Fate/√  【群像時変】   作:わが立つ杣

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1月30日 夜








第26話 ~前日③~ 「お遊戯はここまで」

 E turn

 

 

 オレは暫くの間身動き一つできずに、つい先ほど迄あの男が立っていた塀の上を凝視し続けた。再びまた戻って来るのではないかと、ただただそれが怖かったのだ。

 

「・・・・・・・・・た・・・・・・助かったのか・・・」

 

 たっぷりと時間が経過した。

 きっと大丈夫だと思えるだけの時間が過ぎると、オレは思わずそう安堵の呟きを漏らした。

 もう戻ってくることはない。

 

「・・・ええ。正直、命拾いしたわね」

 

 オレに肩を貸してくれているキャスターの表情も蒼白だった。

 

「・・・・・・く・・・・・・マスター・・・・・・申し訳ありませんでした」

 

 セイバーが端正な顔を苦痛に歪めながらも、悔しそうに謝ってきた。

 彼女は剣を支えにして今にも崩れ落ちそうになりながらも、それを必死に堪えている。

 

「私の力が足りないばかりに敵を討ち漏らしてしまっただけでなく、あなたにも大きな傷を負わせてしまった」

 

「莫迦!何を言っているんだ!?」

 

 あまりにも見当違いな謝罪だったので、オレは思わずそんな言葉を投げてしまう。

 

「お前はあんなに必死に戦ってくれたじゃないか!オレ達を守るために」

 

 オレはキャスターから離れると、傷だらけのセイバーの元へと向かった。

 改めて彼女の様子を確認する。

 銀色に輝いていた鎧は殆どが砕かれて、その下の青い衣装さえも至るところが引き裂かれ、何か所もの痛々しい傷口がその真っ白な肌に刻まれていた。

 一方でその白く端正な顔は土埃にこそまみれてはいたが、その凛々しさと美しさは損なわれてはいなかった。

 

「セイバー、ありがとう。本当によく頑張ってくれた」

 

 こうやって労う以外の選択肢はオレにはない。

 こんな女の子が、その小さく華奢な体で必死になってオレを守ってくれたのだ。

 たとえ、それが【サーヴァント】という闘うために現界した特異な存在だったとしても、男であるオレからすれば申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

「・・・シロウ・・・」

 

 険しかったセイバーの表情が少し緩んだ。

 

「何はともあれ早く手当をしてやらないとな」

 

「ありがとうございます」

 

「キャスター、セイバーを治療してやって・・・」

 

 キャスターの魔術ならすぐに治せるだろう。

 オレは後方にいる彼女に視線を送ろうと振り向いた。

 

「・・・そうね、元に戻してあげるわ」

 

 あれ?

 思いがけず、すぐ近くから彼女の返事が聞こえてきた。

 そして、その声はあまりにも無機質で平坦だった。

 ―――ゾクリ―――

 と胸がざわつくのを自覚する。

 気が付けば、さらりとキャスターは()()()()()()()()()()いた。

 その手には何かが握られている?

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 

「え?」

 

「なっ!?」

 

 歪な形状の短剣だった。

 それがごく浅く。

 

 トンッ

 

 キャスターの持つその短剣の先端がほんの僅かに、咄嗟に躰を捻って避けようとしたセイバーの脇腹に突き立っていた。

 

 ―――――――――パァァァンッ―――――――――

 

 セイバーの体を中心にごく軽い音とともに、光が弾ける。

 そして、それと同時に。

 オレの中にあった何かが引き裂かれた。

 それは、つい先ほどセイバーと握手を交わした時に紡がれたばかりのオレと彼女を繋ぐ大切な糸だ。

 

「キャスター・・・お前・・・一体・・・?」

 

「キャスターッ!貴様っ、何をしたっ!?」

 

 ブンッ!

 

 セイバーは短剣で刺された右脇腹を右手で押さえながら、残る左手で剣を横薙ぎに振るう。

 だが、その剣筋は鋭さを欠いており、キャスターは軽く後ろに跳んで躱していた。

 

「くっ!」

 

 セイバーはそれ以上キャスターを追うことは出来なかった。その場で上体を屈めると、振るった剣を地面に突き立てて体を支える。

 既に体力も魔力も限界に近いのだろう。

 

「・・・これは・・・そんな・・・まさか・・・・・・」

 

 そして、自身に起きた変調に気付き、彼女の顔は驚愕に歪む。

 殆ど同時にオレも、一体何が起きたのかを理解した。

 

「セイバーとの魔力経路(パス)が切れている・・・?」

 

