Fate/√  【群像時変】   作:わが立つ杣

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1月31日 未明









第29話 ~当日③~ 「Prologue」

 C turn

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「畜生め!やっぱり追ってきやがるぞ!」

 

「ダメだ!向こうの船のほうが速い!」

 

「どうするんだよ!?イアソン!」

 

「クソッ!あんな女を連れ込むからこんな事になるんだ!」

 

 混乱した男達が口々に怒声あるいは罵声を喚き散らしていた。

 アルゴー船の乗員(アルゴノーツ)と呼ばれるこの彼らは、ギリシャ選りすぐりの英雄達である。決して弱くはないし、愚かでもない。多少の数の不利であれば、それを跳ね返すだけの力はある。

 だが、波濤の彼方からはこちらより大きなガレー船の船団が殺到してくるのが、はっきりと見えるようになっていた。

 その数5隻。

 いくら英雄達と言えど、多勢に無勢は否めなかった。天下に名立たる古今無双の英雄【ヘラクレス】が乗船していれば、もう少し落ち着いていたのかもしれない。だが、彼はこのコルキスに辿り着く少し前に船を降りたという話だった。

 

「父上は大層ご立腹でしょうね」

 

 追ってくる船団を指揮するのはアイエテス。

 コルキスの王であり、自分の父でもある。

 その姿はまだ見えないが、国宝である【金羊毛】を掠め取った私達に対して烈火のごとく怒り、血眼になって追ってくるのが目に浮かぶようだ。

 

「姉さん・・・・・・」

 

 不安げな視線でこちらを見上げてくる(アプシュルトス)の大きな瞳は、無垢な兎のそれのようだ。

 

「大丈夫よ」

 

 ええ。

 大丈夫。

 魔術を実現するには様々な道具、材料が必要になる。

 鉱石、草花、そして動物。

 材料を適切な状態にするためには、刃物を用いることもある。

 そのようなわけだから、私は刃物の取り扱いにも慣れているのよ。

 

「この国では人の体はとても神聖なもの。父上もさぞかしあなたを大切に思ってくれているでしょう。あなたも本望と言えるのではなくて?」

 

「・・・姉さん?」

 

 ズブリ・・・

 

 ごくごく当たり前のように。

 ほんの僅かの躊躇いもなく。

 弟の心臓には刃が突き立っていた。

 じっとりと私の素手は血に塗れ、生暖かくなっていく。

 

「・・・な?」

 

 それと反比例するように、もともと白かった兎の顔は血の気が失せて一層白くなっていく。

 

「さすがにこれで細切れにするのは、難しいかしらね」

 

 私は短剣をポイッと捨てると、詠唱を開始した。

 簡単簡単。

 詠唱は一音節。

 すぐに終わる。

 ・・・ああ・・・そうだ・・・

 この時の私は狂っていなどいなかった。

 自分のやっていることが、何を意味するのか充分にわかっていたのだ。

 

 グシャァッ!

 

 瞬く間に切り刻まれた肉片。

 今度はそれをポイポイッと海へとバラまいた。

 

「・・・っな!?・・・実の弟を!?」

 

「お・・・お前!一体何をしていやがるっ!?」

 

 先程迄だって充分に騒々しかった男達が、より一層騒然となっていた。

 どうしたというのだろうか?

 せっかくこの私が会心の策を思いつき、あなた達を助けてあげようというのに。

 あら?

 私だけの愛しい人。

 あなたまで、どうしてそんな目で見るのかしら?

 

(わたくし)、あなたのお役に立つでしょう?」

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 遠い記憶。

 確かなのに、ひどく希薄な記憶。

 だけれども、この私。

 【魔女メディア】という存在を象徴する出来事だった。

 その記憶が、胸の中が(やかま)しくなるくらいに、行ったり来たり。

 こんなことは現界してから初めてだった。

 いったい、今さらどうしたというのだろうか?

