E' turn
「何から何まで助かるよ、マスター。魔術の手解きまでしてもらっちゃって」
【マウント深山商店街】と言われる屋敷から程近い商店街を歩きながら、オレは何もない隣の空間に向けて語り掛ける。
『構わないわよ。あなたに強くなってもらうのは、
今は姿が見えない状態となっている
穏やかに晴れた午後1時過ぎの通りにはまばらながらも一定の人通りがある。
オレはこの商店街ではだいぶ顔が知られているので、知らない女性を連れていると興味本位で声を掛けられるかもしれないという話だったため、
『正直、まさか魔術回路の正しい起動方法まで忘れている・・・というよりは、わからない段階だったなんて思いもしなかったけれど』
無理もない。
「前のオレにも同じように教えてくれたんだったな?」
『ええ。さすがにあまりの二度手間感に眩暈を覚えたわ。そもそも魔術回路の起動方法なんて初歩の初歩だもの』
「うう・・・ほんと、すいません・・・」
両手に買い物袋を提げたオレは、首だけを項垂れて虚空に謝意を示した。
召喚されてからこっち、
その領域は神だとすら思えるくらいに。いや、実はオレの本当の母親なんじゃないかって思ったりもするが、本当の親ならむしろここまで優しくはないかもしれない。
でも、『この子』だとか『坊や』だとか言っているくらいだから、あながち・・・などと、取り留めもなく、ぐるぐると思考が回る。
『でも、前のあなたと比較すれば鍛錬後の疲労度が大きく違うわ。サーヴァント自体が魔力の塊みたいなものだから、それを行使すること自体は自然で、大きな負荷はかからないから』
「その分だけ早く上達できるってことか」
『そうよ。この午前中だけで投影も強化も私が知っているあなたの水準には達しているわ』
「それなら良かった。お陰で少しは戦力になれそうな気がしてきたよ」
『そうね。人間だった頃のあなたは、抜きん出たという程では無かったにせよ、確かな戦力だったわ。私との連携や戦い方の相性も良かったし』
「とにかくマスターを守るために、全力を尽くすよ」
『・・・ありがとう・・・』
「早いところ、あの
つい半日ほど前の出来事を強烈な悔恨の念と共に思い出す。
あれは、本当に情けない有様だった。
仮にもサーヴァントが、一介の魔術師に手も足も出なかっただけではなく、結果的に
・・・本当になんでこんな役立たずの状態で、オレは英霊として召喚されたのだろうか・・・
『・・・だけど、あなたはサーヴァントとしての特質を殆ど備えていないわ。霊体化もできないし、アサシンの有用な特性である【気配遮断】も全く使えないでしょう。魔力量だって人間だった頃に比べて多少マシという程度だわ』
「うう・・・本当にごめんなさい・・・」
『だから、とにかく無茶しないようにして頂戴』
「わかった、わかった。無茶はしないよ。オレだって別に進んで死にたいわけじゃ・・・」
『坊や、前っ!』
突然、
「え?」
「こんにちわ、お兄ちゃん」
邪気のない子供の声がオレの耳に飛び込んできた。
前方を見やると、ちょこんと両膝を抱えて年端もいかない銀髪の少女が座り込んでいた。きらきらと輝く赤い瞳は、無邪気さと同時に幼い子が持つある種の残酷さも孕んでいるようにも見える。
「子供?」
『見た目に騙されないで。彼女はバーサーカーのマスターよ。名はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン』
「なんだって?こんな子供も聖杯戦争に参加しているのか?」
「・・・え?・・・どういうこと?・・・」
オレが戸惑う一方で、眼前の少女が訝る様子を見せた。
「お兄ちゃん、私のこと忘れちゃったの?」
「・・・あ、いや・・・これには色々とオレにもよくわからない複雑怪奇・・・かもしれない可能性もあるんじゃないかと考えている事情があったり、なかったり・・・」
眼前の少女、イリヤスフィールが露骨に落胆した様子を見せたので、しどろもどろになってしまう。
それに、こんな子供が敵だという話もあっさりとは受け入れることもできていない。
『それ、何言っているのかさっぱりわからないわよ』
うう・・・すいません・・・
呆れた
『彼女は日中なら仕掛けてこらないとは思うけれど、一応警戒しなさい。霊体化したバーサーカーも近くにきっといるわ』
ああ、とオレは小さく頷いた。
バーサーカーが高名な古代ギリシャの英雄【ヘラクレス】だという話は聞いていた。
今、そんな奴とぶつかったらオレ達が勝てる見込みは極めて低い。
「記憶喪失ってやつ?・・・ううん・・・そもそもなんかおかしいわ」
警戒態勢を強めるこちら
そもそもなんでオレはこの子に『お兄ちゃん』なんて呼ばれているのだろうか?