 間違いなく、先程のキャスターの短剣による一刺しが原因だ。

 

「・・・ええ。この短剣は、刺した対象に付与されている契約を絶つことができるの」

 

 淡々とキャスターは答える。

 その表情はのっぺりとしていて、何の感情も浮かんではいない。

 目の前にいるのはいつものとおりの紫色のローブを纏い、水色に近い髪を持つ、整った容貌の美女。

 そう。

 出会ってからこの2週間余り、殆どの時間を共有してきた存在。

 全てを擲っても守り抜くと誓った相手。

 それは間違いない。

 間違いない筈なのに。

 今の彼女はひどく()()()

 

「・・・キャスター・・・どうしちまったんだ・・・なんだってそんなことを・・・?」

 

 全く理解のできない行動だった。

 折角、目標だったセイバーを召喚し、契約を果たしたのだ。

 ギルガメッシュとの戦いは想定外だったが、結果的には退けることができた。

 あいつの力は強大だったが、セイバーが秀でたサーヴァントである事も確認できた。

 先程の戦いでは、オレやキャスターがセイバーの援護ができなかったが、今後、連携を磨いて戦えば勝機はあるだろう。

 それなのに、いきなりその契約を絶つだなんて。

 

「あなたは、いらないわ」

 

 フワッ

 

 キャスターはオレの問い掛けを無視して、上空へと舞い上がった。

 

「そんな状態になっていても、あなたには対魔力が備わっている。簡単には仕留められないでしょうね」

 

 セイバーに向けられたキャスターの水色の瞳に、昏い光が灯る。

 そして、広がったローブの周囲に、次々と魔方陣が現れていく。

 以前、校庭で共に戦った時。

 あの時は美しい蝶のようだと感じたのに、今の彼女は禍々しい蛾のようにも見える。

 

「あれは・・・学校で使おうとした・・・」

 

 遠坂のセイバー・・・いや、アーチャーに使おうとした技だ。

 あれをまともにくらったら、消耗しきっていて、しかもオレからの魔力供給も絶たれているセイバーではとても耐えられないだろう。

 そうこうしている間にも、魔力が個々の陣に収斂されていく。

 

「やめてくれっ!!キャスターッ!!!」

 

 オレは上空のキャスターに叫ぶ。

 

神言魔術式(ヘカティック)・・・」

 

 だが、今のキャスターにはオレの声は先刻(さっき)から一貫して全く届いていない。

 

灰の花嫁(グライアー)ッ!」

 

 五つの魔方陣から、同数の黒い閃光が放たれる。

 それらは過たず、消耗したセイバーへと降り注いていく。

 

「セイバーッッ!!!」

 

 絶望的だ。

 そう思った時、

 

風王鉄槌(ストライク・エアー)ッ!!」

 

 ゴウッ!

 

「何ですって!?」

 

 キャスターが驚きながら、後ろを振り返った。

 オレも唖然とする。

 セイバーは一息のうちに猛烈なスピードで、宙に浮かぶキャスターの足元を擦り抜けて反対側へと移動していた。セイバーは先程のギルガメッシュとの戦いで見せた突風を放つ技を、自らの加速のために使ったのだ。

 

「くぅ・・・」

 

 おそらく、今の技になけなしの力を振り絞ったのだろう。セイバーが苦悶の声を漏らすが、その足は止めなかった。

 

 ザッ

 

 そのままの勢いで崩れた塀を越えると、キャスターから逃れるために道路の奥へと走り去っていく。

 

「むざむざと逃がすわけがないでしょう」

 

 遠ざかっていくセイバーの背中に照準を合わせて、キャスターは再び魔方陣に魔力を収斂させていく。

 

「キャスターッ!もうやめろっ!!」

 

 今の彼女にオレの声は届かない。

 そう悟っていながらも、オレは制止の声を上げるしかなかった。

 上空に彼女がいる以上、手出しのしようがないのだ。

 オレは直後に起きる惨劇を想像して戦慄を覚えたその時、

 

 ガラガラガラガラ!

