Interlude in
「・・・・・・な・・・・・・!?」
その状況を理解すると、遠坂凜は思わず口元を覆った。
「・・・・・・・・・なんてこと・・・・・・・・・」
呆然とする彼女の足元には血溜まりが広がっており、その中に半ば沈むようにして一人の少年が・・・いや
「・・・・・・・・・」
隣に立つ赤い外套を纏った長身のサーヴァント、
その両拳はきつく握り締められており、日頃の斜に構えたような態度が今は微塵も感じられない。
微動だにせず、慄然と立ち尽くしている。
「・・・これじゃあ、殆ど・・・」
凜は呟きながら、
実際、一目瞭然なのだ。
降り出した雨に濡れ始めたアスファルトの路上。
体の下半分を失い、焦点を結ばない目を見開いているのは、命の灯を一片も宿さない【衛宮士郎】の肉塊だ。
傍まで近付いて、改めて確認する必要などなかった。
「ああ、即死だったろうな」
セイバーは凜の言葉を遮るようにして、推測の体裁を取り繕った事実を口にした。
己がマスターにその言葉を口に出させないように、と、そんな心遣いだったのかもしれない。
「そうよね・・・」
「聖杯戦争に関わった以上、こういうこともある」
「・・・勿論、敵同士なんだから、殺し合うことになる相手だったんだけど・・・やっぱり複雑なものね。あんたからすれば、覚悟が足りないって言われそうだけど」
「気に病む必要などないぞ、凜」
セイバーがぽんと凜の背中を軽く叩く。
「覚悟を決めるということは、不感症になるのと同義ではない」
「・・・ありがと」
ちゃんと受け止めるべきよね、と凜ははっきり言う。
「それにしても、あんたの反応も少し意外ね・・・・・・いいえ、ごめんなさい」
口では否定していたが、自身のサーヴァントがなぜか衛宮士郎に並々ならぬ殺意とも言うべき執着を抱いていることは疑いようがなかった。だが、今はこの状況に戸惑い、そして悼んでいるようにも見えた。
「そうだな。私自身も不思議な感覚だ。あれ程、躍起になって殺そうとしていた相手が死んだというのにな」
「・・・そう」
これまで認めようとしなかった拘泥を、あっさりと肯定した。そんな男に対して不思議な思いを抱きつつも、凜はその態度を受け入れた。
いつかその拘りの理由を打ち明けてもらう時が来るのだろうが、今はその時ではない気がした。
「なんにせよ、この状態を放置するわけにはいかないか・・・・・・綺礼にも連絡しなくちゃだし」
そう言って、凜は目を伏せ、ゆっくりと両の掌を合わせる。
「・・・それにしても、こんな事を
あの子にだけは絶対に見せたくない。
凜はそんな思いに駆られた。
だが。
「・・・せ・・・せん・・・ぱい・・・?」
「「!?」」
眼前の光景に意識の全てを振り分けていた凜とセイバーは、慌てて後ろを振り返った。
先程の凜と同様に、目を見開いて呆然とする少女。
その口元を覆うむき出しの両掌は、夜冬の冷気で赤く染まっている。
「・・・そんな・・・せん・・・ぱい・・・・・・」
薄桃色のコートに覆われた間桐桜の細い体は、小刻みに震えながらただただ立ち尽くしている。
一方で、凜とセイバーは、彼女に対する適切な対処方法を見出すことができなかった。
三者の視線は完全にすれ違ったまま。