 

 ポツッ・・・

 

 何かが髪を軽く叩いた気がしたので、顔を上げる。

 

 ポツンッ

 

 見上げた黒い空から雫が落ちてきて、上を向いた私の顔に当たった。

 

「そう言えば、雨が降るっていう予報だったかしら」

 

 今朝のテレビで観た天気予報ではそもそも今夜早くから、雨が降るという話だった。完全に夜も更けたこのタイミングで降り始めたのだから、少し天気が持ち堪えたとも言える。

 そのテレビは誰と観ていたのだっただろうか?

 

 ザーーーッ

 

 ポツポツと落ちてきていた雨粒は左程の時間を要さずに、やがて大粒になり、そして本降りへと変わっていた。

 纏ったローブに水が浸み込んでいき、瞬く間に体に纏わりついて、重くなる。

 ああ、そうだ。あの可哀そうな少年と一緒に観たのだ。

 ひたすらに雨が打ち付けるアスファルトの道路を、フラフラと歩きながら思い出す。

 彼と過ごしたお(うち)は、どこにあったっけ?

 そんなことを考えながらも、霞が掛かったように思考が覚束ないままに私は歩き続ける。そう言えば、いつぞやもこんな風に独りでこの街の夜道をズルズルと歩いたような気がする。

 あれは随分と昔のことだったのではないだろうか・・・いや・・・本当はそんなことはないんだっけ?

 雨が鬱陶しいが、少し落ち着いて考えたほうがいい。 

 あの少年を失ったが大したことはない。

 元々ただのコマとして利用しようと思っただけなのだ。

 多少掘り出し物ではあったものの、それだけで勝ち抜けるほどこの戦いは甘くはない。

 

「・・・改めて策を練る必要があるわよね・・・」

 

 フワフワと現実感のない言葉が自分の口から洩れる。

 では、どうすればいいのだろうか。

 

「そう言えば、まだ・・・・・・」

 

 そうだ。

 聖杯戦争は始まってすらいないのだ。

 

 

 

 ギギィィ・・・

 

 気が付けば、あの土蔵の扉を開けていた。

 ここに至る途中には中庭が荒れていたり、外塀が崩れていたりしたが、どうしてああなったのだろうか。

 まあ、いいや。

 すっかり押し慣れた入り口付近にあるスイッチを押して、土蔵のランプを灯す。

 手前側が少年の工房、というよりも実質的には鍛錬のスペース。

 奥が私自身の工房になっている。

 そもそも魔術師の工房でこのように共用するような形になっていたのはイレギュラーだ。

 なぜ、こうしたのだろうか?

 狭くても、空いている個室はあった。土蔵を私だけの工房にして、彼のスペースなど他に移させれば良かったのではないか。

 いや、そもそも私はなぜこの屋敷に拠点を構えたのだろうか?

 当初は、この冬木で最高の霊脈を持つ場所へと向かっていた筈ではなかっただろうか?

 今更のように、不思議な思いが駆け巡る。

 だが、それは全て終わったことに過ぎない。

 

「・・・そうよ・・・もう、どうでもいいじゃないの」

 

 これからの事を考えなければ。

 現界してから20日と少しが経っただろうか。

 濃密な日々の中、様々な出来事がありはしたが、まだこの聖杯戦争は正式な開戦を迎えていない。

 あのイレギュラーな存在であるギルガメッシュを除けば、まだ、サーヴァントは7騎揃っていないのだ。

 であれば、

 

「ええ・・・・・・ええ・・・・・・この(わたくし)が始まりの狼煙をあげるとしましょうか」

 

 感情の籠らない虚ろな音が漏れる。

 ・・・まったく・・・どうしたというのだろうか?

 あやふやだ。

 本当にさっきから頭から足の先迄、いや、思考から感情(たましい)に至る迄の全ての自分が、まるっと自分でないかのようだ。

 

「あら、丁度いいものがあるわね」

 

 ふと視界に入った暖房器具(ストーブ)の傍に落ちていた()()を、何気なく手に取る。丁度良い具合に、今から遂行する仕事に最適な道具が見つかった。

 

 ザグ

 

 ()()を使って掌を切ると血が流れてくる。

 ヒタヒタと流れる自身の血を使って、私は土蔵の床に紋様を描いていく。円形の中には様々な図形と紋様が象られ、やがて魔方陣ができあがった。

 土蔵の奥にも似たような物が描かれてはいるが、あれはなんだったろうか?

