翌朝になった。
「今日もまあ雨も降らずに移動に支障はなさそうだね」
フユは洞窟内に位置しているテントから顔を出し、当たりの音に耳を澄ます。
「当初の予定通り、早く先に進もうか」
私もフユに続いてテントから出て起立し、ぐっと伸びをする。
標高の低いところを絶えず泥水が流れているからであろう、この辺りは24時間かなり湿気に覆われていて、昼間は割と蒸し暑かった。しかしながら、このような早朝の時間帯は昼間と打って変わって暗くかなり冷えていて、洞窟の入り口から覗く外の景色を見ると、辺りに靄がかかり小さな雲海ができている。
私は伸ばした体をぶるっと震わせる。
「明け方ってこんなに冷え込むんだね⋯⋯」
洞窟の入り口の方で当たりの景色を見回しているフユもこちらを振り返ると、
「うん、昼間も今の時間帯と比べてそこまで日が照っているわけではないし、そんなに気温は変わらないものだと思ってたんだけど⋯⋯」
そう言って、少し手に息をかけている。
「おはようございますミャ⋯⋯」
後ろの方から、シュカが眠そうな顔でテントから出てきた。擦っているその目は猫特有の目つきで割と細かったのに、眠気によってそれに拍車がかかっている。
「うぅ⋯⋯、やはり寒いですミャ⋯⋯」
「やっぱりこの寒さは体にこたえるんだ?」
シュカの方はここに住んでいるみたいだから、てっきりこの寒さにも慣れているものかと思っていたのだが。
「ミャア⋯⋯、村の寝床だったらもっと温かいですミャ。ここは温もりを保つものが全くないですからミャア⋯⋯」
「確かにそうだねぇ」
2人この場所で共有しているこの寒さを身に感じながら、しみじみと二人で話す。
「朝露とかの湿気ででこの焚火も役に立たないと思いますミャ、今日の朝食は申し訳ないけど携帯食料をお勧めしますミャ」
フユが焚火の方を確認しているのを見たシュカが思い出したかのようにそう口にした。
「確かに、これじゃ火をつけるのも一苦労だろうなぁ」
そう言いながら、焚火に置いている薪を確認し、手からこぼすようにそれを手放す。その薪は湿気を含んだ少し低めで鈍い特有の音を立てて転がった
「やっぱりだめかぁ⋯⋯」
私はそれに対して大きく息を吐く。その仕草が私の思った以上に露骨だったようで、
「まぁ、携帯食料の方が出発や移動が手軽だし、さっさとここを出よう、お姉ちゃん」
と、なだめるようにフユが言った。
朝食一先ず寒いので手短に携帯食料を齧り、もちろんシュントにも餌を食べさせてあげて、シュントが一息ついたのを確認したところで私たちは出発した。
今日は何故だか空模様が良くない。とは言ってもまぁ昨日も曇り空だったわけだが、今日はその雲の鈍色が一層濃いものとなっていた。今にゴロゴロと音を立てて急な雷雨が私たちを襲ってもなんらおかしくないような、そんな分厚く私たちを押し潰してきそうな重苦しい雲が空一面を覆っていた。
日が登れば明け方のこの寒さもじきになくなるものかと思っていたが、こうも雲が日差しを遮っていればそんなものが期待できるはずもなく、むしろさらに冷え込んでいるようにさえ感じる。
とはいえ、明け方に覆っていた靄は時間経過により流石に消えかかっているようで、おかげで最終点の見えない雲霧林の中を行くようなことにはならなかったのが、せめてもの救いなのかもしれない。少し控えめに主張する鉄板のような雲によって辺りは少し暗いものの、シュントの足並みを止めるほどではなかった。
「シュント、足元には気をつけてね」
私は少し心配になり、シュントに声をかける。シュントの方は、前方に注意を向けつつ、声だけとはいえバウ!としっかり反応してみせた。なんとも心強い限りである。
「今日のこの暗さだと、標高の高い森の方に行くのはおすすめしないミャ」
私の後ろに乗っているフユの頭の上に捕まるシュカが、私たちにそう声をかけてきた。
「確かにこの暗さだとシュントも大変だろう」
頭に錘を乗せているフユもそう呟く。
「はいですミャ、今日は視界が開けてる、標高の低い水際を通る方がいいかもですミャ」
なるほど、この近辺に住んでいて土地勘のあるシュカの言うことだ、間違いはないだろう。
「じゃあシュント、下の方に行ってくれる?」
私はシュントに声をかける。シュントは再度同じように、私の方に向かって鳴き声で反応してみせた。
「……少し水かさが増してるみたいミャ…」
シュカに言われた通り標高の低い下の方を走っているところで、シュカは首を傾げる。
「上流の方は雨が降っているのかな…?」
それに呼応するようにフユの方を呟いた。
私にはよくわからないが、どうやら少しそばを流れる泥水の水かさが増しているようだ。
「少し流れも速くなっている…?」
フユの方はそのような辺りの状況の変化がわかるらしい。日頃観察眼を際限なく鍛えているフユだからこそできる芸当なのだろうか?
「村を襲った嵐の余波という線は…ないか」
一人で疑問を持ち、すぐに納得してしまうフユ。
「それにしては流石に時間が経ち過ぎていると思うミャ」
フユの頭の上のシュカが、それに答えてくれる。そうだよねぇ……と、フユはすでに研究者の顔をして熟考にふけている。
シュントがフユたちの会話を聞きつつジトっとした目つきで指示を待っているのを指南した私は、一先ずフユたちに声をかける。
「まぁ、とりあえず進もうか?」
「うーん、まぁ、ここで止まってて事態が悪化してもしょうがないからねぇ」
と、フユの方も了承の意を示した。
「はいですミャ。とりあえず、水際に沿って進むことにしましょうミャ」
シュカの方もしっかり答えてくれた。
そうやって私たちは進んで行った。
そしてその後ろを静かに追いかける、魚竜種の影が一つあった。