何秒、いや何十秒が経過したのだろうか。
ポツ・・・ポツ・・・
いつしか降り始めた小粒の雨が、月明かりの消えた薄闇色の空を少しずつ占有し始めていた。
一方で、傘など持ち合わせてはいなかったが、間桐桜にとっては雨粒は注意を払うべき対象にもなり得なかった。
その目は、血溜まりに沈む半身だけしかない衛宮士郎の姿に縫い留められていた。
「・・・さ・・・桜・・・」
絶対にこの
そう思った矢先に、まさにその
凜は自分が神にでもなったのかと歯噛みした。
自分が望まぬ事を実現してしまう、逆さ神とでも言うべき神だ。
「・・・・・・・・・やったの、姉さんですか?」
虚ろな音。
凜は空っぽの声が、自分に向けて発せられたことに気が付いた。
そして、何も映っていない灰色の眼球もこちらに向けられている。
その瞳の奥を覗き込んでも、何もなく。
どこまでも暗く深い洞穴があるだけだ。
「っ!?」
凜は本能的に『違うっ』という否定の声を真っ先に出さないといけないと悟ったが、自身に降り注いできた絶望の深さに戦慄して、何も答えられなかった。
気持ち悪い汗で背筋がぐっしょりと濡れる。
だが。
「まあ、どっちでもいいんですけど・・・」
心の底から本当にどっちでもいいという念がぐしゃぐしゃに丸められて、ぎゅうぎゅうに凝縮されて、ポイッと放り投げられた。
「やっちゃって。ライダー」
ス──―
「なっっ!?」
「何だと!?」
桜の言葉と共に現れたサーヴァントを見て、凜も、その傍らにいるセイバーも驚きの声を発する。
彼女達からしてみてれば、眼帯をした長身の女性を象ったその英霊は、間桐慎二に使役されていた筈だったのだから。
「・・・・・・よろしいのですか?桜」
一方で、実体化したライダーのほうでも、戸惑い、或いは動揺を覚えているように凜には見えた。
彼女を見たのは校庭での戦闘の時のみではあるが、その時の印象は感情を表には出さない機械のような印象だった。だが、今、その顔は自身の出現に驚く凜達には全く向けられておらず、当初の桜同様に衛宮士郎の亡骸に向けられている。
眼帯に隠れて読み取り辛いものの、彼女の白い顔は心なしか蒼ざめているようだった。
「なんで、あなたがライダーを?」
いずれにせよ、間桐慎二のサーヴァントであった筈のライダーが、こうして桜の指示を受けていることが想像の埒外の出来事だった。
「そう言えば、そこから説明しないといけないんですよね。もう、面倒臭いなあ」
「・・・桜。おそらく彼女達が衛宮士郎を害したわけではないでしょう。血の固まり具合からしても、特段の魔力反応がここ数分なかったことからも」
青白い顔のままではあったが、ライダーは桜に疑義を呈する。
「・・・彼が・・・その・・・・・・死んでから、既にかなりの時間が経過していると考えられます」
それはあなたもわかっているのではないのですか、とライダーは続けた。
「だから言ったじゃない、ライダー」
桜は虚ろな目を、今度はライダーへと向けた。
「もう・・・ほんとに、
感情の成分が微塵も含まれていない言葉を桜が
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ちょっと瞬きをしたら、そこにありました。
何か問題でもありますか?
