Fate/√  【群像時変】   作:わが立つ杣

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1月16日 未明







第3話  ~15日前①~ 「冥々随想」

 C turn

 

 

 室内を照らす光は、小さな窓から差し込んでくる月明かりとストーブと呼ばれる現代の暖房器具によってもたらされており、薄暗いながらも周囲を視認するためには充分だった。

 見上げる天井が高いことがわかる。

 それにしても、私はまだ何かを見ることができるのだろうか? 

 意識を失う瞬間、私の目が何かを再び見ることができるようになるとは思っていなかった。

 だが、自分の体は確かに自分のものとしてはっきりと自覚できる。

 英霊の座に戻ったという感覚はない。

 

「・・・ここは・・・」

 

 結果的に自分の口から出てきたのは極めて月並みな一言だった。

 私は剥き出しの土の床の上に毛布にくるまれて寝かされていた。周りを見回すと、そう大きくはない土造りの建物のようだ。

 空気は少し湿っぽいが、ストーブが生み出す熱で冷たくはなかった。

 

「・・・どこなのかしら?」

 

 ギィィィ

 

 私の呟きと、その音は殆ど同時に響いた。

 頑丈そうな木の扉が開かれる音だった。

 

「良かった。目を覚ましたんだな」

 

 入ってきたのは、赤毛の少年だった。その手にはタオルと水を入れたコップがある。

 先程、ライダー達に襲われた後に倒れ、意識がなくなる間際に見た顔だった。

 

「あのまま死んじまうんじゃないかって、心配したぞ」

 

 心底ほっとしたような声がこちらに向けられた。

 私の傍らまでやってくると、彼はその場に座り込んだ。真っ直ぐな性格であることを示す瞳は、これまで出会ってきた多くの男達と違う光を放っているように感じられた。

 

「あぅ・・・」

 

 私はどうしようもない程にずっしりと重い体を、何とか上半身だけ起こして少年と向き合った。

 

「わわ、無理しないでくれ」

 

 少年が手を差し伸べてきて私の体を支える形になる。

 色々と聞きたいことだらけだったが、何から尋ねたらいいかすぐには思いつかなかった。思考がまだ円滑に回っていないが、いずれにせよ、この少年に助けられたということだけは確かなのだろう。

 

「・・・ごめんなさい、手間を掛けさせて。それで、ここはあなたの家なのかしら?」

 

「ここはオレの家の土蔵・・・えっと、物置小屋みたいなもんなんだ。こんなところに寝かせて本当にすまないと思っている」

 

 少年は頭を搔きながら、少し焦ったようにそんなことを謝ってきた。今の私は現世の一般人から見れば、先程のいざこざで負傷した女性ということになる筈だ。

 通常であれば、病院に連れて行くというのが常識的な対応だろう。

 

「普通なら、救急車を呼ぶべきなんだけどな」

 

 だが、この少年はそうしなかった。

 

「なんか・・・あんたはその・・・」

 

 彼は次の言葉を選んでいるようだった。

 

「・・・・・・普通じゃないような気がしたからな」

 

 そう言うと、ついと私から目を反らした。

 そもそも常識的な意味の範囲内でも私は普通ではない。この国の人々から見れば明らかに異国人だし、このローブ姿も現代の風俗からすれば充分に特異だろう。

 だが、この少年の言っている『普通じゃない』は、その範疇を超えている筈だ。しばらく喋らせ続けてこちらからはあまり情報を与えないつもりだったが、この態度で確信が持てた。

 

「坊や。あなた、魔術師ね」

 

 この少年は魔術師だ。

 感じられる魔力は微量だ。だが、間違いない。

 だからこそ、私が人間とは異なる存在であることも感じ取れたわけだ。

 

「一応、そういうことになるんだろうな。とは言え、ほとんど魔術は使えないし、協会にも所属していないんだ」

 

 曖昧な答えが返ってきた。

 最初のマスターだった男のような、魔術協会に所属している生粋の魔術師ではないということか。

 

「この建物・・・えっと、土蔵だったかしら。ここは魔力が濃いわ。私をここに寝かせたほうが回復が早いと判断したのね?」

 

「ああ。傷口は一応止血したんだが、どうもあんたの体の消耗は魔力そのものの枯渇が原因だったように感じたからな。ここは、オレが魔術の鍛錬に使っている場所で、うちの敷地内では一番適しているんじゃないかって思ったんだ」

