Interlude in
「こ・・・これって・・・」
下校してきた直後に鳴った電話に促されて此処までやってきた遠坂凛は、目の前にある洋館の惨状を目の当たりにして戦慄した。
自分が住まう屋敷から程近い洋館【双子館】。
凜自身、その佇まいを何度か確認したことがある。
かつての聖杯戦争の参加者が建立した建造物にして、その根拠地。
いずれ始まる聖杯戦争において、自分以外の魔術師の拠点となり得る場所として元々マークしていた。それが今、彼女の目に映る残骸だった。
「聖杯戦争は水面下で実質的には始まっている、ということだ。監督役という立場からすると、遺憾ではあるが」
後ろ手を組んだ神父服の男、言峰綺礼は口の片端だけを吊り上げた。
「どうにも今回は血気盛んな参加者が多いようでな。私が知り得る限りでも既に二度、戦端が開かれている」
「あんたが仕事をサボってるってことじゃない」
兄弟子でもあり、現状は自身の保護者という立場にある神父を揶揄しながら、凜は洋館の入り口から中へと入る。実際には入り口だったであろう部分は扉どころか、周囲の壁も大半が砕かれており、その残骸を乗り越える必要があった。
「そう言われると心苦しいがな。所詮、私の力など多寡が知れている。ルールブックを読まない者、あるいは読んでも意に介さない者が多ければ、統制が取れず、秩序が保てなくなるのは必然だ」
綺礼は凜の非難を全く意に介さず、淡々と答えて彼女の後に続く。
「あっそ。あんたの言い訳はどうでもいいとして、ここの他にも少なくとも一回はドンパチがあったってことか・・・」
「そうだな。キャスター召喚に関連するいざこざがあったようでな」
「いずれにせよ、もうかなりの英霊が召喚されてるってことね・・・・・・あ、教えてくれなくて、いいからね」
凛は、あんたなんかに情報を教えてもらおうとは思っていないという意思を、言外に強く含めた。
「ふふ・・・敢えて独り事を言うとすれば、現在私が知り得る限りでは、ランサー、
綺礼は、『早く召喚しないと、サーヴァントを喚ぶ前に殺されるかもしれないぞ』と続けることを考えたが、実際にはそれ以上の言葉は連ねなかった。
彼女の気質を考えると、喋りすぎることは寧ろ反骨精神を刺激し兼ねない事を兄弟子である神父は充分に理解していた。
「遠坂の当主である以上、他の参加者からすれば私が参戦することは確定事項になっている・・・わよね・・・」
凜は聡明だ。
綺礼が示唆しなくても、無秩序に始まりつつある聖杯戦争下において、現時点で英霊を持たない自分が如何に無防備であるか。
そして、御三家の一つである遠坂の当主が必然的に標的になることもわかっている。
「グズグズしていられないってことね」
明日か、最悪の場合、今日にでもこの館を崩壊させたサーヴァントが自分を襲撃してくる危険性だってあるのだ。
たとえ綺礼のことをどれだけ嫌っていたとしても、その事実は変えようがない。
「聖杯は活性化しつつある。私の見立てではあと1週間程で全てのサーヴァントが揃い、戦いは本格的に始まるだろう。もし、お前が参戦する気がないというのなら、当然私が責任を持って匿うぞ」
「私にそんな気がミジンコほどもないことを知っている癖に、敢えてそんなことを言っているわよね。だから、あんたなんて大嫌いなのよ」
キッ、と凜は厳しい視線を綺礼に向けた。
「ふむ。これはこれで本心なのだがな。実際にそういう職責を担っているし、お前が結果的にサーヴァントを召喚する前に、偶然が重なって他のマスターが残ったサーヴァントを召喚してしまう可能性がないわけではない」
「あ~あ~、わかっているわよ。もう」
淡々と、しかし容赦なく正しい言説を押し付けてくる保護者に、うんざりしながらも万歳するしかなかった。
凜はサーヴァントを召喚するためのこれといった縁の品、【聖遺物】を手に入れられていない。その事に焦りを感じていた。狙いとする英霊を手に入れる事。聖杯戦争の勝敗は殆どそれで決まるといっても過言ではない。
「それでは私は教会に戻る。健闘を祈っているぞ」
「その
双子館に行ってみろ、というだけの電話で綺礼にはここに誘われた。