 

 突如として、今晩二度目の警報が鳴り響いた。

 

「「!?」」

 

 そのけたたましい音に、セイバーに向けていた意識をオレもキャスターも断ち切られる。

 

「ちっ!?面倒臭い結界が張られてやがるぜ」

 

 続けて苛立たし気な男の声がした。

 

「っ!?」

 

「誰っ!?」

 

 オレもキャスターも慌てて、その声の主を求めて振り返る。

 そこにいたのは、全身をタイトな青い服で覆った長身の男だった。

 男は母屋の脇を通ってゆっくりとこちらへ歩いてくる。正門側から敷地内に入ったのだろう。

 

「ここで何があった?」

 

 その問いと共に野生的で鋭い眼光が、正面に立つオレに向けられた。

 

「・・・あんた、ランサー・・・だな?」

 

 初見ではあったが、容易に推測できた。

 全身から放たれる闘気も魔力を隠す素振りが全くない。サーヴァントであることは明白だ。

 そして何より、ダラリと下げた左手に赫い長槍が握られている。

 【槍兵】だ。

 

「そういう坊主は、たしか・・・衛宮士郎・・・とか言うんだったか」

 

「オレのことを知っているのか?」

 

「ああ、マスターから聞いているんでな」

 

「・・・あのバゼットという魔術師だな?」

 

 オレは推測を口にする。

 

「まあ、そんなところだ」

 

 サラリとランサーは肯定した。

 隠す程の事ではないと思っているのだろう。

 

「・・・ラ・・・ランサーですって・・・よりにもよってこんな時に・・・」

 

 上空のキャスターが、苦々し気に呟いた。

 

「あんたはキャスターだな?うちのマスターからは特に情報はなかったが」

 

 ジャギッ

 

 ランサーがその赫い槍の穂先をキャスターへと向ける。

 

「この間合いで槍で何ができるというのかしら?」

 

 キャスターは強張った表情で、自身に向けられた穂先を見つめる。

 当然、いくら長柄の槍でも空に浮かぶキャスターに対して攻撃が届くわけもない。あくまでも常識の範疇で考えれば、ではあるが。

 

「へ、試してみるかい?」

 

 ランサーは平然と言い返す。その顔には笑みが浮かんでおり、焦りの色が窺えるキャスターとは対照的だ。

 

「まあ、差し当たって今は、聞きたいことがあるだけだ」

 

 坊主も含めてな、とチラリとオレの方に視線を向けながらランサーは続ける。

 

「ついさっき、凄まじい魔力がここで弾けたろ?あれは、あんたらがやったのか?」

 

 要するに先程のギルガメッシュとセイバーの宝具の衝突が、この男を引き寄せる事になったのだろう。無理もない。

 

「オレ達も無関係じゃないが、直接的には違う」

 

 少なくともランサーは先程の言葉どおり、すぐにオレ達と争うつもりはないようだ。

 

「まあ、そうだろうな。あれは桁違いだった。あんたには無理そうだな」

 

 からかうような笑みをランサーはキャスターに向け、

 

「く・・・」

 

 キャスターが悔しそうに顔を歪める。

 

「だとすると」

 

 が、ランサーは意に介さない。この男は思ったままを口にしているだけなのだろう。

 

「別のサーヴァントがここに二人いたんだな?」

 

「ああ、そうだ」

 

「そのうちの片方は、金色づくめのど派手な()()をした、傲慢且つ、超ムカつく野郎じゃなかったか?」

 

「あんたもアイツを知ってるのか?」

 

 思わず聞き返してしまったが、あれだけ派手に暴れまわっているのだ。どこかで、ギルガメッシュに既に遭遇していても不思議ではないか。

 

「坊主の反応からすると、間違いねえみたいだな。ああ、俺はアイツと一度やり合っている」

 

 聞かせろ、とランサーは続ける。

 

「どんな宝具だった?」

 

 どうやらこの男は、ギルガメッシュにかなりこだわっているようだった。宝具のぶつかり合いの相手方が誰なのかという事に殆ど興味がないようだ。

 

「正直、オレには意味不明な武器だった。赤い螺旋状の剣みたいな形だ。それを振るうと、何て言うか・・・・・・空間が抉られたみたいになっていた」

 

 ランサーの迫力に気圧されたという一面もあったが、オレは正直に答えることにした。アイツの強さは桁違いだ。なるべく他のサーヴァントにも情報を与えて、対抗できるようにしたほうがいいと考えたのだ。

 

「そうか。あの野郎は単発でもとんでもない威力の宝具を持っていやがるってことか」

 

 そう言いながら、ランサーは改めて周囲を見回した。

 裏庭に面した塀は半分が崩壊し、道場も同様だ。

 だが、あの時に生じた破壊力からすれば、穏便に済んだようにも思える。

 

「にしちゃあ、案外と被害が大した事ねえな・・・・・・この辺一体が吹き飛んでもおかしくないくらいの力を感じたがな」

 

 ランサーもオレと同じ感想を抱いた。

 

