Fate/√  【群像時変】   作:わが立つ杣

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1月16日 正午過ぎ









第5話  ~15日前③〜 「白昼の狩り」

 E turn

 

 

「・・・め・・・めちゃめちゃ疲れたな・・・」

 

 土蔵から居間へと戻るなり、オレは座卓に突っ伏した。

 

「お疲れ様。お茶くらいは(わたくし)が淹れるわ。えっと、道具はどこかしら?」

 

 そう言いながら、一緒に戻ってきたキャスターが台所へと向かった。

 

「・・・すまない。お茶っ葉はカウンター収納の中で、急須と湯呑みは水切りラックに置いてある」

 

「コツは掴めたと思うけれど、一人で練習するときには無理をしないようになさい」

 

 キャスターが慣れない手つきながらもお茶の準備をしてくれているのを、オレは朦朧としたままぼんやりとその動きを目で追うことしかできなかった。

 

「ああ・・・でも、本当に助かったよ。まさか、今までのやり方が全然間違っていたなんてな・・・」

 

 先程まで土蔵でキャスターが教えてくれたのは、魔術回路の正しい起動方法だった。

 今までのオレは、魔術回路を毎回一から作っていた。しかしそれは無駄どころか危なっかしいやり方で、魔術回路は常にある状態にしておいて必要な時にだけ起動させればいいと言うのだ。

 

「やっぱり魔術師(キャスター)のクラスの英霊になるだけあって、凄いな。あらゆる時代の魔術師の中でもズバ抜けた存在だったってことなんだもんな」

 

 最初はてっきり【キャスター】が彼女の名前なんだと勘違いしてしまったが、その呼び名は聖杯戦争で与えられる7つのクラスの一つだということも教えてもらっていた。そして、彼女の本当の名前、真名のほうは敢えて伏せておくという方針にした。オレの思考を読まれて、敵にキャスターの正体を看破される可能性が否定できないからだ。

 オレが魔術師として半人前に過ぎない以上、仕方ないだろう。

 

「私の力量なんて関係ないわよ。魔術師だったら誰でも知っている基本中の基本だもの」

 

「げ・・・そうなのか・・・じゃあ親父は出鱈目を教えていたってことなのか」

 

「難しいところね。この屋敷に張られている結界の質から推測すると、あなたのお父さんの魔術師としての腕は確かよ。当然、魔術回路の起動方法を知らないわけがないわ」

 

「親父はよっぽどオレを魔術師にしたくなかったんだろうな。実際、オレが頼み込んだから渋々っていう感じでようやく教えてくれるようになったし」

 

「お父さんなりの考えがあったのでしょう」

 

 とオレを宥めつつ、キャスターは淹れてくれたお茶を運んできた。

 

「・・・ああ・・・ありがとう」

 

 と、目の前に湯呑み茶碗を置いてくれたキャスターに礼を言う。

 

「坊やの話を聞く限りでは、だいぶ魔術師としては変わった人だったようね」

 

 彼女はオレの隣の座布団に綺麗に正座すると、湯呑みの底と側面に手を添えてゆっくりと口をつけた。

 惹きつけられるように彼女を見ていると、その所作には何とも言えない優雅さが感じられる。

 

「どうしたの?」

 

 オレの視線を感じて、彼女は不思議そうに問い掛けてきた。

 

「あいや・・・なんでも・・・」

 

 慌てて、オレは目を逸らした。

 

「確かに親父は魔術師としては変わっていたんだろうな。普段はニコニコ笑って、ぐうたら三昧。でも、いざとなれば何でもできるヒーローみたいな存在だったんだけど」

 

 はぐらかすように、オレは切嗣の事をかいつまんで彼女に伝えた。

 両親を亡くしたオレを切嗣が引き取ったこと、その時に魔術師と告げられたこと、たまに一人で海外に行っていたことなどだ。

 

「──―そう。血の繋がりはないのね。魔術刻印の継承もしていないみたいだし、坊やの魔術特性は坊や自身のものということね」

 

「そうだろうな。最初にオレに投影ができることが分かった時には、なんて無駄な才能なんだって、愕然としていたな。それで、強化を練習するように言われたんだ」

 

「その判断は常識的ね」

 

 キャスターは形のいい顎に、片手を添えて少し考え込む様子を見せた。

 