ぱっと見が違い過ぎるので、本当の兄妹ではないのはさすがにわかる。だとすると、かなり仲の良い間柄だったのか?でも、
「あれっ?」
両膝を抱えて座ったような姿勢を解いて、ぴょこんとうさぎのように跳んで立ち上がった少女はオレの顔を間近で覗き込んできた。
・・・近い・・・
「お兄ちゃん、人間じゃなくなっちゃってるじゃないっ!?」
「・・・それって敢えて人を傷つけるための言い回しになってないか・・・?」
少女の圧に押されて、少し上半身を仰け反らせながら抗議した。
「なら言い直すわ。お兄ちゃん、サーヴァントになっちゃったの?」
「確かにオレはサーヴァントです。人間だったオレは昨夜死んじまったらしい」
「そうすると、マスターは・・・」
イリヤスフィールはオレの後方の空間に視線を彷徨わせた。
「・・・まさか・・・」
見えてはいない筈だが、オレの先刻の様子から霊体化しているサーヴァントがいることは察しているのだろう。
「・・・いいえ・・・それしか考えられないわ。キャスターに召喚されたのね?」
「・・・さ・・・さあ・・・どうでしょうかねえ・・・」
あっさりと言い当てられて、焦ったオレはぽりぽりと頬を掻いた。
顔中に冷や汗が浮かんでいるのが自分でもよくわかる。
実際にはカマを掛けられているのかもしれないが、最初からこの少女のペースに巻き込まれてしまっており、うまいこと誤魔化す術が思いつかないのだ。
『・・・あなた、こういう駆け引き全然ダメね・・・』
「・・・そ・・・そもそもキミはなんでこんなところに来たんだ?その様子からすると今ここで戦おうってわけじゃないんだろ?」
「当たり前よ。前にも言ったけど、聖杯戦争は夜にやるものよ。私はお兄ちゃんとお話ししに来たの」
「お話?」
「さっきからの様子だと忘れちゃってるんでしょうけど、明るい時にお話ししようって言ったじゃない。あの時は二人きりのほうがいいって言ったけれど、どうせキャスターもいるんでしょうから、バーサーカーは連れてきたけどね。コトミネも正式な開戦宣言していたし、油断はできないもの」
「そうだったのか・・・どうも召喚されたはいいけど、なんて言うか記憶喪失気味なんだ。本当にごめんな」
実際には『忘れている』のか『知らない』のか定かではないが、90度の角度に体を曲げて、誠心誠意謝罪する。
この少女が素朴にこちらを生前のオレと結び付けて認識している以上、こちらも自分自身の手落ちとして受け止めるべきだろう。
「ううん。ちょっと残念だけど、気にしないでいいわよ。私もあの時は軽い気持ちで言っただけだったし」
銀髪の少女はにっこり笑いながら、ふるふると首を振る。
「それで、こんなところで何をしてたの?」
きょろきょろと周囲を見回す。
「食事の買い出しだよ」
「これからご飯を食べるの?」
「ああ。なにせマスターに世話になりっ放しだからな。少しはお返しがしたくて」
『私も一緒に作るって言ってるでしょう』
「いや、今回はオレが作る」
『・・・んもう・・・仕方ないわねえ。まあ、坊やのお料理が食べられるのは嬉しいのだけれど・・・』
「ふふ。じゃあ、私もご一緒させてもらうわ。お兄ちゃんのお料理、食べてみたいもの」
「『はい?』」
思いも寄らない申し出に、オレと
「いいでしょ?」
銀髪の少女はにっこりと無邪気そのもの、かつ威圧的な微笑みを浮かべた。
「さもないとバーサーカーをけしかけるわよ」
「『・・・・・・』」
我々には抵抗の余地はありませんでした。
「うわあ!・・・これがお兄ちゃんちなんだ。純和風の家なのね。私、こういうの初めて!」
廊下を
「・・・うう・・・どうしてこんなことに・・・」
その様子を半ば茫然と見ていた
「ああ、なんかおかしなことになっちまったな」
オレは頭をぽりぽりと掻きながら、購入した食材をキッチンに並べていく。
「まあ、いきなり襲われるほうがヤバいわけだからこのまま平和的にやり過ごせれば御の字だよな」
「・・・調理中も、食事中も警戒したほうがいいわね。このお嬢さんの気紛れ一つで私達は終わるんだもの」
イリヤスフィールの近くには、霊体化しているバーサーカーが控えているのだ。