 ふと疑問が浮かんだが今は気にしないことにする。

 急拵えの陣の出来は、お世辞にも上等と言える物ではなかったが、それもあまり気にならない。

 そうだ。

 グズグズしていては、他のマスターに先を越されてしまうかもしれない。

 早々にことを成さなければいけないのだ。

 

 カランッ

 

 使い終えた()()を何気なく陣の中心に落とす。これはもう使わないのだからこれでいい。

 

「えっと・・・詠唱は・・・」

 

 未だに思考が覚束ない頭から詠唱の文言を引っ張り出し、口は機械的に言葉を紡ぎ始める。

 

「──―素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。

 降り立つ風には壁を。

 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

 

 閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度。

 ただ、満たされる刻を破却する──―」

 

 フワフワとした感覚のままに、詠唱をしていた私はふと、気になる事が脳裏をよぎる。

 

 ・・・そう言えば、朝食の献立を考えなければいけないのだったかしら?

 

 2週間余りの短い期間ではあったが、共に暮らすうちに自然と教わった料理の数々を思い出す。

 少し塩味の強いこの国の料理。

 でも、口にするとほっとする。

 全然、故郷の食事とは違うのに。

 ・・・・・・いやいや違う。

 もう、その料理を振る舞う相手はいないのだ。

 忘れよう。

 それよりも、召喚の詠唱を続けなければいけない。

 

「───告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 

 誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者、

 我は常世総ての悪を敷く者。

 

 汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──―」

 

 淡々と、惰性で並べただけの一連の言葉(プロセス)が漸く最後まで至る。

 ああ、本当に億劫だった。

 一体全体、なんのためにこんなことをしていたんだっけ?

 早くシャワーを浴びよう。

 現界してから知ったあの道具は素晴らしい。

 ドロドロの汚泥を頭から被っているような、心と体(いま)をきっとすっきりさせてくれるだろう。

 そんな、召喚者の取り留めもない思考に忖度することなく、

 

 ボウッ・・・

 

 鈍い光の中にシルエットが浮かび上がる。

 光はゆっくりと晴れていき、やがて中にいた人影がはっきりしてくる。

 やがて。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?

 

 私はその存在が何であるかをわかってしまった。

 えっと・・・たぶん。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 今、呼吸とかちゃんとできているだろうか?

 私が停止している。

 だが、同時に、心と思考が刹那のうちにくっきりと鮮明になる。

 心の泥を落とすのに、シャワーなんていらなかった。

 

「・・・サーヴァント、アサシン。召喚に応じて参上した・・・」

 

 こちらの心情などお構いなしに。

 ()の最初の言葉は発せられる。

 それはお決まりの口上だ。

 くだらないかつてのマスターに召喚された時、私も似たような事を言った気がする。

 だが、

 

「・・・・・・あんたが、オレのマスターか?」

 

 その声を聞いて、つくづくと思ったのだ。

 どうして?

 と。

 

「真名は・・・いや、なんかこの言い方は気障ったらしくてヤダな・・・」

 

 どうして、私の人生はいつも呪われているのかと。

 呪い?

 呪いってなんだっけ?

 ああ。

 それは、私だ。

 私のことだ。

 私自身が呪いなのだ。

 そんなこと、とうの昔にわかっていた。

 私という存在は、もはや【コルキスの王女メディア】ではなく、この世界で凝縮された概念としての【魔女メディア】なのだから。

 

「オレの名前は・・・・・・【衛宮】」

 

 たとえ、そう諦めたとしてもやはり思ってしまう。

 深い深いため息とともに。 

 なぜ?

 と。

 ・・・・・・ああ・・・・・・

 なぜ私はいつも。

 

「・・・・・・【衛宮士郎】だ」

 

 ・・・・・・いつも・・・・・・間違えることしか出来ないのだろうか。

 

 

 

 

 

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