「腕は確かで魔術の要点は押さえていても、魔術師という存在自体には懐疑的だったのかもしれないわね。研究もしていなかったようだし」

 

「そうだな。そんな素振りは全くなかったよ。のんびりと、穏やかに日常を過ごすことだけが親父の望みだったような気がする」

 

「平穏・・・・・・ね」

 

 呟いた彼女は遠くを見るような目をした。

 視線の先には実際には襖があるだけだが、自身の過去にでも思いを馳せているのかもしれない。

『故郷に帰ること』が自身の願いだと言っていた。

 英霊にまでなったからには、彼女もきっと波乱万丈の生涯を送ったに違いないのだ。だが、こうして会話をする彼女にはそんな血生臭いところは感じられない。ただの上品でたおやかな淑女という印象が強い。

 

「そう言えば、作ってくれたお料理が凄く美味しかったけれど、坊やの料理の腕はお父さん譲りなのかしら?」

 

「その点については、真逆だよ。親父はハンバーガーみたいなジャンクフードが大好きで、全く料理なんかしなかったからな。少しでも健康的になってもらいたくて、オレが料理を作るようになったんだ」

 

「そうだったの。独学であんなおいしい料理を作れるなんて、大したものね」

 

「あいや・・・そんなことは・・・」

 

 手放しで褒められたオレは謙遜しようとしたが、

 

 ガラララッッ

 

「しろ~っっっ!! 大丈夫なの~~~?」

 

 突然、玄関から廊下を突き抜けて大きな声が響いてきた。

 

「げ・・・」

 

 オレにとっては聞き慣れた声だった。

 まだ、正午を少し過ぎたところ。

 仮病を使って学校を休んでいたから、藤ねえが見舞いには来るだろうと思っていたが、こんなタイミングで現れることは全く想定していなかった。

 

「どなたかしら?」

 

 少し慌てたようにキャスターが警戒の色を示した。

 

「すまない。さっき少し話していた藤ねえ・・・えっとフルネームは藤村大河っていうオレの保護者代わりの先生だ」

 

 と彼女に詫びるが、この状況はかなりよろしくない。

 そもそもキャスターの素性をどう説明するかっていうことが問題だ。

 さらにこんな美人がうちに泊まるとなれば、いくら大雑把な藤ねえでも難色を示すのではないか。

 

 ドタドタッ

 

 いつもどおり走るようにして廊下を突っ切ってきた藤ねえが居間へと向かって来る。

 口裏を合わせる時間はない。

 

「しろ~っ、具合はど~お~?」

 

 バァァァンッ! 

 

 障子戸が心地良いくらいの破裂音(?)を奏でる。

 

「・・・・・・へ?」

 

 そして、姿を現した穂群原の虎は戸を横に開けたままの体勢で固まってしまった。

 

「藤ねえ。こんな時間にどうしだんだ? まだ、授業あるだろう?」

 

 取り敢えずオレは努めて平静を装い、質問を口にする。

 

「・・・・・・えっと・・・・・・」

 

 藤ねえは口をぱくぱくさせたまま、辛うじてといった体で声を絞り出す。

 オレとオレの隣に座るキャスターとの間で視線を何度も行ったり来たりさせている。

 

「・・・この人・・・えっと、こちらの方は・・・・・・どなた?」

 

「・・・見てのとおり外国の方で、どうやら向こうでの切嗣の知り合いらしくて。日本への旅行ついでにうちを訪ねて来たんだ」

 

 オレは藤ねえの声が聞こえてからの僅かの猶予の間に考えたそれっぽい理由を伝えつつ、キャスターに目配せをした。

 こういうのは全く得意分野ではないので、冷や汗が背中を伝っていくのを感じる。

 

「キャスターと申します。突然、お邪魔して申し訳ありません」

 

 と、キャスターは落ち着いた様子で膝に手を揃えて一礼する。

 

「・・・えっと・・・あ、私は藤村大河という者です。士郎の通っている穂群原学園の教師をしていて、身寄りのないこの子の保護者という立場になります」

 

 ようやくフリーズ状態から脱した藤ねえが、キャスターに相対するようにその場に腰を下ろした。

 

「・・・・・・確かに切嗣さん、何度も外国に行っていたから、向こうにも知り合いくらいいてもおかしくないわよね」

 

