Interlude in
「あら、ライダー。どうかしたの?少し顔色が悪いみたい」
間桐の屋敷に戻ったライダーが
「申し訳ありません、桜。起こしてしまいましたか?」
出掛けには既に寝入っていた筈だが、薄紅色の寝具を纏った桜は窓辺に立っていた。
窓が開け放たれており、冷たい空気が流れてくる。
「ううん、ちょっと胸騒ぎがして起きてしまったの。外で何かあったのかしら?」
「ええ。先程大きな魔力の揺らぎを感じましたので、そこに赴いたのです」
「どこかしら?」
「・・・・・・衛宮士郎の屋敷です」
桜の問いにライダーは僅かに躊躇ったが、答えることにした。隠したところで、早晩桜にも伝わるだろう。
「・・・どんな様子だったの?」
「屋敷の外部がかなり損壊していました。母屋には被害はなかったようですが・・・」
微かに桜は身震いをした。
「かなり激しい戦闘があったものと推測されます」
「・・・それで・・・せ・・・先輩は・・・・・・どうなったのかしら?」
「衛宮士郎に大きな怪我は無いようでした。私が着いた時に、何処かへと走り去っていくのが見えましたので」
『無事だったのか?』と聞きたかったのかもしれない、と思いながらもライダーは答えた。
「そう・・・」
桜はほっとしたように呟いた。
「でも、こんな夜中にどこに行こうというのかしら?」
「襲撃した敵を追っているという様子でもありませんでした。キャスターを伴っていないようでしたので・・・ですが、危険なのは間違い無いですね」
ライダーが屋根を伝って衛宮邸に向かう途中、逆方向に向かう衛宮士郎と半ばすれ違うような形になったのだ。彼の方ではこちらに気付いてはいなかったが。
「あの魔女が先輩の傍にいなかったのね?」
「少なくとも彼の付近にサーヴァントの気配は感じられませんでした。無防備とみなされて他の陣営に襲われるかもしれません」
実際、イリヤスフィールとの約定があったにも関わらず、先日の柳洞寺では自分達がキャスターに戦闘を仕掛ける形にもなっている。図らずも、ルールや口約束などに左程の拘束力はないという事を示してしまっていた。
故意にしろ偶発的なものにしろ、いつどこで、殺し合いが起こるかわからないのだ。
「・・・・・・そうね・・・ましてやこんな夜中なら尚更よね」
桜はそう呟くと、部屋に設えられたクローゼットを開けて薄桃色のコートを取り出した。
「ライダー、少し周囲の見回りに行きましょう。正式に戦いが始まる前にたくさんの混乱が起きるのは良くないわよね」
桜がにこりと笑って、自室の扉へと向かった。
「聖杯戦争は秩序ある儀式にしなければいけないのだし」
「・・・・・・・・・承知しました」
ライダーはそう答えて、桜の後に続くしかなかった。
「正直、このぐらいだと驚かなくなってきちゃったわね」
遠坂凛は両腕を組んで、はぁっと軽く溜息をついた。
目の前にあるのは、堅牢に築かれていた衛宮邸の囲い塀が無残に崩壊した光景だった。
内部の建物が損傷していない分だけ、双子館や穂群原学園よりはだいぶマシというものだ。
「私も一部始終を見ていたわけではないが、あの時発生していた膨大な魔力と比較すると、破壊の規模としては控えめではあるな」
凛の傍らに立つ赤い外套を纏った長身のサーヴァント、
「あんた、どのくらい見えていたの?」
「いつもどおり高所から周囲の様子を観察していただけだから、視線が通らないことには細部が見えるわけもないが。途中でちらりと、金色のサーヴァントが小型の飛空艇に乗って宙に浮かんでいるのが見えたりはしたな」
「金色のサーヴァントか・・・・・・綺礼が言っていた前回の聖杯戦争の生き残りってやつに間違いないでしょうね」
昨日、電話で言峰綺礼からギルガメッシュに関する情報を聞いていた。衛宮士郎や、イリヤスフィールにも伝達済の内容であるため、凜にも伝えるという理屈だった。
「だろうな」