普段なら綺礼の干渉など完全に無視するところだったが、先日、僅かに双子館方面で魔力の流れを感じたことも相俟って、一度確認しようと思っていたのだ。
「ふ。私としては、優秀な弟子が何もできないままに斃れられるのは極めて遺憾だからな」
綺麗は踵を返して元来た道を引き返し始めた。夕暮れ時の日差しがその長身を照らし、影を象る。
「その薄っぺらい言葉も余計よ」
凛はそう毒づいて、立ち去る神父のまっすぐ伸びた背中から視線を外し、改めて館の有り様を確認した。
頑丈な筈の館はそこかしこの壁が崩れ、床が殆どなくなっている箇所も多い。控えめに言っても半壊という状態だ。
「これが、英霊の力なのね」
凛も自身の全力を尽くせばこれくらいの芸当は可能だ。だが、この惨状はおそらく序章に過ぎない。つまり、小手調べの段階だという直感があった。
「まだ召喚されていないサーヴァントは、セイバーとアサシンってことね」
先ほどの綺礼の言葉を踏まえれば、残るサーヴァントはその2騎のみだ。
急ぐ必要がある。
聖遺物がない以上、自身の
どちらを召喚するべきかは、考えるまでもない二者択一だった。
Interlude out
E turn
「だいぶ慣れてきたみたいね、坊や」
厨房にいるキャスターがそう声を掛けてきた。
彼女は今、炊飯器から白いご飯を茶碗によそっている。
「ああ。いい先生のお陰だ。本当に感謝しているよ、キャスター」
オレは出来上がった
今日はバイトもなかった。そのため早めに帰宅して、晩御飯までの時間を使ってキャスターに付きっきりになってもらって魔術の鍛錬に勤しんだのだ。
「強化はともかく、投影についてはあなた自身の素質よ。私だってよくわからないもの」
キャスターがオレの横にやってきて、隣の座布団に腰を下ろす。
彼女が並べたお茶碗とお椀からはほかほかと湯気が上がっている。
「いや、強化が安定したのが嬉しいよ。以前は宝くじに当たるくらいの成功率だったけど、今はほぼ100%だからな。僅か1週間足らずでこんなに進歩するなんて驚きだ。ありがとう」
逆に今迄がなんだったんだという思いに駆られるが、いくら嘆いても無駄だ。失った時間を取り戻せるわけもない。
「成功率は問題ないから、これからは質を上げていきましょう」
「キャスター先生の見本とでは全然レベルが違うもんな。まあ、比べるのもおこがましいんだけど」
何度かキャスターの強化魔術を見せてもらったが、洗練度が異次元過ぎる。特にオレの体を強化した時などは、感動物だった。陸上競技なら全ての世界記録を塗り替えられるんじゃなかろうか。
「・・・あいや、たぶんマラソンとかは無理かな・・・」
「なんの話かしら?」
「すまない。ちょっと妄想の世界に入り込みました」
怪訝な表情を浮かべたキャスターに慌てて謝る。
「切嗣の話では、自分の体はともかく、他人の体を強化するのって凄く難しいって聞いたような気がするな」
「一般的にはそうね」
事も無げに答えるキャスター。要するに彼女は『一般的』を超越しているわけだ。
今更だがキャスターのクラスで英霊になるくらいだから、凄まじいレベルの魔術師なわけで、そんな彼女から手ほどきを受けるのはとんでもない幸運である。
「どんなことでも人それぞれ。得手不得手があるわ。魔術にしたって同じなのよ」
偉大な魔術師先生のレクチャーが続く。
「無いものねだりをしたって仕方ないもんな」
「ええ。あなたはどちらかと言えば無機物との相性がいいわね」
「それはオレ自身も実感しているよ。ってことは、これまでどおり物質の強化を重視すべきかな」
「ええ。ただし、自分の体の強化もできるようになっておきなさい。万一私がいない時に何かあった時に、多少なりと対処できるようにしたほうがいいわ。気休め程度にしかならないかもしれないけれど」
必ずキャスターが近くにいて、強化の魔術を付与してもらえるとは限らないのだ。オレの強化では、サーヴァント相手では無意味だろうが、敵のマスターと対峙した時には少しは役に立つかもしれない。
「それに今度、
「助かるよ」
便利なパワーアップアイテムが貰えるというわけか。
「それにしても投影のほうは悩ましいな・・・・・・刃物が作れるからって、参考になる現物がないからなあ。得意でも意味がない」
