Fate/√  【群像時変】   作:わが立つ杣

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1月23日 朝







第9話  ~8日前~ 「暖房器具の経年劣化に関する事案」

 E turn

 

 

少し年季の入った眼前のドアはすっかりお馴染みになりつつあった。

 それをスライドさせる。

 

 ガラララ

 

「おはよう、一成」

 

「おお。おはよう、衛宮。今日は少し早いな。ありがたい」

 

【生徒会室】と書かれたプレートの部屋に入り、中にいた眼鏡を掛けた落ち着いた雰囲気の生徒、この学園の生徒会長を務める【柳洞一成】と挨拶を交わした。

 今朝はいつもより早めに登校したので、自分の教室に行く前にこの部屋を訪れたのだが。

 

「なにかあったのか?」

 

 部屋の中央にロの字型に並べられた長机に鞄を置きながら、オレは訊いた。

 顔を合わせるなり、『ありがたい』という台詞が出てきたということは、何か厄介事があったということを示している。

 

「うむ。実はA組のストーブが動かなくなった。勿論、業者には連絡しているらしいが、来るまでに少し時間がかかりそうでな。衛宮の手を借りられればと思ったのだ」

 

 一成は嘆息混じりに、眼鏡をかけた理知的な顔に渋面を作った。

 起きてしまったトラブルそのものというよりは、オレに助けを求めることに少し抵抗を覚えているのだろう。

 

「ああ。じゃあ、とりあえず患者の容態を確認しに行こうか」

 

 この手の頼まれ事は慣れていた。

 

「いつもいつも、すまんな。この埋め合わせは必ずする」

 

 一成は顔の前で手を合わせて、謝辞を述べる。

 

「別に構わないさ。こっちも急ぎで何かやらなきゃならないことがあるわけじゃないし」

 

 相手が誠実に謝ってきていることはちゃんとこっちには伝わっている。

 オレは余計な貸し借りを作るつもりは毛頭なかった。

 

「とは言え、症状次第では治療できるとは限らないから、過度には期待しないでくれ」

 

 そう予防線を張りながら、部屋のドアに手を掛ける。

 

「当然だ。無理だったとしても衛宮を責めたりはせんし、その旨はA組の生徒にもしっかりと言い含めよう」

 

 そう応じながら一成もオレの後を追って廊下に出たので、オレ達は連れ立って目的の教室へと向かった。

 

 

 

「あら?おはよう、衛宮君。それに柳洞君」

 

「・・・あ、遠坂・・・おはよう」

 

「・・・げ・・・とおさか・・・・・・」

 

 一成と二人で、早足でA組へと向かったオレ達はその教室後部のドアの前で、とある女生徒に追いついた。

 学年一、いや学園一の優等生と評される【遠坂凛】だ。

 いつものように、髪の両サイドをリボンで結わえており(確かツーサイドアップというのではなかっただろうか?)、整った顔立ちに、やや怪訝そうな表情を浮かべている。

 こっちはこっちで少し困惑していた。

 オレの知る限りでは、彼女の登校時間はいつももっと遅かったのではなかろうか。

 

「ふふふ。生徒会長ともあろうお方が、一生徒への朝の挨拶が『げ・・・』というのは、あまり相応しくないんじゃないかしら?」

 

「ふん。『本物の一生徒』に対してならばな」

 

 以前からそうだが、一成の遠坂に対する態度は控えめにいても極めて邪険だ。

 二人は中学時代に生徒会長と副会長という立場で関わっており、良くも悪くも気心が知れている。何があったかはっきりとはわからないが、基本的にはあまりウマが合わないようだった。

 とは言え、オレの印象ではどうも一成が一方的に嫌っているように思える。

 

「あら。私だってこの学園では『標準的な一生徒』よ。それ以上でも以下でもないと思うのだけど?」

 

 にっこりと朗らか、かつ上品な笑顔を見せつけてくる。

 そのあまりの完璧さにただただ見惚れて、オレは自分の顔面が熱を帯びるのを感じてしまう程だ。

 

「今は急いでいるのだ。ここで、貴様のような女怪と問答をするつもりはない」

 

 しかし、一成には全く通用しないようだった。

 正直なところ、遠坂という美人に全く気後れしないというは大したものだ、と思ってしまう。

 

「何があったの?うちのクラスに用があるみたいだったけど」

 

「A組のストーブが壊れたという話を聞いたので、衛宮なら直せるかもしれないと思って、連れて来たのだ。勿論、直せるとは限らないがな」

 

 一成は、生徒会室でオレが過度に期待しないでくれと言った意図を汲んだ伝え方をしてくれた。

 

「衛宮君が、うちのクラスのストーブを?そう言えば、何かと人助けをしてくれてるって話だっけ。凄いわね」

 