「だとすると、この前校舎をぶっ飛ばした宝具を使ったのかしら?でも、被害の様子はだいぶ違うわよね」
「確かなことは言えないが、どうやら宝具と宝具が衝突していたようだった。片方はおそらく先日、学校で使われたものだろう」
「つまり、もう片方の宝具に威力を相殺されたから、この程度の被害で済んだってことね」
「おそらくな」
「でも、あのキャスターにそこまでの力があるかしら?とても、校舎を消し飛ばした宝具に匹敵するほどの手札を持っているとも思えないけど」
「難しいところだな。単純な破壊力で言えば、あの魔女にそれほどの切り札があるとは思えないが、特殊な魔術を使ったり、自身の陣地内であればなんらかの補正が加わり、可能になるかもしれん」
「結局のところ、ここであれこれ考えても推測の域を出ないわよね」
凜は足元に転がっていた瓦を軽く蹴った。
「凛。そろそろここを離れたほうがいいだろう」
「あ、ええ。そうよね。私達以外にもここに様子を見に来る輩がいるかもしれないし」
「そのとおりだ。長居は無用というやつだな」
「それにしても、また綺礼の仕事が増えたわね。いい気味だわ」
「・・・・・・凛・・・・・・」
セイバーが眉間に手を当てて、顔を顰める。
「あ、ご免なさい。ちょっと本音が」
と、軽く凛は舌を出した。
「それにしても、衛宮君は大丈夫かしら?屋敷内にいる気配はないけど」
「さてな。少なくとも、このぐらいではくたばりそうもないがな」
「もしキャスターが負けて消滅していたら、衛宮君も戦う必要がなくなるわね」
「・・・やけにあの小僧の事を気に掛けるのだな?」
「べ・・・べつに!あんたこそ、相変わらず衛宮君の事になるとやたらと絡むじゃない!」
「・・・ふん・・・あの小僧を見ていると無性にイライラするだけだ」
「なによそれ!ほんと、あんたって意味わかんないわ!」
「とにかく行くぞ、凛」
この話は打ち切りとばかりに、
「ったく!誤魔化してんじゃないわよ!」
悪態をつきながらも自身のサーヴァントと共に歩き出した凛は、何気なく空を見上げた。
思ったより暗い。
気が付けば、空から降り注いでいた月明かりが失せている。
あるのは眼下の道路のところどころに設置された街灯の灯りだけになっていた。
「雨が降るのかしら?」
月は厚い雲に覆われていた。
Interlude out
C turn
眼下の少年の背中が、徐々に遠ざかっていく。
セイバーの逃げていった方向へと走り去っていく彼を、私はぼんやりと見送った。
坊やは私の方を振り返りもしない。
「・・・・・・あの小娘。必ず見つけて出してやるわ」
自然と口から出てきたのはそんな言葉だった。
そうだ。
騎士王の殻を被ったあの紛い物。
ランサーという思わぬ邪魔が入ったが、一刻も早くあの女を探しだして息の根を止めなければならない。
あんな小娘がアーサー王?
とんでもない虚言だ。
最高峰のセイバーである円卓の主、アーサーの名を、召喚された次の瞬間には男を誑かすあんな色情狂が名乗るだなんて。
「たとえ多少腕が立とうと、生かしておく価値はないわ」
あの女は万死に値する。
少年が見つけ出す前に探し出して、その顔をぐちゃぐちゃにしてやらなければ気が済まない。
「どこに向かったかのかしら?」
この戦争の要衝になりそうな箇所には、使い魔を放っている。それらを駆使すれば見つけ出すことは不可能ではない筈だ。
霊体化しているとすれば探すとなれば厄介だが、セイバーはかなりのダメージを負ってはいる。
即座に魔力切れになる程ではないだろうが、魔力が枯渇しているのも事実だ。
マスターとの契約が断たれた以上、別の手段で魔力補給が必要になる。
手当たり次第に人を襲うか、ほかのマスターを探すか、あるいは・・・・・・
「・・・・・・見つけたわ」
柳洞寺付近に放っていた使い魔を通じて、脳裏にセイバーの姿がはっきりと確認できた。
幸いなことに霊体化していなかったようだ。それだけ消耗しているということなのかもしれない。