実体化して暴れ出したら、瞬く間にこの居間が半壊するだろう。
午前中に
「いいえ、よくよく考えてみればこれは千載一遇のチャンスかもしれないわね・・・」
何かを思い立ったのか
「チャンス?」
「毒を盛るのよ」
「いや、それはちょっと・・・」
「・・・あああ・・・あなたの態度で間違いなくバレるわね・・・」
「食べ物をそういうことには使いたくないぞ」
「・・・そう・・・よねえ・・・」
「さっきから全部丸聞こえよ。むしろ感謝しなさいよね。万一他のサーヴァントがこの屋敷を襲撃してきてもバーサーカーが守ってくれるんだから」
ジト目になった少女の赤い瞳が、オレ達を交互に見据えて詰ってくる。
イリヤスフィールの言ってることにも一理あった。
この状態で敵とは戦いたくない。
「バーサーカーってたしかあの有名なヘラクレスなんだったな?」
「そうよ。すっごく強かったでしょ?・・・ってそうか、それも覚えてないのよね?」
「申し訳ないが、そのとおりなんだよ」
「まったく・・・凜のセイバー・・・じゃなくてアーチャーも、ライダーも、お兄ちゃん達もまるで相手にならなかったんだからね」
「直接戦ったわけじゃなかったけれど、大袈裟ではないわ」
実際にバーサーカーの姿を目の当たりにしている
「そ。だから安心してね、お兄ちゃん。そんなことより、何を作っているの?どんな料理が出てくるのか物凄く楽しみ!」
「イリヤスフィールは・・・」
「言い辛かったらイリヤでいいわよ。お兄ちゃん」
「そうか?・・・それなら、えっと・・・イリヤはいつもどんなものを食べてるんだ?毎日、トリュフやキャビアが出てきたりしないだろうな?」
「それ、私が住んでる国とは違うところの料理よ。いつもはセラが私の国の郷土料理を作ってくれるわ」
「そっか、良かった。家庭の味ってことだな」
「家庭の味?っていうのが、いまいちわからないけど。私が普段食べてる物と比べたりしないから安心して。それで、何をご馳走してくれるのかしら?」
「手の込んだものは作る時間もないしな。ご馳走と言えるかわからないけど、和食メインにするつもりだ。とにかくあんまり期待しすぎないでくれよ」
イリヤを満足させられなかったら、ブチ切れられてやっぱりバーサーカーに殺されるかもしれない。
オレはハードルをなるべく下げるよう予防線を張りながらも、気合を入れて調理に勤しむことにした。
「美味しかった~!」
サツマイモの炊き込みご飯、天ぷら各種、だし巻き卵、三つ葉とお麩のお吸い物といった品々を平らげたイリヤが満面の笑みを見せた。
・・・ほんとに、良かった・・・これで死なずに済んだ。
調理者としては、本来その笑顔を見てこんな思いを抱いては不合格なのかもしれないが、偽らざる想いだった。
「良かったよ。なんのかんので凄いもんばっか食べてそうだったから」
「もちろん。素材自体の質や手のかけ具合とかで比べちゃったら、セラが作ってくれる料理のほうが上よ。だけど、お兄ちゃんの料理はなんか、ホッとするって言うか。優しいって言うか、そんな感じなの」
「それじゃ心はこもっているけど、味はダメみたいに聞こえるわ。とっても美味しかったわよ、坊や」
こんな顔はこれまで見られなかったので、新鮮だ。
元々、彼女に食べさせてあげようと思っていたのだから、ご満足いただけたようで嬉しかった。
「ううん。そう聞こえたら悪かったわね。もちろん、味だって最高よ。何て言うか、細やかよね。こっちの国の料理だからって言うのもあるのかもしれないけど」
「坊やが作ったお料理だからよ」
「キャスターはずっとお兄ちゃんの料理を食べさせてもらってたの?自分では作らないのかしら?」
「う・・・最初は食べさせてもらってばかりだったけれど、最近は一緒に作ることが多かったわ」
「ふ~ん。じゃあ、今度はあなたの作った料理を食べさせてよ。審査してあげるわ」
「なんで、あなたに審査されなくちゃいけないのよ」
「自信ないのね?」
「うぐ・・・それは・・・」
「・・・でも、私だって坊やに教わってだいぶ上手くなったのよ。だいたいあなたはどうなのよ?箱入り娘なんだから、どうせ作ってもらってばかりでしょうに」