 

「そう。本当にありがとう。お陰で助かったわ」

 

 ここでは魔力の消耗は最小限に抑えられている。現界できるギリギリのところだが、この少年の機転がなければ私は今頃消えていただろう。

 

「さっきの戦いを見ていたのよね。警官を呼んだ演技をしてくれたのも見事だったわ」

 

 そう言ったものの、実際には戦いと言えるようなものではなかった。成す術もなく傷つけられている私を見て、止めるための最適解を導き出したのだろう。

 礼を言われたことに多少照れたのか、少年が少し顔を赤らめて、頬を掻いた。

 

「一方的にやられているみたいだったからな。咄嗟に思いついたことをやっただけなんだ。本来だったら、自分自身で止めなくちゃいけなかったと思うんだけど」

 

「いいえ、あの場に坊やが出てきたら間違いなく殺されていたわ」

 

「ああ、多分そうだったんだろうな。正直、動きが速すぎて目で追うのがやっとだった・・・・・・・・・それは、ともかくとして」

 

 そして本来であれば、()()()()に聞きたかったことをやっと聞けると思ったのだろう。少年が身を乗り出すようにしてきた。

 

「それで・・・・・・あんたは一体何者なんだ?」

 

 真っすぐにその目が私に向けられた。

 真剣な瞳に吸い込まれそうになる。

 

「あんたを運び込んだ時、この家に張られている探知の結界も反応していたしな」

 

 私の魔力に結界の警報が作動したということだろう。

 私はどこから・・・そしてどこまで話すかを僅かな時間考えた。

 

「そうね・・・・・・(わたくし)はサーヴァントと呼ばれる使い魔の一種よ」

 

 この少年が曲がりなりにも魔術師であるということなら、この説明が伝わり易い筈だ。

 

「使い魔? 普通は鳥とか猫みたいな動物を使うんじゃないのか? 人間を使い魔にするなんて、非常識だ」

 

 最後の『非常識』という見解は、基本的に『非常識』である魔術師を糾弾するには相応しくない言葉だが、概ね少年の言っていることは正しかった。

 

「ええ。確かに一般的とは言えない。だけど、そもそも私は人間ではないの」

 

「どういう事だ? どう見てもあんたは人間だろ?」

 

「少し誤解を招く言い方だったわね。勿論、私だって元々は人間よ。だけど、実際にはとうの昔に死んでいるの。ある特殊な要因で、魔術的な存在として現世に蘇った英霊と呼ばれるもの。サーヴァントと呼ばれる一種の使い魔なのよ」

 

「英霊・・・・・・つまり昔の英雄の生き霊みたいなものなのか?」

 

「まあ、そうね」

 

「あんたもどこかの英雄だったってことだな。誰なん・・・」

 

 そこまで話して少年は、突然、頭を抱えるような仕種を見せた。

 一体、どうしたのだろうか。

 

「しまった。気付かなかったけど、自己紹介もしていないんじゃないか」

 

 そう言えばそうだった。

 お互いに聞きたいことだらけで、逆に基本的な情報を聞きそびれていたのだ。

 

「すまなかった。オレの名前は衛宮士郎。この近くにある穂群原学園に通う学生だ」

 

「私は【キャスター】よ。そう呼んで頂戴」

 

 今はこれだけでいい。

 

「ん~・・・・・・名前を聞いても残念ながら聞いたことがないな。英雄だとしても、世界中の全ての英雄を知っているわけじゃないからそういう事もあるよな」

 

『キャスター』が固有名詞だと思い込んだ少年は、見当はずれな感想を口にしたが、止むを得ないところだろう。

 

「そうね。この国であまり知られた存在でないことは確かよ」

 

 真名を明かすにはまだ早い。

 だが一方で、私は聖杯戦争のことをこの【衛宮士郎】に話すつもりになっていた。

 既に私はこの少年を利用することに決めている。私には選択の余地は殆どない。消滅を回避するため、とにもかくにも枯渇寸前の魔力を補充する必要があるのだ。

 また、魔力供給のための一時的な関係で終わるのも、勿体ないと思い始めていた。

 助けられた相手が、偶然にも何も知らない半人前の魔術師というこの状況。運命に見放され続けた私に訪れた、信じられない程の幸運だ。

 この巡りあわせを逃す手はなかった。

 