そんな具合だ。
「え?」
「なに?」
「なんだと?」
子供程度の背丈。
そして黒い蛸のような造形。
深夜ではなくても、車通りも人通りも少ない路上。月も隠れ、決して多くはない街灯の光だけが頼りであり、視界は良くない。
しかし、
「あ、出てきちゃった。こうして実物を見るのは、初めてのような気もするけど」
この場にいる四人の中で、桜だけが
「・・・い・・・一体全体、その黒い蛸みたいなのはなんなのよ・・・」
顔中に汗を浮かべて、凜が後退る。
「凜。あれは危険すぎる。逃げろ」
殆ど無意識のうちに双剣を出現させて構えたセイバーは、緊迫した面持ちで己がマスターを庇うようにその前に出る。
「・・・私の見立てでは、あれが新都側で何度か発生していた昏睡事件の容疑者だ。そして、この世界のバグとでも言うべき怪異だ」
「・・・な・・・なんですって・・・?」
凜はその異様さに戦慄しながら、その【影】の隣にいる桜に憂いの視線を向ける。
「桜。あなた、危ないわよ。早くそいつから離れなさい」
混乱の色を隠せない凜は、素のままに注意する。
ただの後輩である間桐桜に接する時に演ずるべき振る舞いを忘れて、妹に対する態度になっていた。
「えっと、セイバーさん・・・でしたっけ・・・」
一方で、桜は凜の言葉に反応を見せず、赤い外套を纏ったサーヴァントをひたと見据えた。
「きっと、あなたの言うとおりなんですよね。これって要するに存在自体が間違いなんですよね」
「そうだ、桜。キミだって感じている筈だ。そいつの異常さに」
セイバーは、普段の斜に構えた態度とは正反対の緊迫感を滲ませて、半歩、桜のほうへと近付く。
「早く、そいつから離れるんだ」
セイバーの言葉に、凜も、そして桜のすぐ前に位置するライダーも同意を示すように頷く。
「・・・・・・あ~~~・・・・・・」
だが、間桐桜は自分以外の三人が示す緊張感とは遥かにかけ離れた弛緩した声を漏らす。
彼女にだけはその【影】に対する認識の仕方が大きく異なっているようだった。
「みんな、ひどいな。でも・・・・・・仕方ないんですよね。どうせ、嫌われ者なんだもの。いないほうが・・・・・・・・・・・・いいものなんだものね」
「・・・桜・・・あなた、何を言って・・・」
そう呟く凜も含めて、三人は桜の異様な雰囲気を感じ取りつつあった。
自分達は何か決定的に間違った認識をしているのではないか、そんな思いを抱きながら。
「でも、ほんとみんな勝手ですよね。今までは全然見えないみたいに無視してきたくせに。見えるようになったら、お前はいちゃいけないだの、いらないだの。言いたい放題」
間桐桜は口元だけを吊り上げた笑みを浮かべて、曇天の夜空を見上げた。
──―ジジ──―
彼女の動きに呼応するように、辺りには小さなノイズが走る。
それは、雑音だったのか、実際に空間が歪んだのか。
「・・・・・・桜・・・・・・いけない・・・・・・」
ライダーは己がマスターの明らかな異変を感じ取り、その手を伸ばそうとする。
だが。
──―ジジジジジジジジジジジジ──―
差し伸べられるライダーの手を拒絶するように、ノイズが濃くなる。
発生源は、間桐桜とその傍らに佇む
凜の目には、その二つが同調して、外郭に断続的な歪みが生じているように見えた。
ちょうど、テレビを放映時間外に見ると出てくる白黒の砂嵐のようなものが、桜に被さっているかのようだ。
そして。
──―ザザザ──―
【影】が桜を徐々に覆っていく。
【影】と桜が一つになっていく。
【影】が桜に、桜が【影】になっていく。
「「「!!?」」」
異様な光景だった。
であると同時に、三人には既にそれがなぜか納得のいくものでもあるようにも思えてしまっていた。
──―ザザザザザザザザザザザザ──―
「あ~~~~・・・・・・ほんとにもう・・・・・・どうでもいいや」
漆黒のカーテンの向こうに見えなくなった桜の声が、心底どうでもいいかのように辺りに響き渡る。