「対峙したセイバーの宝具でだいぶ相殺されたからだと思う」

 

「そうか、相手はセイバーだったのか・・・・・・かなり頑張ったが、結果的にはやられちまったってとこか?」

 

 セイバーらしきサーヴァントの姿が付近にないが故の推測だろう。

 

「いや・・・それは・・・」

 

 オレはちらりと上空でじっとオレ達の会話を聞くキャスターに軽く目線を送る。

 

「んなこたあどうでもいいか」

 

 ランサーはオレとキャスターの様子を訝りながらも、特に干渉する気はないようだった。

 

「それで、ヤツはどっちに行った?」

 

「新都方面に行ったと思うが、詳しくはわからない」

 

「そうか」

 

 ザッ

 

 ランサーはそう言うと、母屋の屋根へと跳び乗った。オレからの情報を踏まえて新都方面の道を確認しているようだが、ギルガメッシュを視認することはできないだろう。

 アイツが立ち去ってからは、もうだいぶ時間も経っている。

 

「まあ、見つかるわけもねえか。これ以上、長居をすれば、他のサーヴァント達も集まってくるかもな・・・」

 

 それはそれで面倒臭いな、と続ける。

 確かにランサーの言うとおりだ。

 この屋敷自体が既に、各陣営に目を付けられているだろう。

 このランサー同様、遠坂の()()()()()や桜のライダーが様子を窺いに来る事だって考えられた。

 

「色々と教えてもらって助かったぜ。ありがとよ」

 

「いや、大した情報はなかったと思うけどな」

 

「んなこたねえよ」

 

 ランサーは、軽く笑ってオレに背を向けた。

 

「そんじゃあな、坊主。なんか色々と面倒(めんど)臭そうな事情を抱えてそうだが、まあ頑張れや」

 

 ちらりと、上空のキャスターを見上げた。

 対するキャスターは警戒を解いていない。

 オレとランサーが話している間、彼女は緊張した面持ちを崩すことなくランサーの様子を窺っていた。

 

「あばよ」

 

 トンッ

 

 ランサーは立っていた屋根瓦を蹴って跳躍すると、隣の家の屋根に着地する。そして、その流れで次々と跳躍して、連なる住宅の屋根伝いに新都方面へと消えていった。

 

「ふう・・・」

 

 ランサーが完全に見えなくなるのを確認したオレはゆっくりと溜息をついた。

 握り続けていた拳にはじっとりと汗が滲んでいる。

 ギルガメッシュと対峙していた時ほどではないが、強烈な緊張を強いられていたのだ。

 ランサーは竹を割ったような性格の、さっぱりとした男だということが先程の会話で充分に感じられた。だが、そうだとしても、その存在感、重圧は半端なものではなかった。

 

「あいつ、話の内容次第ではオレもキャスターも殺すつもりだったな・・・」

 

 陽気で気さくな気質と、ある種の残酷さが同居している。

 そんな恐ろしさを感じさせる英霊だった。

 それを感じ取ったからこそ、オレもなるべく正直に、隠し立てをすることのないよう心掛けたのだ。

 とは言え、なんとか突然の闖入者であるランサーをやり過ごすことができた。

 本来やらなくてはいけないことに注力しなければいけない。

 

「早くセイバーを探さないと」

 

 オレは独り言ちて、道路に出た。

 ランサーが現れたことで、セイバーに止めを刺そうとしていたキャスターの行動は妨げられる形になった。一方でオレも、セイバーの行方を完全に見失ってしまった。既に契約も絶たれているため、どこに行ったのか全くわからない。

 

「当てずっぽうでも構わない。手当たり次第に心当たりのあるとこをあたってみよう」

 

 霊体化されたら全く行方はわからなくなってしまう。

 だが、セイバーはギルガメッシュとの戦いでボロボロになっているし、魔力の補給もない状態だ。

 今や霊体化する余力もないんじゃないか?

 オレは上空のキャスターの様子を少し窺いながらも、声をかけることはせずにセイバーの姿を求めて走り始めた。

 気が付けば上空に輝いていた月は雲に隠れており、進む道は街灯だけが照らしている。

 オレは自分の背中にキャスターの視線が注がれているような感覚を拭い去る事ができなかった。

 

「・・・セイバー、すまなかった・・・必ず見つけ出してやる・・・」

 

 そして、今度はオレが彼女を守らなくてはいけない。

 それが、マスターとして・・・・・・いや、正義の味方としての責務だ。

 












士郎は知る由もありませんが、セイバーは霊体化できないんですよね。
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