「強力な対象物が必要よねえ。でも、この世界ではそうそう剣や槍があるわけではないのでしょう?」
キャスターが少し不思議そうに確認してきた。
きっと彼女の生きた世界では武具を目にすることは決して珍しくもなかったのだろう。この日本だって100年ちょっと前までは刀を差して街中を歩いている人間が沢山いたのだ。聖杯戦争は既に何度か繰り返されているらしいが、何世代か前だったらこんな悩みも無かったのかもしれない。
「そうだな。包丁を作ったって、サーヴァント相手には役に立たないわけだろ。家から持ち出せばいいだけだしな。万一、警官に職質された時に言い訳が必要にならずに済むっていう点しか、投影のメリットがない」
「作った武器に強化の魔術を付与すれば、サーヴァントにも通用するわよ。要するに自分の物にはできなくても一度視認すれば投影はできるわけだから、刃物の類が沢山あるところに行けばいいと思うのだけれど。この辺に軍隊はいないのかしら?」
「軍隊はちょっとな・・・いても、銃とか戦車とか現代兵器しかないわけだし。博物館に行けば昔の武器が展示されている筈だけど、使い物にならないだろうな・・・」
話しながら、自分の知識と記憶で目的に合致する対象をぐるぐると検索してみる。
・・・・・・ん?
あった。
オレは、ふと手近なところに可能性を見出した。
「今度、藤村組に行ってみようかな」
「あら、身近なところに当てがあるのかしら?」
「何かと世話になっている頼りになる人だよ。荒事を生業にしているから、確証はないけど真剣くらいあるんじゃないかな。まあ、流石にいきなりお願いして見せてくれるかは半々ってとこだけど」
雷画爺さんならもしかしたら二つ返事かもしれない、などと甘い期待を抱く。ぼんやりと他にも当てがあったような気がするが、今は思い出せなかった。
「それなら近いうちに確認するとして・・・」
そう言ったキャスターがパンッと軽く手を叩いた。
「一旦話は切り上げて、今はお食事をいただきましょう。せっかく坊やが美味しいご飯を作ってくれたのだから」
彼女は屈託のない笑顔を浮かべて、眼前の料理に目を輝かせた。
食卓に並んだままになっていた料理のかぐわしい芳香が、鼻腔を通じて食べ盛りのオレの胃袋を刺激する。
「そうだな。でも、キャスターも手伝ってくれて助かるよ」
一緒に暮らすようになった翌日から、彼女も手伝ってくれるようになっていた。
正直なところ料理の腕は『もう少し頑張りましょう』といったところだったが、最近はオレのレシピを熱心に確認するようになっており、彼女なりに上達したいという意欲を感じた。
「ここに住まわせてもらっているのだから、当然よ。それに、折角ですから私もお料理ができるようになりたいもの。坊やに習えば、間違いないということもよくわかったし」
「キャスターだって、別に全然できないってわけじゃない・・・・・・」
そんな返事をしていたオレだったが、ふと、つけっぱなしになっていたテレビ画面に映し出されたテロップに目を奪われた。
《新都でまたもガス漏れか!?》
「・・・・・・このニュース・・・・・・」
『本日の朝、新都のアパートで20名程の居住者が意識を失っているのが発見されました。全員、命に別状はないようですが、病院に搬送されたという事です』
古いアパートのドアから次々と担架が出入りして、被害者が救急車に乗せられていく映像が流れていた。
「物騒な話だけど、事故・・・だよな? 最近、何件か起きているな」
「アルバイト・・・だったかしら、坊やが働いているのも新都のほうだったわよね。巻き込まれないように気をつけなさいね」
キャスターはテレビの内容については、あまり関心を示さずにさらりとオレに忠告してきた。
「・・・ああ・・・そう言えば・・・」
少しだけ、報道の内容と身近な出来事に関連性があるような気がした。
「ちょっと前から担任の
「・・・そう、大変ね」
キャスターは綺麗な所作で白いご飯を口へと運んでいた。
最初はぎこちなかった箸の扱い方も、完全に身に着けている。
彼女がこの世界での生活に馴染んでくれるのは、素直に嬉しかった。
会話メインの回になりました。
永遠のヒロイン遠坂嬢が初登場。相変わらず彼女の会話パートは書き易くて助かります。