「坊や、聞いて欲しいことがあるの」

 

 私は居住まいを正し、極力こちらの真剣さが伝わるように、眼前の少年に対して聖杯戦争の要点を話し始めた。

 

 

 

「あらゆる願いを叶える万能の願望機【聖杯】。それを懸けて魔術師同士がサーヴァントを従えて互いに殺し合う、【聖杯戦争】か・・・・・・」

 

 聖杯戦争に関する一通りの説明を終えた直後。

 

「俄かに信じられる話じゃないけどな」

 

少年の口から出てきたのは率直な感想だった。

 

「ええ。今は信じられないかもしれないけれど、関与することになれば坊やも実体験の中で、信じざるを得なくなる筈よ」

 

「いや、さっき僅かだけど、あんた・・・いや、キャスターとライダーっていう女との闘いを見たけど、あの動きは人間離れしていた。少なくともサーヴァントってのがとんでもない存在だっていうことはわかっている」

 

「そう。理解が早くて助かるわ」

 

 要点を掴むのが早い少年だった。

 

「もっとも今のところ、あなたがこの戦いに参加する理由はないのだけれどね。私の立場を知ってもらうことは必要があると思ったから話したの」

 

「そうか・・・」

 

 少年は目を瞑って、私の言葉を吟味しているようだった。

 この反応は少し意外だ。少なくとも今の時点で彼が聖杯戦争に殊更に関与するようなことはないと思っていた。

 魔術師とは言えこの少年の思考や信条は一般人のものに近い。魔術師特有の己が目的のために殺し合うことを簡単に受容するような精神性は持ちえないのではないと推測していたのだが。

 もしかしたら、彼なりに叶えたい願いでもあるのだろうか。

 であれば、それならそれで好都合というものだ。

 

「それで、坊やに一つだけお願いがあるのよ」

 

 少年はこの土蔵が一番、効率がいいと考えたと言っていたが、どうやらこの家の敷地はまずまずの霊脈のようだった。半人前とは言え魔術師の家系なのだから、一定の霊脈を有するが故にここに居を構えたということなのだろう。

 だが、当初目指していた柳洞寺には劣る。

 辛うじて現界を保てているとは言え、私の消滅は時間の問題だ。

 その前に何らかの形で、魔力の供給を受ける必要がある。

 そのためには・・・

 

「私を抱いて頂戴」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 この申し出に対して少年は唖然とした。

 澄んだ瞳が完全に点になっている。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 

 まあ、当然だろう。

 そして、女性経験はないのではないかという私の見立て通りの反応でもある。

 

「私達、サーヴァントの魔力補充の手段として最も効率的なのが、性交による体液の交換なのよ」

 

「・・・あいや、そんな莫迦な話が・・・いったい全体どんな大人向け御伽噺(ファンタジー)だよ・・・それ」

 

「正直、もう限界に近いの。坊やにこれ以上の迷惑を掛けたくないけれど、私もこの世界での生死が掛かっている。一人の女を助けると思って受けてもらえないかしら?」

 

 突拍子もない内容であることは私自身も自覚している。こちらとしては、もはや必死さをひたすらに伝える以外にはどうしようもないのだ。

 

「いやいや、ちょっと待ってくれ!」

 

 彼は右手を前に突き出して実際にイヤイヤをするようにしながら、少しずつ後ずさりを始めた。

 

「貞操観念が固いみたいね。さっきも言ったとおり、私は人間じゃないわ。勿論、妊娠もしないから安心していいのよ。それに、男性の場合、女性経験は特別なものじゃないどころか、そもそもクリアしておいたほうが誇らしいものではないのかしら?」

 

 これは、現代の考え方としても通用する意見ではないだろうか? 