「先輩のいない世界なんて・・・・・ほんとどうでも・・・・・・」
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闇は晴れた。
そして、新たな闇が象られた。
カクン、と。
「
少しずつ上げた桜の顔の半分には赤黒い蛭のような紋様が張り付いており、それは彼女の身体中を覆い尽くしていた。
「教えてくださいよ、姉さん」
間桐桜だったものが、問い掛ける。
ニコリと、見ようによっては朗らかとすら表現できる笑みを浮かべて。
「・・・・・・さ・・・桜・・・・・・あんた、一体どうしちゃったのよ・・・・・・」
「わかるわけないですよね。私の事なんか、すっかり忘れちゃって眼中に無かったひどい姉さんなんかには。あの間桐の魍魎の箱のような屋敷の中で、何が起きているかなんて想像もしなかったのでしょうね?」
信じていたんですよ、と黒い桜は続ける。
「私のヒーローがいつかここから助け出してくれるって。でも、いつしか諦めてしまいました。姉さんはいつもいつも輝いていて。ああ、この人は私とは違う世界の生き物なんだって」
「・・・・・・これも、間桐の魔術ということなの・・・・・・?」
「でも、良かったんです。あの人さえ・・・・・・先輩さえいてくれたなら。そう思うようになっていました。だけど・・・その先輩も・・・」
桜の顔が虚空を見上げる。
「・・・・・・桜・・・・・・そんな・・・・・・」
変貌してしまった桜を見るライダーの動揺は尋常なものではない。
動揺。悔恨。焦燥。
それらがいっしょくたになって、ライダーの白皙を埋め尽くしている。
「・・・・・・・・・申し訳ありません・・・・・・【──―】」
思わずというように、彼女の口から零れた謝罪。
そして、その後に続いた三音。
ジャッ!
その三音に桜が反応した。
ギュルルルル!
「あうっ!?」
桜の足元から伸びた黒い影が、僅かな距離しか離れていなかったライダーの全身に絡みついた。
「なんでなのよ?なんでそこで、あなたの口からその名前が出てくるのよ?」
「え?」
桜の言葉に、ライダーも困惑の色を見せた。
「全く、一体何なのよ。あのキャスターとかいうオバサンだってそう。私だけの先輩を取り上げて」
ゾワゥ──―
「まさか、あなたまで先輩と関係があったの?」
桜の足元の漆黒が広がり、影の帯に捕らわれたライダーの足元まで広がっていく。
「従者には、ちゃんと躾が必要よね」
「待ってください、桜っ!」
全身の自由を奪われたライダーが必死に己がマスターに呼びかける。
「あなたも色々と私の目の届かないところで色々と調べていたらしいわね。お爺様がご立腹だったわよ」
だが、桜はライダーの言葉には反応せず、言葉を連ねる。
黒い帯はライダーのしなやかな上半身を余すところなく拘束していた。
さらに、地面を伝って伸びた影がアメーバのように足元から絡みつく。
「う・・・動けない・・・」
細身の女性ではあるが、【怪力】スキル持ちのライダーの膂力は決して低いものではない。
だが、その彼女をして黒い帯の戒めを解くことはできなかった。
ズズ・・・ズズズズ・・・
そして、そのまま底なし沼に飲み込まれるようにライダーの足は黒い汚泥の中へと沈んでいく。
「あぐぅぅ・・・」
「・・・ちょ・・・桜・・・あんた何やってんのよ・・・ライダーはあなたのサーヴァントなんでしょ?」
本来であれば敵であるライダーを案じることはナンセンスなのだが、凜は眼前で繰り広げられるこの異常事態に思わず前へ出ようとした。
「止せ、凜!あれに触れたらただでは済まないぞ!」
セイバーは桜へと近付こうとした己がマスターの肩を掴んで静止する。
「うるさいなあ、姉さんは」
ジャッ!
心底煩わし気に呟いて、桜が左腕を軽く振るうと一本の黒い帯が凜へと迫る。
「なっ!?」
「ちぃっ!」
ガッ!