「・・・あ・・・いや、大したことはしていないし、今回は一成の頼みで来ただけだぞ」

 

 やや言葉に詰まりながら、オレは頬を掻いて答えた。

 上気していた顔が、一層熱くなってくる。

 

「ううん、ありがとう。勿論、結果はわからないけれど、先ずは助けてくれようとしていることに感謝するわ。壊れ物を直すのが得意なの?」

 

「機械類の修理は比較的・・・そうかな」

 

「私はそういうの本当に苦手だから、尊敬するわ」

 

 それじゃあお願いね、と続けた遠坂がドアを開けて、オレ達を教室の中へと(いざな)った。

 A組の教室内は、始業まではまだ時間があるため生徒はまばらだった。

 教室の造りなどどこも一緒ではあるが、他所のクラスというのは全く異界のように感じる。生徒が多いとそのアウェー感が一層強くなるので、人が少ないというのは助かる。

 

「あれだな」

 

 教室の後方に赤いテーブで囲まれた円筒形の灯油ストーブには、わかりやすく『故障中』の紙が貼られていた。

 

「そうよ。よろしくお願いするわね」

 

「ああ・・・さしあたって、本当に点かないのか一応確認するか」

 

 念のために前面についているダイヤルを回して点火させようとしたが、ストーブはうんともすんとも言わなかった。

 

「ある程度、ばらさなきゃならないかな」

 

「やはりそうか」

 

 一成は腰に手を当てて腕組みをした。

 

「悪いけど、道具を持ってきていないし、集中して作業したいからストーブを生徒会室に運んでもいいか?」

 

 ぱっと見ても、故障の原因はわかりそうもない。それを探るには魔術を使う必要があるが、教室内でやれば当然、不審がられるため、ストーブを移動する必要があった。

 

「わかったわ。みんなには私から伝えておくわね」

 

「うむ。では、私と衛宮で運ぶことにしよう」

 

「頼む」

 

 オレがこの手の作業をする時には、大抵、生徒会室で一人にしてもらってから対応しており、当然ながら一成は、それをよくわかっている。

 オレ達はズシリと重いストーブを持ち上げると、ゆっくりと生徒会室に運んでいった。

 

「それでは、衛宮。いつものとおり、私は外に出ていた方がいいのであろう?」

 

 生徒会室にストーブを運び入れて、そろりと床に置いた後、一成がそう確認してきた。

 

「すまないな。ちょっと集中したいから」

 

「いや、お前に頼りっ放しになってしまうのが、頼んだ私自身が心苦しいというだけのことなのだ。謝るようなことではない」

 

「それは気にするなって、いつも言っているだろう」

 

「わかった。勿論、衛宮の邪魔はせん。それにしても、いくら感謝しても感謝しきれん」

 

 一成はそう言って頭を下げると、廊下へと出て扉を閉めた。

 それを確認したオレは、再度点火させようとしたが、やはりストーブは反応しない。

 

「全く点く気配がないな」

 

 オレは、目の前のストーブに右手を当てた。

 

同調(トレース)開始(オン)

 

 小さく詠唱したオレはストーブに魔力を通して内部の構造を探索し、慎重に把握していく。

 透明になった自分の指先が潜り込んで、ストーブの内部の無機質な肌触りが伝わってくるような感覚を覚えた。全体をくまなく探っていくと、違和感を覚える場所に辿り着く。

 

「やっぱり点火装置だよな」

 

 解放していた魔力を停めて、オレは軽く息を吐いた。

 故障の原因は特定できたものの、当然ながら手持ちの道具に都合よく点火ユニットなどあるわけもなかった。

 業者の修理を大人しく待ったほうが良いだろう。

 そう判断して、オレは外で待っている筈の一成に報告するために、扉へと向かった。

 

 ガラララ

 

「すまない、一成。点火装置が故障していることはわかったけど、残念ながら部品がない。悪いけど業者さんが来るのを待ったほうがいいな」

 

 ドアを開けたオレは、頭を掻きながら、そこにいる筈の一成に謝った。

 

「・・・あ、衛宮君・・・お疲れ様」

 

 ところが、顔を上げるとそこには一成ではなく、遠坂がいた。

 

「・・・え?あれ?遠坂?一成は?」

 

 オレは恥ずかしくなって、慌てて周囲をキョロキョロと見回してしまった。

 

「・・・ごめんなさい・・・私も何か手伝えることはないかと思って来たのよ・・・えっと、お世話になりっ放しじゃ申し訳ないから」

 

 オレも慌てたが、遠坂もだいぶ驚いたようだった。いつもの落ち着いた態度ではなく、狼狽(うろた)えたように体の前で両手をぶんぶんと振っていた。

 

「衛宮。すまなかったな、ちょっと他の生徒に捕まってしまった」

 

 一成が廊下の向こうから、慌てたようにギリギリ走っていない程度の早足でやってきた。

 