いずれにせよ好機だった。
──────スゥ──────
空中を浮遊したまま、私は移動を開始した。
行く先は柳洞寺方面だ。
柳洞寺へと向かう街灯もまばらな路上。
完全に夜も更けたこの時間となれば、人も車も全く通らない。
とうの昔に役目を終えて、廃業したのだろう。眼下に佇むガソリンスタンドは廃墟同然に荒れ果てていた。
ここなら誰の邪魔も入らない。
「く・・・キャスター・・・」
こちらを見上げているのは、人形のように美しい金髪碧眼の少女。
だが、今浮かべている表情は人形のそれではなく、戦士のものだ。激しい怒りを露わにしてこちらを睨みつけてくる。
「ふふふ。いい気味ね、セイバー。霊体化するほどの魔力も残ってないなんて」
トンッ
私は地面へと降り立った。
眼前に立つセイバーは疲労困憊の様子であり、あのギルガメッシュと戦った時に纏っていた白銀の鎧を再度具現化することもできていない。
「魂喰いをするのは、あなたの正義感が許さなかったのかしら?」
ここまでやって来たのはただの偶然か、柳洞寺が優れた霊地であることを知っていたからかはわからない。
いずれにせよ他の手段を取りようがない彼女とすれば、優れた霊地に駆け込むしかなかった筈なのだ。
「当然です。無辜の人々を襲い、その魂を脅かすことなど言語道断」
予想通りの答え。
そして、
ジャギ・・・
怒りを露わにしたセイバーは、杖代わりにして体を支えていた剣を持ち上げて、こちらに切っ先を向けてきた。
「あら、怖いわねえ。でも、もう限界でしょう。無理しないほうがいいのではなくて?」
「・・・シロウの仲間である筈のあなたが・・・いいえ、お前がなぜこのような真似を・・・・・・」
「あなたはアーサー王の名を騙る偽物の売女。そんな女は不要よ」
「確かに一般的な伝承で紡がれるアーサー王は男性だ。だが、私は女子であることを秘匿してはいたものの、真実、アーサー王と呼ばれる存在であることに相違ない。英雄王には遅れをとったが、先程の戦いはその証左にもなった筈だ」
確かに先程のギルガメッシュとの戦いは、凄まじいものだった。結果的に敗れはしたものの、彼女が優秀なサーヴァントであることは充分にわかった。
だが、
「そんなことは
「・・・・・・問答無用ということですか・・・・・・」
「とにかく、あなたにはここで消えてもらうわ。邪魔なのよ」
そう告げて右手を突き出すと、セイバーに向けた掌に魔力を収束させていく。
「これもあなたの
諦観したようにセイバーは呟き、その顔を伏せた。
「ふふふ、観念したようね。安心なさい、一息で殺してあげるから。本当であれば嬲り殺しにしたいのだけど、あまり長い間坊やと離れているのも危険だし」
ドンッ!
もはや抵抗する力の残っていないセイバーに向けて、紫色の魔力弾を放った。これでお終いだ。
ドゴォッ!
狙い通りの直撃。
「舐めるな!キャスターッ!」
ダッ!!
気が付けば猛烈な勢いで突進してきたセイバーが眼前に迫っていた。
彼女の左腕は銀色の籠手で覆われており、その籠手で体を守るような体勢になっていた。
「なっっっ!?」
「貴様だけは許さんっ!」
金色に輝く剣が振り上げられ、神速の斬撃が迫っている。
「くっ!?」
咄嗟に空中へと飛び上がり、その攻撃を避けようとした。
ザグッ!
「きゃあああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
痛い!
強烈な痛みが右足を襲い、口からは絶叫が迸る。
それでも私は集中を途切らせることなく、空高くへと舞い上がる。
早くこの女から離れないと!
「仕損じたかっ!?」
足元からは悔し気なセイバーの声が聞こえてきた。
ヴン・・・
セイバーに視線を向けると、手にした剣の刀身に魔力を収斂させている。
ギルガメッシュとの戦いでも使っていた、魔力による遠方からの斬撃を放つつもりだ。
「逃すものか、キャスターッ!」
コウッ!!