「ええ、そうね。だから私も教わるわ」
「なんであなたに坊やが教えなくちゃいけないのよ!?」
「まあまあ、今度はみんなで一緒に作ればいいじゃないか」
己がマスターの形勢不利を悟って助け船を出す。
「そうね」
「なっ!?なんでこの子と一緒に作らなくちゃいけないのよ!?」
「いいじゃない?私、もっとお兄ちゃんとお話がしたいわ。別にそこにあなたがいたって構わないわよ」
「・・・く・・・言ってくれるじゃない。まるで人をおまけみたいに・・・」
「・・・予め断っておくけど、オレの能力とかに関することは喋れないぞ」
「わかってるわよ。そんなことに興味ないし、面白くもないし」
「・・・き・・・興味ないですか・・・」
「お兄ちゃんみたいなへなちょこがバーサーカーに勝てるわけないじゃない」
「あう・・・」
ぐうの音も出ない。
正直、この半日で多少魔術の腕は上がったが、これでようやく普通の魔術師に近づいたという程度に過ぎないのだ。
イリヤも具体的なオレの能力がわかっているわけではないだろうが、概ね察しているのだろう。
「そう言えば、あの金色のサーヴァント、ギルガメッシュだったかしら?あいつが夜中に襲ってきたって言ってたわね?」
「ええ。そうね」
「あれをやっつけたの?」
「いいえ、実際には向こうが勝手に立ち去ってくれたわ」
「あなた達だけで戦ったのかしら?」
「全ては教えられないわよ。私達は敵同士なのだから」
多少の情報は与えてもいい、ということを醸し出したようにも聞こえる。
「そんなことは百も承知よ」
イリヤがニヤリと笑った。
先程までの少女の顔ではなく、アインツベルンの魔術師としての顔というやつになった気がした。
「坊やが召喚したセイバーが戦ったのよ。互角に近い状態に持ち込んでいたわ」
「それじゃあ、セイバーがなんとか退けったていうこと?」
「ええ。そんなところだけど、消耗が激しかったわ。坊やが死んでしまったことで、彼女も消えてしまったでしょうね」
「そんなことはないわよ」
「「え?」」
「私にはわかるの。セイバーはまだ、消えていないわ」
「なんでそんなことがわかるんだ?」
ここまでの会話は
「うふふ。乙女の秘密ってやつよ、お兄ちゃん」
元のあどけない顔に戻った銀髪の少女が、ニコリと愛らしい微笑みを返してきた。
「それじゃあ、またねお兄ちゃん」
玄関から外に出たイリヤが手をひらひらと可愛く振る。
既にだいぶ日差しは傾いていた。
自己主張がまだまだ控えめなその光が柔らかく少女を照らす。
結局、セイバーがまだ現界しているという理由については、はぐらかされた。御三家と言われる聖杯戦争の代表格の家柄なのだ。様々な情報網を持ってるのだろうし、冬木の要衝となりそうな場所には使い魔も放っているだろうから、偶然に近い形で情報を得たのかもしれない。
その後は、彼女の城での暮らしぶりについて、とめどなくしゃべり続けていたのだ。
「いっぱいお話を聞いてくれてありがとう」
去り際、少しの間だけオレと
「・・・最初はおかしいなって思ったけど・・・これもありなのかもって思えてきたわ・・・」
小さくそう呟くと、銀髪の少女は弾むような足取りで門を潜っていった。
「・・・ふう、一難去ったな。お疲れ様、マスター。最初はどうなる事かと思ったけど」
「ええ。生前のあなたには敵意を強く持っていたけれど、今のあなたに対してはわだかまりがなさそうだったわね」
「何せ、復讐の相手であるオレは死んじまったわけだしな」
「お陰で、一度は諦めていた彼女と手を組むという選択肢が取りうる状態になったわ」
「そうか。それで、ある程度の情報交換に応じたわけか」
「そうよ。一定の誠意と成果を示して、多少なりとも交渉相手としての俎上に乗るようにね。少なくとも今、彼女と明確に敵対するのは自殺行為に近いもの」
「そうだな」
イリヤが評したとおり今のオレはただの『へなちょこ』だし、
「すぐには仕掛けてこない、と思いたいな」
「その希望に縋らざるを得ないのが現状だけど」
でもそうとばかりも言っていられないわよね、と彼女は続ける。
「次の手を打つことにしましょう」
「当日」がもう少し続きます。