「ぬ。遠坂、なんでお前がまた・・・」

 

 一成が遠坂の姿を認めて、先程と同様の拒絶反応を示す。

 

「あのねえ。そんなに何度も邪険にしなくていいじゃない。ちょっと気になって来ただけよ」

 

「どうだろうな。よもや純真な衛宮までもその毒牙にかけようというのではあるまいな」

 

「どれだけ歪んだ認識を持っていたら、そんな発想になるのかしら・・・」

 

「一成。さすがにその表現はきつ過ぎるだろ」

 

 流石にオレも遠坂のフォローに回る。

 

「ぐ・・・時すでに遅し。衛宮も既に篭絡されてしまっていたか・・・」

 

 しかしオレの言葉は逆効果だったようで、一成はガックリと項垂れた。 

 

「篭絡ってなによ・・・流石に私もそこまでいわれのない悪口を言われると、我慢の限界ってやつが目の前に迫ってきてる感じなんだけど」

 

 遠坂の顔にはにっこりと優雅な微笑みを浮かべた。

 だが、オレの目にはそのこめかみにくっきりと青筋が立っているのが見えた。

 めっちゃ怖い。

 普段は冷静沈着。上品に振る舞っている印象しかない遠坂だったが、どうやらそうでない一面も持ち合わせているようだ。

 

「さすれば化けの皮が剥がれて、貴様の本性がこの学園内に遍く認知される。真にめでたいことだ」

 

 一成は遠坂の重圧などどこ吹く風。

 動じないどころか、不敵な笑みを浮かべて眼鏡をグイッと片手で持ち上げた。

 

「ま・・・まあまあ、ご両人。ここはオレの顔を立てると思ってお怒りを鎮めていただけませんか」

 

 もはやなにがなんだかわからないが、とにかくこの地を平和にする責務はオレにある。

 二人が発散される異様な雰囲気が周囲にも伝わり、登校してきた生徒達の大多数がこちらに注目しつつあった。

 それでも遠巻きにちらちらと様子を窺う程度で、人垣ができたりしないところは、この二人の人徳のなせる業か、はたまた圧に押されてそこまで近付けないだけなのか。

 

「これ、このとおりだ!」

 

 オレは二人の間に体をねじ込むと、眼前で両手を合わせて全力で平身低頭した。

 

「ぬう・・・・・・」

 

「えっと・・・・・・」

 

 もはや全身からユラユラと青と赤の炎を発し始めていた二人から、戸惑いの声が漏れた。

 

「・・・すまぬ。衛宮。まさか、滅私奉公の精神で生徒会の手伝いをしてもらっているお前にそのような振る舞いをさせてしまうとは・・・拙僧もまだまだ修行が足りぬ。許してくれ」

 

「・・・私も衛宮君にそんな態度をとらせることになるなんて申し訳ないわ・・・ごめんなさい」

 

 幸いオレの行動は無駄ではなかったようで、二人の殺気は一気に萎んでいった。

 

「ふう・・・本当に良かった・・・」

 

 オレは安堵のため息をつく。

 

「お二人とも、そろそろ教室に向かったほうがいいんじゃないですかね?」

 

 実際に始業の時間が近付きつつある。

 事態を完全終息させる意図もあって、オレは二人にそう促した。

 

「おっと・・・それもそうだな」

 

「早く登校しても、時間が経つのは早いものね」

 

 一成も遠坂もオレの言葉に同意を示す。

 

「衛宮も鞄は生徒会室に置いていたか」

 

「ああ」

 

 オレと一成は、一旦生徒会室へと戻って鞄を持ちだすと、連れ立って2年C組の教室へと向かう。

 

「ふう・・・」

 

 それにしても授業が始まる前から、ぐったりと疲れてしまった。

 授業中は極力脱力して、疲労回復に努めることとしよう。

 この学園の平和を守ったのだから、それぐらいは先生も大目に見てくれるだろう。

 そんなことを考えていたオレだったが、

 

「・・・それにしても衛宮君・・・あなた・・・」

 

「・・・え?」

 

 微かに怪訝そうな声が聞こえたので気になって振り返った。

 

「・・・・・・・・・」

 

 すると、まだ生徒会室の前に佇んでいた遠坂が、オレ達・・・いや、オレのことをじっと見つめていた。

 彼女は口に手を当てて、考え込むような表情を浮かべている。

 

「いいえ・・・なんでもないの。ごめんなさい。気にしないで」

 

「あ・・・ああ・・・」

 

 オレは他に何を言うこともできずに、踵を返して一成の背中を追うことにする。

 そんなわけないわよね、という呟きが微かにオレの背中を撫でるのを感じた。

 










1シーンのみで、文字数も少ない回となりました。
一成と凜のやり取りが勝手に進んでしまった感じです。
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