 目を中空に彷徨わせながら、藤ねえは必死に自分の頭の中から記憶を引っ張り出しているようだ。

 

「ええ。と言いましても、特に懇意にしていたのは私の父のほうでした。その父が他界しましたので、一つの節目としていつかは来てみたいと思っていたこの国を訪れる事にしたのです」

 

 おお。凄い。

 なんかそれっぽいストーリーをすらすらとでっち上げるキャスターにオレは素直に感心してしまう。

 

「そ・・・そうなんですか・・・」

 

「切嗣さんも既に亡くなっていることは存じておりましたが、ご家族がいるという話は聞いていましたので、ご迷惑かとも思いましたがこうしてお邪魔させていただいたのです」

 

「あの・・・外国というのは、どちらの国から来たんですか? ・・・切嗣さん、いっつもどこに行くかも全然教えてくれなかったから」

 

「・・・東欧の小さな国です。あまり、こちらの方々には馴染みのないような」

 

 少しだけ逡巡したキャスターが答えた。

 ほんの僅かではあるが、キャスターの正体に繋がる情報ではあった。

 

「ああ・・・やっぱりヨーロッパだったのね」

 

 藤ねえは納得しているようだった。

 

「はい。でも切嗣さんは私の父以外にも懇意にしていた方がいたようですから、他の国や地域にも行っていたと思います」

 

 と、キャスターはさらに続けた。

 切嗣がキャスター家(仮)だけを訪問していたとなれば、かなり親密な関係ということになってしまうだろう。あくまでも、切嗣の訪問先の一つという話にしたほうが、今後具体的な話を聞かれた場合にもぼろが出にくい筈だ。

 

「それから重ねてで申し訳ないのですが、実は私はあまり持ち合わせがありません。少しの間、こちらのお屋敷に滞在させていただきたいと思っています」

 

「・・・・・・」

 

 キャスターが一番の問題を切り出したので、オレの体に思わず力が入る。

 やましいというか後ろめたいところがあるだけに、猶更だ。

 

「・・・そうですか・・・」

 

 しかし、藤ねえの反応は意外なほどに薄かった。

 もっと大仰に驚いたり、断固拒否の態度を示すかと恐れていたが、先程伝えたキャスターのストーリーが功を奏したのかもしれない。

 

「・・・そろそろ私は学校に戻らなくちゃいけないから、その話はまた後でしましょう。家に忘れ物をしちゃったから、取りに来るついでに士郎の様子を見に来ただけだったし」

 

 僅かの間キャスターと視線を絡ませた藤ねえがそう答えると、畳に両手をついて立ち上がった。

 

「わかりました」

 

 キャスターも特に反応は示さず、落ち着いて頷いた。

 

「それで士郎。結局、体調のほうは大丈夫なの?」

 

 廊下へと出ていこうとしたで藤ねえが、敷居のあたりでこちらを振り返った。

 

「大丈夫だ。ちょっと疲労が溜まっているけどな」

 

 風邪によるものではないけれど。

 

「いつも無茶してばかりだから、たまには学校を休むのも悪い事じゃないわ。今日は無理せずゆっくりしていなさい」

 

 そう言い残して、藤ねえは玄関へと向かった。

 

「ああ。心配かけてごめん」

 

 オレは去っていく藤ねえの背中にそう声をかけた。

 

 ガラララ

 

 来た時と同様に、玄関の開き戸が開け閉めされる音がここまで響いてきた。

 

「・・・ふう・・・なんとかやり過ごせたな」

 

 念のため、廊下に出て玄関のほうを見たオレは藤ねえが確かに外へと出たことを確認する。

 ほっと一息ついて居間に戻ると、再びキャスターの隣に腰を下ろした。

 

「即興で考えた作り話にしては見事なもんだったよ。オレだったらあんなにすらすらと話せなかった」

 

「坊やのお父さんが海外での出来事については、あなたにも彼女にもあまり話していないのが幸いしたわね」

 

 キャスターは事も無げに応じながら、空になった湯呑みを片付け始めた。

 

「自分の父親が亡くなったことと紐付けて、こっちに渡航してきたっていう説明も上手かったな。詮索し辛くなるし」

 

「その事については、半分事実ですもの・・・父なんて遥か昔に死んでいるわ」

 

 彼女は少しだけ手を止めた。

 実際に父親のことを思い出しているのだろう。

 