 私は焦りと苛立ちを感じていた。

 あまり愚図愚図としていられない切羽詰まっている状況だ。この問答であまり、時間をかけたくない。

 それに、自分の女としての魅力にもある程度は自信がある。あまり露骨に拒まれるのは正直自尊心(プライド)が傷つく。

 私を抱けるという僥倖を喜んで受け入れるべきではないか。と、思ったりもする。

 

「そんなに気になるなら、今回の体験を忘れさせることもできるわよ」

 

 記憶の操作ができることはあまり晒したくなかったが、やむを得なかった。

 

「いや、そういうのは止してくれ。実際にそうなった場合にはちゃんと受け止めるから」

 

 少年は殆ど反射的に断ってきた。どうやらあまり意味のない提案になってしまったようだ。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 沈黙の時間が過ぎていく。

 これ以上口を挟むことは逆効果だと直感して、私は待つことにした。

 彼は苦悶の表情を浮かべたまま、長い間考え込んでいた。

 

「うぅ・・・」

 

 体全体が締め付けられるような痛みを覚えて、思わず上半身を折り曲げた。それとともにどうしようもなく苦痛の声が漏れる。

 私の体は強烈な悲鳴を上げ始めていた。

 もう時間がない、そう切実に訴えかけてくる。

 

「おい、大丈夫か!」

 

 少年が咄嗟に両腕で私の体を支えた。

 体格としては小柄のほうだが、意外な程にその腕は力強い。

 

「・・・・・・・・・わかった」

 

 意を決したように少年が呟く。

 私の両肩を支える腕に僅かに力が入るのが伝わってきた。

 

「人助けだもんな。自分の拘りで、目の前の助けられる相手を助けないっていうんじゃ・・・・・・なんて失格だよな」

 

 途中の言葉は小さな呟きだったため、苦痛に耐えるので精一杯の私には聞き取れなかった。

 

「一つだけ聞かせてくれ。聖杯とやらに託すあんたの願いはなんだ?」

 

「・・・故郷に帰りたい。それだけよ」

 

「そうか」

 

 少年は納得したように頷くと、意を決したのか着ていたシャツを一息に捲り上げて脱ぎ捨てた。少々粗暴にも見えるその態度は、躊躇いが生じてしまうことを恐れているからだろう。

 先程支えられた時に感じたとおり、よく鍛えられて引き締まった上半身が露わになる。

 

「・・・その気になってくれたみたいね。ありがとう」

 

 思いがけずその身体に目を奪われながらも、私は礼を言う。

 それと同時に自分自身の中心が熱を帯びるのを感じた。

 

「ああ」

 

 少年は顔を僅かに赤らめながらも、はっきりと同意の意思を顕わにした。

 

「初めてなのはわかっているわ」

 

 私は痛みが走り回るのを耐えながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

「その点は虚勢を張っても仕方ないよな。情けないけど・・・頼む」

 

 私の動きに合わせて、彼も立ち上がった。

 

「ええ。私に任せてもらえればいいから」

 

 変に見栄を張らないところにも好感が持てた。

 

「魔力補充の手段として割り切るには、勿体ないかしら」

 

 私は少年には聞こえないように小声で呟きながら、纏っている衣服を脱いでいった。

 

 ファサッ―――

 

「っ!?」

 

 地面に落としたローブが柔らかな余韻を奏でると、彼が目に見えて体を固くするのがわかった。

 私が纏っているのは下着だけになったが、不思議と寒さを感じることはなかった。少年の緊張感が私の素肌に程よく熱を伝えてきているようにも思える。

 体中を苛む痛みを堪えて彼に近寄ると、その頬に私は腕を伸ばす。

 私の指が少年の肌に触れると、ビクンとその全身に震えが走る。

 

「・・・さあ、始めましょう・・・坊や」

 

 彼との視線が捻じれるように絡むと、飢えていた私は我慢ができなくなってその瑞々しい肉体を求めた。

 少年の鼓動が直に私に伝わり、私の身体にも一気に火が灯る。

 そもそも、自分の現界を保つべく魔力を欲したのか。

 或いはもっと根源的な本能(よくぼう)が、異なる性を貪ろうとしたのか。

 いつしか私自身にもわからなくなっていった。

 

 

 

 そう。

 この日、この夜、この場所で。

 私は衛宮士郎という生贄を、こうして首尾よく捕らえることに成功した。

 

 

 

 この時の私はそんなふうに考えていたのだ。

 

 

 

 

 

 










読んでいただいている皆様、ありがとうございます。
こうして投稿を始めると執筆のモチベーションが上がりますね。
停滞していた今後のストーリーも動き始めました。



※誠に申し訳ございませんが、諸事情によりサブタイトルと前書き日付を変更させていただいております。万一、それらを材料にして考察されている方などがいらっしゃいましたら、ご容赦いただきたくお願い申し上げます。
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