眩い閃光が眼前に迫る。
必死の形相を浮かべたセイバーが魔力斬撃を放ってきたのだ。
だが、今しがた思わぬ反撃で切りつけられたのとは違い、この攻撃は予想ができていた分対処のしようがあった。
「守りなさい!」
紡いだ言葉と同時に不可視の壁が築かれ、
──────ズシャァァァ──────
前面に構築したその魔力障壁に、セイバーの放った金色の魔力波が奔流となって襲い掛かり、せめぎ合う。
「うぐぅぅぅっ!!」
僅かの時間で私の展開した壁は殆どが削られ、私は体のあちこちに裂傷を負う事になった。
纏っていたローブは至る所が裂かれ、破れ、解れている。加えて初撃で切り付けられた足の痛みが酷い。
だが、何とか耐えることができた。
「・・・・・・つぅぅ・・・・・・その状態で、ここまでの力が出せるなんて・・・・・・」
全身をギリギリと苛む痛みをなんとか堪えながら、高度を上げていく。かなりの距離を取らなければ、とても安全とは言えないことをまざまざと思い知らされた。
最優のサーヴァントである【セイバー】クラスの力は、やはり半端なものではない。
「・・・ぐっ、ここまでか・・・」
地上では、顔を歪めてセイバーが膝を付いていた。
今しがたの一連の攻撃は、残っていたなけなしの力を振り絞ったものだったのだろう。
実際に、魔力斬撃については、先程のギルガメッシュとの戦いで使っていた時よりも威力としてはかなり劣っていた。万全であれば、障壁などお構いなしに私は光に飲み込まれていたに違いない。
「もうあなたを侮ることはしない。一度ならず、二度までも
ギルガメッシュとの戦いにしろ私への対処にせよ、この女は戦闘面においては咄嗟の判断力があるだけでなく、駆け引きも駆使してくる。
霊体化しなかったことの真意は定かではないが、疲労困憊で身動きも取れないような風体だったのは、擬態だったわけだ。
この期に及んでも、どんな反撃を狙ってくるか油断はできなかった。
「全力で消し去ってあげる。その顔が苦しみに歪むところを見ることができないのは残念だけれど」
そう宣告して、私は前面に10を超える魔方陣を展開した。
今度こそ、セイバーを仕留めるため、私の持つ最大火力の砲門を、最大数を用いて広範囲に浴びせるのだ。
「・・・・・・むざむざ殺られるわけにはいかない・・・・・・」
数十メートル先の眼下。
そこに膝をついたままのセイバーだったが、それでもこちらを見上げて剣を構えていた。
だが、流石にその瞳には先刻までの力は宿っていない。
「・・・・・・貴様はいずれ、必ず
女から漏れ出している暴言はもはや聞くに堪えなかった。
早く消し去ってしまわなければ。
「今度こそ本当にお終いよ・・・・・・
あの女に止めを刺すための詠唱を紡ぎながら。
私は自分の顔が喜悦に醜く歪むのを自覚した。
・・・ああ・・・
これでまたあの子を。
私だけの【衛宮士郎】を。
「
数多の魔方陣から強烈な黒い閃光が放たれ、眼下の昏い路面へと降り注いでいく。
その先には膝を地面に付いたままこちらを見上げる一人の小娘と、片手をこちらに向けながら
・・・・・・・・・・・・え?
「セイバーッッッ!!!」
叫びながら、黒い砲弾の雨の中に飛び込んだ少年。
彼が突き出した腕の先には一瞬だけ巨大な盾が展開されたように見えたが、それは無慈悲な降雨に抗し切れず。
バラバラに引き裂かれていった。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォ・・・・・・
容赦なく降り注いだ無数の砲弾にアスファルトの路面が抉られた。
そしてしばらくの間、もうもうとその破片と塵を撒き散らす。
──────────────────────────────
後に残ったのは、二つだけ。
少年に庇われた女のうつ伏せになった体。
そして。
仰向けになった少年の体。
それはあたかも彫刻家が作成する
その
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
間の抜けた一音。
それが、静寂に包まれた夜闇に漂った。
誰の声だろうか?
この場にいる誰か声の筈だけれど。
「・・・・・・ター・・・・・・」
そして、もはや生気など欠片もない顔を虚空に向けたまま。
少年の口が何事かの言の葉を紡ぎ。
「・・・・・・ん・・・・・・」
ほんの僅か。
その言葉の最期の音だけが私の耳に届いた気がした。
・・・・・・えっと・・・・・・
あれ?
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・坊や?」
──────────────────────────────
私の意識は、ブツンッと音を立てて断ち切れた。