「・・・まあ、私自身もだけれど」

 

 再び動き始めて、彼女は悪戯っぽい笑みをこちらに向けて来た。

 

「そんなこと言ったら、藤ねえパニックだな。それともまたフリーズしちまうかな」

 

 オレも吊られるようにして笑った。

 

「でも、ここに滞在することについては保留にされちゃったな」

 

 最後の藤ねえの反応だけは少し不可解だった。

 

「保護者代わりということであれば仕方ないでしょう。いずれにせよ次に会う時までには上手な説き伏せ方を考えておくから、坊やは心配しなくても大丈夫よ」

 

「情けないけど、そこは任せるよ。キャスターのほうがそういうの得意そうだし」

 

「あなたが苦手なのはなんとなくわかるわ。とにかく疲れたでしょう。彼女が言ったとおり、休んだほうがいいわ」

 

 流しで湯呑みを洗い終えたキャスターは穏やかな声でそう言うと、こちらへと戻ってくる。

 そして、やんわりとオレの背中に手を触れた。

 服の布地を通しても、彼女の手の温もりが伝わってくるような錯覚を覚える。

 

「ああ、そうするよ。もう限界だ・・・」

 

 溜まっていた疲労が一気に体を侵食しているようだった。

 瞬く間に心地良い睡魔が訪れ、オレの意識は遠のいていった。

 

 

 C turn

 

 

 急いで家を出て藤村大河を追うと、交差点の手前でその背中が見えた。

 

「あら、キャスターさん。何か私にご用でも?」

 

 彼女はこちらの気配を感じたのか、振り返ると追ってきた私を訝し気に見詰めた。

 その目には心なしか警戒の色が浮かんでいるように見える。

 

「ええ。もう少しお話ししたいと思ったの」

 

「そう、奇遇ね。実は私もそう思っていたのよ。本当は早く学校に戻らなくちゃいけないんだけど」

 

 日中ではあるが、この辺りの人通りは元々多くはないようだ。

 さらに、人除けの結界を張って私達に注意が向かないようにしている。

 

「お忙しいでしょうに、ごめんなさいね。もう少し保護者であるあなたとはきちんと話したかったのよ。あと、衛宮君についても色々とお聞きしたくて」

 

 相手に余計な警戒感を与えないよう、極力しおらしい態度を維持する。

 

「そう。でも、士郎の事は士郎本人に聞くのがいいと思うけれど」

 

 藤村大河は素っ気なく言うが、今、当人には安らかな夢を見てもらっている。

 

「本人では恥ずかしくて話せないような事も多いでしょう。他の人から見た彼の事を知りたくて」

 

「それは確かね。士郎は小さい頃はよく正義の味方になるんだって言ってたけど、そんな事は今では口に出せないわよね」

 

「正義の味方・・・」

 

 なかなかに突拍子もないフレーズが出てきたものだ。

 

「今でもそれは間違いなく士郎の目標、というか本質であり続けてるわ。学校でも、学校以外でも人助けばっかり」

 

「そうですか。会ったばかりですが、私もすごく真面目で几帳面な子だと感心させられる事ばかりです」

 

「だからこそ困っているあなたに対して、当然のように手を差し伸べるのよ」

 

 彼女は少しだけ目を伏せると、

 

「たとえ、あなたがどんなに怪しい女であろうともね」

 

 私を射るように真っ直ぐにその目が向けられた。

 

「あなた・・・もうあの家に一晩泊まっているのでしょう? ちゃんとその事を先ずは謝罪すべきよね」

 

「・・・・・・」

 

 どうやらこの女は私と坊やが既に一夜を共にしている事を察しているようだった。

 合理的な推測ではなく、直感あるいは先程の坊やの反応などを根拠にしているのだろう。

 

「ううん・・・それだけじゃなくて・・・」

 

 沈黙したままの私に対して、刺すような言葉が続く。

 

「一体、あなたは何なのよ?」

 

 そこにあるのは大切な存在(もの)を渡すまいと身構える、一人の女の顔だ。

 

「・・・ふふふ。女の勘ってやっぱり侮れないわね」

 

 これ以上問答を続ける意味はなさそうだ。

 私は予定していた行動に移る事にする。

 

「っ!?」

 

 態度を変えた私に対して藤村大河は警戒の色を強めるが、何か出来るはずもない。

 私は広げた左掌(ひだりて)を彼女に向けて、暗示の魔術を行使する。

 