凜を庇うためにセイバーは咄嗟に彼女の前に出ると、右手に持つ白剣【干将】で伸びてきた帯状の影を弾いた。
「ぐぅっ!?」
だが、セイバーは右腕を押さえて、その場に膝をつく。
「セイバー、大丈夫っ!?」
「つっ・・・いや・・・なんとか・・・大丈夫だ・・・」
顔にじっとりと脂汗を浮かべて、セイバーが腕を押さえたまま立ち上がる
「な・・・なによ・・・それ・・・?」
凜が指差した己がサーヴァントの右腕は、真っ黒に変色していた。
「呪いのようなものだな・・・なんというか・・・途方もなく不快で、重い」
言いながらセイバーは桜に目を向ける。
「癇に障る表現は止めて貰えませんか?」
桜は冷たい眼差しをセイバーに返す。
その左腕の周囲には弾かれた黒い帯がシュルシュルととぐろを巻くようにして漂っていた。
「退くぞ、マスター。今は対処の方法が全く分からない」
「仕方ないわよね」
凜は一瞬、悔しそうな表情を浮かべたが、すぐに己がサーヴァントの言い分が正しいことを認めざるを得なかった。
不可解なダメージを負ったセイバーの状態が問題というだけではない。
ライダーは既に体の半分までが地面へと取り込まれている。不意を突かれたとは言え、サーヴァントがここまで成す術もなく一方的に人間にやられるなんて常識外れもいいところだ。
今の桜が尋常ではないことは一目瞭然だった。
「覚えてなさいよ、桜!きっとあんたをとっちめてやるからね!」
そう言いながらも、桜から視線を外さずに凜は、徐々に距離をとっていく。
「ええ、姉さん。いつでもどうぞ。お待ちしていますと言いたいところですけれど、この後、姉さんのお屋敷を私がいきなり襲撃するかもしれませんから、お気をつけて」
「っ!?」
「落ち着け、凜。今はここを離脱するだけでいい」
徐々に後退した凜とセイバーは一定の距離をとったところで、身を翻してその場を立ち去っていった。
「さよなら、姉さん。姉さんの相手をするのは、また改めてということで・・・・・・」
去っていく凜達の後ろ姿を見送った桜は、ライダーへと視線を向ける。
「・・・さてと・・・」
ライダーの僅かに地表に出ている耳に、遠坂凜達が遠ざかっていく足音が伝わってきた。
常にその面貌を覆っていた眼帯
とは言え、既に後頭部が黒い沼に没しており、顔は天を向いているため、その視界には分厚い黒い雲と、そこから落ちる雨雫が直接目に入ってくるだけだった。
「・・・く・・・」
黒い沼に没している身体は動かそうとしても、動かない。そもそも自分の体があるのかどうかもあやふやな感覚になっていた。
「ライダー、安心してね。あなたはほんのちょっぴり、
桜はライダーに対して朗らかに告げてくる。
しかし、ライダーの顔は既に耳も地中に沈んでおり、その語尾が聞き取れなくなっていた。
「・・・・・・申し訳・・・・・ありません・・・・・・」
悔恨の念が込められた言の葉がその形の良い唇から絞り出される。
天に向けられた彼女の双眸には、雨とは違う雫が浮かんでいた。
「・・・・・・私は・・・・・・また・・・・・・」
ズズズ・・・
全てを言い終えることもできず、ライダーの美貌が泥の中へと没していった。
後には、黒い汚泥の沼が残るのみだった。
「本当に謝る必要なんてないのよ」
桜は、ライダーが完全に地中へと沈んだことを見届けると、次に衛宮士郎の亡骸のほうへと歩み寄っていく。
「結局、誰が先輩をこうしたのかはわからないけど、確かに姉さんではなさそうだったわね。間違いなく聖杯戦争の参加者によるものなんでしょうけど」
シュルルルル──―
桜の手から複数の黒い帯が伸びていき、衛宮士郎だったものの全身を覆いつくした。
「こんな姿になっちゃったけど、せめてこれくらい・・・・・・独り占めにしたって」
呟いた桜は、
「いいですよね?・・・先輩」
何も映さない衛宮士郎の瞳は、間桐桜の穏やかで、虚ろな赤い瞳にひたりと捉えられ。
やがて、その頭部は
ゆっくり沈んでいった。
Interlude out