
監督役とは言え、あまりにも詳しすぎないだろうか?
「前回の聖杯戦争で私は開戦前に、何故か令呪を授かってな。監督役だった父のサポートをしたのだ」
「つまりあんたも聖杯戦争の参加者だったわけか。監督役の子供がマスターじゃ公平さに欠けるんじゃないのか?」
「私には特に望む事などないし、教会の忠実な駒としての意識しかなかったからな。円滑かつ穏便に聖杯戦争が終息するよう手を尽くしたに過ぎん」
「どのクラスのサーヴァントのマスターだったんだ?」
「私が召喚したのはアサシンだった。諜報活動にはうってつけだったからな」
「・・・あなた、坊やの名前について・・・正確には名字に心当たりがありそうな素振りだったわね。ひょっとして坊やのお父さんを知っているんじゃないのかしら?」
ここでキャスターが思いも寄らない発言をした。
確かに初対面の時、神父はオレの名前を少し反芻するような気配があったかもしれない。
それにしても、この話の流れで、この質問をした。
つまり、キャスターが推測しているのは・・・
「そうだな。衛宮切嗣という男を私は知っている。ヤツもまた、前回の聖杯戦争のマスターだったからな」
あっさりと、神父は肯定した。
「やっぱりそうだったのね」
キャスターは少し様子を窺うような視線をオレに送ってきた。
彼女は、オレの親父が前回の聖杯戦争に参加していたんじゃないかという仮説を立てており、それが今、確認できたということだろう。
「まあ、この街に住む魔術師なんて限られているのだから、坊やのお父さんがマスターに選ばれても決して不思議じゃないわよね」
「ふむ。だが、あの男は元々この街に住んでいたわけではなかったようだがな」
「そうなの?」
キャスターがオレに問う。
「ああ。あまり詳しく聞いたことはないけど、冬木に住み始めたのはオレを引き取る少し前だった筈だ。親父から聖杯戦争の話なんてカケラも聞いたことはないけどな」
そもそも、切嗣は自分の事について多くを語らない男だった。
「あの男は雇われたマスターだった。アインツベルンが必勝を期して送り込んだ切り札。それがお前の父親、『魔術師殺し』衛宮切嗣だったのだ」
「アインツベルン?そのうえ『魔術師殺し』だって?」
思いもよらない単語が続出して、オレは一層困惑する。
「アインツベルンは魔術師の家系としては一流だが、ホムンクルスの製造など錬金術に特化しており、荒事にはあまり向かない。そのため、戦闘に長けた魔術師を欲していたのだ」
「それが、切嗣だっていうのか?」
「そうだ。衛宮切嗣は、かなり名の知れたフリーランスの殺し屋だった。しかも、対魔術師専門のな。アインツベルンにしてみれば、ニーズに合致した人材だったのだろう」
「親父が・・・殺し屋だって?」
いつもおっとりとしていた切嗣からは、そんな素振りは全く感じられなかった。
まるで全く知らない人物について説明されているかのようだ。
「あなた、坊やのお父さんのサーヴァントについても知っているんじゃないのかしら?」
「ああ。そうだな。特にこれを知ったからといってどうなるものでもあるまいが・・・」
神父は少し考え込むように両手を組んで、目を閉じた。
「衛宮切嗣のサーヴァントはセイバーだった。そして、その正体は、かの高名なるアーサー王だ」
「アーサー王・・・かなり強力な英霊ね」
「あの有名な【アーサー王物語】の・・・」
オレですら、岩に刺さった選定の剣を抜いた逸話や、死の間際に聖剣を湖へと返すよう部下に命じた際の逸話などは知っている。
サーヴァントの強さはその知名度にも左右されるとキャスターは言っていた。きっと優秀なサーヴァントだったろう。
「実際、セイバーは強力だった。そのうえ、衛宮切嗣は対魔術師戦を得手としていた。この二つの要素で彼らは聖杯戦争を勝ち抜いていった」
「・・・・・・・・・」
あの柔和な切嗣が苛烈な聖杯戦争を勝ち抜いていく姿をオレは想像できなかった。
「最後まで残ったのは、セイバーとアーチャーだった。だが、衛宮切嗣は、セイバーの宝具【
「聖杯を壊した?何故そんなことを?」
「さてな、あの男の真意など私には全く理解できんよ」
大仰に神父は両手を広げて、首を振った。
「まだ残っていたアーチャーは、壊れされた聖杯の持つ魔力の一部をその身に浴びた。結果としてセイバーは強力な宝具を使った反動により魔力切れで消滅し、アーチャーはイレギュラーとして現界に留まり続けたというわけだ」
「誰も願いを叶えることなく終わったって事か?」
「そのとおりだ。中途半端に終わったため、今回の聖杯戦争は、前回の聖杯戦争から僅か10年で開始されることになった」
「10年前?」
「そうだ。前回の聖杯戦争は10年前だったということだ」
「あの大火災があったのも10年前だ・・・」
「そのとおりだ。10年前にこの冬木市で起きた未曾有の大火災。あれも前回の聖杯戦争の爪痕だ」
その大火災で両親と妹をなくすとともに、オレ自身も生死の境を彷徨い、切嗣と出会うことになったのだ。それは、決して忘れることのできないものであり、今もオレを規定する出来事であり続けていた。
「坊や・・・」
隣のキャスターが少し心配そうに声を掛けてきたが、
ガラララ・・・
「イラッシャイー!」
店のドアが開けられ、新たな客が入ってきたようだった。
「な・・・なんですか?この薄汚れたお店は・・・しかも、狭すぎます」
露骨に不機嫌そうな女性の声が背中から聞こえてきた。
ああ、また麻婆を食べるだけで一話を費やしてしまいました。