「・・・坊やの事なんて忘れてしまいなさい。彼はあなたとは何の関わりもないのよ」

 

 発動した魔術の波動が女を絡めとっていく。

 

「・・・つ・・・」

 

 彼女は片手で頭を押さえる。

 しかし、

 

「何を・・・したのよ・・・」

 

 少しふらつきならも、そんな言葉を口にする。

 意識はまだはっきりしているようだ。

 

「あら?」

 

 私は驚いた。

 稀に一般人でも魔術回路を持つ者はおり、潜在的にかなりの魔力を有する場合はある。しかし、彼女からは殆ど魔力を感じない。あくまでもごく普通の人間だ。

 であるにも関わらず、軽いとは言え私の魔術にまがりなりにも抵抗するなんて予想外だった。

 

「小癪ね。そんなに坊やの事を忘れたくないのかしら?」

 

「・・・・・・じ・・・・・・冗談じゃないわよ・・・・・・」

 

 藤村大河は纏わりつく禍々しい呪いを振り払うように頭をぶんぶんと左右に振る。

 

「あんたみたいな得体の知れない女に・・・士郎を渡すもんですか・・・」

 

 朦朧としながらも、生意気なことに私に敵意に満ちた視線を投げつけてくる。

 

「やはりあなたは邪魔ね」

 

 いいでしょうと言葉を続けて、私は空いている右掌(みぎて)を彼女のほうへと突き出した。

 

「私の糧となりなさい。あなたの魔力では殆ど何の足しにもならないけれど」

 

 昨日坊やから補充する事はできたが、まだまだ魔力は不足している。僅かなりと補給ができるならそれにこしたことはない。

 

「・・・あ・・・う・・・」

 

 赤い霧が全身を覆いその魂を吸い上げていく。

 やがて女の体から力が抜けていき、がっくりとその場で膝をつく。

 

「・・・く・・・あんた・・・正真正銘の・・・」

 

「お黙りなさい」

 

 地面に這いつくばった女の口が不愉快な一語を紡ぐ気配を感じたが、それを見過ごすつもりはない。

 女を包む霧が一層濃厚になる。

 

「・・・しろ・・・」

 

 ドサッ―――

 

 必死に堪えていた藤村大河の瞼が完全に閉じられ、その場に倒れた。

 

「本当にしぶとかったわね」

 

 思わず苛立ちの混じりの言葉を意識のない女に浴びせる。

 私の腕が鈍ったかと思わされるぐらい、抵抗されてしまった。

 

「まあ、いいわ。目的は果たせたのだし。とにかく後片付けをしなくてはいけないわね」

 

 聖杯戦争が始まってもいないうちから、他の参加者や監督役からあまり目を付けられたくたなかった。

 ただでさえ、マスターを殺した私は相当に不利な立場にいる。人通りが疎らとは言え、まだ日中の往来だ。この女が消えたことが、大きな騒ぎにならないような措置をとるのが無難だろう。

 改めて、アスファルトの上に倒れたままの女の身体をちらりと見る。

 

「教会の敷地にこれを置いてくればいいかしらね」

 

 そうすれば、監督役の神父が後はうまく取り繕ってくれるだろう。

 

「あとは坊やのほうだけど」

 

 少年からも彼女についての記憶を改竄しなくてはいけないが、眠っている彼は暫くは起きない。

 私の魔術をもってすれば、記憶を捏造する事は容易いだろう。

 

 フワリ

 

 意識のない藤村大河に軽く触れて宙に浮かせると、その体を伴って教会のほうへと歩き出す。

 昨夜の時点では絶望的な状況だったこの聖杯戦争だが、一人の半人前の魔術師との思わぬ邂逅で望みが繋がった。

 篭絡したその少年を貪り、その屋敷に拠点を構築して、私は今、着実に態勢を整えつつある。

 

「・・・ふふふ・・・悪くはないわね」

 

 自然と笑みが零れてくる。

 私はそれを抑えることができなかった。

 

 

 

 









3話続けて士郎とキャスターの会話メインでした。
前作ではキャスターの会話は書き易くて筆が進んだんですが、今作では細かい機微に気を遣うので、なかなか骨が折れます。

次回から少し場面が変わりますが、引き続きお付き合いいただければ。
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